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第三部 宰相閣下の婚約者
579 お泊まり会の概要
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最初は、三国会談まではずっとフォルシアン公爵邸で過ごすと言うところから、話は始まった。
どう転ぼうと、私自身はまな板の上の鯉。
あれこれ言える立場にはないのだけれど、一応、ボードリエ伯爵家での「お泊まり会」の話だけはと口にしておくことにした。
「レイナ、それは――」
いっそ三国会談の後にしたらどうかと、エドヴァルドは言いたかったみたいだけれど、そこに待ったをかけたのが、意外にもエリサベト夫人だった。
「あら、ではいっそのことボードリエ伯爵令嬢もこちらにお招きしてはいかがかしら?」
「エリサベト?」
こちらも、顔に「意外」だと書かれたフォルシアン公爵が首を傾げていたけれど、夫人の方は不思議そうに夫の視線を受け止めた。
「もちろん、あちらはボードリエ伯爵夫妻が保護者としてきちんといらっしゃるのですから、ずっととは申しておりませんわ。そうですね、たとえばその三国会談のために王宮に向かう前の日――とかに、警護も兼ねてこちらへ来ていただいて、レイナちゃんと一緒に王宮へ向かうのであれば、そう不自然な話ではないと思ったのですけれど」
「確かにそうかも知れないが……ボードリエ伯爵家は、もともとレイフ殿下の派閥下にある家だよ?まあ、べったりではなかったようだから、そこまで過剰な反応はせずとも良いのかも知れないが……」
「あら、近頃ボードリエ伯爵夫人はあまり社交の場に顔を出してはいらっしゃいませんわよ?ご令嬢が『聖女』候補として王宮に度々顔を出すようになられたのと、先日陛下と1曲踊られたのとで、伯爵家と繋がりを持とうとする貴族からの接触を捌くのに苦労していらっしゃるみたいですわ」
夫人のその一言に、ちょっと私とエドヴァルドの表情が、バツが悪そうに翳っていたのはヒミツだ。
多分にエドベリ王子避けの思惑があったにせよ、本人たちの合意もあったにせよ、踊らせたのは私とエドヴァルドなのだから。
どうやらシャルリーヌ本人が「誰か紹介してー」なんて愚痴っている間に、伯爵夫妻はピンキリのキリの貴族と、シャルリーヌとを接触させないよう腐心していたらしい。
少し前までは、アルノシュト伯爵夫人にお見合いの斡旋を頼んでいたくらいなのだから、フォルシアン公爵夫人も、社交界情報としてシャルリーヌに今現在相手がおらず、かつ探していると言う情報程度は耳に入っていたんだろう。
「ふむ……面白そうだから、誰が接触してきているのかを尋ねる意味でも、ご令嬢をわが公爵邸に招いてもよさそうだね」
もちろんそこまでを把握していないフォルシアン公爵は、少し口元に手をあてて考える仕種をみせていたけれど、決断は、そう長い時間悩んでのことではなかった。
他国の王族の手の者に無理やり押し入られた、言わばトラウマのあるフォルシアン家の場合、邸宅に誰を招くかと言うのは、イデオン公爵家以上に今、かなり気を遣うのかも知れない。
「もう今はレイフ殿下の周辺は、昔のように肥え太れる要素が何一つ存在しないからね。同じ派閥内にあった筈のボードリエ伯爵家が、中央に戻れそうだとなれば、それは接触を試みる家もあるだろうよ」
「まあ……伯爵自身は学園理事長と言う立場もあるから、迂闊なことは口にしないだろうが、本当に何か物騒なことが周囲にありそうなら、あの令嬢は自身の判断でこちら側に情報をくれる筈だ。招いて損はないかも知れないがな」
珍しく、エドヴァルドがちょっと褒めている。
私が思わず、と言った態で顔を上げれば、ふと口の端を上げて、私の頭に手を置いていた。
「何せ、レイナの親友だ。ギーレンで王妃教育をほぼ終えていたと言うのも伊達ではない」
「ああ。肝の据わった子ではあるね」
既に王宮で何度かシャルリーヌと顔を合わせているフォルシアン公爵も、ちょっと納得した様に頷いている。
「では、決まりですわね。明日にでも招待状を出しましょう。中身はレイナちゃんが書く方が良いと思いますけれど、封蝋はフォルシアン家の紋章で、早速。ね?」
「あっ、はい、有難うございます……!」
私は無意識のうちに、笑顔のフォルシアン公爵夫人を前に姿勢を正していた。
「あ、あの……二人で夜食に食べたい料理があったんです。その時、厨房の方にお願いすることは可能ですか?」
夜食に焼うどん――な設定、じゃなく予定があった。
「あら、そうなのね?それは私もぜひ食べてみたいわ」
「ほう、新しいメニューか?」
「レイナ……」
喰いつくフォルシアン公爵夫妻と、苦い表情のエドヴァルド。
「え、えと……新しくはなくて、アレンジなんですけど……」
「では、そこは仕方がないからエドヴァルドも混ぜてあげよう。家族水入らずの夕食会と言えば、周りも納得だろう」
仕方がない、と強調しているあたり、今日はこのまま帰れと言う事なんだろう。
エドヴァルドは無言の抵抗を見せているみたいだったけど、私から何を言える筈もなかった。
どう転ぼうと、私自身はまな板の上の鯉。
あれこれ言える立場にはないのだけれど、一応、ボードリエ伯爵家での「お泊まり会」の話だけはと口にしておくことにした。
「レイナ、それは――」
いっそ三国会談の後にしたらどうかと、エドヴァルドは言いたかったみたいだけれど、そこに待ったをかけたのが、意外にもエリサベト夫人だった。
「あら、ではいっそのことボードリエ伯爵令嬢もこちらにお招きしてはいかがかしら?」
「エリサベト?」
こちらも、顔に「意外」だと書かれたフォルシアン公爵が首を傾げていたけれど、夫人の方は不思議そうに夫の視線を受け止めた。
「もちろん、あちらはボードリエ伯爵夫妻が保護者としてきちんといらっしゃるのですから、ずっととは申しておりませんわ。そうですね、たとえばその三国会談のために王宮に向かう前の日――とかに、警護も兼ねてこちらへ来ていただいて、レイナちゃんと一緒に王宮へ向かうのであれば、そう不自然な話ではないと思ったのですけれど」
「確かにそうかも知れないが……ボードリエ伯爵家は、もともとレイフ殿下の派閥下にある家だよ?まあ、べったりではなかったようだから、そこまで過剰な反応はせずとも良いのかも知れないが……」
「あら、近頃ボードリエ伯爵夫人はあまり社交の場に顔を出してはいらっしゃいませんわよ?ご令嬢が『聖女』候補として王宮に度々顔を出すようになられたのと、先日陛下と1曲踊られたのとで、伯爵家と繋がりを持とうとする貴族からの接触を捌くのに苦労していらっしゃるみたいですわ」
夫人のその一言に、ちょっと私とエドヴァルドの表情が、バツが悪そうに翳っていたのはヒミツだ。
多分にエドベリ王子避けの思惑があったにせよ、本人たちの合意もあったにせよ、踊らせたのは私とエドヴァルドなのだから。
どうやらシャルリーヌ本人が「誰か紹介してー」なんて愚痴っている間に、伯爵夫妻はピンキリのキリの貴族と、シャルリーヌとを接触させないよう腐心していたらしい。
少し前までは、アルノシュト伯爵夫人にお見合いの斡旋を頼んでいたくらいなのだから、フォルシアン公爵夫人も、社交界情報としてシャルリーヌに今現在相手がおらず、かつ探していると言う情報程度は耳に入っていたんだろう。
「ふむ……面白そうだから、誰が接触してきているのかを尋ねる意味でも、ご令嬢をわが公爵邸に招いてもよさそうだね」
もちろんそこまでを把握していないフォルシアン公爵は、少し口元に手をあてて考える仕種をみせていたけれど、決断は、そう長い時間悩んでのことではなかった。
他国の王族の手の者に無理やり押し入られた、言わばトラウマのあるフォルシアン家の場合、邸宅に誰を招くかと言うのは、イデオン公爵家以上に今、かなり気を遣うのかも知れない。
「もう今はレイフ殿下の周辺は、昔のように肥え太れる要素が何一つ存在しないからね。同じ派閥内にあった筈のボードリエ伯爵家が、中央に戻れそうだとなれば、それは接触を試みる家もあるだろうよ」
「まあ……伯爵自身は学園理事長と言う立場もあるから、迂闊なことは口にしないだろうが、本当に何か物騒なことが周囲にありそうなら、あの令嬢は自身の判断でこちら側に情報をくれる筈だ。招いて損はないかも知れないがな」
珍しく、エドヴァルドがちょっと褒めている。
私が思わず、と言った態で顔を上げれば、ふと口の端を上げて、私の頭に手を置いていた。
「何せ、レイナの親友だ。ギーレンで王妃教育をほぼ終えていたと言うのも伊達ではない」
「ああ。肝の据わった子ではあるね」
既に王宮で何度かシャルリーヌと顔を合わせているフォルシアン公爵も、ちょっと納得した様に頷いている。
「では、決まりですわね。明日にでも招待状を出しましょう。中身はレイナちゃんが書く方が良いと思いますけれど、封蝋はフォルシアン家の紋章で、早速。ね?」
「あっ、はい、有難うございます……!」
私は無意識のうちに、笑顔のフォルシアン公爵夫人を前に姿勢を正していた。
「あ、あの……二人で夜食に食べたい料理があったんです。その時、厨房の方にお願いすることは可能ですか?」
夜食に焼うどん――な設定、じゃなく予定があった。
「あら、そうなのね?それは私もぜひ食べてみたいわ」
「ほう、新しいメニューか?」
「レイナ……」
喰いつくフォルシアン公爵夫妻と、苦い表情のエドヴァルド。
「え、えと……新しくはなくて、アレンジなんですけど……」
「では、そこは仕方がないからエドヴァルドも混ぜてあげよう。家族水入らずの夕食会と言えば、周りも納得だろう」
仕方がない、と強調しているあたり、今日はこのまま帰れと言う事なんだろう。
エドヴァルドは無言の抵抗を見せているみたいだったけど、私から何を言える筈もなかった。
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