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第三部 宰相閣下の婚約者
590 緊急取調室 in 王都商業ギルド(後)
「元々は、地元の小さな商会だとの触れ込みで、ブラーガとカプートの中間地域にある海岸線沿いに、新たな〝ジェイ〟の生息地が見つかったと言う話が持ち込まれたんです」
隣の部屋からは、そんな声が聞こえてくる。
「これから開発が進められていく予定で、近い将来、地域ごと大きく経済成長するだろうと。だけど自分たちの様な小さな商会では、相手に足元を見られてしまって、土地を購入する話も出来ない。後日高値で買い取るので、代理購入して貰えないか。何なら一部をそのまま買い取って貰っても構わないから――と」
「……んんっ?」
話を聞きながら、私は人差し指でこめかみをグリグリと揉み解した。
額面通りに聞いていると、かなりの儲け話であるかのように聞こえる。
聞こえるが、しかし。
そんな普通の取引であるならば、天下の王都商業ギルドで事件性がどうとか言った話にはならない。
だとすれば、この話は――――
「――投資詐欺、ですか? もしや」
え?と目を見開いたのはエリィ義母様で、リーリャギルド長はと言えば、よく出来ましたとでも言いたげに、口の端を微かに上げた。
「分かるかい。さすがだね」
「今の話の前に、一度別の商会から購入をもちかけられた話があったりしませんか?」
こめかみを何度も揉み解しながら聞けば、分かっているだろうに、リーリャギルド長は「何故?」とこちらに問いかけてきた。
「別々の商会がそうやって注目しているなら、本当に将来有望なのかも知れない……と思わせるためですよ、もちろん。一度目は拒絶されても良い。二度目で確実にお金を吐き出させるための踏み台として、成立しない前提での取引をもちかけた。実際は、その二つの商会はグルだった」
エネルギー関連の施設を設置する土地の権利や、最先端医療技術に関する知的財産権などへの投資を持ちかけると言う詐欺事件が、日本でも頻発していた筈だ。
何なら外国通貨や未公開株にかこつけての、似た話だってあった。
一見、別々の会社を装った複数の人間が口裏を合わせて別々の登場人物を演じ、顧客を騙しにかかる「劇場型」投資詐欺。
どう考えても、それがそのまま、こちらでホタテの漁場開拓の話に置き換わっている。
ただ、そんな私の話の正誤をリーリャギルド長が答える前に、隣室からまた声が洩れ聞こえてきた。
「損はしない、必ず儲かる、昔そちらの先代に世話になった恩があるので、あなただけにこの話を持ち込んだ――などと言われて、その気になってお金を渡してしまったんです。ところが実際には、儲けどころか元金の回収も出来ず、勧誘してきた商会に連絡を取ろうとすると、すでに姿をくらました後だった」
ギルドカードの初期登録時において、身元保証人の署名が必要とされているため、そこから辿れば良いんじゃないかと思ったのだけれど、実はちょっとした制度の欠陥が、そこにはあるのだと言う。
王都ではやらないが、と前置きをした上でリーリャギルド長が、私の表情を読んで説明を加えてくれる。
「地方での開業を応援する意図をこめて、ギルドに手数料を払って、保証人を紹介して貰う仕組みがあるのさ」
地方の非貴族層市民が、一旗あげる為に商売を始めようと意気込んだ時に、身元保証人のところで躓くケースも多いのだと言う。
そこでその土地の町長クラス以上の為政者に、手数料を払っての、保証人の名義貸しを合法的に頼んでいるんだそうだ。
「為政者側としても、そうやって保証人の名を貸した商人が出世して、地元に利益を還元してくれれば言うことはないワケだからね。とは言え犯罪に巻き込まれる危険はゼロではないから、万一の際の責任はその土地のギルドと折半で請け負うことにはなるがね」
「え……じゃあ、まさに今回はその『万一の際』になりますよね……」
「まあ、そうだね。資金を奪われた商会に補填をするか、自らの手で姿をくらました連中を探すか、そのあたりはやられた保証人の考え方次第だね」
ホタテの漁場に関する投資話とは言え、必ずしもコンティオラ公爵領下の商会が関係しているとは限らない。
隣室でアズレート副ギルド長と話をしている商会がどこに拠点を置いていて、姿をくらましたと言う商会が、どこでギルドカードを作ったのか。
リーリャギルド長が私をこの場に同席させたこともそうだし、ラヴォリ商会の商会長代理が話をしたがっていたところから言っても、無関係で通せない何かがあるのかも知れない。
「今、どこまで分かっているんですか?」
私としても、そう、踏み込んだ質問をせざるを得なかった。
「今、隣でアズレートと話をしているのはビュケ男爵領下を拠点にしているカルメル商会の商会長。ラヴォリ商会の傘下で王都に海産物を運ぶ、手堅い商売をしていた筈なんだがね」
答えるリーリャギルド長の表情は、苦々しげだ。
「ああ、だからさっきカール商会長代理が……」
「おや、彼に会ったのかい」
「そこですれ違っただけです。ただ、何か話したいことがあるみたいでした」
イデオン公爵邸で学んだ知識を引っ張り出せば、ビュケ男爵領と言うのはコンティオラ公爵領下の領地である筈だ。
カールフェルド・ラヴォリ商会長代理が私と話をしたがる理由にはすぐさま繋がらなかったものの、無関係ではない気がしていた。
「――もう一度聞くが」
一瞬会話が途切れたそこへ、アズレート副ギルド長の重々しい声が扉の隙間から聞こえてきた。
「カルメル商会長に、その話を持ち込んだ商会の名前と、憶えている限りの商会の情報を教えて欲しい」
「ああ、はい……商会の名前は『シャプル商会』と言っていました。祖父がコデルリーエ男爵家で働いていた縁で、小さい商会であるにも関わらず、後見をして貰っている――と」
カルメル商会長が、アズレート副ギルド長に対してそんな風に答えを返したその瞬間、私の隣から「……何ですって?」と言う、淑女らしからぬ殺気を纏った声が聞こえてきた。
「お……お義母様……?」
「コデルリーエ男爵家が……詐欺に関わっている疑いがあると……?」
思わず身をのけ反らせてしまったけど、同時にコデルリーエ男爵家が、フォルシアン公爵領下にあることを、私もここで思い出した。
「え……えっと、エリィ義母様、まだその男爵家が有罪と決まった訳ではなくて、地域貢献の為に保証人名義を貸していたのを悪用されただけと言う可能性も……」
「レイナちゃん」
「ハイ」
「それであっても問題です。我が公爵領下の領主が貶められていることになります。これは見過ごしてはならない話ですよ」
「…………」
――私はそこに、フォルシアン公爵夫人としての責務を背負う貴婦人の姿を見たと思った。
隣の部屋からは、そんな声が聞こえてくる。
「これから開発が進められていく予定で、近い将来、地域ごと大きく経済成長するだろうと。だけど自分たちの様な小さな商会では、相手に足元を見られてしまって、土地を購入する話も出来ない。後日高値で買い取るので、代理購入して貰えないか。何なら一部をそのまま買い取って貰っても構わないから――と」
「……んんっ?」
話を聞きながら、私は人差し指でこめかみをグリグリと揉み解した。
額面通りに聞いていると、かなりの儲け話であるかのように聞こえる。
聞こえるが、しかし。
そんな普通の取引であるならば、天下の王都商業ギルドで事件性がどうとか言った話にはならない。
だとすれば、この話は――――
「――投資詐欺、ですか? もしや」
え?と目を見開いたのはエリィ義母様で、リーリャギルド長はと言えば、よく出来ましたとでも言いたげに、口の端を微かに上げた。
「分かるかい。さすがだね」
「今の話の前に、一度別の商会から購入をもちかけられた話があったりしませんか?」
こめかみを何度も揉み解しながら聞けば、分かっているだろうに、リーリャギルド長は「何故?」とこちらに問いかけてきた。
「別々の商会がそうやって注目しているなら、本当に将来有望なのかも知れない……と思わせるためですよ、もちろん。一度目は拒絶されても良い。二度目で確実にお金を吐き出させるための踏み台として、成立しない前提での取引をもちかけた。実際は、その二つの商会はグルだった」
エネルギー関連の施設を設置する土地の権利や、最先端医療技術に関する知的財産権などへの投資を持ちかけると言う詐欺事件が、日本でも頻発していた筈だ。
何なら外国通貨や未公開株にかこつけての、似た話だってあった。
一見、別々の会社を装った複数の人間が口裏を合わせて別々の登場人物を演じ、顧客を騙しにかかる「劇場型」投資詐欺。
どう考えても、それがそのまま、こちらでホタテの漁場開拓の話に置き換わっている。
ただ、そんな私の話の正誤をリーリャギルド長が答える前に、隣室からまた声が洩れ聞こえてきた。
「損はしない、必ず儲かる、昔そちらの先代に世話になった恩があるので、あなただけにこの話を持ち込んだ――などと言われて、その気になってお金を渡してしまったんです。ところが実際には、儲けどころか元金の回収も出来ず、勧誘してきた商会に連絡を取ろうとすると、すでに姿をくらました後だった」
ギルドカードの初期登録時において、身元保証人の署名が必要とされているため、そこから辿れば良いんじゃないかと思ったのだけれど、実はちょっとした制度の欠陥が、そこにはあるのだと言う。
王都ではやらないが、と前置きをした上でリーリャギルド長が、私の表情を読んで説明を加えてくれる。
「地方での開業を応援する意図をこめて、ギルドに手数料を払って、保証人を紹介して貰う仕組みがあるのさ」
地方の非貴族層市民が、一旗あげる為に商売を始めようと意気込んだ時に、身元保証人のところで躓くケースも多いのだと言う。
そこでその土地の町長クラス以上の為政者に、手数料を払っての、保証人の名義貸しを合法的に頼んでいるんだそうだ。
「為政者側としても、そうやって保証人の名を貸した商人が出世して、地元に利益を還元してくれれば言うことはないワケだからね。とは言え犯罪に巻き込まれる危険はゼロではないから、万一の際の責任はその土地のギルドと折半で請け負うことにはなるがね」
「え……じゃあ、まさに今回はその『万一の際』になりますよね……」
「まあ、そうだね。資金を奪われた商会に補填をするか、自らの手で姿をくらました連中を探すか、そのあたりはやられた保証人の考え方次第だね」
ホタテの漁場に関する投資話とは言え、必ずしもコンティオラ公爵領下の商会が関係しているとは限らない。
隣室でアズレート副ギルド長と話をしている商会がどこに拠点を置いていて、姿をくらましたと言う商会が、どこでギルドカードを作ったのか。
リーリャギルド長が私をこの場に同席させたこともそうだし、ラヴォリ商会の商会長代理が話をしたがっていたところから言っても、無関係で通せない何かがあるのかも知れない。
「今、どこまで分かっているんですか?」
私としても、そう、踏み込んだ質問をせざるを得なかった。
「今、隣でアズレートと話をしているのはビュケ男爵領下を拠点にしているカルメル商会の商会長。ラヴォリ商会の傘下で王都に海産物を運ぶ、手堅い商売をしていた筈なんだがね」
答えるリーリャギルド長の表情は、苦々しげだ。
「ああ、だからさっきカール商会長代理が……」
「おや、彼に会ったのかい」
「そこですれ違っただけです。ただ、何か話したいことがあるみたいでした」
イデオン公爵邸で学んだ知識を引っ張り出せば、ビュケ男爵領と言うのはコンティオラ公爵領下の領地である筈だ。
カールフェルド・ラヴォリ商会長代理が私と話をしたがる理由にはすぐさま繋がらなかったものの、無関係ではない気がしていた。
「――もう一度聞くが」
一瞬会話が途切れたそこへ、アズレート副ギルド長の重々しい声が扉の隙間から聞こえてきた。
「カルメル商会長に、その話を持ち込んだ商会の名前と、憶えている限りの商会の情報を教えて欲しい」
「ああ、はい……商会の名前は『シャプル商会』と言っていました。祖父がコデルリーエ男爵家で働いていた縁で、小さい商会であるにも関わらず、後見をして貰っている――と」
カルメル商会長が、アズレート副ギルド長に対してそんな風に答えを返したその瞬間、私の隣から「……何ですって?」と言う、淑女らしからぬ殺気を纏った声が聞こえてきた。
「お……お義母様……?」
「コデルリーエ男爵家が……詐欺に関わっている疑いがあると……?」
思わず身をのけ反らせてしまったけど、同時にコデルリーエ男爵家が、フォルシアン公爵領下にあることを、私もここで思い出した。
「え……えっと、エリィ義母様、まだその男爵家が有罪と決まった訳ではなくて、地域貢献の為に保証人名義を貸していたのを悪用されただけと言う可能性も……」
「レイナちゃん」
「ハイ」
「それであっても問題です。我が公爵領下の領主が貶められていることになります。これは見過ごしてはならない話ですよ」
「…………」
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