聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

598 思いがけない事故

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「――ユングベリ商会長」

 1階から上の階へと、順にエリィ義母様にも見て貰ったところで、1階の出口付近に、ファルコに連れられたカールフェルド・ラヴォリ商会長代理の姿を認めた。

「カール商会長代理」

「申し訳ない。話はこの空き店舗内でした方が良いと、最初は確かに思っていたのですが、緊急事態が発生しまして……ぜひ、ラヴォリ商会にお越しいただけませんか」

「緊急事態……ですか?」

 首を傾げた私に「ええ」と答えたカール商会長代理は、こちらに歩み寄って来たところで、声のトーンを囁くようなボリュームに落とした。

「実はラヴォリ商会が地方と行き来をさせている馬車と、とある貴族家の馬車とが王都のはずれ、街道沿いで接触事故を起こしてしまいまして」

「事故」

「いえ、事故と言っても四つ角のところで馬同士が正面衝突をしかかって、運悪く相手側の車輪が外れてしまった――と言うのがことの成り行きで、相手の馬車も横転はしなかったので、軽い打撲程度の怪我で済みはしたんですが」

「……貴族側の馬車の車輪が外れたんですか」

 恐らく話の本筋とは外れるだろうけど、つい気になって聞いてしまったところ、カール商会長代理は嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「取引の為に長距離を走らせる馬車ですから、見た目以上に耐久性や装備は重視しているつもりです。加えて向こうの馬車も、家名が分からぬよう簡易仕立てした方の馬車でしたから、余計でしょう」

「なるほど……失礼しました、話を脱線させてしまって。続けて下さい」

「ええ。それで……馬車に乗っていたのは、貴族のご婦人。車輪が外れた時の衝撃に驚いて気を失われたようで、今は当商会で休んでいただいていまして」

 日本にいた頃、小耳に挟んだだけでも、自動車事故は余程のことがない限り0:100の有責にはならないと聞く。

 たとえ馬車として考えて、ラヴォリ商会側に一切の非がなかったとしても、相手が貴族となれば面倒なことになるのは目に見えていた。

 ただ、眉間に皺を寄せた私をどう見たのか、カール商会長代理は慌てて両手を振った。

「ああ、いえ、ご心配なく!相手側貴族のとりなしを頼んでいる訳ではないのです。正直、長く商売をやっていればそう言った事故はゼロではありませんのでね。そこはこれまでの対応に沿って真摯に進めるだけのことですから」

 なるほど、長い間手広く商売を続けている商会だから、対応マニュアルなんかがあってもおかしくはない。

「では……」

「問題はその馬車に乗っていたご婦人のことです」

「ご存知の方だったんですか?」

 スヴェンテ公爵家にも出入りを許されている、アンジェス国一の大商会たるラヴォリ商会であれば、他の貴族であっても、ある程度は顔を見知っていて当然だった。

 はたしてカール商会長代理は、思った通りに目をゆっくりと瞬かせて、視線で肯定をしてきた。

「――コンティオラ公爵夫人です」

「「⁉」」

 これには私だけではなく、隣でエリィ義母様も大きく目を見開いた。

「もちろん本来であればコンティオラ公爵家の家令に連絡をとって、公爵邸にお送りするのが筋ではあるんですが……今、コンティオラ公爵邸の周囲には少々ガラの良くない連中もウロついていましてね。ヤツらに知られるのは避けた方が良いだろうと判断をしたのですよ」

「ガラのよくない――と言うと、もしかして」

「カルメル商会は無関係でしょう。シャプル商会かブロッカ商会、どちらかが雇っているのではと、こちらは見ていますよ」

 投資を持ちかけている額がそこそこ以上にあるのだとしたら、少しでも自分たちの存在が知られたかのような動きがあれば、脅すか退くか、そのあたりを判断しようとしているのかも知れなかった。

「なるほど……それであれば、少なくとも自警団のランナーベック団長には、コンティオラ公爵邸へはこちらから合図があるまで近付かないようお願いした方が良さそうですね」

 フォルシアン公爵家の護衛やイデオン公爵家の〝鷹の眼〟たちと違って、ギルドの自警団は純粋な腕自慢、隠密行動や裏工作には向いていない印象がある。

 最終目標が現行犯逮捕だとしても、コンティオラ公爵邸に対してはこちら側の人間を動かした方が良さそうだった。

「我が商会も、地方を移動する際には、雇用と経済を回す意味でも、各地ギルドの自警団を雇いますから、申し訳ないですが、手出し出来かねます」

 ラヴォリ商会に限らず、商会と名のつくところのほぼ全て、警護が必要な際にはその土地のギルドの自警団を雇うのだそうだ。

 旅の初めから終わりまでの護衛か、街ごとに護衛を雇うかは、雇う側次第らしい。

 ユングベリ商会も、取引が軌道に乗るようになれば、それを見倣った方がいいのかも知れない。

 いずれにせよ今は、コンティオラ公爵邸にはフォルシアン公爵家の護衛が様子を見に行っていた筈だ。

 カール商会長代理の言ったことが正しいなら、そう間を置かずに「コンティオラ公爵夫人は邸宅やしきに不在だ」との情報を持って帰って来るに違いなかった。

「……ですが、自警団には少し控えて貰うとしても、貴族が絡む事故があった以上、王都警備隊への申告が必要な筈ですよね?」

 私は、某子爵サマが引き起こした、エドヴァルドのの根本原因を、ちょっと遠い目で思い返した。

 アレは事故じゃなかったけど、貴族が絡んだ場合は……云々、その時エドヴァルドが言っていた筈。

 私の言葉に、カール商会長代理が頷いた。

「もちろんです。今は馬車がどこの家紋も付けていないことと、相手が気を失っていることとで、どこの家門の方か分からなかったとの言い逃れは出来ますが……遅くとも今日の内には、王都警備隊に出頭して申告をしないとならないでしょうね」

 でなければ、今度はラヴォリ商会側が証拠隠滅を図ったと言われてもおかしくない立場に回ってしまう。

 そうでなくとも、非貴族層には不利なのだから。

「半日……」
「――レイナちゃん」

 唸る私の肩に、エリィ義母様が不意に手を置いた。

「……エリィ義母様?」

「とりあえず、商会長代理の仰る通りに、商会の方にお伺いして、ヒルダ夫人と話をしてみましょう?どこまでお嬢さんのことをご存知か、あるいは私たちが今持っていない情報を何かお持ちか……それからの連絡でも遅くはないと思うわ」

「私はコンティオラ公爵夫人とは、言葉を交わしたことがありません。紹介を、お義母様にお願いしても?」

 と言うか、チラ見しかしたことがないのだから「初めまして」でも良いくらいだ。

「フォルシアン公爵家も無関係じゃありませんもの。当然ですわね」

 エリィ義母様は、そう言って艶やかな笑みを垣間見せた。
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