聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

604 気分は探偵です(後)

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 自分が軍本部の外へと出て、留守中の本部を弟さんに預けているベルセリウス将軍とは逆に、コンティオラ公爵領防衛軍を束ねるダールグレン侯爵家の者として、大ケガを負う前はマトヴェイ部長が、本部の外へ出て揉め事の仲裁をしていたと言う。

 その過程でエモニエ侯爵家に顔を出すことも多々あり、輿入れ前のヒルダ夫人とは、夫人が小さい頃から見知っていて、更に王都コンティオラ公爵家へ輿入れをする際には、税の申告と併せて夫人の道中の護衛もしたのだそうだ。

 なるほど、だから未だに互いが名前呼びをしていると言うことなんだろう。
 それが許されている間柄と言うことなのだ。

「事の経緯から考えるに、いずれ分かることだろうし、こちらに非は欠片もないことを主張しておくためにも、予め話をしておく必要はあると、私は考える。それとヒルダ様、レイナ・ユングベリ嬢はそのことを社交界で面白おかしく吹聴するような為人ひととなりではない点も申し添えておきましょう」

「マトヴェイ部長」

「まあ、バリエンダールで貴女の為人ひととなりはだいぶ見知ったつもりだよ」

 そう言って微かに口元をほころばせたマトヴェイ部長に、私よりもむしろコンティオラ公爵夫人が、意外そうに目を瞠っていた。

「貴方も……娘に勝ち目はないと仰るのね、ルーミッド様」

「ヒルダ様も内心では、もうお分かりでしょう。恐らくここからは、過ぎる意地が公爵家を滅ぼしますよ」

「……っ」

 俯くコンティオラ公爵夫人が、決めかねていた態度に決断を下すまで、そう長い間のことではなかった。

わたくしは……」

 マトヴェイ部長の言葉に無意味に反発をしないあたり、やはり娘さんが絡まなければ、それなりに冷静な人なのかも知れない。

「いくら紹介と言えど、シャプル商会とカルメル商会のどちらが家庭教師をするにせよ、何も調べておかないのは良くないと……邸宅やしきの者に調べさせましたの」

 シャプル商会に関しては、コンティオラ公爵領下にないと言うことしかまだ調べられていなかったそうで、そしてそれ以上に、ブロッカ商会の商会長が姪の夫と言うことが分かった時点で、そちらに意識が極振りをされてしまっていたらしい。

「もちろん王都に来てはいけないと言う訳ではありませんし、姪との生活のために商会を興したと言うのであれば、相応の努力を払えば良いとは思うのですけれど……娘が今日になって、次の講義では実際に投資をしてみるのだと言ったものですから……」

 マリセラ嬢自身は、自分の小遣いの範囲でやるから、と言っていたというが、夫人としては何に投資をしようと言うのか、聞かされていないところに不安を覚え、滞在先として家令が耳にしていたセルマの街に向かおうとしたのだと言う。

「正直なところ、私自身は姪も姪婿も、まだあまり信用をしきれておりませんでしたわ。それほどまでに当時の彼らは周囲を踏みにじりましたから。ですから、どういうつもりか、本当に真面目にやっていくつもりなのか、わたくし自身の目でも確かめておこうと……」

 なるほど。
 マトヴェイ部長の様子を見ても、その二人は「一夜の過ち」発覚当初、開き直って罵詈雑言でも吐いたのかも知れない。

 何なら「真実の愛」がくらいは言ったんだろう。そして、下位貴族として地方に封じられることにも反発をしていた――と言ったところか。

「ヒルダ様はどちらの商会の人間にも、まだお会いになっていらっしゃらなかったと?」

 マトヴェイ部長の問いかけに、はいでもありいいえでもあると、コンティオラ公爵夫人は答えた。

「ブロッカ商会長と会っていなかった、と言うだけですわ。二度ほど家庭教師として我が家を訪れていたのは、カルメル商会の紹介状を持った、面識のない商会関係者でしたから」

「なるほど、カルメル商会の紹介状を前面に出して、敢えて姪御さんの名前もその夫の名前も伏せたところに、逆に不信感を抱いて、余計に『問い詰めてやる!』ってなってしまわれたんですね」

 そしてマトヴェイ部長がいるからか、私の問いかけにもコクリと頷いてくれている。

「まあ、その不信感はあながち的外れではなかったのかも知れない」

 そう言って口元に手をやるマトヴェイ部長は、誰も知らない、その先の話を知っているみたいだった。

 私も、ここぞとばかりに水を向ける。

「そう言えばマトヴェイ部長、シャプル商会が何故コデルリーエ男爵領でギルドカードを作ったのか、ご存知なんですね?」

「貴女も、くらいはつけていたのでは?」

「ええ、まあ……領地での鉱石の採掘が不調で、当座の現金を必要としていたらしいことは分かったんですが……正直、鉱石の話は置いておいて、当座の現金を必要とする領なら他にもあるでしょうから、なぜコデルリーエ男爵領――と言うのが、まだ疑問でした」

「ああ……逆に、それならば答えられるな。むしろそれが先にあって、それから、当座の現金を必要としているところが第二の理由としてあったのかも知れない」

「と、言うと?」

 マトヴェイ部長はそれには即答をせず、一瞬コンティオラ公爵夫人へと視線を投げた。

「……仕方ありませんわね。この話はもう、コンティオラ公爵領内だけに留めておけないと言うことですものね」

 おまかせいたしますわ、と言われたマトヴェイ部長は、そこでようやく私の方へと向き直った。

「貴女も、ナルディーニ侯爵家の日頃の評判は多少は耳にしているだろうと思うが」

「まあ……よく言って博愛主義者。悪く――は、やめておきます」

 下半身が緩いなどと言ったら、淑女中の淑女であるエリィ義母様に、あとでこっぴどく叱られそうなので、ここは口を閉ざす。

 多分、言わずとも皆が察している筈だ。

「侯爵家全体がそうと言うわけではないんだがね。まあ、それは今はいいとして、端的に言えば当時領内のある夜会でヒルダ様によからぬことをしようとして、抱き込んだ侍女の追放先がコデルリーエ男爵家だ。侍女自身がナルディーニ侯爵領下男爵家の出身、当時のコデルリーエ男爵は50代半ばで、そこに後妻として嫁がされている。武器の原材料を取引したことがある兄――ダールグレン侯爵家現当主が、まだ小さい子の母親になれる女性を探しているのだと、世間話程度に男爵が口にしたのを覚えていたんだ」

「……わぁステキ」

 もちろん、棒読みの私の言葉は欠片も素敵と思っていないことの表れだ。
 マトヴェイ部長も、そこは苦笑しただけで咎めだてをすることはなかった。

「だからこれは私の勝手な推測だが、コデルリーエ男爵家と〝ジェイ〟――そこにナルディーニ侯爵家の存在を、疑わずにはいられない」

「狙いはコンティオラ公爵令嬢、ですか?」

「あくまで私の推測ではあるがね。投資の失敗自体は補填出来る金額の範囲に留まると思うが、公爵家令嬢としてはちょっとした醜聞になる」

「公爵領下の商会や領地が、それにつられて詐欺に遭えば尚更いたたまれなくなると言う訳ですね」

 そこに、漁場をに使われたナルディーニ侯爵家が、令嬢の受ける世間的なダメージを少しでも和らげようと、手を差し伸べる――美談を装った、婚姻の強要だ。

「……っ」

 私とマトヴェイ部長の言葉に、コンティオラ公爵夫人が、ひゅっと息を呑んだ。
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