聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの誓願(3)

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 普段は、フェリクスが納品してくる服にあれこれと言うことはほとんどない。

 素人であるこちら側よりも、よほど依頼客が引き立つ服を理解しているからだ。

 だから今回は〝アンブローシュ〟に行くと言うことと、私とレイナの色を取り入れた服を――としか言わなかった。

 言わなかったが、だがしかし。

 レイナの不在中に、フェリクスが「渾身の作を受け取れ」と納品してきた服を確認した私は、こめかみが痙攣ひきつるのを止めることが出来なかった。

「フェリクス……」

 恐らく私の声は相当に低く下がっていた筈だ。

「おまえが〝アンブローシュ〟でレイナ嬢と食事をするって言ったんだろうが!」
「なら、この背中の開いたドレスはなんだ!」
「おまえのために開けてやったんだろう!おまえ絶対、王宮ではこんなドレスを彼女には着させないだろう⁉」
「当たり前だ!レイナの素肌を目にしていいのは私だけだ!」
「……真顔で言うか……」

 フェリクスが唖然と口を噤み、団欒の間ホワイエにいたセルヴァンとヨンナも呆れた表情を隠さずこちらを見ていたが、その程度で私が怯む筈もなかった。

 どうやらそれ以上を諦めたらしいフェリクスが、片手を腰にあてながら、もう片方の手で己の頭をガシガシと掻いた。

「あのな、一応そこに侍女長がいるから説明をしておくとだな、腰元のこの布は片結びにして、背中をある程度覆える様に調整すんだよ。普通の蝶結びだと、リボンとしては小さいしそれこそおまえが想像する様な下品な背中の開き具合になっちまう。だから片結びなんだよ」

 なんでも〝マダム・カルロッテ〟のリボンドレスに多少の憧れはあれど、年齢や本人の顔つきなどから似合わないと思われる女性顧客のためにフェリクスが考えた「リボン風」のデザインで、これはこれで〝ヘルマン・アテリエ〟で一定の人気はあるんだそうだ。

「本人の興味があろうとなかろうと、興味を向けさせるのがデザイナーの本分!同じデザインばかりだと本人が社交界で舐められるぞ?色々と着て、相手の好みと自分の好み、更に自分に似あうデザインを把握をするのが貴族女性の嗜みってモンだ!」

 単に他人ひとに見せたくないだけで、実際には良いと思っているだろう――と、ビシリと指をさされた私は、迂闊にも言葉に詰まった。

 ますます、セルヴァンとヨンナがこちらを見る目が、残念な子を見るソレになっている。

「そもそも〝アンブローシュ〟の従業員は、顧客層を考えて、下手な貴族屋敷の使用人よりも完璧に教育をされている。おまえが考えるような目で客を眺めるようなヤツは最初はなから採用もされない。このフェリクス・ヘルマンの最新作ってだけでドレスコードは充分に満たしているんだよ。いいから存分に楽しんでこい!」

 ……どうにもフェリクスに負けた気になり、モヤモヤとしてしまったのはここだけの秘密だ。

 何しろそんなやりとりがあった後で、実際に〝アンブローシュ〟に行くとなって、レイナがフェリクス渾身の(本人談)デザインドレスに身を通して現れた時、私は完全に言葉を奪われてしまったのだ。

「…………すまない。本気で見惚れた」

 細身のレイナを引き立たせるデザイン。纏う色は私の色。

「あ……その……えっと、エドヴァルド様も……素敵、です」

 私は私で、レイナの色に合わせた正装を着用していると、気付いたレイナの方も言葉がたどたどしくなっていて、セルヴァンとヨンナが咳払いをしなければ、二人ともがぎこちないままだっただろう。

「行ってらっしゃいませ。――どうぞ、良い夜を」

 玄関ホールに使用人が勢ぞろいをして見送ると言う光景は、確かにそう頻繁にあるものではない。

「エドヴァルド様……今から、どこに行くんでしたっけ?」
「レストランに食事をしに行く……筈だ」

 レイナの戸惑いに、私は苦笑を返すことしか出来なかった。


*          *          *


 元は王族専用レストランだった〝アンブローシュ〟だが、王族の数が少なくなってきた頃から、公爵家や王宮官吏の長官職など、ごく一部の層にも門戸を開くようになってきていた。

 とは言え、社交を仕事の後ろに放り投げてきた私とて、実はこのレストランに来るのは今日が初めてだった。

 まさか一番良い個室のある階へと上がるのが、小型の〝転移扉〟使用だとは思わなかったが、私のエスコートに、レイナは大人しく従ってくれた。

 私さえいれば大丈夫だと、いつか思ってくれれば良いのだが。

 まずは最初にリリアート伯爵令息の突然の訪問と器の貸し出しの件を詫び、支配人が如才のない会話を交わしたところで、席へと案内される。

 レイナには言っていないが、メインの部屋とデザートの部屋を分けて貰い、こちらは〝アンブローシュ〟の料理を楽しむ形で用意をして貰った。

 公爵邸での食事にはまったく文句を言わないレイナなので、せめてと要望を聞いてみたところ「スヴァレーフじゃがいもづくしにしなくて良い」と言うのと「今までに公爵邸で出されていない料理」と言う言葉が事前に返ってきていたので、セルヴァンにそれとなく、レイナがこれまでに食している物を確かめさせたうえで、レストラン側には伝えておいた。

 食事が始まると、レイナは支配人の説明に、それは熱心に耳を傾けていた。

 支配人の方も、産地や仕入れの話に関心を示すレイナを気に入ったのか、あれこれと丁寧に説明をしている。

 どうやら特に、限定の食前酒とジェイの料理を気に入っているようなので、そこは定期的に公爵邸に仕入れられないか、考えた方が良いのかも知れない。

 この国独自の料理を好きになってくれればとも思うが、元居た世界にあった味に近いものがあれば、よりこちらにも馴染んでくれるのではないかとも思ってしまう。

 どうすれば、一番喜んでくれるのか。

 フォルシアン公爵が、人生日々それとの葛藤だよ――などと以前に言っていたことを、自分でも実感することになるとは思わなかった。

 ともすれば思考が仕事の方に傾いてしまうので、どうにか今日ここに来た本来の目的を思い出して貰おうと、あらかたメインの食事が終わったところで、私はひとつ咳払いをした。

 支配人が、隣室の用意が整ったと告げに来たからだ。

「レイナ、最後デザートと食後の飲み物は隣の部屋に別に用意をさせている。移動をして貰うが、構わないだろうか」

 立ち上がった私は、レイナの傍まで歩み寄ると、エスコートの為の手を差し出した。

「――はい、大丈夫です」


 レイナは微笑わらって、そこに手を重ねてくれた。
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