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第三部 宰相閣下の婚約者
618 絶対零度の晩餐会~帰宅前~
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レディ・エミリエンヌは、クラシカルなスタイルのドレスが得意分野らしい。
私が困惑しているのを見て、まずは「自分の色」をまとうことから始めてみましょう、と助言をくれた。
コンティオラ公爵夫人はと言えば、既製品を何着かあっと言う間に決めてしまって、今は採寸のため、隣の部屋に移動をしていて、ウエストと丈を詰めれば直ぐに引き渡しは――なんて声が洩れ聞こえてくる。
「レイナちゃん。あれくらいスパッと自分に似合うものを把握して、打ち合わせが出来るようにならないとダメよ?」
「が、頑張ります……」
コンティオラ公爵夫人の採寸部屋を見ながら、エリィ義母様の「指導」が入る。
こちらはこちらで、レディ・エミリエンヌがサラサラとデザイン画を書き起こしている。
「そうそう、レディ、出来れば首まわりが隠れるようなデザインで何着か作れないかしら」
あまりにさりげなく言われたので、私はその瞬間は、エリィ義母様の意図をすぐには察せられなかった。
レディ・エミリエンヌは手を止めないまま、どこか懐かしげにクスリと微笑っていた。
「……先代様がご健在でした頃、初めて貴女様をお連れになった時にも、確か同じようなオーダーを頂いた記憶がございますわ」
「……!」
珍しく、エリィ義母様のお顔が赤い。
「あ、あの時は夫が……」
「最後まで仰らずとも大丈夫ですわ。元より私のデザインはあまりデコルテ部分を出しませんから。そこから年齢相応に見えるよう展開させていただきますから」
「……レ、レイナちゃん」
何故か動揺したままのエリィ義母様が、レディ・エミリエンヌから視線を逸らすように、くるりとこちらを振り返った。
「ええっと……あのね?基本的に〝ヘルマン・アテリエ〟も〝マダム・カルロッテ〟も、痕を隠す前提でのデザインはしないでしょう?」
「⁉」
私はそこでようやく、エリィ義母様とレディ・エミリエンヌが何の話をしているのかに思い至った。
「まさか夫が教えたとは思わないけれど、イデオン公も『むしろ自分のものだと見せつける』意味で、その痕を見えないところに留めておく――なんてコトはまったくしていないみたいだし」
「……っ」
私は今更だと思いながらも、思わず首元に手をあててしまう。
「だからね?亡くなられたお義母様が私にここをご紹介下さったように、私はここをレイナちゃんに紹介しておくわね?ユティラはアムレアン侯爵領に輿入れをする子だから、向こうで何とでも出来ると思うのよ」
「…………」
それは、あれですか。
イル義父様がかつてエリィ義母様に痕をつけまくって、先代夫人に雷を落とされていたりなんかしたってコトなんですね?
うっかり聞きたくなったけれど、エリィ義母様の「聞いてくれるな」オーラが凄くて、とても口を開けなかった。
「あー……えー……首回りが隠れる服は、正直とても、ありがたいです……はい」
かろうじてそれだけを絞り出した私に、エリィ義母様は「そうよね?」と目が笑っていない笑みを閃かせた。
どうやら白の配色が多め、黒レースをあちらこちらに配したカラードレスと、身体に密着する部分はグレー、首元や腰から下は黒のオーガーンジー素材を使って透け感のある雰囲気にして、色が地味目なところをカバーしよう――そんなドレスをレディ・エミリエンヌは構想中のようだった。
「ご令嬢のドレスは久しぶりだから、腕が鳴りますわ。仮縫いの頃にまたお呼びしますので、お越し下さいませね?」
そもそも拒否権もないけど、色々と勉強になりそうなので、まあ良いか……と、私はコクリと頷いた。
* * *
「フォルシアン公爵夫人」
そうこうしているうちに、どうやら数日分の、動きやすい外出用ドレスと、宿での食事を想定した……あくまで「旅行用」と見せかけたドレスを購入したコンティオラ公爵夫人が、隣室から戻って来た。
普通ならフォルシアン公爵邸での食事ともなれば、それなりの戦闘服が必要となるだろうに、既製品での参加となることには、まだ躊躇が残るように見えた。
ただそこは、今日は何としてもコンティオラ公爵邸に戻ることは控えて貰わないとならないので、数秒考えたエリィ義母様が「……私の嫌がらせと言うことにでもしておきましょうか」と口にしていた。
後日、何かの拍子でディナーの話が洩れたら、そう言うことにしておこう――と言うことなんだろう。
コンティオラ公爵夫人は「そんな……」と口元に手をあてているものの、結局自身では代案が思い浮かばなかったんだろう。
最終的にはこちらへと、深々と頭を下げていた。
「あと、その……非常に言いにくいのですけれど……そろそろ学園の授業が終わる時間ではないかと……」
そして旦那サマなみのぼそぼそとした感じで、学園の授業が終わる――つまりは、ヒース・コンティオラ公爵令息が学園を出る頃だと呟いた。
「……あら」
恐らく伝言はもう届いている筈で、そうなると彼は、学園を出た後は実家邸宅ではなく、フォルシアン公爵邸へと馬車を向かわせる筈である。
「ユセフが卒業してからしばらくたっているから、時間割とか忘れてしまっていたわ。そう言うことであれば、名残惜しいけれど今日の買い物はここまでね」
コンティオラ公爵夫人の話を聞いたエリィ義母様は、そう言うと、立ち上がった。
「夕食のドレスコードはお気になさらないで、コンティオラ公爵夫人。事情が事情ですから、私と義娘の方が気取らない感じに合わせますわ」
ね?と微笑まれた私は――余計なことを口にせず、無言でにこやかに微笑むことにしておいた。
私は今日は、戻っても結局紺青色のドレスを着るのか……などと思いながら。
私が困惑しているのを見て、まずは「自分の色」をまとうことから始めてみましょう、と助言をくれた。
コンティオラ公爵夫人はと言えば、既製品を何着かあっと言う間に決めてしまって、今は採寸のため、隣の部屋に移動をしていて、ウエストと丈を詰めれば直ぐに引き渡しは――なんて声が洩れ聞こえてくる。
「レイナちゃん。あれくらいスパッと自分に似合うものを把握して、打ち合わせが出来るようにならないとダメよ?」
「が、頑張ります……」
コンティオラ公爵夫人の採寸部屋を見ながら、エリィ義母様の「指導」が入る。
こちらはこちらで、レディ・エミリエンヌがサラサラとデザイン画を書き起こしている。
「そうそう、レディ、出来れば首まわりが隠れるようなデザインで何着か作れないかしら」
あまりにさりげなく言われたので、私はその瞬間は、エリィ義母様の意図をすぐには察せられなかった。
レディ・エミリエンヌは手を止めないまま、どこか懐かしげにクスリと微笑っていた。
「……先代様がご健在でした頃、初めて貴女様をお連れになった時にも、確か同じようなオーダーを頂いた記憶がございますわ」
「……!」
珍しく、エリィ義母様のお顔が赤い。
「あ、あの時は夫が……」
「最後まで仰らずとも大丈夫ですわ。元より私のデザインはあまりデコルテ部分を出しませんから。そこから年齢相応に見えるよう展開させていただきますから」
「……レ、レイナちゃん」
何故か動揺したままのエリィ義母様が、レディ・エミリエンヌから視線を逸らすように、くるりとこちらを振り返った。
「ええっと……あのね?基本的に〝ヘルマン・アテリエ〟も〝マダム・カルロッテ〟も、痕を隠す前提でのデザインはしないでしょう?」
「⁉」
私はそこでようやく、エリィ義母様とレディ・エミリエンヌが何の話をしているのかに思い至った。
「まさか夫が教えたとは思わないけれど、イデオン公も『むしろ自分のものだと見せつける』意味で、その痕を見えないところに留めておく――なんてコトはまったくしていないみたいだし」
「……っ」
私は今更だと思いながらも、思わず首元に手をあててしまう。
「だからね?亡くなられたお義母様が私にここをご紹介下さったように、私はここをレイナちゃんに紹介しておくわね?ユティラはアムレアン侯爵領に輿入れをする子だから、向こうで何とでも出来ると思うのよ」
「…………」
それは、あれですか。
イル義父様がかつてエリィ義母様に痕をつけまくって、先代夫人に雷を落とされていたりなんかしたってコトなんですね?
うっかり聞きたくなったけれど、エリィ義母様の「聞いてくれるな」オーラが凄くて、とても口を開けなかった。
「あー……えー……首回りが隠れる服は、正直とても、ありがたいです……はい」
かろうじてそれだけを絞り出した私に、エリィ義母様は「そうよね?」と目が笑っていない笑みを閃かせた。
どうやら白の配色が多め、黒レースをあちらこちらに配したカラードレスと、身体に密着する部分はグレー、首元や腰から下は黒のオーガーンジー素材を使って透け感のある雰囲気にして、色が地味目なところをカバーしよう――そんなドレスをレディ・エミリエンヌは構想中のようだった。
「ご令嬢のドレスは久しぶりだから、腕が鳴りますわ。仮縫いの頃にまたお呼びしますので、お越し下さいませね?」
そもそも拒否権もないけど、色々と勉強になりそうなので、まあ良いか……と、私はコクリと頷いた。
* * *
「フォルシアン公爵夫人」
そうこうしているうちに、どうやら数日分の、動きやすい外出用ドレスと、宿での食事を想定した……あくまで「旅行用」と見せかけたドレスを購入したコンティオラ公爵夫人が、隣室から戻って来た。
普通ならフォルシアン公爵邸での食事ともなれば、それなりの戦闘服が必要となるだろうに、既製品での参加となることには、まだ躊躇が残るように見えた。
ただそこは、今日は何としてもコンティオラ公爵邸に戻ることは控えて貰わないとならないので、数秒考えたエリィ義母様が「……私の嫌がらせと言うことにでもしておきましょうか」と口にしていた。
後日、何かの拍子でディナーの話が洩れたら、そう言うことにしておこう――と言うことなんだろう。
コンティオラ公爵夫人は「そんな……」と口元に手をあてているものの、結局自身では代案が思い浮かばなかったんだろう。
最終的にはこちらへと、深々と頭を下げていた。
「あと、その……非常に言いにくいのですけれど……そろそろ学園の授業が終わる時間ではないかと……」
そして旦那サマなみのぼそぼそとした感じで、学園の授業が終わる――つまりは、ヒース・コンティオラ公爵令息が学園を出る頃だと呟いた。
「……あら」
恐らく伝言はもう届いている筈で、そうなると彼は、学園を出た後は実家邸宅ではなく、フォルシアン公爵邸へと馬車を向かわせる筈である。
「ユセフが卒業してからしばらくたっているから、時間割とか忘れてしまっていたわ。そう言うことであれば、名残惜しいけれど今日の買い物はここまでね」
コンティオラ公爵夫人の話を聞いたエリィ義母様は、そう言うと、立ち上がった。
「夕食のドレスコードはお気になさらないで、コンティオラ公爵夫人。事情が事情ですから、私と義娘の方が気取らない感じに合わせますわ」
ね?と微笑まれた私は――余計なことを口にせず、無言でにこやかに微笑むことにしておいた。
私は今日は、戻っても結局紺青色のドレスを着るのか……などと思いながら。
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