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第三部 宰相閣下の婚約者
660 崖っぷちの公爵家
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「もともと投資の話よりも先に、用途が媚薬とほぼ同じな〝痺れ茶〟と言うバリエンダール産の薬物の仕入れ販売の話が水面下であって、それが少しアンジェス国内に流れ始めていた。ところが何らかのトラブルがあって仕入れが止まり、資金繰りが滞って次に思いついたのが、存在しない漁場への投資話だった」
マリセラ嬢に説明をしつつも「ですよね?」と確認するようにヒース君がこちらを見てきたので、私はゆっくりと首を縦に振った。
こちらを見たと言っても、お義兄様の視線も「知っているのか」とばかりにこちらを向いているので、私しか答えようがなかったのだ。
二人ともが、これまでの話で何となくあたりをつけていたんだと思われた。
「何らかのトラブルと言うか……向こうで出席した、とあるお茶会で振る舞われかけて。被害は未然に防げたんですけど、そのことで王宮が流通ルートの解明と差し押さえの方向に動いた。だから当然、アンジェスにも入って来なくなった」
「振る舞われかけた?」
「あ、私は一応ただの参加者でした」
「一応」
「まあ……毒見じゃないですけど、確認しようとしたら思いがけず反応があって。流通禁止のきっかけを作ってしまったコトは否定しません」
「…………いや」
私の言葉に、それまで一応は静かに聞いていた筈のお義兄様が微かに眉を顰めた。
「そこは必要以上に気にしなくて良いだろう。結局のところは〝痺れ茶〟が広がるか、投資詐欺の被害が広がるかの違いでしかなかっただろうから、変に責任を感じる必要はない。むしろそれがきっかけで、今回の話が浮かび上がったんだろうからな」
「お義兄様……」
どうしました、お義兄サマ⁉
私がバリエンダールでやらかしたからだと言わないどころか、まさかのフォロー!
きっとイル義父様もエリィ義母様も喜ぶだろうから、あとでフォローしておいてあげようかな。うん。
「それで」
そこでさすがに姉を見かねたのか、ヒース君が軽く咳払いをして、私とお義兄様の間の会話を引き取った。
「そのお茶がアンジェスに持ち込まれるきっかけとなったのが、先代エモニエ侯爵の後妻となる夫人が、実家であるバリエンダールの伯爵家を追い落とすため、寄り親とも言うべき公爵家と繋ぎを取ったこと――と言うわけですね」
「持ちかけたのは向こうからかも知れません。それは分かりませんけど、いずれにせよ〝痺れ茶〟が生産されている島がその公爵家の領地には違いない。多分こちら側で言うブロッカ商会と同様に、バリエンダール側でバレた時に全ての罪を被せられる役割でも負ってるんじゃないかと……」
その途中、先代エモニエ侯爵夫人とナルディーニ侯爵との間に不貞関係が出来た。
もしかしたら最初は、夜会などでヒルダ夫人を堕とすためにナルディーニ侯爵も〝痺れ茶〟を購入したのかも知れない。
一度や二度は自領でろくでもない事に試しているだろうし、その過程でレイフ殿下派閥の貴族にも多少は流れていたっぽい。
その〝痺れ茶〟の仕入れルートが潰れた際、ならば……と今度はナルディーニ侯爵令息の方が、投じた資金の回収とコンティオラ公爵家の母娘を絡めとることとを両立させようと、投資詐欺の詐欺話を立ち上げたんだろう。
そんなところじゃないかと私がヒース君を見ながら答えると「どうして……」と帰ってきたのは、ヒース君の声じゃなかった。
「そんな詐欺を仕掛けて……どうして私がナルディーニ侯爵家に従うと……」
もともとが靡いてもいないのだから、何をしたって同じことだろうに――とでも言いたげなマリセラ嬢に、ヒース君がため息を吐き出した。
「よく考えて下さい、姉上。さっきも言ったけど、詐欺にかかったのが姉上でも、世間は『コンティオラ公爵家がお金を出した』と見做して追随するかも知れない。詐欺被害が広まってしまえば姉上は、簡単に詐欺に引っかかる、貴族家の内向きには向かない女性と思われ、まともな嫁ぎ先が激減することになるんですよ」
「なっ……」
「そこへナルディーニ侯爵家が、親切を装って縁組を申し出てくるわけです。姉上の評判とセットでコンティオラ公爵家の評判が落ちた後なら、姉上が側室だろうと愛妾だろうと、引き取って貰えるだけ感謝をしないといけないかも知れない。今、まさに姉上とこの家は崖っぷちにいると言うわけなんですよ」
そして、と表情を歪めたヒース君は「一番最悪なのは、現当主と次期が責任を取らされる形で失脚し、残った姉上にナルディーニ侯爵令息が婿入りをすることかも知れないけどね」と、誰に言うでもなく、むしろ吐き捨てるかの様に呟いた。
ナルディーニ侯爵令息は長子だ。
とは言え他にも子供はいるし、養子を迎え入れたって良い。
現ナルディーニ侯爵とて、コンティオラ公爵家を乗っ取れるチャンスが目の前に転がれば、自家のことなど後回しにする筈だ。
最初からコンティオラ公爵家の乗っ取りは狙わないまでも、マリセラ嬢が手に入ればそれが次善だ、くらいではいるのかも知れない。
「そんな……」
「まだ信じられませんか?いい加減に目の前の現実は受け入れた方が良いですよ?……ああ、でも、ちょうど良かった。姉上から資金を巻き上げた主犯が連行されてきたみたいだから、答え合わせをしましょうか」
ヒース君が話していた途中から廊下が騒がしくなっていたため、恐らくはブロッカ商会長たちが捕まったあと、連れられて来たんだろうと思われた。
「ああ……盛り上がっているところ悪いが、えっと、ジキサマ?」
外からの集団が入って来る前に、王都商業ギルドのラジス副団長が軽く片手を上げる。
盛り上がっている、と言われたヒース君はちょっと複雑そうに眉根を寄せていた。
「ヒースで構いませんよ。僕――私をそう呼ぶのは、公爵家内部の者だけですので」
「そうか。いや、まあ何でも良いんだけどな。とりあえずブロッカ商会長が入って来るのであれば、多少はギルドの代表として尋問させて貰いたいんだが、構わねぇか?」
ラジス副団長の発言に、皆が目から鱗的な表情になった。
それはそうだ。
ブロッカ商会長は、子爵家の人間であると同時に商会を経営する商会長であり、膝をつくのは王の前のみとまで言われている商業ギルドには、事情聴取の権利があるのだ。
「……失礼しました、ラジス副団長」
もちろんどうぞ――と、ヒース君は軽く頭を下げて見せた。
マリセラ嬢に説明をしつつも「ですよね?」と確認するようにヒース君がこちらを見てきたので、私はゆっくりと首を縦に振った。
こちらを見たと言っても、お義兄様の視線も「知っているのか」とばかりにこちらを向いているので、私しか答えようがなかったのだ。
二人ともが、これまでの話で何となくあたりをつけていたんだと思われた。
「何らかのトラブルと言うか……向こうで出席した、とあるお茶会で振る舞われかけて。被害は未然に防げたんですけど、そのことで王宮が流通ルートの解明と差し押さえの方向に動いた。だから当然、アンジェスにも入って来なくなった」
「振る舞われかけた?」
「あ、私は一応ただの参加者でした」
「一応」
「まあ……毒見じゃないですけど、確認しようとしたら思いがけず反応があって。流通禁止のきっかけを作ってしまったコトは否定しません」
「…………いや」
私の言葉に、それまで一応は静かに聞いていた筈のお義兄様が微かに眉を顰めた。
「そこは必要以上に気にしなくて良いだろう。結局のところは〝痺れ茶〟が広がるか、投資詐欺の被害が広がるかの違いでしかなかっただろうから、変に責任を感じる必要はない。むしろそれがきっかけで、今回の話が浮かび上がったんだろうからな」
「お義兄様……」
どうしました、お義兄サマ⁉
私がバリエンダールでやらかしたからだと言わないどころか、まさかのフォロー!
きっとイル義父様もエリィ義母様も喜ぶだろうから、あとでフォローしておいてあげようかな。うん。
「それで」
そこでさすがに姉を見かねたのか、ヒース君が軽く咳払いをして、私とお義兄様の間の会話を引き取った。
「そのお茶がアンジェスに持ち込まれるきっかけとなったのが、先代エモニエ侯爵の後妻となる夫人が、実家であるバリエンダールの伯爵家を追い落とすため、寄り親とも言うべき公爵家と繋ぎを取ったこと――と言うわけですね」
「持ちかけたのは向こうからかも知れません。それは分かりませんけど、いずれにせよ〝痺れ茶〟が生産されている島がその公爵家の領地には違いない。多分こちら側で言うブロッカ商会と同様に、バリエンダール側でバレた時に全ての罪を被せられる役割でも負ってるんじゃないかと……」
その途中、先代エモニエ侯爵夫人とナルディーニ侯爵との間に不貞関係が出来た。
もしかしたら最初は、夜会などでヒルダ夫人を堕とすためにナルディーニ侯爵も〝痺れ茶〟を購入したのかも知れない。
一度や二度は自領でろくでもない事に試しているだろうし、その過程でレイフ殿下派閥の貴族にも多少は流れていたっぽい。
その〝痺れ茶〟の仕入れルートが潰れた際、ならば……と今度はナルディーニ侯爵令息の方が、投じた資金の回収とコンティオラ公爵家の母娘を絡めとることとを両立させようと、投資詐欺の詐欺話を立ち上げたんだろう。
そんなところじゃないかと私がヒース君を見ながら答えると「どうして……」と帰ってきたのは、ヒース君の声じゃなかった。
「そんな詐欺を仕掛けて……どうして私がナルディーニ侯爵家に従うと……」
もともとが靡いてもいないのだから、何をしたって同じことだろうに――とでも言いたげなマリセラ嬢に、ヒース君がため息を吐き出した。
「よく考えて下さい、姉上。さっきも言ったけど、詐欺にかかったのが姉上でも、世間は『コンティオラ公爵家がお金を出した』と見做して追随するかも知れない。詐欺被害が広まってしまえば姉上は、簡単に詐欺に引っかかる、貴族家の内向きには向かない女性と思われ、まともな嫁ぎ先が激減することになるんですよ」
「なっ……」
「そこへナルディーニ侯爵家が、親切を装って縁組を申し出てくるわけです。姉上の評判とセットでコンティオラ公爵家の評判が落ちた後なら、姉上が側室だろうと愛妾だろうと、引き取って貰えるだけ感謝をしないといけないかも知れない。今、まさに姉上とこの家は崖っぷちにいると言うわけなんですよ」
そして、と表情を歪めたヒース君は「一番最悪なのは、現当主と次期が責任を取らされる形で失脚し、残った姉上にナルディーニ侯爵令息が婿入りをすることかも知れないけどね」と、誰に言うでもなく、むしろ吐き捨てるかの様に呟いた。
ナルディーニ侯爵令息は長子だ。
とは言え他にも子供はいるし、養子を迎え入れたって良い。
現ナルディーニ侯爵とて、コンティオラ公爵家を乗っ取れるチャンスが目の前に転がれば、自家のことなど後回しにする筈だ。
最初からコンティオラ公爵家の乗っ取りは狙わないまでも、マリセラ嬢が手に入ればそれが次善だ、くらいではいるのかも知れない。
「そんな……」
「まだ信じられませんか?いい加減に目の前の現実は受け入れた方が良いですよ?……ああ、でも、ちょうど良かった。姉上から資金を巻き上げた主犯が連行されてきたみたいだから、答え合わせをしましょうか」
ヒース君が話していた途中から廊下が騒がしくなっていたため、恐らくはブロッカ商会長たちが捕まったあと、連れられて来たんだろうと思われた。
「ああ……盛り上がっているところ悪いが、えっと、ジキサマ?」
外からの集団が入って来る前に、王都商業ギルドのラジス副団長が軽く片手を上げる。
盛り上がっている、と言われたヒース君はちょっと複雑そうに眉根を寄せていた。
「ヒースで構いませんよ。僕――私をそう呼ぶのは、公爵家内部の者だけですので」
「そうか。いや、まあ何でも良いんだけどな。とりあえずブロッカ商会長が入って来るのであれば、多少はギルドの代表として尋問させて貰いたいんだが、構わねぇか?」
ラジス副団長の発言に、皆が目から鱗的な表情になった。
それはそうだ。
ブロッカ商会長は、子爵家の人間であると同時に商会を経営する商会長であり、膝をつくのは王の前のみとまで言われている商業ギルドには、事情聴取の権利があるのだ。
「……失礼しました、ラジス副団長」
もちろんどうぞ――と、ヒース君は軽く頭を下げて見せた。
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