聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの忍耐(5)

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 くく……っ、と低い笑い声でも耳に届いたのは、他に誰も言葉を発していなかったからだろう。

「なるほど王都商業ギルドで、ユングベリ商会とラヴォリ商会とがたまたま顔を合わせでもしたか……? つくづく姉君は面白いな、宰相。実はおまえが振り回されてやしないか?」

「陛下……今はそのようは話は……」

「これ見よがしにピアスを付けておきながら、何を言う。ああ、今の時期ならまだ仮留めか。何なら王宮内、更に大々的に婚約を布告するか?上手くいけば今回の騒動を二の次に出来るかも知れんぞ?」

 さすが以前婚約者がいただけのことはあって、フィルバートはピアスの意味や役割をきちんと理解していた。

「私の婚約ごときで塗り替えられる話題なワケがないだろう!」

 ピアスを付けている人間に軽々しく声をかけるな、と貴族教育で教わった最低限のことしか頭に残していなかった私としてはやや不本意になり、思わず声を荒げてしまう。

 既に一度、サレステーデの王子王女の前で宣言をしただけでも、充分に王宮内で話題にはなった筈だ。
 これ以上どうしようと言うのか。

 そこにフォルシアン公爵とコンティオラ公爵がいることさえ忘れた口調で言葉を返してしまっていたが、フィルバートは面白そうに口元を歪めるばかりで、いちいち咎めだてはしてこなかった。

「天下の宰相閣下が随分と自己評価の低いことを言う。凶事を慶事で覆い隠すのは、常套手段だろうに」

 つい最近どこぞの国ギーレンでも使われた手段だしな、との王の発言に、悔しいかな反論が出来ない。

「私にでもあれば良かったが、今すぐどうにかなるものでもないうえ、唐突すぎて裏を疑われかねない。ならば冷徹、鉄壁呼ばわりされていた氷の宰相の婚約の方が、目先の良い話題だ。その裏で何人かが表舞台から姿を消したところで、気付く者は少数であろうよ。……なあ、フォルシアン公、コンティオラ公?」

「は……」

 乾いた声で答えたフォルシアン公爵は、まだマシだろう。
 コンティオラ公爵は返す言葉もない、と言う感じだ。

 出ない言葉の代わりに――その場で深く頭を下げている。

「……その礼の意味はなんだ、コンティオラ公爵?」

 恐らくフィルバートは、分かっていて聞いている。
 そして聞かれれば、コンティオラ公爵も答えざるを得ない。

「エモニエ、ナルディーニ両侯爵領での不正は、国への叛意と取られても致し方のないもの。そして我が娘も、公爵令嬢としての立場の認識が不十分でした。領をまとめ、公爵家をまとめる者として、どのような処分であろうと甘んじてお受けいたします」

「……ほう」
「陛下」

 そしてフォルシアン公爵も、コンティオラ公爵の言葉を聞くなり、自らもその場で頭を下げた。

 己の配下にある領のことは勿論、コンティオラ公爵の方にばかり踏み込ませてはならない、との思いもあったかも知れない。

 場の勢いに呑まれての処分となれば、他の処分対象者とのバランスも取れなくなるからだ。

「それであれば私も、コデルリーエ男爵家に対する監督不行き届きを問われることは必定。寄り親であるダリアン侯爵家に関しては、直接今回の件に関わったと言う確認は取れておりませんが、それでもコデルリーエ男爵領での勝手を許した時点で何らかの咎めは必要だろうと認識しております」

 三国会談を控える現時点において、両公爵をなどと言うことは間違っても認められない。

 スヴェンテ老公爵も、これから公爵となるクヴィスト公爵令息も、直接の実務には携わってきていないからだ。

 五公爵家で政務を分担すると言う現在の仕組みが、間違いなく崩壊する。

「陛下」
「なるほど、宰相にも思うところがあるようだな?大々的な婚約式は喜ばしいことではないのか?」
「一度その話は横に置いて下さいますか」

 うっかりこめかみに青筋が立ったのと同時に、冷ややかな風が吹いてしまったが、今この場の誰も、それをどうこう言うことはない。

「詐欺をしかけた実行犯であるブロッカ商会、シャプル商会の関係者は今、我々三公爵家と王都商業ギルド、王都警備隊で連携を取って、一網打尽にするための網を張っています」

「ほう?日頃は水と油であろうギルドと警備隊で連携が取れるとは知らなかったな」
「……ユ……ユングベリ商会の伝手の為せる業、とでも……」

 王都商業ギルドは上層部、王都警備隊は元特殊部隊つながりでの伝手がある。
 ――いずれも、レイナが繋いだ伝手だ。

 言いたくはなかった、と言う態度を私が見せると、フィルバートは面白そうな表情のまま、話の続きを促してきた。

 私が困るのを楽しむところもあるので、今はそうしたていを装うのが、話し合いには不可欠だった。

「捕獲した連中の取り調べは、全て王宮で行います。処分の検討は――どうか、それからで。恐らくは〝痺れ茶〟のルートを追及すれば、我がイデオン公爵領とて無傷では済まない可能性があるので」

「漁場投資詐欺に関してはフォルシアン、コンティオラに関係があり〝痺れ茶〟に関してはイデオンにも関係がある……か?」

「あくまで現時点での可能性の話です、陛下。仮に〝痺れ茶〟の話に限定をすれば、元々が政治資金稼ぎの目的で仕入れられたとして、レイフ殿下派閥、ナルディーニ侯爵以外の家にも流通していないとは限らない」

 アルノシュト伯爵家の名前は、疑惑段階のため口にはしないが、恐らくはフィルバートには伝わっただろう。

 ふっ……と、嘲りにも似た笑い声が洩れている。

「これは、少なくとも叔父上にはサレステーデに行って貰う正当な理由になるか……?ああ、そうだ。叔父上のために送別の茶会を開くとしようか。宰相、その〝痺れ茶〟は手に入るのか?」

「……ブロッカ商会と、その後ろにいるナルディーニ侯爵令息を捕らえれば、どこかしらに滞留状態にある〝痺れ茶〟があるだろう。どうせ証拠として押収するのだから、一つや二つや三つ振る舞ったところで隠滅にはならん」

「そうか。ではフォルシアン公、コンティオラ公。その茶会だが、ナルディーニ、エモニエ、ダリアン。三つの侯爵家からも参加をさせよ。転移装置の使用許可は出してやる。宰相のところは伯爵家かも知れんが、疑惑に確信が持てるなら、それも参加だ」

「「「⁉」」」

 気のせいと思いたいが、間違いなくフィルバートは、茶会を開いて〝痺れ茶〟を振る舞うと言っている。

 どんな茶会だ。と言うか普通茶会とは夫人や令嬢が社交で開くものではないのか。

「断罪の茶会を開こうとでも……?」
「断罪の茶会か!いい響きだな、ではそれで進めるとしようか」
「いや、待て!……っ、お待ち下さい陛下!」

 いつ開こうと言うのか。
 これ以上どこにそんな余裕がある。

 言いかけた私の言葉を遮るかのように、フィルバートが片手を上げた。

「余裕がない?忙しい?承知の上だ。おまえたちの、それぞれの領への監督不行き届きだろうが。誰をどこへ嫁がせるにしろ他国へ追放するにしろ魔道具の実験台にするにしろ、すぐさま決められることか?そしてそれが定まるまで何も咎めがないと思うな」

 フィルバートの言う「魔道具の実験台」は、軽い実験モノで済む場合もあれば、内容によっては処刑宣告に相当する場合もある。

 確かに、今ここで決められるものではない。
 王都内での「捕り物」が済んで、事情聴取と裏付けが取れたところで、再度最終的な判断を下すのが正しい。

 バリエンダールへどう連絡を入れるかも、その事情聴取の内容にかかってくる。

「ああ、そうだ宰相。ナルディーニ侯爵令息が近くの街にいると言ったか?捕らえるのは構わんが、茶会までその情報は伏せさせろ。ナルディーニ侯爵とは、茶会の場で対面させてやろう」

 さて、と呟いたフィルバートは、おもむろに机の上のカトラリーに手を伸ばした。

「せっかく朝から料理人たちが頑張ったんだ。おまえたちも食せよ。ああ、そうだ。冷めるとまずいだろうと、出さずにおいたと野菜をすりつぶした温かいスープもある。宰相が部屋を寒くしているが、それを飲めば身体も温まる。マクシム、そろそろ運ばせてくれ」

「「「――――」」」

 かしこまりました、と答える老侍従の声がどこか遠くに聞こえた気がした。

「この私を丸め込めると思うな? もう一度聞こうか。さて――私の参加権は、どこにある?」


 私は片手を額に当てて、天井を仰いだ。
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