聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

667 そろそろ夢から醒めませんか

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「さっきあれほど説明したじゃないですか……考えが足りなかった、って」

 ヒース君だって言っていた。

 詐欺にかかったのがマリセラ嬢でも、世間は『コンティオラ公爵家がお金を出した』と見做して追随するかも知れない。詐欺被害が広まってしまえば、簡単に詐欺に引っかかる、貴族家の内向きには向かない女性と思われる、と。

「たまたま今回上手くいかなかっただけ――テストや社交ダンスなら、それでも良いかも知れない。けれど公務は、領政は、それじゃダメなんですよ。まさか五公爵家を、ちょっとお金に余裕のある地位の高い家、程度に考えてたりしないですよね?」

「なっ……⁉」

「いや、まあ、反論はあるのかも知れないですけど、いずれにせよ『周りからはそう見えている』と言うのは、理解して欲しいところです。決定的に『公爵家の者』としての責任感に欠けている、と」

わたくしは……っ」

「努力はされたのかも知れません。だけど礼儀作法で身に付くのは『公爵令嬢』としての評価です。公爵令嬢として完璧を誇ったとて、それだけでは下位貴族の領主の妻さえ務まらない。それが許されるのは側室までです。実家領地、夫となる相手の領地が何をして領地の経営を行っているのかを知らないままでは、正室としては失格なんですよ」

「だから、そう言ったことを前もって教えて下さったなら、わたくしだって……っ」

 なおも言い募ろうとするマリセラ嬢に、ヒース君が顔をしかめてしまっているけれど、うん、よっぽど日ごろからお姉さんに対して思うところがあったんだね……。

 私は姉弟二人ともを止める意味で、緩々と首を横に振った。

「結婚、あるいは婚約が決まってから、嫁ぎ先のことを勉強するのはある意味当たり前です。でもそれ以前に、貴女はそもそもご実家の領地のことにも詳しくない」

 詳しければ、こんな簡単に投資話に飛びつかない。

「貴女はただ、結婚が噂される相手に対抗したいだけで、この話に飛びついた。この話を受けた結果、領地に、父親に、公爵家に、全てにどういった利益と不利益をもたらすのかを考えもしなかった」

「そんなの……っ」

「一度にそこまでを考えられないのであれば、手を出してはいけなかったんです」

 そんなに一度に考えられる筈がない。
 恐らくはそう言いかけたに違いないところを、私はわざと遮った。

 実際には、領地経営のことまで慮っている妻など、そう多くないかも知れない。
 けれど無意識だろうとその代わりに、口も手も出さないのだ。

 ほどほどにドレスや宝石を買い、貴族の責務として経済循環に協力をし、いずれは子育てをしつつ領地の邸宅やしきに住まう。

 それ以上のことがしたいのであれば、ブレンダ・オルセン侯爵夫人の様な徹底した努力と家庭生活への見切りが必須となる。だから、口も手も出さない。

 そしてブレンダ夫人でさえ、国政の中枢に関わる五公爵家当主とは根本の立ち位置からして異なる。

 公爵家の名が持つ重みは、それほどまでに違うのだ。
 マリセラ嬢はそれを、心の底からは理解出来ていない。

 もしかしたら、ナルディーニ侯爵家から狙われないことに注力をしていたために、ヒルダ夫人の教育が偏ったのかも知れない。
 それでも。

「特にエドヴァルド・イデオンと言う男性ひとは、公爵家当主であると同時に宰相位も持っている。その一言が、一挙手一投足が、他者の注目を集める。たまたま上手くいかなかった、が通用することなんて、一つもありはしないんですよ」

 エドヴァルドが王宮内で公務をこなし、発言をする際には、その後の周囲の動きを恐らくは何通りにも予想をしている筈だ。

 チェスでもやらせたら無双状態になりそうなくらいの先読みをするだろう。

 そのエドヴァルドの隣にいたいと思うのなら、何をすれば良かったのか。

 ――マリセラ嬢は、読み間違えたのだ。

「現にその『たまたま上手くいかなかった』が、どう言う状況を引き起こしているのか――が、五公爵家の名前が背負う責任です。

 そう言って、私は手でぐるりと部屋の中を指し示した。

資金おかねが戻って来て良かった、じゃもう済まない。いいカモ……じゃなくて、資金おかねを吐き出させそうだと貴女が思わせてしまったために、他国では既に流通が止められている物騒な茶葉の新たな販路として、この国が目を付けられた。そしてどうせなら貴女から最大限資金おかねを引き出そうと、罪もないナルディーニ侯爵の弟さんが巻きこまれて、その夫人が脅しをかけられた」

 びくりとデリツィア夫人の肩が跳ねたのは視界の端に見えたけれど、それを痛ましげに見ているのはウリッセだけだ。

 ある程度内通者としての意識が共有されているのかも知れないけど、私からはそれを咎めたり慰めたりすることはない。

 カルメル商会を筆頭にれっきとした被害者が存在している以上は、それは頼まれても出来る話じゃない。

 私は気付かないフリをして「そして」と、青い顔のマリセラ嬢を再び見やる。

「新たな漁場の開拓などと言う話が、そう簡単に進められるものではないことを知っていなければならない筈の貴女が、それを知らなかった。貴女が疑問にすら思わなかったことで、その話が他の商会に投資をするに値することなのだと、かえって信憑性を与えてしまった」

 そう。
 漁場の話は、私が知らないこととマリセラ嬢が知らないこととでは、仮に同じ条件であったとしても、周りに与える影響があまりにも違うのだ。

 彼女にはその自覚がなかったし、表情かおを歪めたヒース君は、恐らく当然のこととの認識が強すぎて、マリセラ嬢が「知らない」ことを知らなかった。

 ……多分、コンティオラ公爵も。

 そしてヒルダ夫人は、恐らく気付いたのがこの詐欺話がかなり進行してしまってからのことで――全てを未然に防ぐことは出来なかった。

「今回の話は、既に高等法院案件として、公の裁判にかけられることがほぼ決まっています。……さすがに分かりますよね?貴女が『たまたまだ』と、今に至るまで軽く考えていたことが裁判になるんです。場合によっては貴女のお父様も弟さんも裁かれる可能性があるんですよ」

「――――」

 はくはくと、マリセラ嬢が声を出せずに唇を震わせている。

 ヒース君にまで厳しい表情をさせるつもりじゃなかったんだけれど、多分彼は、それが間違まごうことなき現実だと理解わかっている筈だった。

「コンティオラ公爵令嬢」

 私は、これで話を打ち切るつもりで、ずいっとマリセラ嬢の顔を覗き込んだ。

「――そろそろ、公爵夫人になると言う夢から醒めませんか?」

 ごめんなさい。
 私が何様だって話かも知れないけれど、少なくとも貴女はもう遅い。
 私から言われるまで気付けなかった時点で、もう遅いのだ。



 マリセラ嬢。
 貴女は、エドヴァルドの隣には立てない。

 貴女には、無理です。
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