聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

679 ここは現実の世界

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「……応接間ドローイングルームではちょっと手狭になったかも知れませんね」

 ヒルダ夫人やらデレツィア夫人の子どもたちやらが入って来たのを見たヒース君が、微かに嘆息していた。

「母上……」

 そしてやっぱり来た、と言いたげなお義兄様ユセフの声に、私も「ははは」と乾いた笑い声で応えてしまう。

 見た目には淑女中の淑女の様なエリィ義母様、存外アクティブです。

「オノレ子爵閣下。このような場ですので、略儀でのご挨拶失礼致しますわ」
「いえ、こちらこそ職務中ですので」

 何せ息子の上司。
 略儀と言いながらもその挨拶は優雅で丁寧。
 さすがにオノレ子爵も恐縮している感があった。

 その横をデリツィア夫人の子どもたちが「母上!」とそれぞれに声を上げながら走り寄っている。

「ヒース……マリセラは……」

 子どもたちを見送れば、当然視界にソファに横たわるマリセラ嬢が視界に入る。
 母としての心配は当然だろうと思ったけれど、聞いた相手がヒース君。
 これ以上はない、と言った冷ややかな声が返されることになった。

「自分に都合の悪い言葉を聞かされて意識を手放せるとか、便利でいいですね。気絶して事態が好転するなら僕だってそうしたいくらいだ」

「……ヒース……」

 ヒルダ夫人は明らかにショックで表情を強張らせているけれど、私はちょっと、ヒース君の気持ちは理解出来てしまった。

 これは夢だと現実を拒否して、それで目が覚めたら今までの生活が、望む明日がまた戻って来るのなら、誰だってそうしたいに決まっている。

 けれど私は、もう目が覚めても日本に戻ることはないと知ってしまったし、ヒース君も、ひと晩眠ったところでコンティオラ家が置かれた現状が好転する筈もないと、頭のどこかで理解している。

 だからマリセラ嬢に、どうしても優しくなれないのだ。

 周りはその言葉を当然と思う者やらキツイと思っている者やら、反応は様々だ。
 だけど共通しているのは、そこに口を挟めるのは家族だけだと理解していると言うことだ。

 誰もヒルダ夫人の擁護も、ヒース君を窘めることもしない。
 身分云々と言う前に、家族間で解決すべき話だと思っているから。

「オノレ子爵閣下」

 そしてヒース君はそれ以上母に対しては何も言わず、オノレ子爵の方へと向き直っていた。

「実は今日、あの子に学園見学を……と言うことで、学園にも以前から許可を取ってあったのですが……一度この場を失礼させていただくことは難しいでしょうか?」

 ナルディーニ侯爵の実弟の息子・ティスト君に目線を向けるようにしながら言うと、オノレ子爵は少し考える表情を見せた。

「うむ……証拠隠滅だ、逃亡だと、そんな恐れがないのはここにいれば分かるが……裁判時に余計な隙を生むやも知れんから……諸手を上げての賛成はしかねるな……」

 被告側が無駄な足掻きを試みた時に、難癖を付けられそうな行動はとらない方が良いと言うことらしい。

「計画した側ではなく、狙われた側に当たる分、牢に入れとは誰も言わないだろう。ただ、事情が明らかになり判決の目処が立つまでのしばらくの間、全員邸宅やしきで軟禁となることは間違いない。その子だけで学園に向かうことは難しいかね? 何ならボードリエ理事長に連絡を入れて、別の案内人を立てて貰うよう依頼をすることはやぶさかではないが」

「彼……だけで、ですか……」

 ヒース君には若干の躊躇いがあるようだけど、多分オノレ子爵の頭の中には、学園入学前の年齢で公爵家当主となったエドヴァルドや、14歳になるかならないかの頃自ら裁判を起こしたヤンネ・キヴェカスの存在がある。

 一人で馬車に揺られて学園に行くくらい何ほどのことぞ、と思っているのかも知れなかった。

「――閣下」

 結論を出せない、そんな二人の間に割って入ったのは意外にもお義兄様ユセフだった。

「今、キヴェカス法律事務所には事務手伝いとしてカッレ侯爵令息がいます。彼は確かコンティオラ公爵令息と学園の同学年。既に彼は事務所で今回の事件をある程度見聞きしていますし、守秘義務もよく分かっている筈です。一人で行かせるとなると、学園側でいらぬ憶測を招く可能性もありますし、いきなりの中止もまたしかりでしょう。彼に頼むと言うのは如何ですか」

「「‼」」

 お義兄様ユセフの言葉に二人ともが「想像していなかった」と言った表情を垣間見せた。

「アストリッドに……?」
「ふむ……それなら、まだいいか……?」
「閣下からキヴェカス卿に一筆をいただければ、学園見学の時間くらいは、お一人ででも何とかされるでしょう」

 お義兄様ユセフ自身、この後事務所に戻るつもりではいたようだけど、オノレ子爵がどこまでを「関係者」として、なるべく外部との接触を避けるよう周知徹底させたいのかが分からず、とりあえず「ヤンネちょっとだけ一人で頑張れ」に論が傾いたらしかった。

「起きている事態こと事態ことなんでな。スヴェンテを除く各公爵邸には見張りを立たせて貰う許可を取る予定だ。だがまあ、外出禁止令を出させて貰うのは、恐らくはコンティオラ公爵家のみになるだろうがな」

 邸宅やしきに立たせる者に行先を告げる、あるいは同行を許可するかすれば、私やお義兄様ユセフが出かけたりするのは構わないと言うことなんだろう。

 クヴィスト公爵家もですか? と首を傾げたお義兄様ユセフに、オノレ子爵は淡々と「ヒチル伯爵家のこともあるからな」と答えていた。

「と言うか、あの邸宅やしきの前には既に王宮から見張りが派遣されている。そのまま続行されるだけのことだ」

「ああ……なるほど」

 現時点で故人となった先代クヴィスト公爵のやらかしで、少なくとも三国会談が終わるまではと、既に謹慎処分が言い渡されていたのだ。

 さすがに五公爵会議を臨時に開くとなれば、発言権はなさそうながら出席は余儀なくされるだろう、と言うことらしい。

「なのでユセフがヤンネの事務所に行ったり、学園の案内に同行したりすることまでは誰も咎めまいよ。考えて、最善と思うように動くと良い」

「閣下……」

「…………あの」

 オノレ子爵の「信頼」に、お義兄様ユセフが感動しているらしい最中申し訳なかったけれど、私も念のため確認しておきたかった。

「私が例えば王都商業ギルドに行ったり、キヴェカス法律事務所に行ったり……あと、学園に行ったりすることは問題ありませんでしょうか?」

「…………うん?」

 そっと片手を上げた私に、幾人もの視線が集中した。













◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レンタル分とかが絡んで分かりづらくなっているのですが、
本来の流れとして、なんと数えてびっくり本編+Side Storyで800話を超えました……!

読んで下さる皆さまのおかげですm(_ _)m
頑張りますのでこれからも宜しくお願いします……!!
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