聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

678 復讐の未亡人~序幕~

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「先代エモニエ侯爵が亡くなったことで箍が外れた……か」

 ウルリック副長の、複数の事実から推測される全容予想を聞いたオノレ子爵は、眉根を寄せて考えこんだ。

「閣下は先代エモニエ侯爵夫人をご存知でいらっしゃるんですか?」

 その様子を見たお義兄様ユセフが、そうオノレ子爵に問いかける。

「ああ……いや、直接言葉を交わすような間柄ではなかったのだが、エモニエ侯爵家に後添えとして輿入れされた経緯のこともあって、顔と名前は――な」

 アレンカ・フレイア伯爵令嬢としてエモニエ侯爵家にやって来た前後、高等法院で見かけたことがあったと言うことらしい。

「先代エモニエ侯爵は、フレイア伯爵令嬢がバリエンダールから来た経緯を聞いてかなりお心を痛めておいでで、トーレン前宰相との話し合いで彼女を受け入れることに何の不平不満も仰らなかった。むしろせめて侯爵領で穏やかに過ごして貰いたいと、心を砕いておられたと聞く。先代侯爵と前宰相の御心は……届かなかったか……」

「閣下……」

「ああ、いや、最後のはただの独り言だ。忘れてくれ。先代エモニエ侯爵夫人の話は私の方からイデオン宰相に伝えておこう。恐らく今回の関係者は、洩れなく陛下の御前で事情を説明せねばならなくなるだろうからな」

「…………」

 うわぁ、と思ったのは果たして私だけだっただろうか。

「へ、陛下の……?」

 高等法院での裁判では……? と思ったらしいお義兄様ユセフが素直にその疑問を口にしていたけれど、オノレ子爵は「ああ……」と、法曹関係者らしからぬ困惑交じりの声を発していた。

「これだけ貴族関係者が絡めば、当然最終的な判決は高等法院で下されることになる。そして伯爵位以下ならば、我々主導で普段通りに粛々と手続きを進めれば良い。だが侯爵家以上は事情が異なる。侯爵家は五公爵直属の長官職を担うことが出来る家柄だ。この家柄で何かある場合には、高等法院の前に五公爵会議にまず諮られる。そこで立てられた道筋を、我々との間で擦り合わせて判決を下すのだ」

 どうやら侯爵、公爵と言った家柄が裁判に絡む様な事件が起きた場合には、日本で言うところの裁判前調停のような場が事前に設けられるらしい。

 いきなり裁判をして、翌日から公務がストップしてしまうような事態を避けるため、上層部が考える「落としどころ」が高等法院の上層部に諮られるのだと言う。

 なるほど伯爵位以下であれば、その数から言っても替えはきくとの判断か。

「そう不安げな顔をするな、ユセフ。当然我々には拒否権がある。唯々諾々と五公爵会議で出された案を受け入れる必要はないのだ。我々も粛々と、出された案を法に則って判断をする。それが許されているのが高等法院の法院長と次席法院長だ」

 大貴族への忖度は不要。
 むしろそれをせずに公平性を保てる者が、高等法院の役職者に任じられる。

 18年前、ヤンネ・キヴェカスと共に伯爵家相手に一歩も引かなかったクロヴィス・オノレは、大貴族の権力に屈しない法の正義の象徴でもあった。

「今回の事件がナルディーニ侯爵家とエモニエ侯爵家のみに絡んだ話であれば、そのように五公爵会議に諮られるまでで済んだ。だが、事態ことはコンティオラ『公爵』家にまで及んだ。五公爵会議の場での公平、中立の部分が揺らいでいる。そうなると――発言出来ない一席を、誰かが埋めなくてはならない」

「……だから陛下ですか……」

「前代未聞だな。今回限り、以後二度とあって貰っては困る事態だ。我々は調べたことをイデオン宰相閣下と共有する。閣下はそれを陛下に奏上され、臨時の五公爵会議で関係者全員が事情を聞かれることになるだろう。最終的な裁判はその後になるだろうな」

 これにはユセフだけでなく、王都商業ギルドを代表する形でこの場にいるイフナースも目を丸くしている。

「我々一般市民はそこまで口を挟めないと仰る……?」

「うむ……まあ『表向きは』とだけ言っておこうか。非貴族層である商会同士の『話し合い』を先に済ませて、その結論を提出してくれるのに口は差し挟まぬ。本格的な裁判前に五公爵会議の案を聞くのと同様に、商会側の案を聞く場を設けると言うのであれば、我々は喜んでその場を設けよう」

 今回、絡む商会関係者は下位とは言え貴族関係者がほとんどではあるけれど、オノレ子爵が「表向き」と言うからには、商会長としての立場を全面に出して和解なり調停なり事前にある程度の道筋を立てるのには目を瞑ると言うことなのかも知れない。

「なるほど……ご配慮感謝申し上げる。我々ギルドとしても、その提案であれば受け入れましょう」

 微かに口元を歪めたイフナースの表情を見る限り、その「表向き」を目いっぱい拡大解釈しそうな空気をひしと感じた。

「ユングベリ商会長。次に王都商業ギルドに来られる際は、私にも声がけを。店舗の話だけではなく、の話もぜひさせていただきましょう」

「……ははは。了解しましたー」

 キヴェカス事務所の皆様がたには、頑張って仕事して貰おう。
 あ、この時点でお義兄様ユセフも巻き込まれ決定か。

「お義兄様、しばらく睡眠時間減ると思うので宜しくお願いしますー」
「は⁉」
「あと猛吹雪の楯もぜひ。もう、お義兄様の場合はそれで全部水に流しますので」
「⁉」

 何を言っている、とその表情は語っていたけれど、説明はしない。
 猛吹雪の楯、大事。詳しく説明して、尻込みされたら困ります。

 部屋のあちこちで待機している〝鷹の眼〟の皆も、私の言いたいことは察したに違いないけど、自分が可愛いんだろう。

 ――全員があらぬ方向に視線を投げていた。
 一蓮托生。言質いただきました。



「――お話中失礼致します。次期様」

 そこにコンティオラ公爵家家令イレネオが姿を現して、フォルシアン公爵邸からの来客をヒース君に耳打ちしていた。
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