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第三部 宰相閣下の婚約者
706 お義兄様の悔悟(前)
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ボードリエ学園理事長との話は今日はいいんですか?――と、帰り際にカールフェルド商会長代理に聞かれたけれど、それに関しては私は緩々と首を横に振った。
ヒース・コンティオラ公爵令息は現役の学園生、現ナルディーニ侯爵の甥であるティスト・ナルディーニ君は来期入学予定の生徒だ。
彼らの処分への忖度を頼んだ、などといらぬ疑いを周囲に生まないためにも、会うのは少なくとも物騒なお茶会のあと、現状では三国会談のあとにした方が良いはずだ。
もちろんそこまでは言わずに「今回の件が終わってからの方が良いと思いました」とだけ口にしたけれど、カールフェルド商会長代理は充分に察してくれたようだった。
「それもそうですね。カプート地域への出店、従業員の斡旋なんかの話もありますし、しばらくは定期的にお会いすることになるでしょうからね」
「…………ええ」
事実でも、一瞬ヒヤリと背筋が寒くなったのは気のせいだろうか。
窓の外を見れば日が傾いてきていたのもあって、今日はここまでで――と、失礼させて貰うことにした。
うん、気のせいったら気のせいだ。
地図を貰い、宰相閣下の意向を確認したところでまた来ると言い残して、私とお義兄様はフォルシアン公爵邸へと戻るべく馬車へと乗り込んだ。
「うーん……やっぱりナザリオギルド長に手紙書く……? いや、でもミラン王太子のところに突撃しちゃって大丈夫かをエドヴァルド様に確認しなきゃだよね……」
馬車に乗るなり、膝の上に地図を広げてブツブツ言い始めた私に、お義兄様の眉間に皺が寄った。
「バリエンダールのギルド長に手紙?」
さっきのリーリャギルド長との話の中で、ナザリオギルド長と言う名前が王都商業ギルド長の名前であることは汲み取っていたんだろう。
その声色は、まだ開業もしていない私ごときが書いて、果たしてギルド長の目に留まるのかとでも言いたげな雰囲気だったけど、私はあまり気にしていなかった。
それよりも、天才ゆえの自由奔放、普段から行動がまったく読めないナザリオギルド長に対して、どう知らせるべきなのかと言うことで頭がいっぱいになっていたからだ。
「バリエンダールに行っていた時に〝痺れ茶〟の拠点摘発に結果的に手を貸してしまっていたので……多少は他のギルド所属の商人よりも顔と名前は売れているんじゃないかと……」
「……は?」
イユノヴァ・シルバーギャラリーへの乗っ取りを撃退したら、結果的にそうなっていたと言うのが正しいのだろうけど、そこまで説明する以前にお義兄様が大きく目を見開いて固まっているので、もういいかと思ってしまった。
正直、今はいちいち説明出来ない。
まあ、その辺りはまた時間のある時に……と視線を地図に落としたまま答えていたら、お義兄様も「今する話でもない」と言うのは納得したようだ。
「まあ、イデオン宰相に相談をしてから動くつもりがキチンとあるのなら、私がこれ以上とやかく言うことでもないがな」
「もちろんです。ユングベリ商会は、そもそもイデオン公爵領の産地産業発展のために興した商会ですから。エドヴァルド様の為にならないようなことはしません」
実際のところは、ギーレン潜入中、上手く立ち回るために興した商会だったかも知れないけれど、基本的にはイデオン公爵領内の産出物を中心として取り扱う予定なのだから、間違いではないはずだ。
ギーレンで実際何があって、何をしてきたのかなんて、バリエンダールでのこと以上に語れるはずもないのだから。
「…………それは惚気なのか?」
「え?」
ただ、お義兄様はそれをどう受け取ったのか、一瞬以上の沈黙の後に問いかけられた言葉を咄嗟に理解しそこねて、私は思わず地図から顔を上げてしまっていた。
「お義兄様?」
「イデオン公爵領のため、ひいてはイデオン公爵のために商会を興したと、そう言っているように聞こえたんだが」
「そうですね、エドヴァルド様は宰相としての職務もお持ちで、とてつもなくお忙しい方ですから、貴族でもない、魔力もない私に何が出来るかなと――考えた結果がご覧の通りです。惚気かと言われると何とも……」
「自分に何が出来るか……か。イデオン公爵ほどの人なら、何もしなくても充分に養って貰えそうな気もするが」
お義兄様のその言葉に、私はきっとエリィ義母様が見たら「淑女らしくありません」と叱られそうなくらいに、盛大に顔を顰めてしまった。
「広い世の中、男の人に養って貰いたい女性ばかりじゃないですよ、お義兄様。そもそも私はアンジェスの出身じゃないですし、私は養って貰うとか自分が養うとかよりも、同じ方向を向いて一緒に頑張りたいタイプです」
「一緒に……」
「高等法院でだって、一人で手が回らない案件なら複数の人で考えを出し合ったり手分けしたりして解決にまで導くわけでしょう? どうして、その中に女性や家族、伴侶がいちゃいけないんです? 別に悪い意味じゃなく、私の国では『使えるモノは親でも使え』なんて格言もありますよ?」
「――――」
さすがに「親でも使え」は衝撃だったのか、お義兄様は黙り込んでしまっている。
貴族社会でだって、父子で骨肉の争いを繰り広げることくらいあるだろうに……と言うか、裁判で実例だって見ているだろうにと思うものの、あまり自分の身には置き換えられていなかったのかも知れない。
「まぁ、イル義父様やエリィ義母様を『使う』なんて、後が怖くて出来ないかも知れないですけど」
だからわざと場をほぐすように、そう言って肩をすくめてみたら、お義兄様の口元も微かに緩んだ。
「そうでなくともイデオン公爵家は、エドヴァルド様一人に寄りかかり過ぎです。一人が倒れたら成り立たなくなるなんて、組織としても良くないと思いませんか?」
「……そうか……」
高等法院内で置き換えてみろ、といったためか、どうやらお義兄様の理解も早かったようだ。
お義兄様は膝に乗せていた手をグッと握りしめると、不意に私の方へと向き直って、ほぼ直角に頭を下げた。
「⁉︎」
「…………すまなかった」
――走り続ける馬車の中に、驚愕と困惑の空気が満ち溢れた。
ヒース・コンティオラ公爵令息は現役の学園生、現ナルディーニ侯爵の甥であるティスト・ナルディーニ君は来期入学予定の生徒だ。
彼らの処分への忖度を頼んだ、などといらぬ疑いを周囲に生まないためにも、会うのは少なくとも物騒なお茶会のあと、現状では三国会談のあとにした方が良いはずだ。
もちろんそこまでは言わずに「今回の件が終わってからの方が良いと思いました」とだけ口にしたけれど、カールフェルド商会長代理は充分に察してくれたようだった。
「それもそうですね。カプート地域への出店、従業員の斡旋なんかの話もありますし、しばらくは定期的にお会いすることになるでしょうからね」
「…………ええ」
事実でも、一瞬ヒヤリと背筋が寒くなったのは気のせいだろうか。
窓の外を見れば日が傾いてきていたのもあって、今日はここまでで――と、失礼させて貰うことにした。
うん、気のせいったら気のせいだ。
地図を貰い、宰相閣下の意向を確認したところでまた来ると言い残して、私とお義兄様はフォルシアン公爵邸へと戻るべく馬車へと乗り込んだ。
「うーん……やっぱりナザリオギルド長に手紙書く……? いや、でもミラン王太子のところに突撃しちゃって大丈夫かをエドヴァルド様に確認しなきゃだよね……」
馬車に乗るなり、膝の上に地図を広げてブツブツ言い始めた私に、お義兄様の眉間に皺が寄った。
「バリエンダールのギルド長に手紙?」
さっきのリーリャギルド長との話の中で、ナザリオギルド長と言う名前が王都商業ギルド長の名前であることは汲み取っていたんだろう。
その声色は、まだ開業もしていない私ごときが書いて、果たしてギルド長の目に留まるのかとでも言いたげな雰囲気だったけど、私はあまり気にしていなかった。
それよりも、天才ゆえの自由奔放、普段から行動がまったく読めないナザリオギルド長に対して、どう知らせるべきなのかと言うことで頭がいっぱいになっていたからだ。
「バリエンダールに行っていた時に〝痺れ茶〟の拠点摘発に結果的に手を貸してしまっていたので……多少は他のギルド所属の商人よりも顔と名前は売れているんじゃないかと……」
「……は?」
イユノヴァ・シルバーギャラリーへの乗っ取りを撃退したら、結果的にそうなっていたと言うのが正しいのだろうけど、そこまで説明する以前にお義兄様が大きく目を見開いて固まっているので、もういいかと思ってしまった。
正直、今はいちいち説明出来ない。
まあ、その辺りはまた時間のある時に……と視線を地図に落としたまま答えていたら、お義兄様も「今する話でもない」と言うのは納得したようだ。
「まあ、イデオン宰相に相談をしてから動くつもりがキチンとあるのなら、私がこれ以上とやかく言うことでもないがな」
「もちろんです。ユングベリ商会は、そもそもイデオン公爵領の産地産業発展のために興した商会ですから。エドヴァルド様の為にならないようなことはしません」
実際のところは、ギーレン潜入中、上手く立ち回るために興した商会だったかも知れないけれど、基本的にはイデオン公爵領内の産出物を中心として取り扱う予定なのだから、間違いではないはずだ。
ギーレンで実際何があって、何をしてきたのかなんて、バリエンダールでのこと以上に語れるはずもないのだから。
「…………それは惚気なのか?」
「え?」
ただ、お義兄様はそれをどう受け取ったのか、一瞬以上の沈黙の後に問いかけられた言葉を咄嗟に理解しそこねて、私は思わず地図から顔を上げてしまっていた。
「お義兄様?」
「イデオン公爵領のため、ひいてはイデオン公爵のために商会を興したと、そう言っているように聞こえたんだが」
「そうですね、エドヴァルド様は宰相としての職務もお持ちで、とてつもなくお忙しい方ですから、貴族でもない、魔力もない私に何が出来るかなと――考えた結果がご覧の通りです。惚気かと言われると何とも……」
「自分に何が出来るか……か。イデオン公爵ほどの人なら、何もしなくても充分に養って貰えそうな気もするが」
お義兄様のその言葉に、私はきっとエリィ義母様が見たら「淑女らしくありません」と叱られそうなくらいに、盛大に顔を顰めてしまった。
「広い世の中、男の人に養って貰いたい女性ばかりじゃないですよ、お義兄様。そもそも私はアンジェスの出身じゃないですし、私は養って貰うとか自分が養うとかよりも、同じ方向を向いて一緒に頑張りたいタイプです」
「一緒に……」
「高等法院でだって、一人で手が回らない案件なら複数の人で考えを出し合ったり手分けしたりして解決にまで導くわけでしょう? どうして、その中に女性や家族、伴侶がいちゃいけないんです? 別に悪い意味じゃなく、私の国では『使えるモノは親でも使え』なんて格言もありますよ?」
「――――」
さすがに「親でも使え」は衝撃だったのか、お義兄様は黙り込んでしまっている。
貴族社会でだって、父子で骨肉の争いを繰り広げることくらいあるだろうに……と言うか、裁判で実例だって見ているだろうにと思うものの、あまり自分の身には置き換えられていなかったのかも知れない。
「まぁ、イル義父様やエリィ義母様を『使う』なんて、後が怖くて出来ないかも知れないですけど」
だからわざと場をほぐすように、そう言って肩をすくめてみたら、お義兄様の口元も微かに緩んだ。
「そうでなくともイデオン公爵家は、エドヴァルド様一人に寄りかかり過ぎです。一人が倒れたら成り立たなくなるなんて、組織としても良くないと思いませんか?」
「……そうか……」
高等法院内で置き換えてみろ、といったためか、どうやらお義兄様の理解も早かったようだ。
お義兄様は膝に乗せていた手をグッと握りしめると、不意に私の方へと向き直って、ほぼ直角に頭を下げた。
「⁉︎」
「…………すまなかった」
――走り続ける馬車の中に、驚愕と困惑の空気が満ち溢れた。
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