聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

711 準備は着々と

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「店舗もまだ出来ていないのに、販路を全て譲ると?」

 実にもっともな疑問をエドヴァルドが口にする。
 ボードストレーム商会分だけですよ、と言ってはみたものの、それで「なるほど」とはならなかったようだ。

「今ある商会の店舗と従業員をそのままユングベリ商会として看板だけ挿げ替えると言う話であればさすがに頷けない」

「ああ、はい、もちろん。店舗はともかく従業員に関しては、ギルドとラヴォリ商会とが期間限定で人を回して下さるとの話です。ユングベリ商会としての経営が軌道に乗れば、そのまま正式雇用するもよし、自力で別に雇うもよし。イデオン公爵家にとって都合が悪いと思われる人物は予め省いて貰って構わないから、と」

「……ずいぶんと至れり尽くせりな話だな」

 お義兄様ユセフの表情を見て、どうやらそれがその場しのぎの話ではないようだと察したエドヴァルドが、かえって眉をひそめている。

「ラヴォリ商会のカールフェルド商会長代理曰く、その代わりにボードストレーム商会に対する生殺与奪の権利は一任して欲しいとのことです。それとどうやら最初に持参した『手土産』が思ったより功を奏しているみたいで……」

 歩行補助器具くるまいすの話をここで大っぴらにしていいのかが分からず少しぼかしてはみたものの、エドヴァルドには充分に通じたようだった。

 ああ……と、思い出したように頷いている。

「商会長の方にも認められたと言うことか」

「そうですね。あれ、実際にはバリエンダールのナザリオ王都商業ギルド長のアドバイスも入っているんですけど……まあそのあたりは、それも私の伝手の一つと好意的に捉えて頂いたみたいで」

「なるほど……」

「商会を興すのであれば、ラヴォリ商会に筋を通せと仰ったエドヴァルド様のおかげですね」

「実際に手土産の内容なかみを決めたのは貴女自身だ。私はあくまで一般的な話をしたに過ぎん」

 そんな風にちょっとこそばゆい褒め合いをしていたからか、気付けばイル義父様やエリィ義母様の生温かい視線がこちらに降り注いでいた。

 お義兄様ユセフは……やっぱりチベスナ顔のままだったけど。

 それに気付いたエドヴァルドが「んんっ」と、咳払いをして場の空気を元に戻そうとした。

「陛下主催の茶会と三国会談が終わって落ち着いた頃にでも、従業員の面談あるいは書類審査が必要と言うことだな?」

「あ、はい、そうですね。カールフェルド商会長代理やこちらの王都商業ギルドのリーリャギルド長なんかも、なるべく早く開業出来るよう、色々協力して下さる――と」

 私はあくまで王都商業ギルドでの話をかいつまんで伝えようとしただけだったのだけれど、あきらかにその瞬間、部屋の室温が更に低下をした。

「…………カールフェルド・ラヴォリが? 直々に?」

「えっと……そう、ですね? ボードストレーム商会を叩き潰すのはラヴォリ商会のどうやら悲願みたいですし……? あくまでそのための協力と言うか……?」

 室温がどうして下がっているのかよく分からず首を傾げた私を見かねたのか、イル義父様の方がそこに声をかけてきてくれた。

「ええっと……レイナちゃん、ラヴォリ商会の商会長代理は独身なのかな」

「え? さあ……あの人多分エドヴァルド様より年上だと思うんですけど、次期商会長が確定をしているくらいなら、ご結婚くらいされているんじゃないんですかね? そもそも興味ないんで、年齢含めていちいち聞いてないですけど」

 勝手なイメージで考えれば、次代に続くような大商会であるならば、貴族並みあるいはそれ以上に「結婚して一人前」とでも言わんばかりの前時代的な認識が染み付いているような気がする。

「まあ……エドヴァルドより年齢が上でも独身と言う人間は意外にいるけれどね」

 そう呟きながらもイル義父様は「エドヴァルド」と、まるで子供に言い聞かせでもするかのような口調で視線を再度私の方から移動させていた。

「本人は興味がないそうだよ。不満か?」
「…………」

 舌打ちしそうな勢いでそっぽを向いているのはなぜでしょう、宰相閣下。
 思わず何故、と目を瞠る私にイル義父様はクスクスと笑っている。

「レイナちゃん、そこの狭量な男はラヴォリ商会の商会長代理によからぬ下心でもあるんじゃないかと勘繰ったみたいだよ」

「イル!」
「え?」

 よからぬ、って……。 

「まあ……ボードストレーム商会を事実上乗っ取ろうとしてるんですから、よからぬ下心と言えばそうかも知れないですけど……」

 見た目にマ〇オさんだったマキシミリアン商会長と、会長似のその息子は、国一番の商会を動かす中心人物だ。

 威厳と迫力のあるマ〇オさん。
 見かけによらず実は腹黒属性だろうと、確かに思ってはいるけれど。

 ブツブツとそう呟いていると、今度はエリィ義母様が「レイナちゃん、かわいいわね。そうしていると、まだまだ十代なんだなと思えるわ」と、イル義父様と頷きあいながら微笑わらった。

「エリィ義母様?」

「イデオン公は商会長代理に嫉妬なさったのよ、レイナちゃん。貴女の方に微塵も関心がないのは見ていて分かるのだけれど、そういうことは理屈ではないものね」

「え⁉」
「……っ」

 嫉妬⁉
 私が弾かれたようにエドヴァルドを見やると、返事の代わりと言うわけでもないだろうけど、いつの間にかテーブルの上に薄い霜が降りていた。

「なるほど、言葉よりも明確だ」

 邸宅やしき内吹雪かすな、と言ったそばからの霜にイル義父様も苦笑いしか出てこなかったようだ。

 狭量で結構、とイル義父様からそっぽを向いた――つまりはこちらを見た状態のエドヴァルドが言う。

「私は私だけを見ていて貰いたいんだ。カールフェルド・ラヴォリ一人の話をしているわけではない」

「エドヴァルド様……」

「レイナ」
「……ハイ」

 思わず背筋を正してしまった私に、エドヴァルドが微かに口元を綻ばせた。

「陛下主催の茶会にしろ三国会談にしろ、もうすぐ物騒な連中が顔を揃える。充分に周囲を警戒して欲しい。何かあれば、私の名前を出してくれていっこうに構わないから」

 婚約者だろう? と微笑わらった静止画スチルの破壊力に、うっかり言葉に詰まってしまい、代わりに勢いよく首を縦に振った。

 これはどうやら、カールフェルド商会長代理と今後商会関係の打ち合わせをする時には、同行者をする必要がありそうだ。

「ああっ、あの、従業員を借りること自体は構いませんか……?」

「なるべく早くにユングベリ商会を本格開業させたいと言うことなんだろう? しかもそのためにこちらではなく、向こうが手を貸してくれると言うのであれば、まあ基本、断る理由はないだろうが……とりあえず、終わってから再度話し合おうと言うことにしておいてくれ」

 何せ今は茶会と会談で手いっぱいだ、と困ったように微笑わらうエドヴァルドに、ここはイル義父様も頷いた。

「私もチョコレート関係の商品のことがあるし、元はと言えばベルドヴァ男爵夫人の店舗を引き継ぐと聞いている。可能な限り手は貸すよ――まあ、やはり全て終わってからの話になるが」

「……何か問題でも起きているんですか? いえ、計画から実施まで日がなさすぎですし、死ぬほど忙しいだろうことは見ていて分かりますけど、もちろん」

 それにしたって二人とも恐ろしく疲弊をした顔色になっている。

「……敢えて言うなら陛下が一番の問題なのか?」

「……これは茶会であり壮大なだ、だったか?」

 エドヴァルドとイル義父様が、思わずと言ったていで顔を見合わせながら嘆息していた。

「貴女とボードリエ伯爵令嬢には、ぜひ観客ギャラリーとして楽しんで貰いたい、とも言いながら準備に勤しんでいた。恐らく私と貴女は同じテーブルにはつけまいが、ボードリエ伯爵令嬢と二人、なるべく巻き込まれは回避してくれ。護衛騎士らの配置は何とか考えておく」

「……巻き込まれ……」

 どうやら今王宮は「陛下フィルバート無双」の状態になっているらしい。

 ――まさか死人が出そうとでも言うのだろうか。


 さすがにちょっと、怖くて聞けなかった。

















◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 いつも読んでいただいて有難うございますm(_ _)m
 話の流れ上、今日は出演出来る雰囲気ではなかったのですが――1月20日は「シマエナガの日」です!

 寒さが強いほど羽の中に空気を入れてまんまるに膨らむことから、1年で最も寒い日とされる大寒が「シマエナガの日」として制定されたとか。

 作中ではリファちゃんがレヴに拾われた日……からの、誕生日にしようかと画策中。

 いずれ「お誕生日会」話があるかもです⁉



 明日からはいよいよ茶会の章へ!
 引き続き読んで頂けると嬉しいですm(_ _)
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