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第三部 宰相閣下の婚約者
713 伯父と叔父
王宮主催の夜会あるいは使用人の福利厚生を目的として開かれる屋内市場〝ロッピア〟は、大抵は「軍神の間」と呼ばれる大広間で開催される。
王が個人的に人を招いて食事会を開くとなれば、それよりも規模の小さい「誓約の間」が使われる。
そして今回は――となった時に、どうやら「軍神の間」だと広すぎ「誓約の間」だと狭すぎると言う微妙な参加人数だったようだ。
変に閑散とした風に見えるだろう「軍神の間」を使用するか、本来は食事を振る舞う場ではない、そこそこの広さの部屋を今回限りとして使用するかが考えられたその時、国王陛下の鶴の一声があったらしい。
「認識阻害の魔道具を少しアレンジして「軍神の間」を狭く見せるのはどうだ?」
と。
何でもサレステーデのドロテア王女がお義兄様を閉じ込めて引きこもろうとしていた経緯を思い出して、別の使い方が出来るのでは? と思い至ったらしい。
ホテルの大宴会場を可動式の壁で仕切る感覚で、参加者の感覚を阻害して部屋を狭く見せようと思い立ったようなのだ。
「本来食事をするための部屋ではないところから、家具を入れ替えたり掃除をしたりする手間を考えれば、皆が準備に勤しんでいる間に管理部が魔道具の数を揃えて調整する方がよほど効率的だろう」
確かに管理部はお茶会とは全くの無関係。
まして元々扉を壁に偽装していた認識阻害の魔道具をアレンジして「軍神の間」の仕切りにしてみようと言う斬新な発想に、飛びつかないわけがない。
成果を期待している、と声をかけられた管理部はそもそもが「徹夜上等」な社畜の集まり。
ドロテア王女が(クヴィスト公爵家なのかサレステーデ・ベイエルス公爵家からの融通かは知らないが)持ち込んでいた魔道具の解析と、アンジェスにもともとある魔道具との性能を比較したり実験するなりで、なんと扉サイズの認識阻害だった魔道具を天井まで届く壁の画像として認識するように改良することに成功したと言う。
「――多分貴女には、広間の三分の一ほどが妙に広く空いた空間として見えることになるのだろうが、皆の認識ではその前に壁があるのだと思っていて欲しい」
ダリアン侯爵兄弟を紹介するからとイル義父様に言われて、イル義父様の執務室から参加者控室とされている「月神の間」に移動しながら、私はエドヴァルドからそんな説明を受けていた。
恐るべし管理部。
「陛下としては『姉君の目には不自然に映るだろうが、今回の主賓ではないからそこは見逃して貰いたい』――と言うことらしい」
なるほど。
主賓でもない、魔力ナシの私の目におかしなレイアウトとして映ったとしても、今回は無視することにしたんだろう。
何だろう。時間のない中で使用人の準備の手間を気遣ったと言うべきか、管理部と自分の好奇心を絶妙に満たしたと言うべきか。
「じゃあ私、歩く時には気を付けないとダメですね」
うっかりすれば、そうと知らずに壁を通り抜けるホラーな姿を晒してしまうと思い、私がそうエドヴァルドに声をかければ、それが伝わったのか苦笑いぎみに「そうだな」と言われてしまった。
「茶会のテーブルにつく時には、さりげなく場所は説明するようにしておこう」
「お願いします」
前を歩いていたイル義父様が、何の話だとばかりにこちらを振り向いたので、ここはエドヴァルドの方が「うっかり認識阻害の魔道具を無効化しないよう、場所を教えておくと言っていた」と、フォローを入れてくれた。
お義兄様の救出劇に関しては、魔力のない私に認識阻害そのものが効かなかったと説明するよりも、認識阻害の魔道具を無効化した、とする方が皆の理解もスムーズだとの話になっていたからだ。
フォルシアン公爵邸に住まうようになって、今でこそその時の真相をイル義父様は分かっているけれど、公共の廊下を歩いているので、そこはエドヴァルドの言い方に合わせておく必要があった。
ああ、確かに……と頷いたイル義父様は、それ以上の疑問はどうやら持っていなかったようで、納得するとすぐに前を向いていた。
「恐らくある程度は集まっているだろうが、今はとりあえずレイナちゃんを二人に紹介するだけだからね。終わったらボードリエ伯爵令嬢と歓談していてくれて構わないよ」
そう言い終わる頃には、既に「月神の間」の扉の前まで辿り着いていて、扉の側に控えていた王宮護衛騎士の一人が、ノックと共に扉を開いた。
半分だけ開かれた扉から、さっと中を一瞥した騎士が「問題ない」と言うように一歩下がって、部屋の中を指し示す。
イル義父様は鷹揚にそれに頷きながら、先陣を切って部屋の中へと入って行った。
それにエドヴァルドが続き、私が入ったところで扉が再び閉められる。
――中には見覚えのある人やらない人やら、既に十数人がバラバラに立っている状態だった。
「ユーホルト殿、レンナルト殿」
ここは控えの間。
まだ固い口調でなくとも良いと、イル義父様が判断したのかもしくは既に思惑があるのか。
その一角に向かって声をかけるイル義父様の声で、振り返った二人の男性がいた。
「フォルシアン公」
内一人がそう言って軽く胸元当てながら頭を下げた。
ああ、と思わず声を溢しそうになったのは、かなり線が細そうな雰囲気ではあるけれど、エリィ義母様の面影を確かに感じたからだ。
多分こちらが現ダリアン侯爵なんだろう。
公爵邸で予めレクチャーを受けたところによると、見た目通りに線の細い人で、自分は侯爵を名乗るのには向いていないとエリィ義母様に婿を取ることを提案していた時期すらあったらしい。
そんなこと、私が認めるはずがないじゃないか……と、笑顔で教えてくれたイル義父様が、その時はちょっと黒くて怖かった。
イル義父様の方こそ婿には出られなかったわけだから、それはもうあの手この手でエリィ義母様を公爵家に招いて、その兄を領主につけたに違いなかった。
そしてその隣にいた男性は、少し若く見える上に、隣に倣うような礼を見せたところから、恐らくはこちらが「弟」さんだと思われた。
確かエリィ義母様の実の母が亡くなった後に迎えた後妻の子で、少し年齢が離れているとかどうとか。
その分エリィ義母様も自身の結婚までは可愛がっていたようだと、ちょっと拗ねた様子でイル義父様が言っていたのも記憶している。
この弟を兄の補佐に育てると言う約束でエリィ義母様はフォルシアン家に嫁いだそうなんだけど、最近はさすがに兄である侯爵もいい年齢なんだからと、弟の方は子爵家男爵家のどこかに収まるか、市井に降りるか……と、ここ最近はエリィ義母様に相談をしていたんだそうだ。
「後でまたゆっくり話す時間は取ろう。とりあえず今は、同じ参加者として紹介をさせて貰う。エドヴァルド・イデオン公爵との婚姻に関係して、我がフォルシアン公爵家の養女となったレイナ嬢だ。二人にとっては義理の姪となるな。宜しく頼むよ」
イル義父様の声は大きくも小さくもなかったけれど、この「月神の間」にいた面子の注目を集めるには充分だ。
視線を受けて、私は居心地悪く身体をふるわせてしまった。
王が個人的に人を招いて食事会を開くとなれば、それよりも規模の小さい「誓約の間」が使われる。
そして今回は――となった時に、どうやら「軍神の間」だと広すぎ「誓約の間」だと狭すぎると言う微妙な参加人数だったようだ。
変に閑散とした風に見えるだろう「軍神の間」を使用するか、本来は食事を振る舞う場ではない、そこそこの広さの部屋を今回限りとして使用するかが考えられたその時、国王陛下の鶴の一声があったらしい。
「認識阻害の魔道具を少しアレンジして「軍神の間」を狭く見せるのはどうだ?」
と。
何でもサレステーデのドロテア王女がお義兄様を閉じ込めて引きこもろうとしていた経緯を思い出して、別の使い方が出来るのでは? と思い至ったらしい。
ホテルの大宴会場を可動式の壁で仕切る感覚で、参加者の感覚を阻害して部屋を狭く見せようと思い立ったようなのだ。
「本来食事をするための部屋ではないところから、家具を入れ替えたり掃除をしたりする手間を考えれば、皆が準備に勤しんでいる間に管理部が魔道具の数を揃えて調整する方がよほど効率的だろう」
確かに管理部はお茶会とは全くの無関係。
まして元々扉を壁に偽装していた認識阻害の魔道具をアレンジして「軍神の間」の仕切りにしてみようと言う斬新な発想に、飛びつかないわけがない。
成果を期待している、と声をかけられた管理部はそもそもが「徹夜上等」な社畜の集まり。
ドロテア王女が(クヴィスト公爵家なのかサレステーデ・ベイエルス公爵家からの融通かは知らないが)持ち込んでいた魔道具の解析と、アンジェスにもともとある魔道具との性能を比較したり実験するなりで、なんと扉サイズの認識阻害だった魔道具を天井まで届く壁の画像として認識するように改良することに成功したと言う。
「――多分貴女には、広間の三分の一ほどが妙に広く空いた空間として見えることになるのだろうが、皆の認識ではその前に壁があるのだと思っていて欲しい」
ダリアン侯爵兄弟を紹介するからとイル義父様に言われて、イル義父様の執務室から参加者控室とされている「月神の間」に移動しながら、私はエドヴァルドからそんな説明を受けていた。
恐るべし管理部。
「陛下としては『姉君の目には不自然に映るだろうが、今回の主賓ではないからそこは見逃して貰いたい』――と言うことらしい」
なるほど。
主賓でもない、魔力ナシの私の目におかしなレイアウトとして映ったとしても、今回は無視することにしたんだろう。
何だろう。時間のない中で使用人の準備の手間を気遣ったと言うべきか、管理部と自分の好奇心を絶妙に満たしたと言うべきか。
「じゃあ私、歩く時には気を付けないとダメですね」
うっかりすれば、そうと知らずに壁を通り抜けるホラーな姿を晒してしまうと思い、私がそうエドヴァルドに声をかければ、それが伝わったのか苦笑いぎみに「そうだな」と言われてしまった。
「茶会のテーブルにつく時には、さりげなく場所は説明するようにしておこう」
「お願いします」
前を歩いていたイル義父様が、何の話だとばかりにこちらを振り向いたので、ここはエドヴァルドの方が「うっかり認識阻害の魔道具を無効化しないよう、場所を教えておくと言っていた」と、フォローを入れてくれた。
お義兄様の救出劇に関しては、魔力のない私に認識阻害そのものが効かなかったと説明するよりも、認識阻害の魔道具を無効化した、とする方が皆の理解もスムーズだとの話になっていたからだ。
フォルシアン公爵邸に住まうようになって、今でこそその時の真相をイル義父様は分かっているけれど、公共の廊下を歩いているので、そこはエドヴァルドの言い方に合わせておく必要があった。
ああ、確かに……と頷いたイル義父様は、それ以上の疑問はどうやら持っていなかったようで、納得するとすぐに前を向いていた。
「恐らくある程度は集まっているだろうが、今はとりあえずレイナちゃんを二人に紹介するだけだからね。終わったらボードリエ伯爵令嬢と歓談していてくれて構わないよ」
そう言い終わる頃には、既に「月神の間」の扉の前まで辿り着いていて、扉の側に控えていた王宮護衛騎士の一人が、ノックと共に扉を開いた。
半分だけ開かれた扉から、さっと中を一瞥した騎士が「問題ない」と言うように一歩下がって、部屋の中を指し示す。
イル義父様は鷹揚にそれに頷きながら、先陣を切って部屋の中へと入って行った。
それにエドヴァルドが続き、私が入ったところで扉が再び閉められる。
――中には見覚えのある人やらない人やら、既に十数人がバラバラに立っている状態だった。
「ユーホルト殿、レンナルト殿」
ここは控えの間。
まだ固い口調でなくとも良いと、イル義父様が判断したのかもしくは既に思惑があるのか。
その一角に向かって声をかけるイル義父様の声で、振り返った二人の男性がいた。
「フォルシアン公」
内一人がそう言って軽く胸元当てながら頭を下げた。
ああ、と思わず声を溢しそうになったのは、かなり線が細そうな雰囲気ではあるけれど、エリィ義母様の面影を確かに感じたからだ。
多分こちらが現ダリアン侯爵なんだろう。
公爵邸で予めレクチャーを受けたところによると、見た目通りに線の細い人で、自分は侯爵を名乗るのには向いていないとエリィ義母様に婿を取ることを提案していた時期すらあったらしい。
そんなこと、私が認めるはずがないじゃないか……と、笑顔で教えてくれたイル義父様が、その時はちょっと黒くて怖かった。
イル義父様の方こそ婿には出られなかったわけだから、それはもうあの手この手でエリィ義母様を公爵家に招いて、その兄を領主につけたに違いなかった。
そしてその隣にいた男性は、少し若く見える上に、隣に倣うような礼を見せたところから、恐らくはこちらが「弟」さんだと思われた。
確かエリィ義母様の実の母が亡くなった後に迎えた後妻の子で、少し年齢が離れているとかどうとか。
その分エリィ義母様も自身の結婚までは可愛がっていたようだと、ちょっと拗ねた様子でイル義父様が言っていたのも記憶している。
この弟を兄の補佐に育てると言う約束でエリィ義母様はフォルシアン家に嫁いだそうなんだけど、最近はさすがに兄である侯爵もいい年齢なんだからと、弟の方は子爵家男爵家のどこかに収まるか、市井に降りるか……と、ここ最近はエリィ義母様に相談をしていたんだそうだ。
「後でまたゆっくり話す時間は取ろう。とりあえず今は、同じ参加者として紹介をさせて貰う。エドヴァルド・イデオン公爵との婚姻に関係して、我がフォルシアン公爵家の養女となったレイナ嬢だ。二人にとっては義理の姪となるな。宜しく頼むよ」
イル義父様の声は大きくも小さくもなかったけれど、この「月神の間」にいた面子の注目を集めるには充分だ。
視線を受けて、私は居心地悪く身体をふるわせてしまった。
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