聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
673 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

714 楽屋トークかロビー活動か

しおりを挟む
 イル義父様からの紹介があったとは言え、基本のマナーとして私が声を出すわけにはいかない。

 まずは〝カーテシー〟で無言の挨拶を披露する。

 するとエリィ義母様と似た雰囲気を持つ壮年男性の方が、私を見て頷いた。

「ダリアン侯爵家領主ユーホルトだ。隣にいるのが弟のレンナルト。我々もエリサベトからの手紙で話を知ったばかりで、正直言うとまだ少し戸惑っている。折を見てまた別に時間を設けさせて貰えると有難い」

「初めまして、レンナルト・ダリアンです。普段は領地で兄の補佐をしていますので、なかなか顔を合わすことも少ないかと思いますが、可愛い姪が出来たことを嬉しく思います」

 線の細そうな、少し神経質そうな容貌のダリアン侯爵に比べると、ウルリック副長か〝鷹の眼〟イザクくらいの年齢に見える弟さんの持つ雰囲気は柔らかく、社交的に思える。

 事務処理能力のほどは知らないまでも、ある意味「二人で領主」とするにはいい組み合わせであるかのように見えた。

「このたびフォルシアン公爵家の養女むすめとなりました、レイナです。義理と申しましても、義父ちち義母ははも既に我が子として良くして下さっています。お二方とも今後の密な交流をお願い出来ればと存じます」

 私がそう挨拶をする傍らでエドヴァルドのこめかみが微かに痙攣ひきつっていたけれど、そこは敢えて見て見ぬふりを通し、イル義父様は咳払いを一つして、それを窘めた。

「レンナルト殿は私の執務室に案内させよう。もう少しすればエリサベトも来るだろうから、この会が終わるまでは姉弟水入らずで話をしながら待っていては貰えまいか」

 どうやらイル義父様は、相手が義弟だからなのか「自分以外の男性とお茶など……!」とはならないらしい。

 私の内心が表情かおに出ていたのか、イル義父様は私の耳元で「何、話がどう転ぼうと後で私がそれ以上にエリィに済む話だからね」などと赤面ものの呟きを落として下さったわけなんだけど。

 より小声だったとは言え、それはエドヴァルドやダリアン侯爵兄弟には筒抜けだったらしく、エドヴァルドは舌打ちしながらそっぽを向き、ダリアン侯爵の弟さんの方は困ったように表情かおを強張らせていた。

 唯一ダリアン侯爵だけが「未だ妹を大事にして下さっているようで、感謝申し上げる」などと生真面目にイル義父様に頭を下げている。

「私は見た目や家格だけで『ダリアン侯爵令嬢エリサベト』を伴侶にと望んだわけではなかったからね。もしも未だに彼女を戻すことに未練があるのなら――」

 見た目に国宝級イケメンアダルト部門ぶっちぎり、物腰も柔らかいイル義父様ではあるけれど、敵認定した人や組織への容赦のなさは、実はエドヴァルドにもそうは劣らない。

 ここでイル義父様の目が笑っていないことに気付かなければ、お茶会以前に何かが終わるような気がしたくらいだったけど、さすがにダリアン侯爵もその不穏な空気は感じ取ったようだった。

「今回、ヤードルード鉱山の件でご迷惑をおかけしたことも考えれば、やはり私は侯爵家をまとめるのには向いていないと思うのですが……だからと言って妹の幸せまで壊すつもりはありません。その辺りも含めて、あとでお時間を頂ければ幸いです」

 ダリアン侯爵の言葉に、弟さんの方が顔を顰めているところを見ると、既に領地にいた段階から、何かしらの言葉の応酬はあったのかも知れない。

「ふうん……?」

 イル義父様がやや不信感を漂わせながら眉根を寄せていたけれど、今はそこまで時間がないこともあって「承知した」と短く頷いていた。

「どのみちエリサベトが話をしたいのはレンナルト殿だけではないようだから、改めて頼まれるまでもない。では後ほど私と執務室までお付き合い願おう」

「「…………」」

 兄弟二人して若干怯えているように思えるのは気のせいだろうか――と思ったものの、ここは空気を読んで何も言わないことにした。

 どうせきっと私も連れて行かれる気がする。

 では護衛騎士に執務室まで案内させよう、とイル義父様は軽く片手を上げ、目礼を残して弟さんの方が場を離れて行くと、あとは決して打ち解けてはいない空気だけがそこに残った。

 もうちょっと弟さんに残っていて貰っても良かったんじゃ……なんて思っても、あとの祭りだ。

「あの……今回私が呼ばれたのは……陛下へのご説明と言うことでしょうか……?」

 さすがに複数の貴族の目が向いている中、具体的なことは言えないと思ったのか、微妙にぼかした言い方をダリアン侯爵はした。

「エリサベトからの手紙で、私に監督不行き届きの面があったと言うことは理解したのですが――」

「――ユーホルト殿、今はその辺りで。こちらを見ている多くの目があることをお忘れなく」

 ただ、それすらもイル義父様はピシャリと遮っていた。

「私とて陛下のご意向を重んじたまで。仔細は茶会の場で明かされるだろうよ」

 ああ、はい。今ここでネタばらしをすれば、どこかの国王陛下の「楽しみ」が中途半端になってしまって、きっと機嫌を損ねる――と言うコトですよね。

 多分五公爵の間で「陛下にある程度やりたいようにやらせる」方向に舵を切ってしまったんだろう。

(いや、ホントにどんなお茶会……?)

 案の定、心当たりがあるのかないのか、こちらの会話に耳を澄ませていた数名の「招待客」が、詳細が分からずに表情かおを歪めている。

 もう私もこの「輪」から抜けてもいいだろうか……と思わず遠い目になっていると、不意にエドヴァルドの真後ろから「お館……ごほん、失礼致します、閣下」と、かけられた声があった。

 エドヴァルドは慣れているのか特段の驚きは見せずに「フィトか」と同じく小声で答えている。

「アルノシュト伯爵をお連れしました。ご挨拶を――とのことなのですが、その前にどこか他に声が届かないところまでご移動願えませんか」

「先にか」

「ええ。確実に、伯爵にお会いになる前にお伝えしておきたい情報です」

 見れば「月神マールの間」の入口付近に佇みながら、こちらの様子を窺っている爬虫類トカゲ顔――もとい、アルノシュト伯爵の姿がある。

「フォルシアン公爵」

 エドヴァルドがチラとイル義父様を見やると、イル義父様は「分かっている」とばかりに頷いていた。

「レイナちゃんには、私が付いているよ。緊急の用があるならそちらを優先するといい」

「…………不本意だが仕方がないな」

「近未来の義父ちちに酷い言い草だな」

 敢えて軽い口調で肩を竦めるイル義父様の真意は察しているだろうに、エドヴァルドは不機嫌な表情のまま「すぐ戻る」とだけ言い置いて、身を翻していた。

 多分〝鷹の眼〟だけの特殊な報告の仕方でもあるんだろう。

 フィトは口元を隠すようにしながら、声は絶対にこちらまで洩れて来ないレベルの声でエドヴァルドと話をし始めた。

「…………何?」


 そしてエドヴァルドの唇は確かにそう動いていて――愕然とした視線が、私へと向けられた。

 それはどうやら、アルノシュト伯爵領でも「何かがあった」と言っているようなものだった。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。