聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

716 道は分たれた

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 これはの挨拶であって、私が答えるものではない気がする――そんな「念」をこめながら、私はエドヴァルドを見上げていた。

「ああ。ちょうど書類を提出したばかりで、これから正式な通知書をそれぞれの領主に宛てて出す予定だったが、アルノシュト伯に関しては今日の事があった為、この場での報告とさせて貰った。……夫人にも伝えてくれ」

 伯爵家以上の高位貴族の婚姻や代替わりに絡んだ話については、王宮の公式文書と同等の扱いで、文書用の転移装置を利用した書面が全領主に宛てて送られるらしい。

 他の領地からの押しかけ令嬢や令息がやって来て「とっくに婚約していた」などと言う間の抜けたタイムラグが過去に何度も生じたため、先代以前からそれは定められている仕組みなんだそうだ。

 祝いの品や訪問であれば、通常日数であっても問題ないだろうと言うわけだ。

 今回も「婚約した」との宣言をエドヴァルドが国内高位貴族に向けて発した傍らで、例外としてこの場に呼ばれた該当者には口頭で伝えることにしていたのだ。

 ただこれまでのこともあってか、わざわざ「夫人によろしく」を強調しているエドヴァルドに、アルノシュト伯爵の表情かおはやや痙攣ひきつっていた。

 何なら目も忙しなく動いていたけれど、表面上は「妻へのご配慮誠に有難く……」と、答えただけだった。

「領地に戻りましたら、妻と相談の上で改めて祝いの品を贈らせていただきたいと存じます。それで閣下、今日は陛下がお呼びなのだとの事なのですが――」

 そしてそれ以上は、夫人の話題を含めて世間話は不要とばかりに、話題を強引に捻じ曲げていた。

 多分世間話、それも夫人絡みとなると、今以上は不要と言う点ではエドヴァルドも賛成のはずだ。
 さて……?と、辺りを大仰な仕種で見回している。

「まだ来ていないのは、陛下はさておいてナルディーニ、エモニエ両侯爵とレイフ殿下か? 伯爵、この部屋の顔ぶれを見て何を思う?」

「…………何を、ですか」

「ああ、もちろん私やレイナ、ボードリエ伯爵令嬢も省かせて貰うとして、だ」

 もしかすると、エモニエ侯爵やダリアン侯爵も日ごろの交流はなさそうだから、分かりづらいか?

 そんなことを言い放つエドヴァルドの声が、このうえなく挑戦的で冷ややかだ。

 先代の後妻の暴走を放置していたらしいエモニエ侯爵と、鉱山の採掘量低下によるコデルリーエ男爵領の無茶を放置していたらしいダリアン侯爵は、レイフ殿下派閥ではないと言うことなんだろうか。

 ぐるぐる考える私には目もくれず、相変わらずの不気味な目つきで周囲を一瞥しつつも、アルノシュト伯爵はここでは揚げ足を取られるような事は口にしなかった。

「……さて、私のような非才の身には……」

「非才か……今、私に伝えておくべき事項は特段に存在しない、と?」

 ――エドヴァルドがとても大事なことを聞いていると言うのは、私にも分かる。

 お茶の件に、鉱毒の件。
 ここで自分から話すのと話さないのとでは、周囲が受ける印象が違う。

 そう匂わせているだろうにも拘らず、アルノシュト伯爵の態度は変わらなかった。

「――ええ、ございません」

「……そうか」

 そしてその瞬間、確かに「何か」がわかたれたと思った。

「では、もうすぐ残りの皆も着くことだろうから、それまで誰かと旧交を温めるなり新たな縁を探すなりするといい」

 レイナ、と私を呼びながら伯爵に背を向けたエドヴァルドの手が私の腰に回る。

「⁉︎」
「は……」

 何故エスコートでも肩に手を回すでもなく、腰。

 ギョッとなって動揺していたせいか、アルノシュト伯爵の表情は私には見えなかった。

「――茶番に付き合わせてすまなかった」

 ゆっくりとイル義父様の方に戻る形を見せながら、エドヴァルドが私の耳元でそう囁く。

「ああっ、あの、エドヴァルド様?」
「うん?」
「何故、腰に手――」
「――その方が『婚約した』と言う話に説得力が増すだろう?」

 言っている途中から低く笑っているのだから、明らかに私の反応を楽しんでいるとしか思えなかった。

 どのみちイル義父様の所までそう距離もないので、私は咳払いをして、この際気になることを聞いておくことにした。

 慣れ? 開き直り? どうせ勝てないんだから、もう仕方がないのだ。

「えっと…… フィトが言っていたの話は、聞かなくて良かったんですか……?」

 その件で呼ばれたと思っていたと視線で語ると、どうやらすぐに通じたらしいエドヴァルドが「ああ……」と、ため息かと思うようなバリトン声をこちらに落としてきた。

 無駄に色気を撒かないで欲しいんですけど……!

 と内心で叫んでいても、さすがにそこまでは通じない。
 そのまま続きを聞く体勢でいるしかなかった。

「不本意だが貴女とファルコとの間に『契約』がある以上は、私がそこに横槍を入れるわけにはいかない。双方が納得して、後を私に委ねてくれるのであればいくらでも引き受けるが」

「あ……」

 いきなりの断罪は無理でも、隣接するハルヴァラ伯爵領に力をつけさせて、アルノシュト伯爵「領」ではなく「家」を干上がらせる――。

 銀の鉱毒で村も家族も、全てを失ったファルコと交わした約束けいやく

 多分にこの後茶会があって、伯爵側に何をする余裕もないだろう理由ことがあったにせよ、公爵家当主として、宰相として、無理に事を推し進めることは、エドヴァルドはしなかった。

 私とファルコを尊重してくれたのだ。

「きっとファルコが泣いて喜びますよ」
「アレに泣かれてもな」

 真顔で間髪入れずに返されてしまったので、ちょっと笑ってしまいそうになったのを慌てて隠す。

 イル義父様の所まで戻るのにも、お茶会が始まるのにも、何しろもう時間的余裕がない。

 なかなかに難しいことを今、聞かれていた。

「あの……ちなみに、陛下はどこまでご存知なんですか?」

 アルノシュト伯爵とレイフ殿下が、ボードストレーム商会を通じて繋がっていることは、少なくとも把握をしているはずだ。

 でなければお茶会には呼ばれない。

 問題は、銀にまつわる話をどこまで知っているのか――だ。

 それによっては、今回の場での追及は全くの場違い、下手をすると「お楽しみ」の邪魔をしたと、機嫌を損ねることになりかねない。

「陛下か……」

 自衛の意味もあれど、私はそれほどおかしなことを聞いたつもりはなかったのに、何故かその途端、エドヴァルドの目が遠い目になっていた。

「えっと……?」
「まあ……私が動かずとも〝草〟が動いているだろうな……」

 どうやら茶会の実際の下準備に関しては、現状五人の公爵の内、三名もが大なり小なり責任を問われる可能性があるからと、完全に蚊帳の外に置かれているらしいのだ。

 ――茶会の軽食が、シュタム周辺の水を使って準備されていても驚かない。


 実際にはそんな言い回しで、エドヴァルドは国王陛下フィルバートがほとんど把握をしているだろうと仄めかせてきた……。
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