聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

724 誰がための席

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 この世界に放り込まれるまでは、ざっくりとした区別しかついていなかったけれど、マントとローブの違いは羽織る物か、着る物か――になるらしい。

 首元のみを留めた袖無しコートの一種がマント、主に上下が一続きになっていて、袖のついているワンピース形式のゆったりとした衣服がローブだと。

 そしてアンジェス王宮内における貴族の礼装は、マントがその完成形となっていた。

 ローブに関しては、高等法院を筆頭とする法曹界の職員と王都学園の教師に許された正装として、この国では特に区別をされていると言う。

 そして爵位に応じてマントに施される刺繍や生地に、誰が見ても分かるほどの差があり、最終的に王となれば肩飾りの部分が真っ白なふわもこリアルファーで飾り立てられている。

 王冠は戴冠式や結婚式と言った王室行事くらいでしか着用をしない(してもいいらしいけど、当代の王フィルバートはそれを好んでいない)そうだ。

 つまり今は、居並ぶ中で誰よりも豪奢なマントで「王」の威厳を纏うのが、当代国王フィルバート・アンジェスその人と言うわけだった。

「……さて、ナルディーニ侯爵。そのテーブルに其方そなたの席はないはずだが?」

 エドヴァルド、イル義父様、コンティオラ公爵が既に腰を下ろしていて、残る一席が空席。

 今回は丸テーブルで、王専用の場所が作られているわけではない。
 であれば、誰の為の席であるかは火を見るよりも明らかだった。

「……っ」

 多分ナルディーニ侯爵は、三人の公爵の中の誰かに言いたいコトなり聞きたいコトなりがあったんだろうけど、こうなってしまえば今更話しかけることも出来ないだろう。

 不服そうではあったけれど、さすがに王に楯突くまでは出来なかったのか、唇を噛みしめながら〝ボウアンドスクレープ〟の礼をまずその場でとった。

「陛下におかれましては変わらずご健勝のご様子、まずはお喜び申し上げたく存じます」

「結構。今日は色々と趣向を凝らしたモノを用意している。――其方の席、言わねば分からぬか?」

 多分普通のお茶会じゃないことくらいは、呼ばれた面々を見れば一目瞭然のはず。
 ナルディーニ侯爵は苦い表情かおのまま俯いていた。

「……いえ。ご配慮痛み入ります」

 私の席からは、ナルディーニ侯爵家の家紋が記された紙片が何処に置かれているのかが見えない。

 だけど本人には分かったんだろう。
 くるりと踵を返して、ダリアン侯爵とエモニエ侯爵が既に腰を下ろしているテーブルへと歩き出していた。

 とは言えあのテーブルも、ナルディーニ侯爵が腰を下ろしたとしても、もう一席の空きがある。

「……ああ、そこの空席は叔父上の席なんだが、私がいくつかをしたせいで少し押しているらしい。だがまあ、じきに来るとも聞いている」

 まるで皆の疑問を掬い取ったかのように、そう言って国王陛下フィルバート微笑わらう。

 きっとサレステーデに行くか、バレス宰相が来るかといった三国会談関連の公務の部分で、何かしらあるのかも知れない。

『陛下とレイフ殿下の関係も……〝蘇芳戦記〟のシナリオからは外れちゃってるのかしら?』

『あー……』

 シャルリーヌがそう言って首を傾げたのも、無理からぬ話だとは思う。

 仲が悪いのはさすがに見ていて分かるだろうけれど、叛乱を起こすようにはもう見えないからだろう。

『んー……途中まではシナリオに沿ってたと思うのよ? 実際クレスセンシア姫は婚約破棄をやらかしたどこかの元第一王子と婚約しているわけだし』

 パトリック・ギーレン。
 現在は王位継承権を剥奪された、ギーレンの辺境伯パトリック・メッツァ。
 隣で顔を顰めているシャルリーヌの元婚約者だ。

『ただシャーリーがどこかの第二王子と手に手をとってギーレンに帰るシナリオを破棄した時点で殿下の叛乱と言うシナリオも連動して破綻したんじゃないかなぁ……』

『えっ、私のせい⁉』

『だって殿下の叛乱は、いずれ切られて乗っ取られる話だったにせよ、第二エドベリ王子の手を借りてこそ成功の確率が上がる話だったもの。その第二王子が殿下に手を貸す利点は、シャーリーを取り戻すことにあるはずだった』

 そう言う意味では、シナリオを潰した最大要因はそれを賭けのネタにした国王陛下フィルバートとも言えなくはないけれど、きっかけは多分シャルリーヌ。

 私やエドヴァルドがレイフ殿下の資金源を大幅に削り取ったことも、多分複合要因の中の一つでしかない。

『今となっては資金もないし、どこかの第二王子は他国アンジェスのことになんか関わっている場合じゃないし……色々と諦めざるを得なかったんだと思うよ?』

 恐らくはレイフ殿下から見えるフィルバート評は、多分に先代国王と先々代国王を通しての分厚すぎる色眼鏡がかかっての評価になっているはずだ。

 今、女性の影が見えないからと言って将来どうなるか――くらいに思っていてもおかしくはない。

 ただ、既に自分が時勢から遅れた、王になるにはもう遅いと言う自覚はあるような気がする。

 だからこそ、フィルバートに歩み寄る姿勢は見せないまでも、サレステーデへのに関しては拒否の姿勢を見せていない。

『仲直りはしていないけれど、今更叛乱を起こしたところでどうしようもないと思い知った感じ?』

『ああ、うん、それが近いのかもね。まあ、直接聞いたとしても二人とも首を縦には振らない気はするけど』

 恐らくは二人ともに、自分なりの「王族としての覚悟」がある。
 たとえ相容れないとしても、それを否定することまではしていないのだろう。

『でもさ、あの席だと密輸入された痺れ薬入りのお茶が振る舞われる席ってコトにならない? まさか殿下にまでそのお茶を飲ませる気なの?』

 自分達の席が「普通の飲食」なのは聞いている。
 まさか国王が座るところにも、それは振る舞われないだろう。

 ただ、ナルディーニ侯爵やエモニエ侯爵、ダリアン侯爵は今回やらかしたり見逃したりと、少なからず責任を負っている人達だ。

 あの中でレイフ殿下だけが例外などと、果たしてあり得るのだろうか。

『いや、まあ……痺れ薬程度で死にはしないだろうから……ちょっとしたお仕置き程度には飲ませそうな気も……?』

 さすがにナルディーニ侯爵と同じ濃度だとは思わないけれど、多少手や舌が痺れる程度には入れられていてもおかしくはない。

 えぇ……と眉をひそめているシャルリーヌをよそに、己に割り当てられた席に手をかけたナルディーニ侯爵を何気なく見ていると、場違いに明るく聞こえる国王陛下フィルバートの声が、不意に耳に聞こえてきた。

「――もしかして、そこには『別の人物むすこ』が座ることを想像していたか、ナルディーニ侯爵?」

「……っ」

 返事の代わりに、椅子に置かれていた手がピクリと動いている。

「ククッ……いくら私が寛大な王であっても、さすがには同じテーブルにつかせられんな」

「……犯罪者ですと?」

 現段階ではさすがに認められないのか、不満げな反応を示したナルディーニ侯爵に、フィルバートはいっそ鮮やかに笑って見せた。

「まあ、まずは座れナルディーニ侯爵。其方の息子は後でしかるべき場面でこの広間に招く予定だ。ああ、言っておくが今からふるまう料理と飲み物に口をつけない限り話は進まないぞ? この私のもてなしを受けないなどと、大人げのないことはしてくれるなよ」

 どうやら食べない、飲まないと言う選択肢は最初はなから存在しないらしい。

 嬉々として自分の席に向かうフィルバートのすぐ傍で、エドヴァルドが片手で額を覆っているのが見える。

 すぐ近くにいたなら「ご愁傷様です」と肩を叩きたいくらいだ――と思っていたら、当のフィルバートが、笑みを浮かべたままエドヴァルドの肩を叩いていた。

 諦めろ、と唇が動いているのは気のせいじゃないだろう。

「マクシム、叔父上もすぐ来るだろうから、料理の用意を頼む」

 頭の痛そうなエドヴァルドと違い、主の振る舞いには慣れていると言わんばかりの老侍従は、背後で無言のまま頭を下げていた。
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