聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

725 断罪の茶会(1)

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 一度その場から姿を消した老侍従マクシムが再び戻って来た時には、従僕だろうか、複数のワゴンを押す男性を後ろに従えていた。

 ワゴンにはもちろん、多種多様な料理が乗せられている。

「…………あれ?」

 ただ、よく見るとその中の一人に、と言うか二人三人と、どうにも見覚えがある人たちがいて、私は目を瞬かせた。

 どうやら向こうも私がガン見をしていることに気が付いたらしい。

 マクシム含めて皆で頷き合った末に、その中の一人がワゴンをこちらへと押しながらやって来た。

 ワゴンの上には大皿料理と、それを小分けしてくれたと思われるお皿とが並べられていて、大皿料理はテーブルの中央に、小分けした分は空席の所も含めてそれぞれの座席の前へと音を立てずにサーブされた。

「料理の説明は後ほど陛下自らがなされるとのことですので……」

 そう言ってにこやかに微笑わらう男性は、どこをどう見てもレストラン〝アンブローシュ〟のコティペルト支配人だ。

「ええっと……私の勘違いでなければ……」

 支配人ですよね?

 私が最後まで言わないうちに、それを肯定するかのように「先日はご来店ありがとうございました」と、相手が頷いていた。

「本日は店の貸切ではなく、従業員丸ごとの貸切と言うことでこちらに来ております」

「え……」

 なにそれ。

「厨房の料理人も含めて全員、です。ですが王宮の料理人たちももちろん携わっておられますので、さしずめ〝アンブローシュ〟と王宮料理との合作とでも申しましょうか」

 初めての試みだと苦笑する支配人に、私もとっさに言葉が出ない。

 しかもこのテーブルと陛下らのテーブルを〝アンブローシュ〟関係者が手がけ、その他のテーブルを王宮料理人が、何故か陛下のを受けながら仕上げたんだそうだ。

(もしかしてそれは〝痺れ茶〟以外の料理の部分でも、陛下が何か仕掛けていると言うことなんだろうか……)

 怖くて聞けない私は顔を痙攣ひきつらせるしかない。

 多分、色々な客を見てきているコティペルト支配人も、聞いたところで微笑わらって誤魔化すんじゃないだろうか。

 と言うか、従業員だけの貸切ってアリなのかと思ったのが表情かおに出たのか「他ならぬ陛下のご依頼ですから」と、言葉を添えてくれた。

 さすが接客のプロ。

「お嬢様がお越しになられた時とは、もちろん仕上げや味付けなどが同じにならぬようアレンジを加えておりますので、どうぞ新たな料理としてお楽しみ下さい」

 そう言ってあくまでにこやかに微笑むコティペルト支配人に、この前エドヴァルドと行った時と同じ材料があるのか――と料理に視線を向けたところで、私は淑女の仮面をすっかり忘れて、そこで盛大にこめかみを痙攣ひきつらせてしまった。

 うあぁ……と声には出なかったものの、表情で語ってしまったのだ。

 コティペルト支配人はと言えば、むしろ「サプライズ成功」とでも言いたげな笑顔だ。

「茶会用と聞きましたので、全て手で摘まめたりひと口で食せたりと、食べやすさを重視させては頂いているのですが……だからと言って、味に手は抜いておりませんので、どうか心行くまで〝アンブローシュ〟の粋をお楽しみ下さいませ」

 食前の飲み物は前回飲まれた葡萄のジュースをお二人分お持ちします、と言われた私は黙って頷くことしか出来ず、支配人はそれでも承知したとばかりに一度場を離れた。

「えーっと……レイナ」

 私とコティペルト支配人のやりとりを見たシャルリーヌが、おずおずとこちらに話しかけてくる。

「このテーブルに並んだのは、王都の有名料理店の料理とか、そう言う……?」

 はは……と乾いた笑い声を溢しながらも、私にはそれを否定することは出来なかった。

「確かにほとんどひと口サイズ、軽食風と言えば軽食風なんだろうけど……中身はガッツリ王都一の高級レストランのお料理かなぁ……」

「そ、そうなのね……でもこれって……」

 うん、言いたいことはよく分かる。

「さすが高級レストランの料理人、よくこれだけ同じメインで違った料理を出せたよねぇ……」

「もしかして、さっき言ってた存在しない漁場に対しての投資詐欺の中身って……」

「まあ……いやでも分かるよねぇ……?」

 詳しくは陛下が説明する、とコティペルト支配人は言い置いて行った。
 言い置いて行ったけれども。

 炙ってオリーブ塩をかけたモノ、白っぽいひと口サイズのガラスの器に入ったクリームスープもどき、アヒージョ、野菜添えソテーと思しきモノ、マリネ、殻をお皿に見立てたコキーユもどき、カルパッチョサラダっぽいモノ、コンソメっぽいスープに野菜と共に身の浸ったモノ、ジュレっぽい何かの乗ったムースに、最後は串刺しベーコン巻き――。

 調理方法、味付けは確かに全て異なっている。

 だけどその全てに共通した食材があるのは嫌でも分かった。

「シャーリー……この前イデオン邸でBBQしたし、嫌いってコトはないよね……?」

「まぁ……そうね……?」

 シャルリーヌも、リアクションに困ると言った感じで小首を傾げていた。

「王都一の高級レストランの料理って言う話だし……陛下のってコトでいいのかしらね……?」

「ああ、うん、とりあえず味は保証する」

「……レイナがいつそれを食べたのかは、今度じっくりゆっくり聞くわ。一人で行くわけもないだろうし」

「はは……」

 そこでプロポーズされました、とかはとても今語れることじゃないし、それ以上に出来れば一生語りたくもない。恥ずかし過ぎる。

 どさくさ紛れにずっとすっとぼけておこう、なんて思っているうちに――「さて」なんて言う陛下の声が聞こえてきた。

「そこに10品の料理があると思う。だが、ただ調理法を変えたわけではない」

 陛下が何を言い出すのか読めない以上、皆、黙って料理に視線を向けるしかない。

 そして陛下自身は、椅子のすぐ傍に立ったままだ。

「私も今回学習したが――ジェイほたてだけでも、有名どころから小規模なところまで、国内で10の漁港で水揚げされているらしい」

 ひゅっ……と、誰かが息を呑むのが聞こえた。

 誰も目の前の、づくしの料理から視線を逸らせずにいる。

「各漁港のジェイを味比べするのも一興と思ってそれぞれ取り寄せたんだが……取り寄せているうちに面白い話が耳に届いた」

 この時点で、投資詐欺とは無関係な〝痺れ茶〟の流通にのみ関わっているのが誰かと言うのが顔色だけで区別がついてきた。

 多分、陛下にだって一目瞭然なはずだ。

 口角がゾッとするほどに上がっている。
 これぞ断罪者の笑みとでも言うのだろうか。

 かつての政変にまつわる血塗ちまみ静止画スチルを脳裡に描いたのは、きっとシャルリーヌも同じな気がした。

「どの漁港の関係者も、誰一人として『新たな漁場』なんて話を知らない、聞いたこともないと言う……不思議な話だと思わないか?」

 誰に問いかけるでもなく――とは言えなかった。

 国王陛下フィルバートの視線は明らかに、自分たちのテーブルではない所を見ていたからだ。

「なぁ?…………ナルディーニ侯爵」

「!」

 問われた側は陛下ではなく、目の前のホタテ料理をガン見しているように、こちらからは見えた。

 いや、きっと視線を動かすことすら出来ずにいるに違いなかった。
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