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第三部 宰相閣下の婚約者
730 断罪の茶会(6)
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いや、わざわざ隅のテーブルにいる人間に話を振らないで下さい⁉
陛下に何を答えればいいものやら私が逡巡していると、そこに救いの手を差し伸べてくれたのは、イル義父様だった。
「陛下、恐れながら私はこの水のことを詳しくは知りません。ですが、このままでは可愛い義理の娘に『情けない義父』だと思われてしまいます。どうかイデオン宰相に追従することをお許し下さい」
そう言ったイル義父様が、まさにエドヴァルドよろしく手にしていたグラスの中身を飲み干したのだ。
「――我らが陛下の穏やかなる御世のために」
そうして空になったグラスを掲げながら軽く目礼をしていた。
『あ、穏やかならざる――じゃないのね』
なんて超小声で囁かないで、シャーリー⁉
日本語かアンジェス語かはともかく、陛下が表情読んじゃったらどうするの!
と言うか、うっかり頷きそうになった私の方がヤバイのかもだけど。
「ほう……」
「「⁉」」
まさか本当に空気が伝わったのか、国王陛下の視線が一瞬こちらを向いていて、私とシャルリーヌは思わず全力で視線をホタテに落とした。
「つ、つぎの料理をいただきませんこと、シャルリーヌ嬢?」
「そ、そうですわね、レイナ嬢!」
エドヴァルドの残念な子を見る視線や、イル義父様の生温かい視線も無視です、無視!
「まあ……いい。今日は姉君やボードリエ伯爵令嬢を構って楽しむ会ではないからな」
いや、どんな会⁉ あっても謹んでご辞退申し上げます……‼
そんな私とシャルリーヌの内心はさておいて、国王陛下はいつの間にか視線をこちらからイル義父様へと戻していた。
「責任の話から言えば、宰相はその水を飲めば贖罪になろうかと思っていた。だがフォルシアン公爵やコンティオラ公爵は……もう一声二声、欲しいところではあるな」
「……如何様にも。陛下のご意志に従います」
そう言って頭を下げたのは、イル義父様だ。
一方のコンティオラ公爵は、こちらからは斜め方向に背中が見えているだけで、表情が見えない。
けれど両手がテーブルの下、腿の上に置かれていて、拳が強く握りしめられているのだけは視界の端に映っていた。
「陛下……これはどう言った水なのかを伺っても……? それによっては、私が最も責任を負わねばならぬ立場なのではないでしょうか……」
さすがに同じ円卓内であればコンティオラ公爵との会話も成立するのだろうか。
「ふむ。故なく水を飲むのはご免被る、と?」
「いえ……」
国王陛下の問いかけに数度首を横に振ると、コンティオラ公爵はそこから何を言うでもなく、やはりグラスの中の液体を一気飲みした。
アルノシュト伯爵領から汲まれてきた水と言われても、今のところイル義父様やコンティオラ公爵には「それが何だ」と言う話だろう。それでもただの水ではないと言うことは、少なくとも分かるのだろう。
ここはエドヴァルドに倣っておくのが妥当との判断なのかも知れなかった。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「……私は誰にも一言も一気に飲み干せとは言っていないんだが……まあ、構わん。これでようやく公爵連中が開始線にたったか? さて全員、まずは飲んで食せ。何度言えば理解をする? 何も皿を空にせよとまでは言わん。自国の産物をその舌で理解すること。話はそれからだ」
自国の産物をその舌で理解する。
言っていることは、まともだ。ものすごくまともだ。
鉱毒の混じる水と、その水で調理されたホタテ料理が置かれていなければ。
しかもまだ〝痺れ茶〟がこの後どこかのタイミングで出されるはず。
ただ、水とホタテとお茶。この三つの全てが頭の中で繋がっているのは、エドヴァルドと私だけのはずだ。
水に関して国王陛下は多分、この短期間で〝草〟あるいは護衛騎士から聞かされたであろう一部分しか知らないはず。
レイフ殿下はアルノシュト伯爵の「飼い主」であるとは言え、銀山の弊害をどこまで知らされているのかは定かじゃない。
とは言え、アルノシュト伯爵邸にいたと言う「病人」の情報は、むしろこちらの方が後手。
結局のところ、この場の誰一人として「食べない」「飲まない」と言う選択肢が存在しないことを思い知らされただけだとも言えた。
「!」
静寂の中、カチャリと食器とお皿が触れ合う音が響いた。
音の主は二人。
さっきから既にナイフとフォークを手にしていたエドヴァルドと――レイフ殿下だった。
「何がやりたいのかは知らんが、死にはしないのだろう?」
「叔父上」
「いちいち動揺しておまえを喜ばす義理もなければ、これ以上の茶番に付き合っていられるほどヒマでもない。さっさと飲み食いをして、公務に戻らせて貰う」
黙々と肉厚ホタテを切って口に運ぶエドヴァルドとは対照的に、レイフ殿下は吐き捨てるようにそう言うと、別のホタテ料理にさくっとナイフを入れたのだ。
「叔父上……まあ、そう仰らず」
レイフ殿下の厭味にはまったく堪えていない風の国王陛下が微笑う。
「料理の後にもお楽しみがあるので、ぜひお付き合いを」
ふんっ……と言いながらもホタテを口に運ぶレイフ殿下に、イル義父様やコンティオラ公爵も続くようにフォークとナイフを手にしている。
こうなると、残り全員彼らよりも身分は下。
恐る恐る水と料理に手を出さざるを得ない状況がそこに出来上がっていた。
『え……実は何も入ってない……わけではなさそう、うん』
ハッタリか脅迫かとシャルリーヌが思うのも無理からぬことで、さすがに鉱毒とその被害の情報は、イデオン公爵領の外にはほとんど知られていなかったのだ。
『ああ、うん、あの水は実は――』
鉱毒の混じる水。
私が公害病の話をシャルリーヌにしようと思ったその矢先、別方向から扉の開く音が私の耳に飛び込んで来た。
「え……」
衝立の向こうと言うことは、この広間のこちら側で見えているのは私だけと言うことになる。
思い切り視線を横に向けながら様子を見ていると、知らない間に向こう側にも椅子とテーブルと料理が置かれていることに気が付いた。
あんな、誰にも見えないところで誰が飲み食いをするんだろう……。
護衛騎士や給仕中の使用人の分だろうか。
そう思ってそのまま様子を窺っていると、何と後ろ手に縛られて猿轡を嚙まされたままの男たちが複数、護衛騎士に引きずられるようにして中へと引っ張りこまれて来るのが見えた。
「⁉」
えっ、何あれ⁉
ポカンと口を開けて壁をガン見――しているように、周囲からは見えただろう。
「ああ……来たか」
「え」
しかも私の反応に気が付いたヴェンツェン管理部長が、待っていたとばかりに椅子から立ち上がっていた。
「実のところ多少懐疑的ではあったんだが、認識阻害の魔道具が効かないと言うのは真実だったか……それも興味深いところではあるが、先に仕込みを済ませなくてはな。貴女の反応で動くよう陛下からは言われていたのだ。申し訳ないがこの場を少し外させて貰う」
そう言ったヴェンツェン管理部長は国王陛下に向かって一礼すると、くるりと身を翻して「軍神の間」から退出をしてしまった。
「……仕込みって?」
「さあ……」
シャルリーヌに問われた私は正直に首を傾げたけれど、その仕種が終わらないうちに、更に意味不明の状況に陥ってしまった。
「な……っ」
「レイナ?」
見えるのが私だけ、その中で騒ぎださずにいることがこれほど難しいことだとは思っていなかった。
何故なら、一度退出したはずのヴェンツェン管理部長が、衝立の向こう側の空間にすぐさま姿を現していたからだ。
恐らくは害獣駆除の罠が稼働する範囲からは絶妙に外れる位置を、真っすぐに中央に向かって、彼は歩いていた――。
陛下に何を答えればいいものやら私が逡巡していると、そこに救いの手を差し伸べてくれたのは、イル義父様だった。
「陛下、恐れながら私はこの水のことを詳しくは知りません。ですが、このままでは可愛い義理の娘に『情けない義父』だと思われてしまいます。どうかイデオン宰相に追従することをお許し下さい」
そう言ったイル義父様が、まさにエドヴァルドよろしく手にしていたグラスの中身を飲み干したのだ。
「――我らが陛下の穏やかなる御世のために」
そうして空になったグラスを掲げながら軽く目礼をしていた。
『あ、穏やかならざる――じゃないのね』
なんて超小声で囁かないで、シャーリー⁉
日本語かアンジェス語かはともかく、陛下が表情読んじゃったらどうするの!
と言うか、うっかり頷きそうになった私の方がヤバイのかもだけど。
「ほう……」
「「⁉」」
まさか本当に空気が伝わったのか、国王陛下の視線が一瞬こちらを向いていて、私とシャルリーヌは思わず全力で視線をホタテに落とした。
「つ、つぎの料理をいただきませんこと、シャルリーヌ嬢?」
「そ、そうですわね、レイナ嬢!」
エドヴァルドの残念な子を見る視線や、イル義父様の生温かい視線も無視です、無視!
「まあ……いい。今日は姉君やボードリエ伯爵令嬢を構って楽しむ会ではないからな」
いや、どんな会⁉ あっても謹んでご辞退申し上げます……‼
そんな私とシャルリーヌの内心はさておいて、国王陛下はいつの間にか視線をこちらからイル義父様へと戻していた。
「責任の話から言えば、宰相はその水を飲めば贖罪になろうかと思っていた。だがフォルシアン公爵やコンティオラ公爵は……もう一声二声、欲しいところではあるな」
「……如何様にも。陛下のご意志に従います」
そう言って頭を下げたのは、イル義父様だ。
一方のコンティオラ公爵は、こちらからは斜め方向に背中が見えているだけで、表情が見えない。
けれど両手がテーブルの下、腿の上に置かれていて、拳が強く握りしめられているのだけは視界の端に映っていた。
「陛下……これはどう言った水なのかを伺っても……? それによっては、私が最も責任を負わねばならぬ立場なのではないでしょうか……」
さすがに同じ円卓内であればコンティオラ公爵との会話も成立するのだろうか。
「ふむ。故なく水を飲むのはご免被る、と?」
「いえ……」
国王陛下の問いかけに数度首を横に振ると、コンティオラ公爵はそこから何を言うでもなく、やはりグラスの中の液体を一気飲みした。
アルノシュト伯爵領から汲まれてきた水と言われても、今のところイル義父様やコンティオラ公爵には「それが何だ」と言う話だろう。それでもただの水ではないと言うことは、少なくとも分かるのだろう。
ここはエドヴァルドに倣っておくのが妥当との判断なのかも知れなかった。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「……私は誰にも一言も一気に飲み干せとは言っていないんだが……まあ、構わん。これでようやく公爵連中が開始線にたったか? さて全員、まずは飲んで食せ。何度言えば理解をする? 何も皿を空にせよとまでは言わん。自国の産物をその舌で理解すること。話はそれからだ」
自国の産物をその舌で理解する。
言っていることは、まともだ。ものすごくまともだ。
鉱毒の混じる水と、その水で調理されたホタテ料理が置かれていなければ。
しかもまだ〝痺れ茶〟がこの後どこかのタイミングで出されるはず。
ただ、水とホタテとお茶。この三つの全てが頭の中で繋がっているのは、エドヴァルドと私だけのはずだ。
水に関して国王陛下は多分、この短期間で〝草〟あるいは護衛騎士から聞かされたであろう一部分しか知らないはず。
レイフ殿下はアルノシュト伯爵の「飼い主」であるとは言え、銀山の弊害をどこまで知らされているのかは定かじゃない。
とは言え、アルノシュト伯爵邸にいたと言う「病人」の情報は、むしろこちらの方が後手。
結局のところ、この場の誰一人として「食べない」「飲まない」と言う選択肢が存在しないことを思い知らされただけだとも言えた。
「!」
静寂の中、カチャリと食器とお皿が触れ合う音が響いた。
音の主は二人。
さっきから既にナイフとフォークを手にしていたエドヴァルドと――レイフ殿下だった。
「何がやりたいのかは知らんが、死にはしないのだろう?」
「叔父上」
「いちいち動揺しておまえを喜ばす義理もなければ、これ以上の茶番に付き合っていられるほどヒマでもない。さっさと飲み食いをして、公務に戻らせて貰う」
黙々と肉厚ホタテを切って口に運ぶエドヴァルドとは対照的に、レイフ殿下は吐き捨てるようにそう言うと、別のホタテ料理にさくっとナイフを入れたのだ。
「叔父上……まあ、そう仰らず」
レイフ殿下の厭味にはまったく堪えていない風の国王陛下が微笑う。
「料理の後にもお楽しみがあるので、ぜひお付き合いを」
ふんっ……と言いながらもホタテを口に運ぶレイフ殿下に、イル義父様やコンティオラ公爵も続くようにフォークとナイフを手にしている。
こうなると、残り全員彼らよりも身分は下。
恐る恐る水と料理に手を出さざるを得ない状況がそこに出来上がっていた。
『え……実は何も入ってない……わけではなさそう、うん』
ハッタリか脅迫かとシャルリーヌが思うのも無理からぬことで、さすがに鉱毒とその被害の情報は、イデオン公爵領の外にはほとんど知られていなかったのだ。
『ああ、うん、あの水は実は――』
鉱毒の混じる水。
私が公害病の話をシャルリーヌにしようと思ったその矢先、別方向から扉の開く音が私の耳に飛び込んで来た。
「え……」
衝立の向こうと言うことは、この広間のこちら側で見えているのは私だけと言うことになる。
思い切り視線を横に向けながら様子を見ていると、知らない間に向こう側にも椅子とテーブルと料理が置かれていることに気が付いた。
あんな、誰にも見えないところで誰が飲み食いをするんだろう……。
護衛騎士や給仕中の使用人の分だろうか。
そう思ってそのまま様子を窺っていると、何と後ろ手に縛られて猿轡を嚙まされたままの男たちが複数、護衛騎士に引きずられるようにして中へと引っ張りこまれて来るのが見えた。
「⁉」
えっ、何あれ⁉
ポカンと口を開けて壁をガン見――しているように、周囲からは見えただろう。
「ああ……来たか」
「え」
しかも私の反応に気が付いたヴェンツェン管理部長が、待っていたとばかりに椅子から立ち上がっていた。
「実のところ多少懐疑的ではあったんだが、認識阻害の魔道具が効かないと言うのは真実だったか……それも興味深いところではあるが、先に仕込みを済ませなくてはな。貴女の反応で動くよう陛下からは言われていたのだ。申し訳ないがこの場を少し外させて貰う」
そう言ったヴェンツェン管理部長は国王陛下に向かって一礼すると、くるりと身を翻して「軍神の間」から退出をしてしまった。
「……仕込みって?」
「さあ……」
シャルリーヌに問われた私は正直に首を傾げたけれど、その仕種が終わらないうちに、更に意味不明の状況に陥ってしまった。
「な……っ」
「レイナ?」
見えるのが私だけ、その中で騒ぎださずにいることがこれほど難しいことだとは思っていなかった。
何故なら、一度退出したはずのヴェンツェン管理部長が、衝立の向こう側の空間にすぐさま姿を現していたからだ。
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