聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
689 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

730 断罪の茶会(6)

しおりを挟む
 いや、わざわざ隅のテーブルにいる人間に話を振らないで下さい⁉

 陛下に何を答えればいいものやら私が逡巡していると、そこに救いの手を差し伸べてくれたのは、イル義父様だった。

「陛下、恐れながら私はこの水のことを詳しくは知りません。ですが、このままでは可愛い義理の娘に『情けない義父ちち』だと思われてしまいます。どうかイデオン宰相に追従することをお許し下さい」

 そう言ったイル義父様が、まさにエドヴァルドよろしく手にしていたグラスの中身を飲み干したのだ。

「――我らが陛下の穏やかなる御世のために」

 そうして空になったグラスを掲げながら軽く目礼をしていた。

『あ、穏やか――じゃないのね』

 なんて超小声で囁かないで、シャーリー⁉
 日本語かアンジェス語かはともかく、陛下が表情読んじゃったらどうするの!

 と言うか、うっかり頷きそうになった私の方がヤバイのかもだけど。

「ほう……」
「「⁉」」

 まさか本当に空気が伝わったのか、国王陛下フィルバートの視線が一瞬こちらを向いていて、私とシャルリーヌは思わず全力で視線をホタテに落とした。

「つ、つぎの料理をいただきませんこと、シャルリーヌ嬢?」
「そ、そうですわね、レイナ嬢!」

 エドヴァルドの残念な子を見る視線や、イル義父様の生温かい視線も無視スルーです、無視スルー

「まあ……いい。今日は姉君やボードリエ伯爵令嬢を構って楽しむ会ではないからな」

 いや、どんな会⁉ あっても謹んでご辞退申し上げます……‼

 そんな私とシャルリーヌの内心はさておいて、国王陛下フィルバートはいつの間にか視線をこちらからイル義父様へと戻していた。

「責任の話から言えば、宰相はその水を飲めば贖罪になろうかと思っていた。だがフォルシアン公爵やコンティオラ公爵は……もう一声二声、欲しいところではあるな」

「……如何様にも。陛下のご意志に従います」

 そう言って頭を下げたのは、イル義父様だ。

 一方のコンティオラ公爵は、こちらからは斜め方向に背中が見えているだけで、表情が見えない。
 けれど両手がテーブルの下、腿の上に置かれていて、拳が強く握りしめられているのだけは視界の端に映っていた。

「陛下……これはどう言った水なのかを伺っても……? それによっては、私が最も責任を負わねばならぬ立場なのではないでしょうか……」

 さすがに同じ円卓内であればコンティオラ公爵との会話も成立するのだろうか。

「ふむ。ゆえなく水を飲むのはご免被る、と?」
「いえ……」

 国王陛下フィルバートの問いかけに数度首を横に振ると、コンティオラ公爵はそこから何を言うでもなく、やはりグラスの中の液体を一気飲みした。

 アルノシュト伯爵領から汲まれてきた水と言われても、今のところイル義父様やコンティオラ公爵には「それが何だ」と言う話だろう。それでもただの水ではないと言うことは、少なくとも分かるのだろう。

 ここはエドヴァルドに倣っておくのが妥当との判断なのかも知れなかった。

「……お見苦しいところをお見せしました」

「……私は誰にも一言も一気に飲み干せとは言っていないんだが……まあ、構わん。これでようやく公爵連中が開始線にたったか? さて全員、まずは飲んで食せ。何度言えば理解をする? 何も皿を空にせよとまでは言わん。自国の産物をその舌で理解すること。話はそれからだ」

 自国の産物をその舌で理解する。

 言っていることは、まともだ。ものすごくまともだ。

 鉱毒の混じる水と、その水で調理されたホタテ料理が置かれていなければ。
 しかもまだ〝痺れ茶〟がこの後どこかのタイミングで出されるはず。

 ただ、水とホタテとお茶。この三つの全てが頭の中で繋がっているのは、エドヴァルドと私だけのはずだ。

 水に関して国王陛下フィルバートは多分、この短期間で〝草〟あるいは護衛騎士から聞かされたであろう一部分しか知らないはず。

 レイフ殿下はアルノシュト伯爵の「飼い主」であるとは言え、銀山の弊害をどこまで知らされているのかは定かじゃない。

 とは言え、アルノシュト伯爵邸にいたと言う「病人」の情報は、むしろこちらの方が後手。

 結局のところ、この場の誰一人として「食べない」「飲まない」と言う選択肢が存在しないことを思い知らされただけだとも言えた。

「!」

 静寂の中、カチャリと食器とお皿が触れ合う音が響いた。

 音の主は二人。
 さっきから既にナイフとフォークを手にしていたエドヴァルドと――レイフ殿下だった。

「何がやりたいのかは知らんが、死にはしないのだろう?」
「叔父上」
「いちいち動揺しておまえを喜ばす義理もなければ、これ以上の茶番に付き合っていられるほどヒマでもない。さっさと飲み食いをして、公務に戻らせて貰う」

 黙々と肉厚ホタテを切って口に運ぶエドヴァルドとは対照的に、レイフ殿下は吐き捨てるようにそう言うと、別のホタテ料理にさくっとナイフを入れたのだ。

「叔父上……まあ、そう仰らず」

 レイフ殿下の厭味にはまったく堪えていない風の国王陛下フィルバート微笑わらう。

「料理の後にもがあるので、ぜひお付き合いを」

 ふんっ……と言いながらもホタテを口に運ぶレイフ殿下に、イル義父様やコンティオラ公爵も続くようにフォークとナイフを手にしている。

 こうなると、残り全員彼らよりも身分は下。
 恐る恐る水と料理に手を出さざるを得ない状況がそこに出来上がっていた。

『え……実は何も入ってない……わけではなさそう、うん』

 ハッタリか脅迫かとシャルリーヌが思うのも無理からぬことで、さすがに鉱毒とその被害の情報は、イデオン公爵領の外にはほとんど知られていなかったのだ。

『ああ、うん、あの水は実は――』

 鉱毒の混じる水。

 私が公害病の話をシャルリーヌにしようと思ったその矢先、別方向から扉の開く音が私の耳に飛び込んで来た。

「え……」

 衝立の向こうと言うことは、この広間のこちら側で見えているのは私だけと言うことになる。

 思い切り視線を横に向けながら様子を見ていると、知らない間に向こう側にも椅子とテーブルと料理が置かれていることに気が付いた。

 あんな、誰にも見えないところで誰が飲み食いをするんだろう……。
 護衛騎士や給仕中の使用人の分だろうか。

 そう思ってそのまま様子を窺っていると、何と後ろ手に縛られて猿轡を嚙まされたままの男たちが複数、護衛騎士に引きずられるようにして中へと引っ張りこまれて来るのが見えた。

「⁉」

 えっ、何あれ⁉

 ポカンと口を開けて壁をガン見――しているように、周囲からは見えただろう。

「ああ……か」
「え」

 しかも私の反応に気が付いたヴェンツェン管理部長が、待っていたとばかりに椅子から立ち上がっていた。

「実のところ多少懐疑的ではあったんだが、認識阻害の魔道具が効かないと言うのは真実だったか……それも興味深いところではあるが、先にを済ませなくてはな。貴女の反応で動くよう陛下からは言われていたのだ。申し訳ないがこの場を少し外させて貰う」

 そう言ったヴェンツェン管理部長は国王陛下フィルバートに向かって一礼すると、くるりと身を翻して「軍神デュールの間」から退出をしてしまった。

「……仕込みって?」
「さあ……」

 シャルリーヌに問われた私は正直に首を傾げたけれど、その仕種が終わらないうちに、更に意味不明の状況に陥ってしまった。

「な……っ」
「レイナ?」

 見えるのが私だけ、その中で騒ぎださずにいることがこれほど難しいことだとは思っていなかった。

 何故なら、一度退出したはずのヴェンツェン管理部長が、衝立の向こう側の空間にすぐさま姿を現していたからだ。

 恐らくは害獣駆除の罠が稼働する範囲からは絶妙に外れる位置を、真っすぐに中央に向かって、彼は歩いていた――。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。