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第三部 宰相閣下の婚約者
762 宝石に骸はあるか(中)
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「そうか……宝石鉱山より、銀山や銅山の方がよりシュタムと同じ状況に陥る可能性があるということか……だがゼロでもない、と」
口元に手をやるイル義父様は、一連の会話の中からちゃんと本質を拾い上げていた。
「銀に関して言えば、イデオン公爵領のシュタム以外にクヴィスト公爵領のハドラールとスヴェンテ公爵領のシメネスが知られているね。もしかしたら、そちらの方が調査の優先度は高いのかも知れない」
「イル義父様……」
「だがどちらも軍神の間にはいなかった公爵家に属する家だ。先に我がヤーデルード鉱山で宝石鉱山における影響を確認しておいた方が、クヴィストとスヴェンテにも話をしやすくなるだろう」
シュタム、ハドラール、シメネス。
アンジェス国における銀の三大産地であり、いずれも鉱山労働者や加工業者、販売業者をそれぞれに多く抱えていると言う。
ただシュタムを治めるのがアルノシュト伯爵家であるのと同様に、ハドラールの街はソシアス伯爵家、シメネスの街はリオハス伯爵家と言う、それぞれが高位貴族管轄下の街であるため、話を持っていくにはそれなりの根拠は必要だろうとも、イル義父様は言った。
「ウチの管轄であれば、ダリアン侯爵家のようにこうやって場を設けることも出来るのだけれどね。さすがに他所の公爵家のことに現段階では携われない」
イル義父様が軍神の間で、アルノシュト伯爵の話を自分の耳で、エドヴァルドもいるところで既に聞いていたからこそ、ダリアン侯爵家に対しては今のように話し合いの場が持てると言うことなんだろう。
「…………レイナ嬢、でいいかな?」
その時、それまでイル義父様やエリィ義母様に気圧されるようにほぼ無言だったレンナルト卿が、こちらを見てゆっくりと声をかけてきた。
「あ、はい、もちろんです」
フォルシアン公爵家の養女になった以上、目の前のこの人とて義理の叔父だ。
私としては、呼び捨てでなければ、まあいいかなと言う感じだ。
どこかの宰相サマの心情にまで責任は持てない。
そうは言っても私が勝手に「叔父」と呼ぶのもな……と思ったことが見透かされたのか「出来れば叔父と呼んで欲しいかな」と、レンナルト卿の方から申し出てきてくれた。
「まあ、今回の件であまり頼りに出来る家ではないと思われても仕方がないんだけど」
やや自嘲気味なその声に、私は緩々と首を横に振ることしか出来なかった。
「これまで、あまり親しくしている親族はいなかったので、そう言って頂けるのは嬉しいです」
いきなり馴れ馴れしく呼ぶまいと、静かに微笑った私の意図はどうやら伝わったらしい。
「そう……では、ゆっくり慣れていってくれるかな。私の方からも、いくつか質問をしても?」
レンナルト卿はそれ以上を強要せず、話を切り替えた。
「私に分かる範囲のことでしたら」
この期に及んで鉱毒関係以外のことは聞かないだろうと、私もそう答えを返すと、どうやらそれは間違ってはいなかったようで、ゆっくりとした頷きが返ってきた。
「汚染された土地と、罹患した人に関しての薬や対処法は、まだない?」
「そうですね。少なくとも王都イデオン公爵邸にまでは届いていません。もしかしたら、早い段階で被害にあった村やその周辺で、民間療法的に何か伝わっていれば……とは思うのですが。もしくは、数年たっているようですから、何か育ってはいないかな、とか」
もしも人のいない土地だったとしても、草や木だけでも生えていたりするならば、研究の余地はあるはず。
そう言った私に、レンナルト卿――叔父は「行ってみないと分からないと言うことか……」と顔を顰めていた。
「人手や資金のアテはあるのかい?」
ただ、エリィ義母様の異母弟、つまりダリアン侯爵家で末弟と言う立場にあるせいなのか、この叔父の口調はかなり柔らかい。
領主補佐として、しっかりはしているようだけれど、実際にはイル義父様よりも遥かに「イイヒト」感が滲み出ている気はした。
「資金に関しては、正直エドヴァルド様に全面的に頼らせていただくよりほかないんですが……人手と言うか、研究に協力して貰えるアテは、何とか確保しています」
「王宮の医局にツテでも?」
ここはアンジェス国。
普通はそう思うだろうな、と私は苦笑いを浮かべてしまった。
どうせイル義父様も知っていることだし、ここは次期聖女の価値を上げておくのもいいかな、と私は思わせぶりな視線をシャルリーヌに向けることにした。
「ちょっと、レ――」
「こちらの令嬢は、シャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢。当代聖女マナ・ソガワがギーレン国に交換留学のため赴いている間、聖女代理としてお役目を果たして下さっている令嬢なんですけれど」
多分、私の視線でイヤな予感でもしたのかも知れない。
シャルリーヌが私の言葉を遮ろうと口を開きかけていたところを、素早く私の方から先に遮った。
「これもご縁と、私の方から彼女に『お願いごと』をしたんです」
「お願いごと、ですか」
「はい。ギーレンには国最大の研究機関でもあり、国民の憩いの場所でもある王立の植物園があります。彼女の実家を通して、そちらとの繋ぎを取って貰いました」
「植物園?」
「汚染されて、食用の植物どころか雑草さえ生えない土地を再生させることは出来ないか――研究機関としての植物園であれば、どこよりも早く研究を進めてくれるのではと思ったんです」
「!」
嘘はついていない。けれどシャルリーヌの存在を強調すると言う意味では、話を盛っていると言えなくもない。
「……そしてシャルリーヌ嬢とその実家と言う後ろ楯があったおかげで、植物園の責任者の方から、一度土を送ってくるようにとまで話は進んでいます」
それが分かっているシャルリーヌ本人は今にも私に噛みつきそうになっているけれど、私はそれをしれっと受け流した。
鉱毒のことは鉱毒のこととして、シャルリーヌにだって足場固めの機会があったっていいはずだから。
「ギーレンにだって鉱山はあるわけですから。向こうは向こうで調査をした方がいいと、万が一にも類似の症状を見せるところがあれば、どのみち研究は必要になるはずと、比較的前向きに話は受けていただいてます」
「土を調査……」
「こちらの王宮を通さずになんだ、ともしかしたら思われるのかも知れませんが、ギーレンの植物園の所長には、あくまでユングベリ商会の商会長として接していましたから、国際問題にならないよう詭弁は通せると思いますよ?」
詭弁を通すってなんだい、と困ったように笑っているのはイル義父様だ。
本音と建前を使い分けることが基本な貴族政治の理には適っているのだから、そこは笑うしかないのだろう。
「王宮の医局の方には、水を調べて貰うことで手を打って貰おうかとは思ってますよ? 土も水も、どちらも調べる必要はあるわけですし。どちらも研究。それぞれの機関の職分なわけですから、かかる費用については交渉の余地はあると思ってるんですけど……」
決してエドヴァルドに散財をさせるつもりはないのだと、何とか理解をして貰おうと私は黙り込んだ叔父をじっと見つめた。
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「ウチの管轄であれば、ダリアン侯爵家のようにこうやって場を設けることも出来るのだけれどね。さすがに他所の公爵家のことに現段階では携われない」
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やや自嘲気味なその声に、私は緩々と首を横に振ることしか出来なかった。
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「そうですね。少なくとも王都イデオン公爵邸にまでは届いていません。もしかしたら、早い段階で被害にあった村やその周辺で、民間療法的に何か伝わっていれば……とは思うのですが。もしくは、数年たっているようですから、何か育ってはいないかな、とか」
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そう言った私に、レンナルト卿――叔父は「行ってみないと分からないと言うことか……」と顔を顰めていた。
「人手や資金のアテはあるのかい?」
ただ、エリィ義母様の異母弟、つまりダリアン侯爵家で末弟と言う立場にあるせいなのか、この叔父の口調はかなり柔らかい。
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