聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
721 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

762 宝石に骸はあるか(中)

しおりを挟む
「そうか……宝石鉱山より、銀山や銅山の方がよりシュタムと同じ状況に陥る可能性があるということか……だがゼロでもない、と」

 口元に手をやるイル義父様は、一連の会話の中からちゃんと本質を拾い上げていた。

「銀に関して言えば、イデオン公爵領のシュタム以外にクヴィスト公爵領のハドラールとスヴェンテ公爵領のシメネスが知られているね。もしかしたら、そちらの方が調査の優先度は高いのかも知れない」

「イル義父様……」

「だがどちらも軍神デュールの間にはいなかった公爵家に属する家だ。先に我がヤーデルード鉱山で宝石鉱山における影響を確認しておいた方が、クヴィストとスヴェンテにも話をしやすくなるだろう」

 シュタム、ハドラール、シメネス。

 アンジェス国における銀の三大産地であり、いずれも鉱山労働者や加工業者、販売業者をそれぞれに多く抱えていると言う。

 ただシュタムを治めるのがアルノシュト伯爵家であるのと同様に、ハドラールの街はソシアス伯爵家、シメネスの街はリオハス伯爵家と言う、それぞれが高位貴族管轄下の街であるため、話を持っていくにはそれなりの根拠は必要だろうとも、イル義父様は言った。

「ウチの管轄であれば、ダリアン侯爵家のようにこうやって場を設けることも出来るのだけれどね。さすがに他所の公爵家のことに現段階では携われない」

 イル義父様が軍神デュールの間で、アルノシュト伯爵の話を自分の耳で、エドヴァルドもいるところで既に聞いていたからこそ、ダリアン侯爵家に対しては今のように話し合いの場が持てると言うことなんだろう。

「…………レイナ嬢、でいいかな?」

 その時、それまでイル義父様やエリィ義母様に気圧されるようにほぼ無言だったレンナルト卿が、こちらを見てゆっくりと声をかけてきた。

「あ、はい、もちろんです」

 フォルシアン公爵家の養女になった以上、目の前のこの人とて義理の叔父だ。
 私としては、呼び捨てでなければ、まあいいかなと言う感じだ。

 どこかの宰相サマの心情にまで責任は持てない。

 そうは言っても私が勝手に「叔父」と呼ぶのもな……と思ったことが見透かされたのか「出来れば叔父と呼んで欲しいかな」と、レンナルト卿の方から申し出てきてくれた。

「まあ、今回の件であまり頼りに出来る家ではないと思われても仕方がないんだけど」

 やや自嘲気味なその声に、私は緩々と首を横に振ることしか出来なかった。

「これまで、あまり親しくしている親族はいなかったので、そう言って頂けるのは嬉しいです」

 いきなり馴れ馴れしく呼ぶまいと、静かに微笑わらった私の意図はどうやら伝わったらしい。

「そう……では、ゆっくり慣れていってくれるかな。私の方からも、いくつか質問をしても?」

 レンナルト卿はそれ以上を強要せず、話を切り替えた。

「私に分かる範囲のことでしたら」

 この期に及んで鉱毒関係以外のことは聞かないだろうと、私もそう答えを返すと、どうやらそれは間違ってはいなかったようで、ゆっくりとした頷きが返ってきた。

「汚染された土地と、罹患した人に関しての薬や対処法は、まだない?」

「そうですね。少なくとも王都イデオン公爵邸にまでは届いていません。もしかしたら、早い段階で被害にあった村やその周辺で、民間療法的に何か伝わっていれば……とは思うのですが。もしくは、数年たっているようですから、何か育ってはいないかな、とか」

 もしも人のいない土地だったとしても、草や木だけでも生えていたりするならば、研究の余地はあるはず。

 そう言った私に、レンナルト卿――叔父は「行ってみないと分からないと言うことか……」と顔をしかめていた。

「人手や資金のアテはあるのかい?」

 ただ、エリィ義母様の異母弟、つまりダリアン侯爵家で末弟と言う立場にあるせいなのか、この叔父の口調はかなり柔らかい。

 領主補佐として、しっかりはしているようだけれど、実際にはイル義父様よりも遥かに「イイヒト」感が滲み出ている気はした。

「資金に関しては、正直エドヴァルド様に全面的に頼らせていただくよりほかないんですが……人手と言うか、研究に協力して貰えるアテは、何とか確保しています」

「王宮の医局にツテでも?」

 ここはアンジェス国。
 普通はそう思うだろうな、と私は苦笑いを浮かべてしまった。

 どうせイル義父様も知っていることだし、ここは次期聖女シャルリーヌの価値を上げておくのもいいかな、と私は思わせぶりな視線をシャルリーヌに向けることにした。

「ちょっと、レ――」

「こちらの令嬢は、シャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢。当代聖女マナ・ソガワがギーレン国にのため赴いている間、聖女代理としてお役目を果たして下さっている令嬢なんですけれど」

 多分、私の視線でイヤな予感でもしたのかも知れない。
 シャルリーヌが私の言葉を遮ろうと口を開きかけていたところを、素早く私の方から先に遮った。

「これもご縁と、私の方から彼女に『お願いごと』をしたんです」

「お願いごと、ですか」

「はい。ギーレンには国最大の研究機関でもあり、国民の憩いの場所でもある王立の植物園があります。彼女の実家を通して、そちらとの繋ぎを取って貰いました」

「植物園?」

「汚染されて、食用の植物どころか雑草さえ生えない土地を再生させることは出来ないか――研究機関としての植物園であれば、どこよりも早く研究を進めてくれるのではと思ったんです」

「!」

 嘘はついていない。けれどシャルリーヌの存在を強調すると言う意味では、話を盛っていると言えなくもない。

「……そしてシャルリーヌ嬢とその実家と言う後ろ楯があったおかげで、植物園の責任者の方から、一度土を送ってくるようにとまで話は進んでいます」

 それが分かっているシャルリーヌ本人は今にも私に噛みつきそうになっているけれど、私はそれをしれっと受け流した。

 鉱毒のことは鉱毒のこととして、シャルリーヌにだって足場固めの機会があったっていいはずだから。

「ギーレンにだって鉱山はあるわけですから。向こうは向こうで調査をした方がいいと、万が一にも類似の症状を見せるところがあれば、どのみち研究は必要になるはずと、比較的前向きに話は受けていただいてます」

「土を調査……」

「こちらの王宮を通さずになんだ、ともしかしたら思われるのかも知れませんが、ギーレンの植物園の所長には、あくまでユングベリ商会の商会長として接していましたから、国際問題にならないよう詭弁は通せると思いますよ?」

 詭弁を通すってなんだい、と困ったように笑っているのはイル義父様だ。

 本音と建前を使い分けることが基本デフォルトな貴族政治の理には適っているのだから、そこは笑うしかないのだろう。

「王宮の医局の方には、水を調べて貰うことで手を打って貰おうかとは思ってますよ? 土も水も、どちらも調べる必要はあるわけですし。どちらも研究。それぞれの機関の職分なわけですから、かかる費用については交渉の余地はあると思ってるんですけど……」

 決してエドヴァルドに散財をさせるつもりはないのだと、何とか理解をして貰おうと私は黙り込んだ叔父をじっと見つめた。













◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


26日についに2巻が発売、既にお買い上げいただいた皆様、ご注文いただいて到着待ちの皆さま有難うございます……!m(_ _)m

色々なサイトで、上位にランクイン中です。

引き続き応援宜しくお願いします……!
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。