聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

782 公爵たちの四面楚歌(後)

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「では次に、サレステーデの王族のについてだが」

 スヴェンテ老公爵、どうやら一番厄介と思われる先代エモニエ侯爵夫人と投資詐欺の件に関しては、最後にじっくり話し合うことにしたようだ。
 うん、確かに一番ごねそうというか面倒くさそうだものね。

 この件では当事者側となり口出しが出来ないクヴィスト公爵代理だけが、ビクリと肩を跳ね上げている。

「私が言うのも何だが、ここでクヴィストの一族全てを連座で裁いてしまっては、過去のスヴェンテ家に対する措置との違いをあげつらう輩もでよう。言い方は悪いが、クヴィストは王を傀儡にしようとしただけ。王に刃を向けたスヴェンテが曾孫を残しているというのに、クヴィストを根絶やしにするというのは道理に合わない」

「ふむ……老公爵は、当主の代替わりのみで良いとお考えか」

 そして当事者の立場から外れたエドヴァルドが、今度は場をまとめるように口を開いている。
 言外に「それだけでは甘いのでは?」というニュアンスを含ませているのは、果たして私の気のせいだろうか……。

「まさか、さすがにそこまで甘いコトは言わぬよ」

 どうやらスヴェンテ老公爵も、私と同じ感想を持ったらしい。
 そう言って、やや苦笑いぎみに口元を歪めた。

「香辛料、紅茶、銀、乳製品……この辺りがクヴィストの財政を支えている要のはず。しばしその税率を上げるか、他の領に販売権を譲るか、考えてみるのも一案では――と思うのだがな」

 そこでイル義父様が、すっと片手を上げる。

「老公の言うことにも一理ある。だがあまり緊縮財政を強いては、今度はコンティオラとのバランスが取れないのでは? この後ナルディーニとエモニエ、両侯爵家の処遇を考えねばならぬことを思えば、それら全てに制裁を科すのはあまり得策とは言えないだろう」

 ナルディーニ、エモニエの名を聞いたコンティオラ公爵が、言葉の代わりに眉根をぎゅっと寄せている。

 ただ、今のこのサレステーデの王族のやらかしについてのみを話し合うのであれば、コンティオラ公爵にも発言権はあるのだ。

 元からあまり発言をする人ではないと、以前にエドヴァルドが言っていた気はするけれど、どうするんだろう――と思っていると、コンティオラ公爵は、ややあってゆっくりと顔を上げた。

「ヒチル伯爵家……」
「……うん?」

 怪訝そうに顔をしかめたのは、スヴェンテ老公爵だ。
 無言のテオドル大公も同じ様な表情になっているところからすると……純粋に、聞き取れなかったんだなと思った。

「ヒチル伯爵家は、旧グゼリ伯爵家が爵位剥奪、領地解体となった時に、その領地の一部を剰余されていたかと……」

 一見唐突にその名前が出てきたようで、そうじゃない。
 そのことに気付いたエドヴァルドは、ハッとしたようにコンティオラ公爵を見やった。

「乳製品か……」

 コンティオラ公爵がゆっくりと首を縦に振る。

「もちろん領地ごととなると、近いとは言え摩擦も起きよう。だが、乳製品の販売権だけなら――」
「あるいは酪農家だけ移住をさせるか、か」

 乳製品。あるいは、酪農。
 その辺りでようやく残りの公爵様がたも、二人が何の話をしているのかに気が付いたようだった。

「乳製品の取扱いを、キヴェカス伯爵家の下に一元化する……か?」

 イル義父様の呟きに、エドヴァルドが口元に手を当てて、考える仕種を見せた。

「裁判で決着したとはいえ、キヴェカスの側に未だ思う所がないわけではない。十八年越しの揉め事が決着したとなれば、それは世間そとから見ても共感を得やすいだろうな……」

「だが、ヒチル伯爵家の領地全てをキヴェカス伯爵家に譲渡するのは、立地の面からも双方の住民の感情からいっても、非現実的ではないか? 酪農家だけを移住させ、こちらもアルノシュトと同様に名を変えて別の領主を立てるか、遠縁なり何なりを迎えて、新たに『ヒチル伯爵』を名乗らせるか――あたりが落としどころのように思うがな」

「そうだな……先代ヒチル伯爵の前妻の子で、今は伯爵家を離れてフラーヴェク子爵を名乗る男がいる。一連の責任を取らせる意味も含めて、酪農部分を整理させるのもアリか……? どうせ最終的には庶子に継がせて、自分は伯爵家とは縁を切るつもりでいたようだしな……」

「……ああ、あの男か」

 エドヴァルドと話しているうちに、イル義父様もフラーヴェク子爵の存在を思い出したようだ。

「いいんじゃないか? 伯爵家の財産を整理させるのも、中々に骨が折れる仕事のはずだ。クヴィストとしても、香辛料や紅茶、銀の取扱いを制限されるよりは、酪農事業を手放す方が損害は少ないだろう」

 元よりこの件に関しては口を挟めないクヴィスト公爵代理は、ぐっ……と押し黙っている。

「待て待て、そのヒチル伯爵家は、サレステーデの王子や王女を手引きした件とは無関係だろう? 確かにクヴィストの財源を減らすという意味では一見妥当だが、敢えてヒチル伯爵家と乳製品を狙い撃ちにする理由はどう説明するつもりだ」

 議長として、バランスの取れた発言をするスヴェンテ老公爵に、エドヴァルドとイル義父様がふと、それまでの話し合いを中断させた。

「ヒチル伯爵家には理由がある」

 イル義父様と二人で先行しかけたところを落ち着かせるかのように、エドヴァルドがゆっくりと老公爵の方を向いた。

「伯爵の後妻が、自分の息子に後を継がせるため、前妻の子――つまり今のフラーヴェク子爵に〝痺れ茶〟を盛って、金で雇った娘に襲わせている」

「襲……っ」

 驚いているのは老公爵だけじゃない。
 クヴィスト公爵代理も唖然としている。どうやらヒチル伯爵家の領主就任にまつわる事情を、彼も知らなかったようだ。

「既成事実を主張させて『伯爵家の跡取りとして相応しくない』との烙印を押して、家から追い出している。サレステーデの王族どもとは無関係だが、この後話し合う未承認の茶葉の件ではむしろ有罪だ。酪農事業を取り上げて、領主を交代させる理由にはなっているだろう」

「なるほど、クヴィスト家への処罰であり、同時にヒチル伯爵家への処罰でもあるわけか……そういうことなら、キヴェカス伯爵家への事業譲渡も道理なのか。旧グゼリ伯爵領の流れを汲んでいるのであれば、譲渡先がキヴェカスというのも誰にも反論はできぬな」

 納得したように頷いたスヴェンテ老公爵は対照的に、クヴィスト公爵代理は悄然と肩を落としている。

 そうか、エドヴァルドどころかイル義父様よりも年上らしいクヴィスト公爵代理の年齢からすれば、旧グゼリ伯爵家による乳製品の産地偽装騒動のことはしっかりと記憶にあるはずだ。

 自分の父親が今回、たまたまやり過ぎたということではなく、過去からの積み重ねが今、明るみに出ているという事実に言葉も出ないらしい。

「ふむ。では、サレステーデの王族の処遇そのものに関しては、後の三国での話し合いにはかることになるにせよ、手を貸したクヴィスト公爵家に関しては、公爵家当主の交代と、酪農事業の譲渡を。その酪農事業を監督していたヒチル伯爵家についても、未承認の茶葉を使用して本来の領主を追い出した咎が明らかになったため、事業譲渡完了後、領主交代――ということでいか?」

 領地の規模はそのままであっても、酪農事業を取り上げられることで、ヒチル伯爵領の内実は子爵家規模になるだろうというのが、この場の公爵様がたの見解らしい。

 どのみちクヴィスト公爵家の当主は交代を余儀なくされている状況だ。国勢の混乱を最小限に留めるための理由おとしどころとして、ヒチル伯爵家のお家騒動が利用されたといっても過言じゃない。

 皆それが分かっていて、それでも誰も、結論を取りまとめたスヴェンテ老公爵の発言に反対をしなかった。
 ……それが王宮政治というものなんだろう。

 最後、実際にキヴェカス伯爵家に話を通して、事業譲渡の手続きを進めていくことに関しては、三国会談が終了して以降、しかるべき日を設けて……ということで、この話はここまでとなった。

「さて、次は――」

 いよいよ本丸に切り込むとなったところで、不意に国王陛下フィルバートがすっと片手を上げた。

「次の話、ナルディーニの言い分たわごとは先程嫌でも耳にしたが、もう一人、本人の言い分を聞いてみたいのだが、どうだ?」

「もう一人……ですか?」

 代表して聞き返す議長役のスヴェンテ老公爵に、国王陛下フィルバートはゆっくりと口角を上げた。

 嫌な予感とばかりにエドヴァルドが顔をしかめているけれど、もちろんどこかのサイコパスな王様は、キレイにそれを無視スルーしていた。



「この騒動の諸悪の根源と言ってもいいだろう――先代エモニエ侯爵夫人だ」










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【御礼】

いつも読んでいただいて、応援&コメント本当に有難うございますm(_ _)m

「小説家になろう」で2020年12月28日から連載をスタート、本日丸三年を迎えました。
何とここまで912話、およそ268万文字!!

その間2冊の書籍が刊行され、12/20(水)からはコミカライズ連載もスタートしました。
これもひとえに皆様が読んで下さり、応援して下さったおかげです!

物語はまだ続きます。
三巻の刊行やコミカライズの単行本化が叶うよう、どうか「いいね」やレジーナブックスサイトのアンケートなどで応援して頂ければと思います。

頑張りますので引き続き宜しくお願いします……!
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