聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

794 水と油がまざるには(中)

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 私が何かを言うよりも早く、廊下の向こうで扉の開く音と挨拶をする声が聞こえた。
 ギルド長宛に来ていた来客が帰るということなんだろう。

「タイミングが良かった。二度手間の説明にならずに済むな」

 アズレート副ギルド長の動きは早かった。
 さすが機を見るに敏なギルドの職員だ。ここでわざわざ私を引き留めて、自分が先にあれこれと聞き出そうとはしてこなかった。

 外の足音が遠ざかる頃、副ギルド長がそっと扉を開けて部屋を移動する。
 ヤンネと私もその後に続こうとして、今度はそこでまた別の足音が二階へと上がって来るのが聞こえた。

「どうやら話の途中に割り込むという無粋な真似はしなくて済んだようですね」

 その足音が大きくなるのと同時に姿も少しずつ見えるようになり、私は階段を上がってきたのがカールフェルド・ラヴォリ商会長代理であることをそこで悟った。

「何をしでかしたわけでもないのに、何度もご足労願う羽目になり申し訳ないな」

 ギルド長室の扉に手をかけながら、そう商会長代理に声をかけたのはアズレート副ギルド長だ。

 確かにラヴォリ商会はアンジェス国内最大手の商会。商会長がバリエンダールに出張中である以上、今の責任者は息子たるカール商会長代理。
 本来なら通常業務でさえも山と抱えているはずなのだ。

 それでも、誰もが次期商会長として一目も二目も置いているカール商会長代理は、まったくその辛さを感じさせず、飄々とした表情をこちらに向けていた。

「とんでもない。こと、この件に関しては最優先だと父からも言われておりますので、商会の従業員たちも皆理解しておりますよ」

 そう言っているうちにカール商会長代理も私たちの方へと追いついてきたので、アズレート副ギルド長も、ギルド長室の扉を開ける手を止めなかった。

「ギルド長、幸運なことに皆さんお揃いですが」
「ああ、そうかい。構わないよ、入って」

 アズレート副ギルド長、私、カール商会長代理、ヤンネ――の順に中に入る。
 カール商会長代理に譲ろうとしたところ、笑顔で首を横に振られてしまったのだ。

 しかもカール商会長代理、ヤンネに対しては順序を譲る気はなかったようで、その辺り、商人と法律顧問という立場の違いを明確に線引きしているようだった。

 ギルド内において、キヴェカス伯爵令息という立場は何の箔付けにもなっていないということなんだろう。

「……おや、本当に付き添いで来ていたのかい」

 しかも最後に入ったヤンネを見て、リーリャギルド長は「いたのか」と言わんばかりの表情と態度だ。

 ピキリとヤンネのこめかみに青筋が浮かんでいるところから言っても、知っていてわざと煽っているというべきだった。

「まあ名義貸しの件で関わっているって話だから、完全なる部外者でもないのか。グダグダ言っていても仕様がないね、話を進めるとしようか」

「…………」

 何か言いかけて口を閉ざしたあたり、相手がギルド長だという部分に配慮をしたのだろうか。
 いや、でもいつだったか「自分はお飾りのギルド長と思われているフシがある」と、リーリャギルド長が言っていたような――?

(あ、いやいや。今はそれどころじゃないよね、確かに)

 グダグダ言っていても仕様がない。それは間違いない。
 私もフルフルとかぶりを振って、来客用のソファに腰を下ろした。

「さて、ユングベリ商会長。王宮絡みで語れない部分までを強要はしないから、分かったことを聞かせて貰えるかい」

 前置きも勿体ない、と言わんばかりのリーリャギルド長に、それもそうかと私も頷いた。

 何をどこまで……と言うのは道すがら私も考えていたことで、まずはカプート子爵が構想を練っていたらしい「沿岸連合」から説明を始めることにした。

 すわ独立か、と色めきたつギルド長と副ギルド長に、少し違うのだと慌てて両手を振る。

「海岸沿いのギルドの多くは、王都との格差に大なり小なりの不満がある――というのがカプート子爵の見解で、その不満を少しでも軽減させることが出来るのが、海岸沿いのギルドだけでのネットワークを作ることじゃないかと思われたようなんです」

「それは独立とどう違うんだい」

 眉根を寄せているリーリャギルド長に、なんと説明したものか言葉を探す。

「わざわざ王都にまで連絡を取ることだろうか……との判断で取り返しのつかないことにならないよう、間にもう一つ部署を立ち上げるようなものかと。ギルドのこれまでの法、慣例を破るつもりはないとのことなので、あくまで中央から取り残されないための仕組みにしたいのではないかと思います」

「自治裁量権を与えるようなものか」

 法律の専門家であるヤンネの物言いに、私は頷いてみせる。

「王都と海岸沿いの領地やギルドとの距離。そこを突かれて起きたのが今回の投資詐欺と未承認の茶葉の流通ですから。もともと周辺ギルドと手を取り合いたかったカプート子爵にしてみたら『今度こそ』との思いがあるみたいです……けど」

「けど?」

「カプート子爵ご自身はその連合の長になろうとは思っていらっしゃらないようでした」

 これに驚いたのが、以前からカプート子爵を知るらしいギルド長や副ギルド長だ。
 本人の為人ひととなりを詳しく知る環境にないカール商会長代理やヤンネなどは「ふうん?」といった感じで無言で続きを促すだけだ。

「ラヴォリ商会、フラーヴェク商会、それと……ユングベリ商会あたりで音頭を取って欲しそうな感じでした」

 ユングベリ商会の名前はよっぽど言わずにおこうかと思ったものの、ここは情報が命の商業ギルド。
 黙っていてもどうなるものでもないと、私も諦めて商会の名前を最後に付け足した。

「…………なるほど」

 決して短くはない沈黙のあと、最初に口火を切ったのは自分の商会を名指しされたカール商会長代理だった。

「まあ、今回の詐欺や不正取引に関わったであろう商会なり貴族なりの販路をウチが引き取るとなれば、その連合とやらの土台の一部が出来上がるようなものですからね。カプート子爵の発想はあながち突飛なものだとは言い切れない」

「だけどフラーヴェク商会やユングベリ商会を、というのは普通出てこないよ。さすがの情報網というべきなんだろうね」

 リーリャギルド長はもともとカプート子爵をそれなりに買っていた人だ。
 苦笑未満の表情で肩をすくめていた。

「ユングベリ商会の情報は王都以外の国内ではほとんど知られてはいないはずだし、フラーヴェク商会の情報は逆にほとんど王都には届いていなかった。その両方を把握していて、利用できると思ったんだからね」

 なるほどヒチル伯爵家からのハニトラ追放騒動は、あくまで貴族間の揉め事だ。ましてやフラーヴェク商会は地方の商会。あくまでヒチル伯爵家に対抗するための資金稼ぎだったため、積極的な王都での商売は行っていなかった。

 今回のように事件でも起きなければ、名前を聞くことなどなかったのかも知れない。

「ですがユングベリ商会のような、まだ店舗も出来上がっていない新興商会では説得力に欠けますし、フラーヴェク商会は……商会長たる子爵が、自分を嵌めた伯爵家への復讐心だけで動いているようなところがありますので、これもまた取りまとめには向いていないと思うのです」

 なので私はそう言って、カール商会長代理に視線を向けた。

「とはいえユングベリ商会長、関わり合いになりたくない――とは仰らないのですね?」

 何だかすぐ近くからヤンネの「圧」を感じているものの、そこはツンとそっぽを向かせて貰う。

「海産物とバリエンダール、サレステーデの特産品を仕入れるルートは欲しいので」

 せっかく現地に支店を作ろうというのに、間を繋ぐルートがないなどと本末転倒だ。

 モノを運ぶ簡易式の転移装置は現在王宮管理部の管轄下にあり、そうそう気軽に使えるものじゃない。

 申請から実際の使用までには相当な時間がかかると言われていて、キヴェカス家のカフェで振舞われる乳製品にしてもほんの一部が、産地偽装裁判の慰謝料代わりに使用を許された経緯がある。新興の一商会がその使用を前提として気軽に取引を進められるものではないのだ。

(多分ヤンネは、私がエドヴァルドの名前を楯にそれをゴリ押しするんじゃないかと思っての、無言の圧力だったのだろうけど、馬鹿にしないで欲しいわ。申請するならいずれ正規の手続きでがっつり苦労して貰うわよ!)

 もちろんそんなことは口にしないけれど、何となく空気は読んでいるような気がした。
 だって、こめかみの青筋が増えているくらいなのだから。

「一度カプート子爵と直接話をしたいですね。ユングベリ商会長は直接お会いになったのですよね?」

 私とヤンネの非友好的な空気はマルっと無視する形で、カール商会長代理が話しかけてくる。
 今の部屋の微妙な空気をものともしないあたり、さすが大商会の跡取りだ。

 私もなるべく世間話を思わせるように「ええ」と、静かに頷いてみせた。

「名義貸しだけならばともかく、投資詐欺も未承認茶葉の取引も高位の貴族を巻き込んでいますから、王宮主導で捜査が進められています。となれば〝転移扉〟なり小型の簡易型の転移装置なりの使用許可も下りていて、関係者はそれぞれ今王宮内で事情聴取を受けているところです」

「――なんだい、アイツ王都に来ているのかい!」

 私のその声に反応したのが、リーリャギルド長だ。
 見ればアズレート副ギルド長も、カール商会長代理も、大なり小なり驚いた表情にはなっている。

「来ていると言うよりは、来させられたと言うか……?」

「その辺りは、どっちでもいいさ。その、海岸沿いのギルドだけの連絡網や組織を立ち上げる件、頭ごなしに反対はしないが、本人の口から直接聞く方がよほど意図を探れるからね。事情聴取が済んで、許可が下りたら王都商業ギルドに顔を出せとの伝言は頼めるのかい」

「それは……はい。許可が下りるかどうかは今はなんとも言えませんが……」

 しかも、捜査に関係しての守秘義務だのなんだのと、高等法院なり王宮内の他の部署なりからストップがかかる可能性も否定できない。

「アタシの名前とラヴォリ商会の名前を出せば、そう無下にはされないと思うがね。まあ、ユングベリ商会長自身の立場もあるだろうから、伝言以上の事は頼まないさ」

 分かっている、という風にリーリャギルド長も肩をすくめた。

「それじゃ連合云々の話は置いておいて、ユングベリ商会がボードストレーム商会の販路の一部と無害な従業員の一部の受け皿となるって話は既定路線ってコトでいいのかい。でなければ、海の向こうからモノを仕入れること自体、今は無理だろう?」

「なっ――」
「――はい、そこはぜひラヴォリ商会のお力をお借りしたいと思っています」

 驚いて腰を浮かしかけたヤンネに口を開かせないタイミングで、私は言葉をかぶせた。
 ここは王宮でも貴族の邸宅おやしきでもないので文句は言わせません、ええ!

















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