聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
768 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

800 深夜食堂<チョコより甘いもの編>

しおりを挟む
 オーベルジュとは、その土地の食材を使った絶品料理などを味わい、併設された客室で宿泊できるレストランのこととされ、その発祥はフランス。更に歴史を遡れば中世にまで至るとも言われている。

 ただ、日本で定着したのは時代が昭和に入ってからのことで、オーベルジュの日、なんて日があったのを知ったのも、自分の誕生日に関してアレコレとネットサーフィンしていた途中でのことだ。

 カカオ×ジビエ料理。

 王都から、カカオの産地であるアムレアン侯爵領に至る街道のどこか景勝地で、そんな料理を振舞う宿があってもいいんじゃないか――ほんの、ちょっとした思いつきだった。
 ジビエ料理がまだあまり貴族層に浸透していないと言うからには、尚更宿の目玉になると思ったのことなのだけれど。

「レイナ……」

 エドヴァルドが、何故か片手で額を覆っていて、イル義父様はピシリと笑顔を固まらせている。

「貴女は『だけ』で物事を語らない方がいいな……」
「これが、の法律顧問殿が激務となる理由か……」
「ね、臨時勤務は充分に愚息ユセフに対しての罰にもなりましたでしょう?」

 ここで何故か参戦するエリィ義母様。
 あ、そう言えば初対面の時のユセフ義兄様の態度に憤ったエリィ義母様ので、キヴェカス事務所での臨時勤めが決まったんだっけ。

 最終的にはオノレ子爵含め周りの判断もあっただろうけど、一番はエリィ義母様の鶴の一声だったことは間違いない。

「貴方、フォルシアン公爵領に関わることですから、これはユセフにも引き続き関わらせればいいのではありませんこと?」
「…………ふむ」

 そしてここでもエリィ義母様の一声で、ユセフ義兄様の延長雇用が決定したようです。

「ならば、ユティラの茶会の際にレクセル君も呼び寄せた方がいいだろうな。場所やメニューの選定から言っても、次期アムレアン侯爵を巻き込んでおいて損はない。次期同士の交流も必要なことだ」

「そうですわね。ユセフは社交面での交流をほとんどしておりませんものね」

 ごめんなさい、義兄様。イル義父様も頷いてしまったことだし、これはもう覆りそうにありません。
 ユティラ義姉様の婚約者たるレクセル・アムレアン侯爵令息も、せっかく領地に戻ったというのに、また王都に呼び出されてしまうのも、何だか気の毒だ。

「ああ、レイナちゃんは気にしないでいいのよ? あれでレクセル君もユティラに首ったけのようだから、むしろついて来れる理由が出来て喜ぶと思うのよ」

 政略だけど、政略じゃない。
 義姉あねの婚約は、ちゃんとおめでたい事情で結ばれているようだ。

「……まさか『フォルシアン公爵家の交流』だなどと言うつもりはあるまいな、イル」

 ただ、イル義父様やエリィ義母様の話を聞いて、顔を曇らせている人物が約一名。

「ユティラにユセフに、義理の息子となるレクセル君。そこに義娘むすめとなるレイナちゃんが加わって、何か問題が? ……ああ、そういえば『義理の息子』になる者ならもう一名いたか」

 はははっ、と快活に笑うイル義父様。明らかにわざとだ。
 エドヴァルドが、義理の息子呼ばわりされることを嫌がっていたことを分かっていての発言だ。

 さすが五公爵の一人……と、こんなところで感心していてもいいのだろうか。
 ニコニコと微笑わらっているエリィ義母様も、ここは微笑ましいで済むところじゃないと思うのだけど。

「何でも黙っていて察してくれるとは思うなよ、エドヴァルド? 口に出すことが大事な局面だってあるぞ」
「……それは今か?」
「それを判断するのは私ではないな。ただ、日ごろから意識をしておかないと、いざという時に何も言えなくなるって話だ。どう考えても、仕事以外の対人折衝が得意なようには見えん」
「…………」

 なんと、エドヴァルドが黙り込んでいる。
 これまで冷徹宰相、鉄壁宰相と揶揄されていたくらいだ。自分でも思うところはあるのかも知れない。

「……宰相職にある以上、私が口を出せば癒着や汚職の疑いを招きかねない。だから余計な口は挟まない。が……レイナ一人をそこに参加させるつもりもない」

「ユティラとの茶会には頷いたのにか?」

「ユセフとアムレアン侯爵令息がいる。義兄になる? だからなんだ。いざ、扉が閉まれば下品な噂の種になりかねんのは一緒だろう。最初から最後まではいられないにしても、必ず顔は出させて貰う」

「知ってるか、エドヴァルド? そういうのを『悋気』と言うんだ」
「知っている。レイナのことに関してならば、悋気だろうと狭量だろうと何とでも言うがいい。とにかく、後日そういう集まりを計画するのであれば、私も参加する。譲れん」

(わぁぁぁっ、それ以上はもう公開処刑――っ!!)

 最初はエドヴァルドの方が片手で額を覆っていたのに、今や私が両手で顔を覆いたい気分だ。頬が赤らんで熱を持っているのが自分でも分かる。
 つまりは、他の男性がいる場に私だけを行かせたくないと、嫉妬だと堂々と公言しているのだ。

「まあ、及第点だな。仕方がないからその時は呼んでやろう」

 イル義父様!
 今ので及第点って、イル義父様にとっての合格点って、じゃあどうなると⁉

「貴方、そろそろレイナちゃんの方が限界ですわよ」

 私の様子を見たエリィ義母様が、微笑み交じりにそう助け舟を出してくれたことで、ようやくイル義父様もこの不毛な会話を収める気になったようだった。

「ああ、すまないね。多分レイナちゃんは、この先エドヴァルドの意思を疑問に思うようなことがあったとしても、それをギリギリまで口に出さないんじゃないかと思ってね。今のうちに知っておいた方がいいだろうと思ったんだ」

「…………意思」

「ここまで言われれば、この先またオルセン侯爵令嬢やコンティオラ公爵令嬢のような令嬢が湧いて出たとしても揺らがないだろう? 私は事前に可愛い義娘むすめの悩みを一つ減らしたにすぎないよ」

 別に、トゥーラ嬢やマリセラ嬢に対して思うところがあったわけじゃなかったのだけれど、確かにこの先また、彼女たちやギーレン国のイルヴァスティ子爵令嬢のような存在が湧いて出てこない保証はない。
 その度に明後日の方向に突っ走られても困る、ということなのかも知れない。

 ……仮にも令嬢方に対して「湧いて出る」という表現はどうかと思わなくもない。が、他に言いようがないこともまた確かだ。

「さて、あまり時間もないことだし、ここからは時間としようか。レイナちゃんも、王宮を出た後のことで気になったことがあれば、そっちでエドヴァルドに聞くといい」

「えっ……あの、イル義父様……」

 それぞれって、そっちって、何。
 そう思っているうちに、立ち上がったイル義父様は、エリィ義母様の肩を抱き寄せるようにしながら、こちらを向いた。

「仕方がないからレイナちゃんの部屋に5分入れてやろう、エドヴァルド。分かっていると思うが、私の邸宅やしきで膝枕以上のコトはするなよ?」
「イルっっ!!」

 イル義父様! と、私が叫ぶよりも早くエドヴァルドが声を上げている。

「こんな寛大な義理の父はいないと思うんだがなぁ……」

 はははっ、と笑い声を上げながら、イル義父様がエリィ義母様をエスコートしている。
 それがあまりにも自然な動作だったため、エリィ義母様も何を言う隙もなく、ダイニングの外に導かれていた。

「くっ……そんなだから、ユセフが家に寄りつかないんだろうが……」

 エドヴァルドの声がかなり小声だったため、恐らくは出て行ったイル義父様には聞こえなかっただろう。
 私はといえば、それに反論する言葉は持ち合わせていなかったので「あはは」と、乾いた笑いを返すことしか出来なかった。

「まあ……その、なんだ……レイナ」
「…………はい」

 ダイニングに取り残された格好の私とエドヴァルドは、何とも言えない視線を互いに向けあうしかない。

「……いいか?」

 軽く左の腕を曲げてエスコートの姿勢を見せるエドヴァルドに、嫌でも頷かざるを得ないことを悟らされる。

「…………」

(膝枕だけ、膝枕だけ……)

 私は心の中で呪文のように「膝枕」と唱えながら、返事の代わりにそっとそこに右の手を添えたのだった。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 2021年のファンタジー小説大賞のために投稿してから、ここまでで何と本編が800話となりました!
 書籍化されて、第4巻も刊行されて、ひとえに読んで下さる皆様のおかげと感謝しています!!

 https://regina.alphapolis.co.jp/book/detail/11318

 更なる続刊、5巻に続くためにも、レンタル含め応援購入いただけるととても嬉しく思いますm(_ _)m
 Amazonやhontoなどでは1位も獲得!
 どうか引き続き宜しくお願い致します……!!


<追伸>
 第8回キャラ文芸大賞に参戦中です!
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/268961968/769924585
 月下霊異記~真夜中の小道具店は、もふもふ店員と妓女と官吏で満員御礼~

 なろうやカクヨムの連載版からは改稿し、もふもふ達の登場順なども変えています。
 こちらもぜひポチっと投票していただけたら嬉しく思いますm(_ _)m

しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。