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第三部 宰相閣下の婚約者
804 百聞は一見にしかず?
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私には、魔力がない。
一人では正規だろうと簡易型だろうと、転移の扉は使用が出来ない。
エドヴァルドもイル義父様も、既に朝からバリエンダールの国王と王女を迎えるために身動きの取れない状況で、私の送り迎えに手を貸している場合じゃなかった。
そのため私は、フォルシアン公爵邸から、馬車で王宮へと向かったのだった。
送ってくれる、フォルシアン公爵家護衛〝青い鷲〟の一人であるフィンケが、王宮ではイデオン公爵家護衛〝鷹の眼〟の誰かが、私に同行するために待機しているはずだとも教えてくれた。
「まあ……〝鷹の眼〟なら、誰が行っても大丈夫だろうが、あまり義父と婚約者に心配かけないようにな」
「……それだと普段から何かと心配かけてるみたい」
やや不本意げに呟く私に、小窓の向こうでフィンケが笑う。
「ま、護衛は護衛なりに情報網も色々とあるしな」
どうやらこれまでは「対立はしていない」程度だったのが、私が養女になったことで少なからず〝鷹の眼〟との距離が近くなったようなのだ。
そう長くはない馬車旅を経て王宮に到着をすると、そこには護衛騎士の格好をした〝鷹の眼〟のゲルトナーが待機をしていて、フィンケから申し送りでもあったかのように、スムーズに私を王宮の中へと案内した。
王宮護衛騎士でもないのに、その服装はいいのかと思わなくもないのだけれど、五公爵家の護衛はそれぞれ、許可さえあれば一時的な服の着用は認められているらしい。
レイフ殿下の特殊部隊の解体のゴタゴタで、王宮護衛騎士の方も煽りを喰って慢性的な人手不足になっているとかで、各公爵家の関係者については、時に自前の護衛が付いても目を瞑る――そんな状況になっているというのだ。
王宮内の避難通路とか、隠し部屋とかあれば、情報駄々洩れるだろうにと思ったものの、よく考えればこの国の王は現在、彼の血塗れサイコパス様だ。
たとえ腕に覚えのある護衛たちであっても、問答無用に斬られるかも知れないと思えば、皆、すすんで愚かな真似はしないのかも知れない。
故クヴィスト公爵のように、話の途中でいきなり頸動脈を斬られるようでは、腕っぷしがどうのという話ではないからだ。
「ゲルトナーがアンディション侯爵邸に一緒に行ってくれるの?」
「まあ、俺は多少離れていても会話が可能だから適役だろう、と」
歩きながら問いかけた私に、ゲルトナーも、さもなんでもないことのように答えを返してくる。
なるほど、テレパシーもどきな「力」を持っているゲルトナーを私に付けて、イデオン公爵邸にも同じ能力を持つ誰かを残すことで、互いの状況把握をしようということか。
「一人で?」
「いや、バリエンダールの客人に紛れてバルトリが来ているはずだし、侯爵邸は公爵サンにイザクが紛れて来るはずだ。サレステーデの宰相には〝草〟のリーシンがこっそり付いて来るんじゃなかったか……? 当然、王宮からも誰か来るだろうから、十分だろう」
「そうなの⁉」
バリエンダールの少数民族の血を引くバルトリと、研究のためギーレンの植物園に残ったイザク。
公安所属〝草〟のリーシンは、サレステーデの情勢を主に調べていた。
なるほど「紛れて」とか「こっそり」とか不穏な言葉はあれど、その三人がいれば、会談の当事者たちが語らないかも知れない情報も手に入ると考えての布陣なのだろう。
さすがアンジェスの頭脳と言われるエドヴァルドの采配だと思う。
「あれ?」
そう思いながらも王宮の廊下を歩いていると、斜め前を行くゲルトナーはエドヴァルドの執務室へと続く方には曲がらず、更に直線距離を進んだ。
歩きながら首を傾げた私に「誓約の間に向かってる」と、そこでようやく教えてくれる。
「バリエンダールからの客人が、もう来ているんだそうだ」
「早……くもないか」
夜更けでも早朝でもないわけだから、メダルド国王とミルテ王女にしてみれば、普通に来ただけ――といったところだろう。
「じゃあ、もうこのままアンディション侯爵邸行っちゃう感じなんだ。シャーリー……ボードリエ伯爵令嬢も、もう来てるのかな」
「いや……? 先にテオドル大公のところに案内して、大公殿下のエスコートで誓約の間に来るようなことを聞いてる。確かバリエンダールの客人との面識がないから、殿下から紹介するのが一番いいだろうとか、どうとか……」
「ああ……なるほど」
確かに、ただ私の友人と紹介するよりも、テオドル大公が「ユリア夫人とも私とも親しくしている」と紹介する方が、メダルド国王やミルテ王女のシャルリーヌに対する印象も信頼も格段に上がる。今回の同行も不審に思われない。
そして誓約の間に直行せず、テオドル大公の所に立ち寄ることで時間差が生まれ、ミルテ王女の「私に会いたいとの内意も尊重したことになる。
本来は、ひと1人と会うのにもそれだけ気を遣うのが王族なのだ。それを思えば、つくづくサレステーデの王子王女は下手を打っていると言わざるを得なかった。
やがて誓約の間が見えてくると、扉の前に立つ二人の王宮護衛騎士に、ゲルトナーが軽く片手を上げる。
王宮護衛騎士じゃないと叫ばないあたり、ゲルトナーの存在は周知されているようだった。
軽い頷きと「フォルシアン公爵令嬢がお越しです」の言葉と共に扉が開かれ、私はゆっくりと中に足を踏み入れた。
「来たか、姉君」
そして聞こえてきたのは、少しハスキーな、この王宮の主の声。
足を止めて〝カーテシー〟の姿勢を取ろうとする私に「ああ、畏まらなくとも構わない」との声が続く。
「まだ会談前、旧知のテオドル大公に私的に会う時間だからと、メダルド陛下もご納得済みだ」
恐る恐る顔を上げれば、困った表情のメダルド国王と視線が合う。
年齢に差はあっても、フィルバートとは同じ国王同士。しかもホスト国の側の王に言われてしまえば、たとえ内心がどうであれ物申すことは出来ないのかも知れなかった。
「ああ、構わんよ。ミルテの方こそまだ社交界デビューをしておらんからな。ミルテのためにも、そう畏まらんでくれ」
それが本心であるかどうかは、私には分からない。
だけど「レイナおねえさま!」と、顔を輝かせたミルテ王女を見てしまえば、存外メダルド国王も本心でそう言っているのかも知れない。
(最低限の敬語でいいか……)
視線をずらして見れば、フィルバートの傍に立つエドヴァルドも無言で頷いている。
なのでもう、それ以上は深く考えないでおこうと思った。
「姉君と王女殿下は、テオドル大公とボードリエ伯爵令嬢が来るまでここで話をするといい。我々も茶飲み話を楽しみたいところだが、それまでに片付けておきたい用もあるからな。我が宰相とメダルド陛下と三人、少し席を外す」
エドベリ王子には勝ったも同然の賭けを持ちかけ、国内では茶会と称した魔道具実験劇場。
そんなサイコパス国王陛下の言う、茶飲み話とは。
それはそれでちょっと気になるのだけれど。
「……何やら失礼なことを考えていそうだな、姉君」
「え⁉︎ いえいえ、まさか!」
慌てて手を振る私に、フィルバートはややジト目だ。
これは何か言葉を続けなくてはと、目まぐるしく頭の中を回転させる。
「た、大公殿下とボードリエ伯爵令嬢が来られる前とは、結構な短時間ですね? もし先にお二人が来られたら、すぐに戻って来られると伝えればいいのですか?」
どこに行く、などと私が陛下の行動に口出しするわけにはいかない。
ここは「すぐ戻るんですよね?」という確認だけが大事なのだ。
果たして私の言葉に、フィルバートはニヤリという表現がこの上なく的確な笑みをこちらへと向けた。
「ああ、さほどの時間はかけない」
……エドヴァルドが横を向いてため息を零しているのは、え、私何か間違えた?
思わず表情を痙攣らせたものの、フィルバートはこちらが予想だにしなかったことを口にした。
「何、本当にサレステーデの王族ともあろう者が、非常識を重ねて牢に入れられているのかと。こちらが口で説明するだけでは足りぬだろうと思ってな。今から実物をメダルド陛下にも見てもらうことにしたのだ。見せるだけだ。すぐに戻る」
「…………」
見せるだけ。
サレステーデの王族は、動物園の珍獣か何かか。
「ではメダルド陛下、ご案内しよう」
百聞は一見にしかず。
あれ、使い方合ってる?
私は楽しそうに出て行くフィルバートを、唖然と見送ることしか出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも読んでいただいて、いいね!や♡を有難うございますm(_ _)m
①書籍4巻も大好評発売中ですが、2月28日(金)、タロコ先生によるコミカライズ版「聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?」の2巻が出荷されることになりました!!
ひと足先に各社電子版の配信も始まりました!
https://www.alphapolis.co.jp/book/appendix/12076
⇧こちらからは、店舗限定書き下ろし特典ペーパーについてもご覧いただけます(⋈◍>◡<◍)。✧♡
しかも、別イラストでのTSUTAYA限定「描き下ろしイラストカード」の配布も決定!
どうかコミカライズ版「聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?」も何とぞ宜しくお願い致します……!m(_ _)m
②そしてもう一つ、別連載「月下霊異記~真夜中の小道具店は、もふもふ店員と妓女と官吏で満員御礼~」が、第8回キャラ文芸大賞の「お仕事・お店賞」を受賞しました!!
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一人では正規だろうと簡易型だろうと、転移の扉は使用が出来ない。
エドヴァルドもイル義父様も、既に朝からバリエンダールの国王と王女を迎えるために身動きの取れない状況で、私の送り迎えに手を貸している場合じゃなかった。
そのため私は、フォルシアン公爵邸から、馬車で王宮へと向かったのだった。
送ってくれる、フォルシアン公爵家護衛〝青い鷲〟の一人であるフィンケが、王宮ではイデオン公爵家護衛〝鷹の眼〟の誰かが、私に同行するために待機しているはずだとも教えてくれた。
「まあ……〝鷹の眼〟なら、誰が行っても大丈夫だろうが、あまり義父と婚約者に心配かけないようにな」
「……それだと普段から何かと心配かけてるみたい」
やや不本意げに呟く私に、小窓の向こうでフィンケが笑う。
「ま、護衛は護衛なりに情報網も色々とあるしな」
どうやらこれまでは「対立はしていない」程度だったのが、私が養女になったことで少なからず〝鷹の眼〟との距離が近くなったようなのだ。
そう長くはない馬車旅を経て王宮に到着をすると、そこには護衛騎士の格好をした〝鷹の眼〟のゲルトナーが待機をしていて、フィンケから申し送りでもあったかのように、スムーズに私を王宮の中へと案内した。
王宮護衛騎士でもないのに、その服装はいいのかと思わなくもないのだけれど、五公爵家の護衛はそれぞれ、許可さえあれば一時的な服の着用は認められているらしい。
レイフ殿下の特殊部隊の解体のゴタゴタで、王宮護衛騎士の方も煽りを喰って慢性的な人手不足になっているとかで、各公爵家の関係者については、時に自前の護衛が付いても目を瞑る――そんな状況になっているというのだ。
王宮内の避難通路とか、隠し部屋とかあれば、情報駄々洩れるだろうにと思ったものの、よく考えればこの国の王は現在、彼の血塗れサイコパス様だ。
たとえ腕に覚えのある護衛たちであっても、問答無用に斬られるかも知れないと思えば、皆、すすんで愚かな真似はしないのかも知れない。
故クヴィスト公爵のように、話の途中でいきなり頸動脈を斬られるようでは、腕っぷしがどうのという話ではないからだ。
「ゲルトナーがアンディション侯爵邸に一緒に行ってくれるの?」
「まあ、俺は多少離れていても会話が可能だから適役だろう、と」
歩きながら問いかけた私に、ゲルトナーも、さもなんでもないことのように答えを返してくる。
なるほど、テレパシーもどきな「力」を持っているゲルトナーを私に付けて、イデオン公爵邸にも同じ能力を持つ誰かを残すことで、互いの状況把握をしようということか。
「一人で?」
「いや、バリエンダールの客人に紛れてバルトリが来ているはずだし、侯爵邸は公爵サンにイザクが紛れて来るはずだ。サレステーデの宰相には〝草〟のリーシンがこっそり付いて来るんじゃなかったか……? 当然、王宮からも誰か来るだろうから、十分だろう」
「そうなの⁉」
バリエンダールの少数民族の血を引くバルトリと、研究のためギーレンの植物園に残ったイザク。
公安所属〝草〟のリーシンは、サレステーデの情勢を主に調べていた。
なるほど「紛れて」とか「こっそり」とか不穏な言葉はあれど、その三人がいれば、会談の当事者たちが語らないかも知れない情報も手に入ると考えての布陣なのだろう。
さすがアンジェスの頭脳と言われるエドヴァルドの采配だと思う。
「あれ?」
そう思いながらも王宮の廊下を歩いていると、斜め前を行くゲルトナーはエドヴァルドの執務室へと続く方には曲がらず、更に直線距離を進んだ。
歩きながら首を傾げた私に「誓約の間に向かってる」と、そこでようやく教えてくれる。
「バリエンダールからの客人が、もう来ているんだそうだ」
「早……くもないか」
夜更けでも早朝でもないわけだから、メダルド国王とミルテ王女にしてみれば、普通に来ただけ――といったところだろう。
「じゃあ、もうこのままアンディション侯爵邸行っちゃう感じなんだ。シャーリー……ボードリエ伯爵令嬢も、もう来てるのかな」
「いや……? 先にテオドル大公のところに案内して、大公殿下のエスコートで誓約の間に来るようなことを聞いてる。確かバリエンダールの客人との面識がないから、殿下から紹介するのが一番いいだろうとか、どうとか……」
「ああ……なるほど」
確かに、ただ私の友人と紹介するよりも、テオドル大公が「ユリア夫人とも私とも親しくしている」と紹介する方が、メダルド国王やミルテ王女のシャルリーヌに対する印象も信頼も格段に上がる。今回の同行も不審に思われない。
そして誓約の間に直行せず、テオドル大公の所に立ち寄ることで時間差が生まれ、ミルテ王女の「私に会いたいとの内意も尊重したことになる。
本来は、ひと1人と会うのにもそれだけ気を遣うのが王族なのだ。それを思えば、つくづくサレステーデの王子王女は下手を打っていると言わざるを得なかった。
やがて誓約の間が見えてくると、扉の前に立つ二人の王宮護衛騎士に、ゲルトナーが軽く片手を上げる。
王宮護衛騎士じゃないと叫ばないあたり、ゲルトナーの存在は周知されているようだった。
軽い頷きと「フォルシアン公爵令嬢がお越しです」の言葉と共に扉が開かれ、私はゆっくりと中に足を踏み入れた。
「来たか、姉君」
そして聞こえてきたのは、少しハスキーな、この王宮の主の声。
足を止めて〝カーテシー〟の姿勢を取ろうとする私に「ああ、畏まらなくとも構わない」との声が続く。
「まだ会談前、旧知のテオドル大公に私的に会う時間だからと、メダルド陛下もご納得済みだ」
恐る恐る顔を上げれば、困った表情のメダルド国王と視線が合う。
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「ああ、構わんよ。ミルテの方こそまだ社交界デビューをしておらんからな。ミルテのためにも、そう畏まらんでくれ」
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だけど「レイナおねえさま!」と、顔を輝かせたミルテ王女を見てしまえば、存外メダルド国王も本心でそう言っているのかも知れない。
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「姉君と王女殿下は、テオドル大公とボードリエ伯爵令嬢が来るまでここで話をするといい。我々も茶飲み話を楽しみたいところだが、それまでに片付けておきたい用もあるからな。我が宰相とメダルド陛下と三人、少し席を外す」
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そんなサイコパス国王陛下の言う、茶飲み話とは。
それはそれでちょっと気になるのだけれど。
「……何やら失礼なことを考えていそうだな、姉君」
「え⁉︎ いえいえ、まさか!」
慌てて手を振る私に、フィルバートはややジト目だ。
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「た、大公殿下とボードリエ伯爵令嬢が来られる前とは、結構な短時間ですね? もし先にお二人が来られたら、すぐに戻って来られると伝えればいいのですか?」
どこに行く、などと私が陛下の行動に口出しするわけにはいかない。
ここは「すぐ戻るんですよね?」という確認だけが大事なのだ。
果たして私の言葉に、フィルバートはニヤリという表現がこの上なく的確な笑みをこちらへと向けた。
「ああ、さほどの時間はかけない」
……エドヴァルドが横を向いてため息を零しているのは、え、私何か間違えた?
思わず表情を痙攣らせたものの、フィルバートはこちらが予想だにしなかったことを口にした。
「何、本当にサレステーデの王族ともあろう者が、非常識を重ねて牢に入れられているのかと。こちらが口で説明するだけでは足りぬだろうと思ってな。今から実物をメダルド陛下にも見てもらうことにしたのだ。見せるだけだ。すぐに戻る」
「…………」
見せるだけ。
サレステーデの王族は、動物園の珍獣か何かか。
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