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第七話 西の大陸 ①
しおりを挟む「──ちょっとお待ち下され」
階段の踊場で立ち止まると、紺の地味なロングワンピースに身を包む老女は、陽の射し込む背の高いアーチ型の格子窓に向かって窓の扉を左右に開け放った。
窓から入り込む爽やかな風が老女の灰色の髪を優しく撫で付けた。
エイダは懐から小さな杖を取り出し、上に向けたもう片方の手の平の上で軽く振りかざし、呟いた。
「──鳩よ! 出でよっ! 」
すると、
──ポンッ!
というと軽い音と共に、クルッ、クルッと鳴く鳩が一羽、何処からともなくエイダの手の上に現れ出た。
「──わぁっ! すごい! エイダ、魔法が使えるの?! 」
「そうですじゃ。しかし、この婆のは魔法と言えるほど大したものではないのですじゃ──」
そう言いながらもエイダが、まるで楽団の指揮者のように杖を宙でクネクネと振ると、今度は文字の書かれた小さな便箋がぱっと現れ、エイダの手にふわりと落ちてきた。
エイダはそれを紙縒りにして鳩の足に巻き付けると、
「──さぁ、宮廷執事に渡しておくれ」
そう言って、窓辺から鳩を解き放った。
「わぁっ、お婆さん、すごい! 素敵っ! 」
──わたしもこんなこと、できたらいいなぁ……
エイダの何気のない手慣れた魔法の仕草と、王宮へ飛び去っていく鳩を交互に眺めながら、この時マーガレットは魔法に対する憧れを抱いた。
「──こちらの部屋ですじゃ……」
老女はゆっくりとした足取りで瀟洒な文机、鏡台、猫脚のカウチソファに小テーブル、ベッドを設えた婦人用のお洒落な部屋の中へとマーガレットを招き入れた。
「あら、まぁっ! 可愛いお部屋ね! 」
「マーガレット様、それじゃあ、そちらのソファにでも腰掛けて少しお休みなされませ。お腹も空かれましたじゃろう? この婆が今、茶と軽食を呼び寄せますじゃ……」
「ええ、ありがとう。でも、呼び寄せって……? 」
マーガレットが言う前に、エイダは再び杖を取り出しドアに向かってその先端をクルクルと回し、今までのヨロヨロとした様子とは打って変わった軽やかなリズムに乗って、小太りの腰をくりっくりっと左右に振りながら呪文を口ずさんだ。
「──ほやぁぁっっ! おいでませ~っ♪ おいでませ~っ♪ いやはや早ようにおいでませ~っ!♪ お茶に軽食、おいでま~せ~~っ♪ ……」
「ぷふっ! ……なぁにその踊り? ──うふふふふ! 変なの! 」
「──お茶に軽食、おいでませぇぇ~っ♪ ……」
マーガレットは老魔女の珍妙な詠唱の仕草に思わず吹き出し、呆気に取られていると、扉のドアが独りでにガチャリと開いた。
「──えっ?? な、何っ?! 」
マーガレットが驚いて周囲の様子を見守る中、細く湾曲した注ぎ口から一筋の白い湯気が立ちのぼる、精巧な花蝶紋様に金彩の施された陶器製のティーポットが、カップやソーサーなどの茶器達を従えるようにスーっと部屋の宙を浮んできて、コトリと静かな音を立ててテーブルの上に整列した。
──しゅうぅっっ! ……コポコポコポコポコポ……
「──嘘っ、すごい! 」
ティーポットはまるで生き物のように独りで傾き、柔らかな音を立てて、カップへと紅茶を注いでいる様子をマーガレットは唖然として眺めている。
するとその後に続いて──ベーコンやチキンエッグ、ポテトサラダにトマトなどが分厚く挟み込まれたサンドイッチが載った皿を上段に、中段には黄、緑、桃、紫の色とりどりのドライフルーツが練り込まれた生地がほどよい加減に焼き上り、柔らかく膨らんだあつあつのスコーンの並ぶ皿、下段には細長く奇妙な形をした大粒ブドウを囲うようにラズベリー、クランベリーにグーズベリーといった艶やかな果実が盛り付けられたパイの皿が据えられた──三段重ねのティースタンドがフラフラと重たげに飛んできて、ガチャンと音を立ててマーガレットの目の前の丸テーブルの真ん中に着地した。
その芳ばしい匂いにつられたかのように、マーガレットのお腹がぐぅぅっ、と鳴った。
「──オッホッホッホッホッホ! 」
「──まぁやだ! わたしったら、はしたない……」
マーガレットが顔を真っ赤にしてお腹を押さえて俯く様を見たエイダの甲高い笑い声が部屋に響いた。
「もぉっ! 意地悪ねっ! だって、すごくいい匂いだから、急にお腹がひどく空いてきちゃったみたいだわ。エイダ? ……これ少し頂いても構わないのかしら? 」
「もちろんですじゃ! お嬢様、どうぞ遠慮のう召し上がって下され」
「ありがとう、エイダ。じゃあ、頂くわ………」
皿から摘まんだサンドイッチを一切れ口にした途端、マーガレットは思わず目を見開いてパッと顔を上げた。
「──まぁ! このサンドイッチ、すごく美味しいっ!! 」
「──パンが焼き立てで、ふんわりと甘いいい薫りだし……具のチキンも皮が香ばしくて、それにピリッとスパイスが効いていて……柔らかなお肉の歯応えとじゅわっと滲みでる肉汁がまたジューシーでとても堪らないわ!」
「──こっちのスコーンもさっくりホクホクしてて……ほんのりと優しい甘さだわ……お紅茶にとてもよく合うこと! 」
「お気に召したようで何よりじゃて……」
「ねぇ、すごいわ。普段から食べ慣れている食べ物のはずなのに……これほど完璧に美味しいと感じたのは初めてかもしれない……これって全部エイダが魔法で作り出したの? 」
「……うんにゃあ」
エイダはずんぐりとした首を横に振って応えた。
「──この婆の魔法は精々、家事の手助けをしてくれるだけじゃわ。料理はマーガレット様が来る少し前に支度していたのじゃ。何や知らんところから勝手に食べ物が飛び出て来る訳じゃないのじゃて……自分の手でこさえた経験を頼りにした味付けや調理作業の手伝い、温め直したりするくらいじゃ。そのくらいは魔法でなんとかなるかのぉ……」
「まぁ、そうなのねぇ」
「魔法といっても、使う者のレベルによってピンからキリまで様々なのじゃ。この婆のように使用人が使うささやかなものから、旦那様の魔術レベルでないと扱えないとても強力なものまでのぉ……」
「サイラスの魔法……? 」
マーガレットは魔法についてもっと知りたくなって、何時しかエイダの言葉に耳を傾けていた。
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