16 / 22
第十五話 ご主人様 ②
しおりを挟む「そう……魔力保存の法則だ。いくら強力な魔法をその者に掛けたとて、掛けられた側の効果が一方的に正負のどちらかに片寄った、つまりは力のバランスを欠いた魔法というのは、時と共に効果が弱まり最後は効き目が消えてなくなるんだ……」
「正負のバランスを欠いた魔法?」
マーガレットはポカンとした表情で首を傾げた。
「そうだな……例えば、記憶を消すという魔法を誰かに掛けたとしてだな……記憶が消えるという負の効果だけではなく、掛けられた者に逆に何かを加えるという正の副作用を同時にもたらす魔法の方が、魔法の効果としてはずっと持続するんだ。逆に言うと、記憶を消すという片方向の効果だけの魔法というのは、純粋に記憶だけを消す効果だけをみれば、より効率的とも言えるのだけどな……大抵は数日以内で効果が消えてしまうものなんだ……もちろん正の効果をもたらす魔法を持続させるためにも、負の副作用とのバランスが求められる……」
「ふ~ん、魔法っていろいろ複雑なのねぇ……じゃあ、この場合、魔法の効果を持続させるために、掛けられた人にはどんな正の副作用が生じるというのかしら? 」
「ふふっ、それがだなぁ……知りたい? 」
サイラスはニコッと微笑んで、興味津々で目を輝かせるマーガレットの紺碧の瞳を見詰め返した。
「──ええっ! 勿体ぶらないでよぉ! ……すごく知りたいわ! 」
「──ははは、分かった──それがな、魔法を掛ける側にはそれが全く予測がつかないんだ」
「えっ! 予測がつかないって?? ──じゃあ、持続する魔法を掛けるとどんな逆の力の作用が起こるか、掛けた魔法使いにすら全く分からないというの?? 」
「まぁ、そういうことなんだ。幾つかの『正負の類型』に当てはまる最高難度の魔法を除いてな──今朝俺がキーガンに掛けた『甦りの魔法』はそれに当たるがな。つまり、命の復活と君の記憶の消失が正負の関係に当たる──まぁ、だから……宮廷執事の記憶をずっと永続的に失なわせたいのならば、何か正の力の副作用を宮廷執事に与えることになる……」
「それって何かなぁ? 魔法掛けたら一体何が起きるのかしらね? 」
「──さぁな。同じ魔法でも掛けられた人や状況によって反応が様々なんだ。忘れていた何か別の記憶が甦るのかもしれないし、その程度のことなら全然問題はないことだろうが……まぁ、そんなことでは済まないことの方が多いんだ。物理的な何かが生えてくる場合もあるな。執事の鼻毛が1メートル延びるかも知れないし……鼻の頭に目が現れるとかさ……そこのところの因果関係が、西の大陸の魔術学校の研究員でさえ、今のところまだ誰によっても解明されていなくてな。まだまだ研究余地のある魔法の未開拓領域でもあるんだ──」
サイラスは、熱心に話に聞き入っているマーガレットを見て、少しばかりからかってやろうとニヤリと口の端を吊り上げた。
「──でな、例えば、俺が執事に持続魔法を掛けて、君の目の前で執事のおでこから突然男性器が生え出してきたらどうするんだ、マーガレット? 」
「きゃっ! もぉっ、やだぁ! 気持ちの悪いこと言わないで! あなた最低よっ、サイラス! 」
「ふふっ……これはレディに対して失礼した。まぁ、許せ。例えばの話だ。でも実際に全くあり得ない話ではない。そして、どんな形であれ結果として正負のバランスを保とうとする『持続魔法』というのは、魔術の界隈では上級魔法に位置付けられているんだ──だから、それを扱おうとするには、やはりより高い魔力と技能が魔導師に求められるということだ……」
すると、傍らで話を聞いていたエイダが口を開いた。
「この婆は見ての通り、旦那様がお使いになる持続魔法や他の様々な最上級の難しい魔法は使えませなんだ……精々家事の助けになる、その場限りの魔法ばかりじゃで……」
「うぅん……エイダの魔法だって、わたし、凄いと思うわ! 」
「嬉しいことを言ってくれるのぉ……お嬢様や……持続魔法はのぉ……ある意味、魔法を掛ける者にとっては、賭けのような出たとこ勝負のところが実際あるがのぉ。じゃが……『魔法薬』の場合は人への直接魔法とはまた違っておってのぉ。魔法の効果を持続させることも場合によっては可能となるでのぉ……」
「──そう、エイダの言う通りだ。エイダは魔法薬作りの名人でもあるからな……俺もいつもエイダの魔法薬には世話になってる……さぁ、魔法理論の話はこれくらいにしておこうか……続けたら切りがなくなるからな……いずれ機会があればもっと詳しく話をしてやるさ。つまりは単に記憶を消すだけの単純魔法を掛けたとしたって数日もすれば効果は消えてしまう。しかし、持続魔法を掛けるのはリスクが高すぎるから止めておこう、とまぁ、そういうことだ──」
「──そうだった。アンドレイ陛下から、君の記憶を消すように言われたこともな! 」
サイラスは再びマーガレットを見た。
「──勿論、わたしにそんな酷いことはしないわよね、サイラス? 」
マーガレットは少し不安そうにサイラスをチラリと見返した。
「あぁ、勿論さ……アンドレイ陛下は魔法のことは何も理解していないからな。さっきは適当に応えた。君ももし訊かれたら、さっきの議論のことは適当に忘れた振りをして口裏を合わせてくれよな? 」
「──あぁ、良かった。分かったわ! 」
「ふふ……もし君に本気で記憶を消す『持続魔法』を掛けて、君のおでこの真ん中に女唇が出て来ても君も困るだろう? ははははは! 」
マーガレットは冷ややかな視線をサイラスに浴びせた。
「………サイラス、あなたってもしかして……変態なの?! 」
「ははは……す、すまん……マギー……』
「もぉっ、馴れ馴れしくマギーとか呼ばないでよね!」
サイラスは漂う冷たい空気を何とか変えようと、マーガレットににこりと微笑んでから、パンっと一つ両手を合わせた。
「──だってな、君の『マーガレット』という名は使用人としては少し仰々しいからさ。俺はこれから君をマギーと呼ぶよ。いいね? マギーは俺のことを『ご主人様』と呼ぶんだ、分かったね? 」
「──それから、今回のことは将来の花嫁修業とでも思って、エイダの下で大人しく手伝いをしてくれればそれでいい……部屋は残念ながら来賓部屋とはいかないな……悪いが使用人部屋を使ってくれ──」
「──えぇっ! 嫌よっ! わたし、本当にあなたの下女として仕える気なんてないわっ! それにその上から目線は何なの? 一体何様のつもりなのよ? ……こんな失礼なことはもうお止めなさいな! ………サイラス! ──っ!? 」
「暫くは俺が君のご主人様だ……いいね? マギー? 」
サイラスは唐突にマーガレットの手を握り、自分の顔をグッと近寄せ、紫水晶色の瞳でじっと見つめて囁いた。
「──なっ!! 」
身体を強ばらせサイラスから離れようとするマーガレットの背に手を回し、サイラスは正面から更に顔を近寄せた。魔道士はその澄んだ瞳を細め、真剣で、そして、少し咎めるような眼差しを目の前のやんちゃな宰相の娘に投げ掛けた。
「──な? 」
魔道士の静かな囁きがマーガレットの心の内に滲み込むと、それに抵抗する気持ちと、ドキドキと高鳴る鼓動と興奮がバチバチと激しくせめぎあった。
そして、
「……は、はい……ご……ご主人様……」
──えぇぇっ!! わたしったら……何で、はいって言っちゃってるのぉぉぉっー!!??
「……そうか、よかった……じゃあ、今日はもう休め。使用人部屋は階段を上がった屋根裏だ──」
「──エイダ、明日の朝から早速、君の手伝いをしてもらうからよろしく頼むな? それから、マギーの部屋に後で食事を持っていってやってくれ? 」
「──畏まりました。旦那様」
マーガレットはエイダの後について、老婆の小さく丸い背中を呆然と眺めがら、ぎゅっと胸を手で押さえつけ、屋根裏へ続く階段を上っていった。
※◇※◇※◇※◇※
エイダの後にマーガレットが続き、二人して階段を上がっていくのを見守っていたサイラスの視界から二人の姿が消え行くや、サイラスは今まで掴んでいたマーガレットの手の柔らかな温もりをハッとなって思い出し、思わずその場で自分の手首を高々と虚空に向かって掴み上げた。
「──あわわわっ!! ひゃうぅぅぅっっ!! ………」
魔導師は独り背筋を震わせ、暫くその場に立ち尽くし、身悶えを繰り返えしていた。
※※※※※※※※※※
いつもご愛読ありがとうございます。
下欄のいいねへのご評価や、お気に入りへの追加、感想欄への投稿等頂けましたら、作者大変励みになります(≧▽≦)
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる