虫と女嫌いの宮廷魔導師と恋するアプレンティス【AP版】

端月小みち

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第十五話 ご主人様 ②

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「そう……魔力保存の法則だ。いくら強力な魔法をその者に掛けたとて、掛けられた側の効果が一方的に正負プラスマイナスのどちらかに片寄った、つまりは力のバランスを欠いた魔法というのは、時と共に効果が弱まり最後は効き目が消えてなくなるんだ……」

正負プラスマイナスのバランスを欠いた魔法?」

 マーガレットはポカンとした表情で首をかしげた。

「そうだな……例えば、記憶を消すという魔法を誰かに掛けたとしてだな……記憶が消えるというマイナスの効果だけではなく、掛けられた者に逆に何かを加えるというプラスの副作用を同時にもたらす魔法の方が、魔法の効果としてはずっと持続するんだ。逆に言うと、記憶を消すという片方向の効果だけの魔法というのは、純粋に記憶だけを消す効果だけをみれば、より効率的とも言えるのだけどな……大抵は数日以内で効果が消えてしまうものなんだ……もちろん正の効果をもたらす魔法を持続させるためにも、負の副作用とのバランスが求められる……」

「ふ~ん、魔法っていろいろ複雑なのねぇ……じゃあ、この場合、魔法の効果を持続させるために、掛けられた人にはどんなプラスの副作用が生じるというのかしら? 」

「ふふっ、それがだなぁ……知りたい? 」

 サイラスはニコッと微笑んで、興味津々で目を輝かせるマーガレットの紺碧の瞳を見詰め返した。

「──ええっ! 勿体ぶらないでよぉ! ……すごく知りたいわ! 」

「──ははは、分かった──それがな、魔法を掛ける側にはそれが全く予測がつかないんだ」

「えっ! 予測がつかないって?? ──じゃあ、持続する魔法を掛けるとどんな逆の力の作用が起こるか、掛けた魔法使いにすら全く分からないというの?? 」

「まぁ、そういうことなんだ。幾つかの『正負の類型』に当てはまる最高難度の魔法を除いてな──今朝俺がキーガンに掛けた『甦りの魔法』はそれに当たるがな。つまり、命の復活と君の記憶の消失が正負の関係に当たる──まぁ、だから……宮廷執事の記憶をずっと永続的に失なわせたいのならば、何かプラスの力の副作用を宮廷執事に与えることになる……」

「それって何かなぁ? 魔法掛けたら一体何が起きるのかしらね? 」

「──さぁな。同じ魔法でも掛けられた人や状況によって反応が様々なんだ。忘れていた何か別の記憶が甦るのかもしれないし、その程度のことなら全然問題はないことだろうが……まぁ、そんなことでは済まないことの方が多いんだ。物理的な何かが生えてくる場合もあるな。執事の鼻毛が1メートル延びるかも知れないし……鼻の頭に目が現れるとかさ……そこのところの因果関係が、西の大陸の魔術学校の研究員でさえ、今のところまだ誰によっても解明されていなくてな。まだまだ研究余地のある魔法の未開拓領域でもあるんだ──」

 サイラスは、熱心に話に聞き入っているマーガレットを見て、少しばかりからかってやろうとニヤリと口の端を吊り上げた。

「──でな、例えば、俺が執事に持続魔法を掛けて、君の目の前で執事のおでこから突然男性器チ◯ポが生え出してきたらどうするんだ、マーガレット? 」

「きゃっ! もぉっ、やだぁ! 気持ちの悪いこと言わないで! あなた最低よっ、サイラス! 」

「ふふっ……これはレディに対して失礼した。まぁ、許せ。例えばの話だ。でも実際に全くあり得ない話ではない。そして、どんな形であれ結果として正負プラスマイナスのバランスを保とうとする『持続魔法』というのは、魔術の界隈では上級魔法に位置付けられているんだ──だから、それを扱おうとするには、やはりより高い魔力と技能が魔導師に求められるということだ……」

 すると、傍らで話を聞いていたエイダが口を開いた。

「この婆は見ての通り、旦那様がお使いになる持続魔法や他の様々な最上級の難しい魔法は使えませなんだ……精々家事の助けになる、その場限りの魔法ばかりじゃで……」

「うぅん……エイダの魔法だって、わたし、凄いと思うわ! 」

「嬉しいことを言ってくれるのぉ……お嬢様や……持続魔法はのぉ……ある意味、魔法を掛ける者にとっては、賭けのような出たとこ勝負のところが実際あるがのぉ。じゃが……『魔法薬』の場合は人への直接魔法とはまた違っておってのぉ。魔法の効果を持続させることも場合によっては可能となるでのぉ……」

「──そう、エイダの言う通りだ。エイダは魔法薬作りの名人でもあるからな……俺もいつもエイダの魔法薬には世話になってる……さぁ、魔法理論の話はこれくらいにしておこうか……続けたら切りがなくなるからな……いずれ機会があればもっと詳しく話をしてやるさ。つまりは単に記憶を消すだけの単純魔法を掛けたとしたって数日もすれば効果は消えてしまう。しかし、持続魔法を掛けるのはリスクが高すぎるから止めておこう、とまぁ、そういうことだ──」
「──そうだった。アンドレイ陛下から、君の記憶を消すように言われたこともな! 」

 サイラスは再びマーガレットを見た。

「──勿論、わたしにそんな酷いことはしないわよね、サイラス? 」

 マーガレットは少し不安そうにサイラスをチラリと見返した。

「あぁ、勿論さ……アンドレイ陛下は魔法のことは何も理解していないからな。さっきは適当に応えた。君ももし訊かれたら、さっきの議論のことは適当に忘れた振りをして口裏を合わせてくれよな? 」

「──あぁ、良かった。分かったわ! 」

「ふふ……もし君に本気で記憶を消す『持続魔法』を掛けて、君のおでこの真ん中に女唇おま◯こが出て来ても君も困るだろう? ははははは! 」

 マーガレットは冷ややかな視線をサイラスに浴びせた。

「………サイラス、あなたってもしかして……変態なの?! 」

「ははは……す、すまん……マギー……』

「もぉっ、馴れ馴れしくマギーとか呼ばないでよね!」

 サイラスは漂う冷たい空気を何とか変えようと、マーガレットににこりと微笑んでから、パンっと一つ両手を合わせた。

「──だってな、君の『マーガレット』という名は使用人としては少し仰々しいからさ。俺はこれから君をマギーと呼ぶよ。いいね? マギーは俺のことを『ご主人様』と呼ぶんだ、分かったね? 」
「──それから、今回のことは将来の花嫁修業とでも思って、エイダの下で大人しく手伝いをしてくれればそれでいい……部屋は残念ながら来賓部屋とはいかないな……悪いが使用人部屋を使ってくれ──」

「──えぇっ! 嫌よっ! わたし、本当にあなたの下女として仕える気なんてないわっ! それにその上から目線は何なの? 一体何様のつもりなのよ? ……こんな失礼なことはもうお止めなさいな! ………サイラス! ──っ!? 」


「暫くは俺が君のご主人様・・・・だ……いいね? マギー? 」


 サイラスは唐突にマーガレットの手を握り、自分の顔をグッと近寄せ、紫水晶アメジスト色の瞳でじっと見つめて囁いた。

「──なっ!! 」

 身体を強ばらせサイラスから離れようとするマーガレットの背に手を回し、サイラスは正面から更に顔を近寄せた。魔道士はその澄んだ瞳を細め、真剣で、そして、少し咎めるような眼差しを目の前のやんちゃな宰相の娘に投げ掛けた。

「──な? 」

 魔道士の静かな囁きがマーガレットの心の内に滲み込むと、それに抵抗する気持ちと、ドキドキと高鳴る鼓動と興奮がバチバチと激しくせめぎあった。
 そして、

「……は、はい……ご……ご主人様……」

──えぇぇっ!! わたしったら……何で、はいって言っちゃってるのぉぉぉっー!!??

「……そうか、よかった……じゃあ、今日はもう休め。使用人部屋は階段を上がった屋根裏だ──」
「──エイダ、明日の朝から早速、君の手伝いをしてもらうからよろしく頼むな? それから、マギーの部屋に後で食事を持っていってやってくれ? 」

「──畏まりました。旦那様」

 マーガレットはエイダの後について、老婆の小さく丸い背中を呆然と眺めがら、ぎゅっと胸を手で押さえつけ、屋根裏へ続く階段を上っていった。


※◇※◇※◇※◇※

 エイダの後にマーガレットが続き、二人して階段を上がっていくのを見守っていたサイラスの視界から二人の姿が消え行くや、サイラスは今まで掴んでいたマーガレットの手の柔らかな温もりをハッとなって思い出し、思わずその場で自分の手首を高々と虚空に向かって掴み上げた。

「──あわわわっ!! ひゃうぅぅぅっっ!! ………」

 魔導師は独り背筋を震わせ、暫くその場に立ち尽くし、身悶えを繰り返えしていた。



※※※※※※※※※※

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