あやかし古書店の名探偵

上下左右

文字の大きさ
2 / 38

第一章 ~『目覚めた魅力の力』~

しおりを挟む
第一章『銀髪の狐とペンダントの密室』


「うっ……あ、あれ? もしかして私、寝ちゃったの?」

 採光窓から差し込む光で目を覚ました美冬は瞼を擦って起き上がる。スマホで時間を確認すると、すでに時刻は正午になっていた。

「あちゃ~もうお昼ね。でも大学での講義には間に合いそうで良かったわ。本の整理は……おじいちゃん、ごめん!」

 本の整理ができなくなったことを天国にいる祖父に謝罪する。支度を整えるために土蔵(どぞう)を飛び出し本宅へと向かう。

「それにしても夢の中で出てきた銀髪狐さんはイケメンだったわね」

 あやかしを信じていない彼女が狐耳の青年を現実だと思うはずもなく、夢の中の登場人物だと決めつけていた。

「またあの夢が見られるといいのに♪」

 機嫌の良さから鼻歌を口ずさみ、本宅にある自室で服を着替える。丁度着替え終わったところで鼻歌を掻き消すような腹の虫が鳴った。

「そういえば朝食を食べてなかったわね」

 スマホを取り出して時間を確認する。大学の講義が始まるまでに食事をする余裕があることに気付く。

「腹が減っては戦も勉強もできないわね」

 昼食を求めて、ダイニングに顔を出すと、そこには弟の夏彦がいた。

 大学一年生の彼は大学デビューで髪を金色に染め、耳にピアスを開けている。しかし派手な外見とは対照的に腰には調理用エプロンが巻かれていた。

(まだ私に気づいてないみたい)

 夏彦は食器棚に皿を収納することに夢中になっていた。その真剣な横顔は凛々しく、姉の美冬が見惚れるほどに魅力的だ。

「夏彦、お姉ちゃんはお腹が空いたわ♪」

 美冬は驚かせようと夏彦に抱き着く。いつものスキンシップに慣れているのか、冷静な態度のままで彼は食器棚を閉めた。

「飯なら用意して――」
「固まってどうしたの?」
「ね、姉ちゃんが変だ!」
「えええっ、友達にゴリラの物真似を披露して、不思議ちゃん扱いされたことはあるけど、私はどこにでもいる普通の女の子よ」
「そんな女が普通でたまるかっ! いや、そうじゃない。おかしいのは姉ちゃんの頭だけじゃないんだ――美人になっているんだよ」
「え?」

 男子は三日会わなければ見違えると諺にあるが、人の容姿はそう簡単に変わるはずもない。

 念のため手鏡を取り出して自分の顔を確認するが、そこにはいつもの見慣れた容姿――腰まであるダークブラウンの髪とクリッとした瞳、そして目鼻立ちのしっかりした顔が映る。

「うん。相変わらず、可愛いわ。自分に一目惚れしちゃいそう♪」
「この頭の悪い反応は姉ちゃんだ……」
「おいっ」

 夏彦は美冬の顔をジッと眺める。目に見える外見に変化はないが、感じ取る印象が大きく変わっていることに違和感を覚える。

「分かった。オーラが違うんだ」
「どうしたの、夏彦? 頭、大丈夫?」
「俺の頭は正常だ! ほら、人ってさ、見に纏う雰囲気があるだろ。イケメンならイケメンの。美人なら美人の。姉ちゃんの雰囲気はさ、ジャングルで育った野生児のそれだったんだよ」
「……お姉ちゃん、泣きそうなのだけれど」
「ま、待ってくれ。話はこれからだ。その雰囲気がさ、美人特有のオーラに変わっているんだよ。それこそ遠目に見ても分かるくらいの美人にな」

 以前から美冬は黙ってさえいればアイドルでも通じるくらいの器量良しだった。しかし男勝りのガサツな性格が折角の美貌を台無しにし、周囲からも残念美人だと評価されていた。

 だが現在の美冬はフェロモンにも似た雰囲気を纏い、男なら誰もが振り返る艶っぽさを手に入れていた。

「これはきっとモテ期という奴ね。世の男たちが私を放っておかないわ」
「……あんまり変な色気は出すなよな」
「ふふふ、もしかして妬いているの?」
「ば、馬鹿。そんなわけあるかよ。さっさと朝飯食えよな」
「はーい♪」

 椅子に腰かけ、ダイニングテーブルに並べられた料理に感嘆の息を漏らす。一口大に切られた筍や椎茸や鶏肉が煮られた筑前煮と、大根おろしが添えられた紅鮭、他にも彼女の好物の和食が用意されていた。

「また料理が上手くなったわね……これなら恋人の一人や二人、簡単にできるでしょ?」
「俺は恋人を作らない主義なの。なにせ手のかかる姉がいるからな」
「酷いこと言うわね……でも何も言い返せないわ」

 美冬は料理を含む家事全般が苦手だった。もし夏彦がいなければ、毎日の食事に困り、家の中が荒れていたことだろう。

 優秀な弟に感謝しながら、机に並べられた料理に箸を伸ばす。どの料理も作り手の思いが込められた丁寧な味付けばかりだった。

「ご馳走様。美味しかったわ♪」
「どういたしまして。甘いモノも用意してあるんだが食べるか?」
「もちろん!」

 抹茶を使った和風ケーキだろうか、それとも黒蜜ときな粉がかけられたわらび餅の可能性もある。彼が用意する甘味を楽しみに待っていると、一房のバナナが机の上に置かれた。

「ほらよ」
「夏彦、あなた……最高よ! 素晴らしいスイーツだわ♪」

 この世のあらゆる食物の中で、美冬の一番の好物こそバナナだった。房からバナナを捻じり取ると、皮を剥いて白い果肉にかぶりつく。

「このねっとりとした甘さは……エクアドル産ね!?」
「正解。相変わらずバナナの味比べに関しては超一流だな」

 バナナを食べ終えた美冬は食器を片付ける。料理のできない彼女なりの家事への貢献だった。

「大学に行ってくるわね」
「……バナナをあげると言われても、知らないオジサンに付いていったら駄目だからな」
「もう、私のことを子供扱いして」
「逆だよ、逆。今日の姉ちゃんは魅力的だからさ。変な男に引っ掛からないか心配なんだよ」
「ふふふ、夏彦は優しいわね」
「べ、別に俺は……」
「それじゃあね」

 弟が心配してくれることが嬉しくて、口元に小さく笑みを浮かべる。今日は素晴らしい一日になりそうだと、軽快な足取りで大学へと向かうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...