あやかし古書店の名探偵

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第一章 ~『サークル勧誘と魅力の力』~

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 美冬や夏彦の通う立国大は京都の山奥に建てられた男女共学の私立大学である。緑に囲まれた山中に突如として現れる無機質な校舎群は、マンモス校であるため京都の大学でも随一の敷地の広さである。

 立国大は数年前まで女子大学だったが、少子化の煽りを受けて、共学へと変わった。その頃の名残もあり、男子生徒よりも女子生徒の方が多く、男が歩いているだけで嫌でも目を引いてしまう。

「今日は何だか人が多いわね」

 大学の校門を潜り、講義のある研究室の校舎へと向かう。マンモス校であるため、校舎まで歩くのも一苦労で、額に玉の汗が浮かんでしまう。

「人が多いのはサークルの勧誘をしていたからなのね」

 並木道のように校舎が並ぶ大通りを歩んでいると、サークルと部活動への勧誘ビラが配られる。どうにかして新入生を入部させようとする部員たちが、血眼になりながら道行く人に声をかけていた。

「ねぇ、そこの君。うちの部に入らない?」

 痩せ型の筋肉質な金髪イケメンがニッコリと笑みを浮かべた。一見して軽薄だと分かる容貌だ。

「私は三年生よ」
「え? そうなの? まさかの同級生か。もうどこかの部活に入っているの?」
「いいえ、部活には入ってないわ」
「なら最後の思い出作りにうちの部活動に参加しない?」
「でも……」
「君、とっても美人だからさ。是非お願いしたいんだよねぇ。なぁ、頼むよ」
「部活動ね……」

 男の持つチラシを一瞥すると、そこには『軽音部へようこそ』の文言が記されている。

(軽音部ってイケイケ男子と女子の集まりじゃない。私が馴染めるはずないわ)

 美冬は容姿こそ整っているが、煌びやかさとは程遠いタイプだ。

(他にも美人の女の子はいっぱいいるのに、どうして私を誘うのかしら……まさか……)

 美冬は夏彦の残した『変な男に引っ掛かるなよ』との助言を思い出す。

(これが噂に聞くネットワークビジネスって奴なのね……ありがとう、夏彦。あなたのおかげで騙されずに済んだわ)

「ごめんなさい。私、幸運の壺には興味ないので」
「え、壺ってどういうこと……」
「とにかくごめんなさい」

 一礼した美冬は逃げ去るようにその場を後にし、目的の校舎へと向かう。研究棟と呼ばれるその校舎は無機質な外観をしていたが、中に入ると空調の効いた最新の設備が出迎えてくれる。廊下を進み、突き当りに位置する研究室こそが、彼女の所属する『日本文化研究室』の居室だった。

 『日本文化研究室』では古代から近現代に創作された文学から当時の時代背景などを考察する研究をしており、三年生と四年生、そして院生まで含めれば三十人を超える大規模な組織だった。

「こんにちはー」

 研究室の扉を開けて挨拶すると、一斉に視線が集まり、ひそひそと声が聞こえる。

(なんだか注目されている気がするけど……うん。きっと気のせいよね)

 視線を気にしないことに決めて自席へと腰かける。机には調べものやレポートを書くためのパソコンが置かれ、机の下には私物を収納するための引き出しが用意されている。

「寝坊しなかったみたいね、えらいわよぉ、美冬♪」
「由紀、私がいつも寝坊しているみたいに言わないでよね」
「ごめんごめん」

 美冬の隣に腰かけたのは明智由紀。彼女の親友であり、短く切り揃えた黒髪が綺麗なボーイッシュ系女子だ。テニスサークルのエースでもあるらしく、小さな大会で優勝した経験を持つ。

「美冬、もしかしてイメチェンした?」
「してないわよ。でも弟にも同じことを言われたの。もしかするとモテ期なのかしら」
「モテ期かぁ~確かに顔は美人だものね。いままで彼氏ができたことないのが不思議なくらい」
「私にも素敵な彼氏ができるかしら?」
「それはどうでしょうね~」
「そこはできるって言ってよ!」
「あはは、ごめんごめん。別に美冬に魅力がないって意味じゃないわよ。うちの大学って元々女子大だった上に、私たちの所属する文学部は女性比率が大きいでしょ」
「女子九人に男子一人だものね」
「出会いがないし、身近な男もパッとしない奴が多いしね」
「でも、うちの研究室はイケメン比率が高いわよ」
「顔だけじゃん。全員中身に問題ある奴ばっかりでしょ」

 『日本文化研究室』には三大残念イケメンと称される男たちがいる。

 一人は明智と同じテニスサークルに所属する山崎隼人。茶髪と彫の深い顔立ちが特徴的で、捨てた女の数が両手両足でも足りない大学一のプレイボーイである。

 二人目は秋葉健斗。切れ長の鋭い目と文豪のような理知的な顔つきが特徴のイケメンである。アニメサークルに所属し、萌えキャラの人形をいつもニヤニヤ眺めている。顔が悪ければ通報していると、残念イケメンの称号を与えられた悲しき男である。

 そして三人目の男、西住春樹は容姿だけなら大学どころか、芸能人とさえ肩を並べる美男子で、艶のある黒い髪に、白磁のような白い肌、モデルのような高い身長は、絵本の中の王子様が飛び出してきたかの容貌である。

 さらに西住に関しては褒めるべき箇所が容姿だけではない。入試試験に首席で合格し、高校時代には陸上競技で日本一にも輝いたことがある。ある一つの欠点を除けば、完全無敵の正統派イケメン。それこそが西住だった。

「ね、ね、西住くんよ♪」
「カッコイイよね♪」

 研究室の扉を開けて西住がやってくると、女子たちが黄色い声をあげる。そこにいるだけで華が咲いたように空間が煌びやかになる。

「西住くんの人気はすごいわね」
「美冬、騙されちゃ駄目よ。どんなにイケメンでも、西住は変人として有名なんだから」

 完璧なはずの西住の欠点、それは彼の奇行にあった。誰もいない場所で独り言をボソボソと話し、皆に仏壇のサイズを聞いて回る。さらには机の上に置かれた幽霊や妖怪関連の書籍の数々は、『日本文化研究室』の『ガチの人』という称号を与えられたほどだ。

「私のおじいちゃんもあやかしが好きだったし、それくらいで変人扱いしたら可哀想よ」
「でも妖怪だよ。幽霊だよ。いるはずないじゃん」
「それはそうかもしれないけど……」
「私、心霊現象なんて信じてないから西住はパスね」

 西住は、という言葉に美冬は小さく笑みを零す。

(由紀は隠しているけど、山崎くんのことが好きなのよね)

 残念イケメンの一角である山崎と接するときの明智の態度は、素直になれないながらも頬を赤らめる様子から好意が滲み出ていた。親友の恋が実ればいいのにと、心の中で祈る。

「こんにちは、東坂さん」
「に、西住くん!」

 考え事をしている美冬の意識を呼び戻すように、西住が声をかける。彼の自席は彼女の隣である。荷物を机の上に置くと椅子に背中を預けた。

「ね、ね、西住。美冬の雰囲気、変わったと思わない?」
「変わったね。でも僕にとって東坂さんは東坂さんだから」
「それって……」

 まるで以前から好意のある相手だから魅力に変化はないとでも言わんばかりの口ぶりに、ドキリとさせられる。

「東坂さんは今も昔も面白い人だからね。その魅力に変わりはないよ」
「えへへ、魅力的かぁ♪」
「美冬、女の子がその褒められ方で喜んでは駄目よ……」
「でも嬉しいものは嬉しいわ」

 理由はどうあれ魅力的と褒められて悪い気はしない。ついつい頬が緩んでしまう。

「それにしても、どうして私の雰囲気が変わったのしら?」
「髪型も同じだし、特別に痩せたわけでもないものね」

 外見的な変化なしに雰囲気だけ変わる。そんなことが起こりうるのだろうか。

 あやかしに詳しい彼ならば、目に見えないオーラにも詳しいかもしれない。試しに聞いてみることにした。

「西住くんはどうして私の雰囲気が変わったのか分かる?」
「分かるよ」
「本当?」
「変化の理由はね――君が狐に憑かれたからだよ」
「もしかして西住くん……私と面白さで競うつもり? 負けないわよ」
「ふふふ、やっぱり東坂さんは面白い人だ」

 二人の会話を遮るように研究室の扉が開かれる。やってきたのは『日本文化研究室』の准教授の立川である。彼女がこの研究室の実質的なトップでもあった。

 肩まであるウェーブのかかった黒髪に、パステル色のガーディガン、スリット入りの足元まで伸びるワンピースは大人の女性の様相である。

 たまに空気を読めないことがあるものの、竹を割ったようなスパッとした性格で男女共に人望の厚い人物だ。

「席に就け。出席を取るぞ」

 立川は研究室のメンバーが席に着いたのを確認すると、名簿を読み上げていく。

「山崎は今日も休みかぁ?」
「バイトだって言ってましたー」
「ったく。あの男は。次! 美冬はどこだ?」
「はい」
「……整形したのか?」
「してませんよ!」
「失礼。あまりに雰囲気が違ったものでな……ふむ。思えば君は性格がガサツなだけで、顔のパーツは整っていたものな……」
「先生、一言多いですよ」

 研究室のメンバーは美冬に視線を集める。ひそひそと「あんなに美人だったんだ」と声が聞こえてくる。

「失敬した。美冬は昔から可愛い女だと伝えたかっただけなのだ」
「えへへ、そ、そうですかね」
「ふむ。自信を持って胸を張れ。君は動物園の子ザルのように可愛いのだからな」
「……そろそろ大学にパワハラで訴えますよ」
「ははは、許せ。あんまり美人になっていたものでな。ちょっと意地悪をしてしまった。気を取り直して、本日の講義を始めるぞ」

 立川は教科書を開き、内容を読み聞かせる。美冬は講義内容に黙って耳を傾けるのだった。

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