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第一章 ~『疑われた美冬』~
しおりを挟む「二人とも、私に付き合わせてごめんね」
「気にしないでよ」
「そうよ。私たち友達でしょ」
調理の実習講義を終えた美冬たちは研究室へと戻る。家事が不慣れな彼女は調理器具の片付けにも時間がかかり、西住と明智を待たせてしまったのだ。
「みんな廊下で待っているわね」
「何かあったのかな?」
研究室前の廊下で霧崎や山崎たちが立ち往生していた。
「どうしたの、みんな?」
「鍵がかかっていて入れないんだ。立川先生もいないし、困ったことになった」
「ごめんなさい。私のせいね」
美冬は鞄から研究室の鍵を取り出し、扉を開ける。背中から「しっかりしてよね~」と研究室のメンバーたちから不満の声が漏れた。
自席に向かい、次の講義のための準備を整える。慣れた手付きで、講義資料がまとめられた。
「美冬、この後どうする?」
「私は――」
「きゃああああッ」
研究室に霧崎の悲鳴が響き渡る。彼女は机の上に置かれたペンダントを見下ろし、絶望に顔を歪ませていた。
「は、隼人のために買ったプレゼントが壊されているわ!」
声に反応し、美冬を含めた研究室メンバー全員が霧崎の元に集まる。ペンダントは彼女が叫んだ通り、見るも無残な姿へと変貌していた。
「うっ……ひ、酷い……隼人のために頑張ってお金を貯めたのに……」
恋人のための努力を砕かれたことで、霧崎は目尻に涙を浮かべる。その不憫な姿を見て、美冬は慰めずにはいられなかった。
「霧崎さん、元気出してよ。ね?」
「あなたでしょ……」
「え?」
「だからあなたが壊したんでしょ!」
「ま、待ってよ。私は霧崎さんの大切なモノを壊したりなんてしないわ」
「いいえ、間違いない。あなたが犯人よ」
霧崎の言葉には確信めいた自信が含まれていた。その自信の正体が何なのか分からずに、美冬は困惑する。
「私はやってないわ。信じて、霧崎さん」
「信じられないわ。これは決めつけでも何でもない。物理的にあなたにしかできないからよ」
「どういうこと?」
「私が調理室に行く直前まで、このペンダントは無事だったの。けれど戻ってきたら壊れていた。これがどういうことか分かる?」
「調理講義の時間に壊されたってことよね。でもそれでどうして私にしか犯行ができないことになるの?」
「忘れたの? 研究室には鍵がかかっていたのよ。つまりは誰も入れない密室だった。けれどね、唯一の例外がいるの」
「そっかー。鍵を持っていた私だけはペンダントを壊すことが可能なのね……ってあれ?」
「語るに落ちたわね」
密室で美冬以外の犯行が不可能な状況は、周囲からの信頼を失くすに十分な根拠だった。
「美冬さん、さいてー」
「馬鹿だけど良い奴だと思っていたのに」
「顔が美人でも内面が醜い人って東坂さんみたいな人のことを言うのね」
研究室のメンバーたちが、美冬を犯人だと決めつけて、鋭い言葉を投げかける。気づくと彼女の目尻に涙が溜まっていた。
「ほ、本当に私じゃないのに……っ……」
いつも明るく元気な美冬でも、やってもないことで仲間から非難されることに耐えることはできなかった。
目尻に溜まった涙が頬を伝って流れ出す。ポタポタと床に涙の粒が零れた。
「美冬ちゃん、俺へのプレゼントを壊した責任、どう取るつもりだよ!?」
「山崎くん……あの……私は……」
「どう責任を取るつもりかって聞いてるんだよ!?」
「ひぃ」
いつも軽薄な態度の山崎が鬼の形相を浮かべながら、傍にあるゴミ箱を蹴り上げる。その恐ろしさに思わず悲鳴をあげる。
「待ってよ、山崎! それに霧崎さんやみんなも!」
美冬を庇うように、明智が皆の前に立つ。現れた邪魔者に霧崎は鋭い視線を向け、彼女との間で火花を散らす。
「何か言いたいことがあるのかしら?」
「冷静になって考えてみてよ。美冬がこんなことするはずないでしょ!」
親友の危機を救うために明智が助け船を出すが、皆の心は動かない。
「なら私のペンダントは誰が壊したの?」
「それは分からないわ……で、でも、おかしいじゃない。言い換えれば、美冬がすぐに犯人だと特定されるのに、こんなことをしたことになるわ!」
「それは……東坂さんが疑われることを計算できないほどの馬鹿だったからでしょ」
「た、確かに美冬は馬鹿だけど……馬鹿だけど……何も言い返せないわ」
「そこで諦めないでよ!」
明智は何とか美冬が犯人でない理由について知恵を絞ろうとするが、密室の謎がある以上、彼女の無実を証明することはできなかった。
「とにかく! 密室で犯行可能なのは東坂さんだけなの。つまり犯人は彼女で決まりよ。異論ないわね!?」
「異議あり。僕も東坂さんが犯人じゃないと思う」
西住が決まりかけた空気を打ち壊すように、美冬の無実を主張する。
「西住くん……東坂さんが犯人じゃない根拠があるの?」
「もちろん、あるよ……東坂さんが無実なのはあやかしが証明している」
「あ、あやかし? まさか幽霊が部屋の壁を擦り抜けて、ペンダントを壊したとでもいうの?」
「いいや、君のペンダントを壊したのは人間だ。あやかしの仕業じゃない」
「なら……」
「でも東坂さんには善狐のあやかしが憑いている。善狐はね、人の大切なモノを壊すような悪人の味方にはならないんだ。だから僕は彼女が無実だと知っているのさ」
「西住くん……ありがとうっ」
研究室の仲間たちが敵になり、親友の明智でさえ密室という謎に信じきれずにいた現状で、はっきりと無実を主張してくれる彼の存在は何よりの救いだった。
「あのね、あなたのオカルト脳は結構だけど、あやかしが憑いているから東坂さんが無実だって話を誰が信じるのよ!?」
「信じないだろうね。だからあやかしが伝えてくれた東坂さんの無実を、君たちにも納得のできる形で僕が証明してみせるよ」
西住が霧崎たちに宣言する。後にあやかし古書店の名探偵と称される西住春樹の伝説はここから始まったのだった。
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