あやかし古書店の名探偵

上下左右

文字の大きさ
25 / 38

第三章 ~『土蔵とカギ』~

しおりを挟む

 美冬たちは『伊勢物語』を元の場所へと戻すために土蔵《どぞう》を訪れていた。すでに鬼のあやかしは成仏してしまったが、それでも思い出の品であることに変わりはないた。彼女はギュッと本を抱きしめていた。

「その本、随分と大切なんだな?」
「鬼さんとの思い出の本なの」
「オニーサン? 西住以外にもまた違う男が……」
「どうしたのよ、夏彦?」
「姉ちゃん、男に免疫ないんだから。悪い男に騙されるなよ」
「騙されないわよ。それにもうこの世にいないし」
「亡くなったのか?」
「どうなんだろ? 鬼さんって死んだのかな?」
「はっきりとしないな」
「仕方ないじゃない。私にもよく分からないんだから」

 これ以上問い詰めても無駄だと思ったのか、夏彦は小さくため息を吐くと、土蔵《どぞう》の扉に鍵を回す。ガチャリという小さな音がして、扉が開かれた。

「用事が済んだら、いつものところに戻しておいてくれ」
「分かったわ」

 夏彦から鍵を受け取ると、美冬は一人、土蔵《どぞう》の中へと入る。その背中を名残惜し気に見つめる。

「ね、姉ちゃん……」
「どうかしたの?」

 夏彦は何か言いたげな表情を浮かべるものの、言葉を発しない。何度か迷う素振りを見せて踏み出せずにいる彼を後押しするように、美冬が再度、「どうかしたの?」と訊ねた。

「姉ちゃん、ドジだから。戸締りを忘れるなよ」
「さすがに私がポンコツでも、これだけ言われれば忘れないわ。大船に乗ったつもりで、任せときなさい」

 夏彦と別れの挨拶を終えると、美冬は土蔵《どぞう》の二階に上る。積み上げられていた本の山は消え去り、そのすべてが本棚に差し込まれている。

「さすが夏彦。本棚整理一つとっても私より優秀ね」

 本棚に差し込まれた古書はきちんとタイトル順に並べられている。付着していた埃はすべて綺麗に取り払われ、日焼けしないように、窓日が差し込まない場所に本棚が移されている。

「『伊勢物語』はと……ここね」

 あるべき場所に本を戻すと、美冬は仰向けになり天井を仰ぐ。彼女には本を戻す以外にやりたいことがあった。

(西住くんの力を借りない状態でも、この土蔵《どぞう》の中でなら善狐さんを見ることができたわ。もしかすると私一人でも善狐さんと出会えるかもしれない)

 美冬は善狐に伝えたいことがあると念じてみるが、彼は姿を現さない。

「善狐さん、そこにいないの?」

 顔を見せて欲しいと声に願望を込めると、半透明の善狐が姿を現し始めた。

「善狐さん!」

 美冬は喜色に満ちた声で名を呼ぶが、善狐は悲しそうに眉根を下ろしている。とても会話できるような雰囲気ではなかった。

「もしかして私にまた何か起こるの?」

 善狐はいつだって美冬の味方だ。彼が表情を曇らせるのは、彼女に何か起きるときであり、前回は冤罪事件が発生した。

「ありがとう、善狐さん。何が起きるかは分からないけど、私、用心するわね」

 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、危機を回避するために一刻も早く自室で眠ろうと決め、階段を下りる。そして扉を開けようとしたタイミングで、異変に気付く。

「あ、あれ? 鍵がかかっているわ」

 土蔵《どぞう》は古くに建てられたものなので、外からしか扉の鍵の開閉ができない。建物の仕組み上、外から鍵をかけられて閉じ込められたのだと考えるのが自然だ。しかし土蔵《どぞう》の鍵は美冬の手に握られていた。

「ちょっと待って。いったん整理しましょう。鍵は外からしか開け閉めできない。でもそのための鍵は私が持っていて、古い作りの鍵だからスペアもない……もしかしてこれ……また密室なの!?」

 ペンダントの密室でさんざん苦しめられたというのに、今度は自分が閉じ込められる密室である。

「慌てちゃだめよ。私はジャングルで暮らすゴリラじゃない。きちんとした文明人なのだから、こういうときはスマホで助けを呼べばいいのよ……って、私のスマホ、鞄ごとリビングに置いてあるじゃない!」

 外部との連絡手段が絶たれ、出入りするための扉にも鍵がかけられている。絶望すら感じる状況で、美冬の取れる手段は一つしかなかった。

「夏彦! 閉じ込められたの! 助けに来て!」

 美冬は扉を叩いて、大声で叫ぶが反応はない。

「声が届いてないのかしら……で、でも大丈夫よね。さすがに戻ってこなければ、様子を見に来るわよね」

 根拠のない自信で自分を励ましながら、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...