26 / 38
第三章 ~『閉じ込められた美冬』~
しおりを挟む土蔵《どぞう》に閉じ込められてから一時間ほど経過した。たったそれだけの時間でも薄暗い土蔵《どぞう》の中に一人っきりの状況は恐怖を増長させた。
「お腹空いたわね……こんなことなら、さっき食べておけば良かったわ」
空腹は焦りと恐怖を生み、このまま助けが来なかったらどうしようかと不安にさせる。気づくと彼女の目尻から涙が零れていた。
「夏彦の作った料理が食べたいなぁ……っ……私、このまま出られないのかな……」
少しでも気を紛らわせようと、二階に昇り、採光用の窓から月の輝く夜空をボーっと眺める。
「なんだかこの光景見覚えがあるような気がするわ……」
どこで見たのかを思い出そうと、記憶の海を探る。すると突然視界が真っ白に染まり、意識が朦朧とする。
「この記憶……」
走馬灯を見るように深層意識が頭の中に記憶映像を映し出す。土蔵《どぞう》の二階の部屋の隅、そこで黒髪の美少年が足を丸めて泣いていた。傍には慰めようとする幼少の頃の美冬の姿もある。
(あれって子供の頃の西住くんなのかな……)
咽び泣く声と、一緒に土蔵《どぞう》の二階で遊んでいたとの証言からそのように推測する。
『ねぇ、どうして泣いているの?』
幼少の頃の美冬が西住の隣に座り、慰めるように頭を撫でる。優しさに触れて、彼の肩がピクリと震える。
『パパとママが幽霊の見える僕のことを不気味だって突き放すんだ……使用人たちも陰でヒソヒソと笑っている……』
『西住くん……』
『……僕は生まれてきちゃ駄目な子供だったのかな』
『そんなことないわ。私は西住くんがいてくれて嬉しいわよ』
『ほ、本当に?』
『うん。だって西住くんは物知りだし、優しいし、一緒にいると楽しいもの♪』
『…………』
『だから元気出して。ねっ!』
記憶の中の西住が顔を上げると、つぶらな瞳に浮かんだ涙を拭う。
『……僕のこと、大切なんだよね?』
『もちろんよ』
『そ、それなら……僕が大人になったら……結婚してくれる?』
『私は――』
言葉を遮るように脳裏に映る映像が歪み始める。真っ白だった視界に色が戻り、月夜の綺麗な夜が飛び込んでくる。
「あの記憶はなんだったのかしら……もしかして、これもあやかしの仕業?」
善狐が一人寂しい美冬を慰めるために、過去の記憶を見せてくれたのかもしれない。その気遣いに感謝し、彼女は元気を取り戻す。
「泣いていても何も変わらないわ。私から動かないと」
美冬は採光窓から顔を出すと、すっと息を吸い込む。
「夏彦、閉じ込められて出られないの。ここから助けてぇ!」
夜空に美冬の声が木霊する。本宅まで距離があるため届かないかもしれないが、彼女は声が枯れるまで叫び続けた。
「姉ちゃん!」
「夏彦! こっちよ、こっち!」
声が届いたのか、夏彦が土蔵《どぞう》へと駆けよってくる。採光窓のちょうど真下まで移動すると、心配そうな表情で彼女を見上げる。
「姉ちゃん、そんなところで何しているんだよ?」
「私、閉じ込められたの」
「閉じ込められたって、鍵は姉ちゃんが持っているだろ?」
「そうなの。でも扉が開かなくて」
「ったく。なら鍵を渡してくれよ。開けてやるからさ」
「ありがとう。さすがは頼りになる弟ね」
美冬が窓から鍵を落とすと、石畳の床に叩きつけられる。何度か跳ねた鍵を夏彦が回収すると、彼は鍵を開けるために扉へと向かった。
「姉ちゃん、鍵を開けたぞ」
夏彦の声に反応して、美冬は一階へと降りる。二階にいたため扉を開ける音は聞こえなかったが、視界に入る景色が、この密室空間からの脱出に成功したのだと、彼女に教えてくれていた。
「夏彦、ありがとう……怖かったよぉ」
美冬は感謝の意を示すように、夏彦に抱き着く。恐怖が安心へと変わり、彼女の身体は僅かに震えていた。
「大丈夫だ。姉ちゃんには俺が付いているだろ」
「さすがは自慢の弟だよ」
夏彦は美冬の頭をゆっくりと撫でる。かつて幼少の頃の彼女が泣いている西住にそうしたように、恐怖や悲しみは優しさによって振り払われた。
「夏彦、お腹が空いたわ」
「飯の準備はできているからさ。一緒に食おうぜ」
「うん♪」
夏彦は美冬の肩をギュッと抱きしめる。その力強い抱擁に彼女は安心感を抱くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる