あやかし古書店の名探偵

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エピローグ ~『あやかし古書店の名探偵』~

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 窓から差し込む光が美冬の顔を照らす。背伸びしてベッドから起き上がり、ジリジリと鳴り響く目覚まし時計を止める。

「今日も素敵な朝ね」

 雲一つない快晴は素晴らしい一日を予感させる。身支度を整え、リビングへ向かうと、いつものように夏彦が朝食の準備を整えていた。本日のメニューは卵焼きとベーコン、それにバターがたっぷりと塗られたトーストだった。

「いい香りね。これは食べなくても美味しいと分かるわ」
「当然だろ。なにせ俺が作ったんだからな」

 美冬は出された朝食をペロリと平らげる。夏彦は彼女の食欲にたじろぐばかりであった。

「朝からよく食うな」
「朝だからこそよ。いっぱい食べないと元気が湧かないもの」
「……デザートにバナナも用意してあるから、好きに食べていいぞ」
「わぁー、ありがとう♪」

 バナナの皮を抜いて、白の果肉を頬張る。甘さが口の中に広がり、自然と笑顔が浮かぶ。

「バナナを食べている時の姉ちゃんってゴリラみたいだよな。悪い意味じゃなく。バナナでそんなに喜べるのが羨ましいぜ」
「仕方ないでしょ。美味しいんだもの」
「喜んでもらえるなら買ってきた甲斐があったよ」

 朝食を終えた美冬は大学へ向かうための準備を済ませると、玄関へ向かう。夏彦もまた朝から授業があるため、支度を整えている。

「一限目から講義があるのよね。一緒に大学へ行く?」
「俺はもう少し準備に時間がかかるから、先に行ってくれ」
「そう? 私、準備が終わるまで待つわよ」
「そこまでベタベタする必要もないだろ。先に行ってくれ」
「……随分と冷たいのね」
「姉弟なんだし、こんなもんだろ」
「そうね……そんなものよね♪」

 善狐の魅力の力が消えたおかげで、夏彦は以前より姉離れしていた。そのことが嬉しくもあり悲しくもあった。

「あ、そうだ。今日の晩飯は姉ちゃんの好物のハンバーグだからな。楽しみにしてろよな」
「ふふふ、ありがとう♪」

 ただ完全に姉離れするまでには時間がかかりそうだと、美冬は微笑む。

 玄関を飛び出し、大学への道を進む。代わり映えのしない景色。いつも通りの日常がそこには広がっていた。

「由紀、それに山崎くん。二人ともおはよう!」
「おはよう、美冬」

 大学へ到着し、校門をくぐると、明智と山崎に出会う。明智はいつものように挨拶を返すが、山崎は黙り込んで美冬の顔をジッと見つめている。

「山崎くん、どうかしたの?」
「美冬ちゃん、もしかしてブスになった?」
「失礼ね。私はいつだってこの顔よ」
「悪かったな。ただの冗談だ……うん。顔は変わらないもんな。雰囲気ブスになっただけだから気にすんな」
「気にするわよ!」
「ははは、じゃあな、二人とも。俺は部活があるから先に行くぜ」

 山崎はそれだけ言い残して、一人テニス部のあるコートへと駆けていく。明智はその背中を名残惜しげに見つめていた。

「美冬、実はあなたに報告しないといけないことがあるの」
「報告?」
「私ね、山崎と付き合うことにしたの」
「え! で、でも山崎くんって霧崎さんと付き合っていたはずじゃ……」
「振られたんだって。それで悩み相談に乗っている内に、いつの間にか付き合うことになっていたの……祝福してくれる?」
「もちろんよ。由紀、ずっと山崎くんのことが好きだったものね」
「……知っていたの?」
「態度でバレバレよ。でも山崎くんモテるから、浮気されないか心配ね」
「そこは大丈夫。私が尻に敷いているから」
「ふふふ、由紀らしいわね」

 しっかり者の明智ならば山崎を上手く操縦することができるだろう。頼もしい親友が幸せになれたことが、彼女はとても嬉しかった。

「付き合い始めたばかりだし、きっと二人はラブラブなのよね?」
「うふふ、今日も大学終わりにパンケーキを食べに行くの……でも彼氏ができたせいで、これからは今までみたいに美冬にベッタリできないかも……」
「私のことは気にしないで、彼氏とのデートを楽しんできて頂戴」
「ありがとう、美冬。あなたの方こそ、早く彼氏作りなさいよ」
「あぅ……が、頑張ってみるわ」
「それじゃあ、私はこっちだから」

 明智は手を振り、美冬の元を去る。魅了する力が消えたことでモテ期は終わり、明智の過激な友情もなくなった。

 だが悪い気持ちはしない。例え魅了できなくても、明智と親友であることに変わりないのだから。

「東坂さん、おはよう」
「西住くん!」

 明智との会話が終わるのを待っていたのか、美冬が一人になると、西住が隣に並んだ。彼はいつもと変わらない爽やかな笑みを浮かべている。

「東坂さんは今日も元気だね」
「元気だけが私の取柄だもの……それにいっぱい泣いたから、もう吹っ切れたの」

 善狐が姿を消した夜、胸にポッカリと穴を開けたような悲しみが美冬を襲った。枕を涙で濡らし、そのまま沈むように眠ることで、悲しみを振り払ったのだ。

「善狐さんがいなくなってショックだけど、夏彦と由紀は正常な姉弟と親友に戻ったわ……だからこれでよかったのよね……」
「東坂さん……」
「でも善狐さんには感謝しているのよ。人生最後のモテ期を経験させてもらえたもの……」
「モテ期が終わったことが残念?」
「ううん。いい経験になったけど、二度はいらないわ。好きな人が振り向いてくれれば、それだけで十分だって気づいたから」
「東坂さんの好きな人か……」
「気になる?」
「ならないと言えば嘘になるね」
「なら当てて頂戴。名探偵さん♪」

 西住は美冬の顔をジッと見つめる。目線を外さない彼女の顔から何かを感じ取ったのか、彼の頬は恥じらいで朱に染まる。彼女もまた自分の気持ちが伝わったことを知り、耳まで茹蛸になる。

「さ、さすがは名探偵ね」
「ぼ、僕の力じゃないよ……」
「どういうこと?」
「手を繋いでみれば分かるよ」

 西住が青白い手を差し出すと、美冬は恐る恐る手に触れる。視界が共有され、彼女の視界に銀髪の美青年が映し出される。

「ぜ、善狐さん! でもどうしてここに!?」
「あやかしは君に与えた魅了の力を解除するために、力を使い果たしたんだ。でもそれは体力と同じものでね。時間が経てば回復するんだよ……本当はこのことを教えてあげたかったけど、あやかしが復活するまでに必要な時間は個体差があるからね。下手をすると、数十年かかる場合もある。君をガッカリさせないために、秘密にしていたのさ」
「それじゃあ善狐さんは……これからも私と一緒にいてくれるの?」
「あやかしはいつまでも君の味方だからね」
「えへへ、嬉しいなぁ……ほ、本当に……嬉しいわ……」

 美冬は嬉しさから零れる涙を指先で拭う。善狐は見守るように笑みを浮かべ、その表情から彼女はすべてを察する。

「もしかして私の好きな人を西住くんに教えたのは――」
「すべてあやかしのおかげさ」

 美冬の恋心の謎を解き、あやかし古書店の名探偵は微笑む。自分は幸せになれたと伝えるように、彼女もまた満面の笑みを浮かべるのだった。

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