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第二章 ~『二人の候補者』~

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 側近の募集はクレアの予想を上回る数の応募が届いた。執務机の上には求職者のプロフィールが記された書類が山のように積まれている。

「まさかこんなに応募があるとは思いませんでした」
「皆、クレアの下で働きたいのさ。それに報酬も高い。能力に自信のある者がこぞって応募した結果だね」
「確かに応募者は凄い人たちばかりでした」
「もしかして、この書類の山のすべてに目を通したのかい?」
「私の下で働きたい人の気持ちを無下には扱えませんからね。徹夜して頑張りました」
「君らしいね」

 応募者の気持ちを汲んで、部下の文官に丸投げしなかった。それこそがクレアなりの誠意だったのだ。

「側近として採用する人は決まったのかい?」
「四人に絞りました。これが応募書類です」
「へぇ~、どの人もいいね。特にこの二人はどちらも有名な魔法の使い手だ」

 評判になるほどの土魔術と水魔術の達人たちが応募してくれていた。熟練の魔法使いは希少な存在だ。それだけで採用する価値が十分にある。

「この二人に事務仕事をさせるのは勿体ないですから。近衛兵として採用する予定です」
「近衛兵は女王直属の武官だし、クレアの手元に置いておける。悪くないね。だとすると残りの候補二人のどちらかが側近の文官かな?」
「両名とも魅力的な経歴の持ち主ですからね。決め手にかけて悩んでいるのです」

 候補者の二人は対照的だった。

 一人は子爵家の長女で文武両道。簡単な魔法も扱え、実家の領地経営の手伝いをしていた経験もある才女だ。

 もう一人は平民の出自で、飲食店の『デカ盛り屋』を経営していた。以前はスタンフォールド公爵家で文官として働いていた経験もある。実績としては十分だった。

「側近に任せるのは事務仕事がメインになるからクレアとの連携も大切になる。書類だけでは判断できない部分もあるし、一度面接した方がいいかもね」
「私が面接官だなんて緊張しちゃいますね」
「僕も同席させてもらうよ。それなら平常心を保てるだろ?」
「ふふ、お兄様が一緒なら心強いです♪」

 決断からの行動は早かった。面接をセッティングし、王宮の応接室に二人の候補者を呼び出していた。

 敷かれた絨毯の上に対面上でソファが並んでいる。候補者の対面にクレアたちが腰掛けると、視線が重なった。

(二人とも優秀そうな見た目ですね)

 一人は金髪を頭の上で三つ編みにし、銀縁の眼鏡をかけていた。怜悧さと、子爵家の令嬢としてのプライドの高さが第一印象として感じられた。

「はじめまして、女王陛下。私はジャックス子爵家の長女、ネイサです。以後お見知りおきください」

 自己紹介にも品があった。社交場での挨拶に慣れているのが伺える。

「次は私ですね。コレットです。出自は平民なので姓はありません。よろしくお願いします」

 もう一人の候補者であるコレットは、赤毛の笑顔が愛らしい妙齢の女性だった。地味な雰囲気だが、柔らかい態度は好印象だ。

 まさしく対照的な二人であった。

「ではネイサ様から志望動機をお願いします」
「一番の理由はやりがいです。女王陛下の側近なら動かせる予算も大金になりますから。私の能力を存分に活かし、王国をより富んだ国にしてみせます」

 その言葉には自信が滲み出ていた。彼女なら大きな仕事をやり遂げてくれるに違いないと、期待を抱く。

「では次はコレット様、お願いします」
「はい、私の夢は皆が満腹になれる社会を作ることです。そのために私は定食屋を経営していました。しかし利益を度外視したせいで、店は倒産。私に組織のトップは向いていないと知りました」
「…………」
「だから女王陛下を支えることで、夢を叶えたいと考えました。それが私の志望理由です」

 コレットは胸を張って夢を伝える。だが隣のネイサは、その夢を鼻で笑った。

「あなた馬鹿でしょ。ここは優秀さを競う場よ。それを満腹になれる社会を作るのが夢だなんて愚かにも程があるわ。そもそも平民が女王陛下の側近を希望すること自体がおこがましいのよ。恥を知りなさい」

 ネイサの嘲笑をコレットは黙って受け止める。愛想の良い笑みが消え、空気が重くなっていく。

 その無言の重圧を感じ取ったのか、ネイサは固唾を飲んだ。

「ネイサさんの言う通り、私は平民です。貴族のあなたからすれば取るに足らない存在でしょう」
「ふ、ふん、ようやく理解したのね」
「ですが、貴族のあなたが相手でも、私は夢を馬鹿にされるのを我慢できません。訂正してください」
「い、嫌よ。満腹になれる社会なんてくだらないもの」
「それはあなたが貴族に生まれたから恵まれているだけです。私は平民の出自ですから、満足に食事を得られず、苦しんでいる人がたくさんいる現状を知っています。そんな社会を変えたいと願う私の夢を馬鹿にされる謂れはありません!」
「……ぅ……わ、悪かったわ」

 コレットの迫力に分が悪いと感じたのか、ネイサは謝罪する。二人が落ち着いたのを見計らい、クレアは口を開く。

「二人の志望理由は分かりました。特にネイサ様は優秀で、きっと側近になってくれれば、活躍してくれるでしょう」
「なら――」
「ですが合格はコレット様の方です」
「え、な、なぜですか⁉」

 ネイサは強い反発を示す。能力に自信があるからこそ、なぜ不合格なのか納得できなかったからだ。

「あなたは優秀です。ですが、私の仲間には平民の出自の人も多いですから。きっとあなたは彼らと不和を起こすでしょう」
「ぅっ……」

 事実、コレットと喧嘩したばかりなので、反論できない。悔しさで下唇を噛み締める。

「だから私はコレット様を採用することにしました。異論はありますか?」
「わ、私は、本気で女王陛下の役に立ちたいと!」
「なら僕から代替案を提案しよう」

 食い下がるネイサにギルフォードが助け船を出す。

「僕が君を一時的に預かるのはどうかな?」
「それはギルフォード公爵様の下で働くということですか?」
「そうさ。僕の屋敷にも平民の出自の者たちがいる。その練度は王宮の雇われたばかりの者たちとは比較にならない。彼らの優秀さを理解し、君が改心できれば、その時に初めてクレアのために働くんだ」

 アイスバーン公爵家は王国で最も力を持つ権力者だ。その彼の下で働けるなら悪い条件ではない。ネイサは目を輝かせて大きく頷いた。

「決まったね」
「はい、私の側近はコレット様です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、女王陛下!」
「唯一無二の側近として働いて貰うのですから、クレアで構いませんよ」
「ではクレアさんとお呼びしますね。私の夢を実現するためにも、一生懸命頑張ります!」

 コレットは満面の笑みを浮かべて、選ばれたことを喜ぶ。頼りになる人材が加入したことに、クレアもまた口角を上げるのだった。

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