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第一章 ~『魔法の習得開始』~

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「アルクくんが最強なるためにはやはり魔法習得が一番の近道だと思います」

 最強を目指す。そう決めたのは良いものの、強さには多くの種類が存在する。魔法や剣術、格闘術も候補に入るが、クリスはその中でも魔法を学ぶべきだと主張する。

「魔法は極めさえすれば、すべての能力の上位互換になりえます」
「そんなはずないだろ。魔法使いと剣士が接近戦で戦えば、剣術が優位なのは世間の常識だ」

 魔法使いには呪文を唱えなければならないハンデがある。もちろんその常識をクリスも理解している。

「無詠唱で魔法を発動すればよいのです。そうすれば魔法発動は剣戟の速度を超えることができます」
「だが無詠唱は威力が大幅に低下するんだろ?」
「はい。ですから極めればと付け加えたのです」
「……どういうことだ?」
「無詠唱魔法は詠唱時に比べ、魔法の等級が三段階低下します。家を吹き飛ばすランクCの風魔法も、ランクFだとそよ風にすら劣ります。ですがこれは修練が足りないからなのです。ランクSSの魔法使いなら無詠唱でもランクBの魔法を扱えます。街一つ吹き飛ばす魔法を無詠唱で扱えるなら剣士に後れを取ることはありません」

 魔法にはFからSSまでのランクが存在する。等級が高ければ高いほど習得難度も比例して上昇し、使用する魔力量も爆発的に増える。

 そのためランクSSの魔法を習得できるのは、賢者や勇者、それに聖女などの特別職の職業だけ。基本職である魔法使いではランクAが限界であり、村人であればランクEに達することができれば奇跡である。

「魔法を習得する意味は理解できたが、剣が無駄だとは思わない。噂でしかないが、剣聖がランクSSの魔法を扱える賢者を倒したと聞いたことがあるからな」

 剣聖とは特別職の一つであり、これまた王国に一人しかいない逸材である。踊りにも似た華麗な剣技は多くの魔法使いを散らし、最強論争では必ず候補に挙がる。

「剣聖様は特別ですから。あの人を基準にしてはいけません」
「ふーん」
「なんだか納得していないようですね?」
「まぁな」

 クリスの職業である聖女は、魔法を得意としている。そのため魔法を過大評価し、対立する剣術を見くびっているのではないかと疑っていた。客観的でない評価なら話半分で聞くに限る。

「分かりました。正直に話しましょう。私は剣士が嫌いなのです」
「それは何か事情でもあるのか?」
「アルクは知らないかもしれませんが、剣士という生き物は軽薄さの塊なのです。特に聖騎士たちは酷いものでした!」
「……聖騎士と何かあったのか?」
「それはもう。いろいろとありましたとも。協会で聖騎士とすれ違う度に彼らは私のことを舐めるように見つめてくるんです。酷い人だと初対面なのに、デートを申し込んでくるんですよ。下心が丸見えです」
「クリスはモテモテだな……」

 クリスの美貌を考えれば、当然といえば当然だ。言い寄ってくる男は星の数ほどいるだろう。それが何だか悔しくて下唇を噛んでいると、クリスは小さく笑みを浮かべる。

「どうかしたのか?」
「ふふふ、嫉妬してくれたのが嬉しくて、つい」
「なっ!」
「でも安心してください。私はアルクくんだけのお嫁さんですから♪」

 クリスの価値を実感するたびに、やはり自分とは釣り合っていないと惨めさを覚える。隣に立つには生半可な努力では足りない。

「まずはクリスを信じてみるよ。俺に魔法を教えてくれ」
「喜んで♪ それではさっそく――これを読んでください」

 クリスは何もない空間に穴を開けると、そこから本の山を取り出し、机の上に積む。

「どこから本を出したんだ?」
「これは収納魔法です。重い本を仕舞って置ける便利な魔法なんですよ」
「そんな魔法があるのか……」
「ふふふ、心配しなくても、ここにある魔導本をすべて読破した暁には、アルクくんも使えるようになっていますよ」

 ゴクリと息を飲む。魔導書を読む行為は、とてつもない重労働だからだ。

 事情を知らない者ならば、本を読むだけなのに何を泣きごとをと苦言を呈するかもしれない。しかし魔導書は文字に目を通すだけで、身体の魔力を吸い取られてしまうのだ。

 即ち、魔導書を読む行為は剣士の素振りに近しい修業の一つであり、加減を知らずに自分の実力よりも高位の魔導書に目を通せば、最悪、魔力不足で死ぬことさえありうる。

「まずはランクFの魔法から挑戦しましょうか。希望の魔法はありますか?」
「……回復魔法を覚えたい」
「意外ですね。てっきり炎や風のような派手な魔法を求めるかと思っていました」
「少し思いついたことがあってな」
「アルクくんの思いつきですから。さぞかし妙案なのでしょうね♪」
「妙案ってほどではないがな」
「ふふふ、さすがアルクくん。謙虚ですね♪」

 クリスは本の山の中から白い装丁の魔導書を取り出す。表紙にはランクFの回復魔法とタイトルが記されている。

「ではこちらの本を、一文字ずつゆっくりと目を通してください」
「斜め読みだと効果がないのか?」
「いえ、目に入っただけでも効果はありますよ。ですが読んだ文字数に比例して魔力を消費しますから、斜め読みをすると、一度に掛かる負担が大きくなるのです」

 ランクFの魔導書を読んで死ぬのは、あまりに恥ずかしい。アルクは魔導書の最初のページを開くと、先頭の文字を視界に入れる。

「うっ……こ、これは……」

 まるで全力疾走した後のような疲労感が全身を襲う。このまま本を閉じて、横になりたい欲求に駆られるが、何とか隣の文字に目を通す。

 だがそこが限界だった。身の危険を感じたアルクは魔導書を勢いよく閉じる。

「はぁ……はぁ……想像以上にキツイな」
「ベッドを用意しますから、横になって休んでください」

 クリスは床に手を触れると、収納魔法でベッドを取り出す。フカフカの布団に導かれるように、アルクはベッドへダイブする。

「疲れたーっ」
「頑張りましたね。えらい、えらい♪」

 横になるアルクの頭をクリスは優しく撫でる。疲労感も相まって、瞼が重くなってくる。

「こうしていると昔を思い出しますね」
「昔?」
「ほら、子供の頃に病気で寝込んでいた私を、アルクくんは一晩中看病してくれたじゃないですか。熱でうなされていた私の頭を優しく撫でてくれたこと、今でもたまに思い出すんです」
「そういや、そんなこともあったな……」
「ふふふ、私、あなたのそういう無意識の優しさが好きなんです♪」
「優しい奴なら俺以外にもいっぱいいるだろうに」
「それはいますよ。でもそれは私が聖女だから優しくしてくれるんです。もし私が村人なら、もし私が醜女なら。同じような優しさを向けてくれたでしょうか?」
「それは……態度も変わっただろうな」
「でもアルクくんは違います。学園でイジメられていた私に優しくしてくれました……周囲が敵だらけの世界で、あなただけが私の味方をしてくれたんです♪」
「…………」
「本音を言うと、別にあなたが最強でなくてもいいんです。村人でも醜男でも、私はアルクくんが傍にいてくれるだけで幸せなんですから♪」

 気づくとアルクの目尻には涙が浮かんでいた。元婚約者の聖女に見つからないように、彼は枕に顔を押し付ける。湿った枕を抱いて、そのまま眠りにつくのだった。
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