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第17話
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突如、イエラたちが乗っていた馬車が急停車した。
荷台を引いていた二頭のユニコーンが猛々しく声を上げ、荷台の中に積まれていた荷物が散乱する。
(何? 敵襲?)
馬車が急停車したせいで床に転倒してしまったイエラは、荷物が散乱した荷台の中で激しく困惑した。
イエラはズキズキと痛む頭痛を必死に堪え、布の切れ目からそっと外を眺める。
するとそこには傭兵たちと剣を交えている異様な風貌をした人間たちの姿が視認できた。
どこから現れたのか傭兵たちと剣を交えていたのは頭部と肩を覆う頭巾を被り、動きやすそうな砂色のシャツとズボンを穿いていた背丈が低い人間たち。
腰には短剣と小物入れが吊るされ、足に履いているのは牛の皮で作られたであろう革靴である。
コンディグランドで暮らす原住民ではない。間違いなく荷物を強奪することで糊口を凌いでいる盗賊たちであった。
(ど、どうしよう……まさか、よりによって盗賊と遭遇するなんて)
間近で傭兵たちと盗賊たちが死闘を演じる様を目撃したイエラは、口内から心臓が飛び出るほどの緊張感を覚えた。
当然である。
イエラは今回の旅で盗賊と遭遇するなんて夢にも思っていなかった。
父親のガンズはこれまで何度もコンディグランドに足を踏み入れていたが、今まで一度も盗賊と遭遇した経験がないと仄めかしていたからだ。
一方、頭の中が混乱していたイエラに構わず傭兵たちと盗賊の死闘は続いていく。
「絶対に荷馬車に賊を近づけるな!」
瞬く間に戦場と化した岩盤地帯に傭兵たちの声が響き渡る。
金銭で雇われているとはいえ、さすがは元一国の騎士たちであった。
好き勝手に向かってくる盗賊たちとは違い、傭兵たちは護衛対象である荷馬車を囲むように奮闘しているのである。
しかも卓越した剣技も合わさってか、盗賊たちは一向に馬車に近づくことができないでいた。
これならば大丈夫かもしれない、とイエラは若干安堵した。
傭兵たちの戦い方は実に理に適っており、倍以上の人数で襲ってきた盗賊たちとも互角以上に渡り合っていた。
これならば傭兵たちが盗賊たちを倒すのは時間の問題かもしれない。
そう思い始めたとき、不意に誰かがイエラの肩に手を置いた。
イエラは身体を硬直させて勢いよく振り向く。
「イエラさん。大丈夫ですか?」
肩に手を置いてきたのはレイラだった。
「わたしは大丈夫……ってレイラさんの方こそ大丈夫! 頭から血が出てるよ!」
先ほど転倒したときに頭を床に打ちつけたのか、レイラの側頭部からは赤い毛糸のような血が顎先に向かって流れ出ていた。
出血量こそ大したことはなさそうだったが、頭部の負傷は身体に深刻な影響を及ぼさないとも限らない。
すかさずイエラはレイラの怪我の具合を確かめようとした。が、レイラは「ただの掠り傷ですから」と言って微笑んだ。
「それよりもイエラさん。ここは危険ですから今のうちに非難してください」
レイラは布の切れ目から外の状況を把握すると、真剣な眼差しでイエラに呟いた。
「大丈夫だよ、レイラさん。ほら、どう見ても傭兵の人たちの方が盗賊たちよりも圧倒的に強いじゃない。これなら助かるよ」
本当にイエラはそう思っていた。
布の切れ目から再び外を窺うと、地面には傭兵たちに斬り伏せられた盗賊の無残な姿が多く見られたからだ。
やはり状況は傭兵たちが有利である。
いくら数で襲い掛かってくる盗賊だろうと、正統な剣術を学んだ騎士団出身の傭兵には敵わないらしい。
だが、レイラの考えは違った。
「残念ながら傭兵たちに勝ち目はありません。なぜなら、今戦っている盗賊は単なる斥候に過ぎないからです。おそらく、もうそろそろ本隊が現れる頃でしょう」
レイラの話を聞いたイエラは思わず首を傾げた。
まず斥候を派遣して様子を見、後に温存させていた本隊で対象を襲撃するなど軍隊の遣り方である。
まさか一介の盗賊がそのような真似はしないだろう。
それこそ、あらん限りの戦力をつぎ込んで襲い掛かってくるに違いない。
それでもレイラは頑として譲らなかった。
「いえ、間違いありません。わたしも昔は盗賊家業に身を投じていたのでわかります。彼らの戦い方は本隊が到着するまで時間稼ぎをする戦い方です」
イエラは瞠目した。
「レイラさんが元盗賊? でも、確か元々は旅芸人の一座にいたって……」
「確かに旅芸人の一座には加わっていましたが、その旅芸人の一座では盗賊も生業にしていたのです」
衝撃の事実だった。幼少の頃から何かと面倒を見てくれたレイラが盗賊だったとは。
「すみません、イエラさん。本来ならばこんなことを告白すべきではないのでしょうが、これが今生の別れとなっては仕方ありません」
レイラは散乱している荷物の中から小さな荷物入れを拾うと、呆けているイエラに力強く差し出した。
「この中には多少ではありますが食料と水が入っています。これを持って今すぐここを離れてください」
「待って。そんな急に言われても無理だよ。それに逃げるならレイラさんや父さんと一緒に――」
そのとき、イエラははっと気づいた。
そうである。
なぜ、父親は一向に自分の様子を見にこないのだろう。
普段ならば真っ先に安否を確認してくるはずなのに。
「父さん!」
イエラは無我夢中で御者台側の布に近づき、勢いよく左右に開けた。
すると目の前にはユニコーンの手綱を引いている父親の姿がある……はずであった。
「う、嘘……そんな……嘘だよ」
布を左右に開けた途端、視界に飛び込んできたのは父親の背中であった。
だが、その身体はもはや魂が抜けた肉の塊に過ぎなかった。
ガンズの頭部に一本の矢が深々と突き刺さっていたのだ。
しかもその矢の威力は尋常ではなかったらしく、鏃の部位が頭部を貫通して外にまではみ出ていた。
これによりガンズは悲鳴を上げる暇もなく絶命したのだろう。
もしかすると、自分が矢に刺された事実も知らぬまま逝ったのかもしれない。
どちらにせよ、父親は死んだのだ。
父親の死を目の当たりにしたことでイエラは危うく失神しかけたが、後方からレイラが優しく抱き締めたことで何とか意識を保つことができた。
「イエラさん。もう一度よく聞いてくださいね」
レイラが耳元でそっと囁く。
「雇い主であるガンズさんが死亡したことを知れば、傭兵たちは契約無効と判断して遁走するかもしれません。そうなれば荷物をすべて強奪された上にわたしたちは奴隷として捕まってしまうでしょう。ですが、幸いなことに今はまだ傭兵たちもガンズさんが死んだことに気づいていません。だから今のうちに荷物を持ってここから非難してください。どこでもいい。連中が気づかない場所まで」
「だったらレイラさんも一緒に逃げよう。一緒に逃げようよ」
目元に涙を潤ませながら懇願するイエラだったが、レイラは下唇を激しく噛み締めて首を横に振った。
「二人一緒に逃げれば傭兵たちだけではなく盗賊たちにも気づかれる恐れがあります。
それにわたしはガンズさんがまだ生きているように見せかけねばなりません。
だからお願いします。イエラさんは一刻も早くここから逃げてください」
そう言うなりレイラは、傭兵や盗賊たちからは見えない東側から強引にイエラを外に追い出した。
地面に尻餅をついたイエラは痛みを堪えてレイラを見上げる。
「いいですか? ここは見渡す限り起伏に富んだ岩が連なる岩盤地帯です。まさに身を隠すには困りません。この地形を上手く利用して少しでも遠くに逃げるんですよ」
「で、でも……」
「いいから早く行きなさい!」
身を震わすほどの怒声を浴びせられたイエラは、慌しく踵を返して走り出した。
強引に渡された荷物入れを片手に、壁のようにそびえている岩山の隙間に入り込む。
直後、イエラは足元に小さな揺れを感じた。
最初は地震かとも思ったが、岩山の隙間から外を覗いた瞬間に地震ではないと察することができた。
遠くの方から三十人ほどの盗賊たちが、漆黒のユニコーンに跨りながら荷馬車目掛けて疾駆してきたのである。
これには傭兵たちも肝を潰したらしい。
荷馬車を護衛する役目を放棄し、自分が乗ってきたユニコーンに跨って遁走しようとしたのだ。
しかし、その願いは叶わなかった。
例えるなら向こうは極限まで弦を引き絞った状態から矢を放ったのだが、こちらは半分にも満たない強さでしか弦を引いていない状態で矢を放ったに等しかった。
これでは満足に遁走することはできない。
実際に後から現れた盗賊の本隊に傭兵たちは易々と追いつかれてしまった。
少数精鋭を謳っていた傭兵たちは多勢に無勢を強いられ、一人、また一人と盗賊たちの毒牙に掛かっていく。
その様子をイエラは呆然と見つめていると、同じような格好をしていた盗賊たちの中で一際目立つ格好をしていた人間に目が止まった。
他の盗賊たちよりも頭二つ分は背丈が高く、肉体の主要箇所に鈍色に輝く金属製の鎧を着込んでいた巨躯な人間。
目元が確認できない珍しい兜を被っていたせいで顔全体は視認できなかったが、そんな鎧や兜よりも目を引く武器を手に携えていた。
遠目からでも視認できるほどの長大なロング・クロウボウであった。
弓床の部位に滑車が見当たらなかったことから、テコの原理を利用して弦を引く型式のようだった。
(レイラさん……ごめんね。ごめんね)
イエラは傭兵たちよりも馬車に残してきたレイラが気掛かりだったが、さすがに馬車に目を向ける勇気はなかった。
今頃、どんな悲惨な状況になっているかなど子供の自分でも簡単に想像できたからだ。
だからこそイエラは逃げ出した。
胸中で自分を逃がしてくれたレイラに深く謝罪しながら、イエラは日の光が満足に届かない岩山の隙間の中を無我夢中で走り抜けていく。
レイラに言われたとおり、盗賊たちが追ってこないどこか遠くへと――。
荷台を引いていた二頭のユニコーンが猛々しく声を上げ、荷台の中に積まれていた荷物が散乱する。
(何? 敵襲?)
馬車が急停車したせいで床に転倒してしまったイエラは、荷物が散乱した荷台の中で激しく困惑した。
イエラはズキズキと痛む頭痛を必死に堪え、布の切れ目からそっと外を眺める。
するとそこには傭兵たちと剣を交えている異様な風貌をした人間たちの姿が視認できた。
どこから現れたのか傭兵たちと剣を交えていたのは頭部と肩を覆う頭巾を被り、動きやすそうな砂色のシャツとズボンを穿いていた背丈が低い人間たち。
腰には短剣と小物入れが吊るされ、足に履いているのは牛の皮で作られたであろう革靴である。
コンディグランドで暮らす原住民ではない。間違いなく荷物を強奪することで糊口を凌いでいる盗賊たちであった。
(ど、どうしよう……まさか、よりによって盗賊と遭遇するなんて)
間近で傭兵たちと盗賊たちが死闘を演じる様を目撃したイエラは、口内から心臓が飛び出るほどの緊張感を覚えた。
当然である。
イエラは今回の旅で盗賊と遭遇するなんて夢にも思っていなかった。
父親のガンズはこれまで何度もコンディグランドに足を踏み入れていたが、今まで一度も盗賊と遭遇した経験がないと仄めかしていたからだ。
一方、頭の中が混乱していたイエラに構わず傭兵たちと盗賊の死闘は続いていく。
「絶対に荷馬車に賊を近づけるな!」
瞬く間に戦場と化した岩盤地帯に傭兵たちの声が響き渡る。
金銭で雇われているとはいえ、さすがは元一国の騎士たちであった。
好き勝手に向かってくる盗賊たちとは違い、傭兵たちは護衛対象である荷馬車を囲むように奮闘しているのである。
しかも卓越した剣技も合わさってか、盗賊たちは一向に馬車に近づくことができないでいた。
これならば大丈夫かもしれない、とイエラは若干安堵した。
傭兵たちの戦い方は実に理に適っており、倍以上の人数で襲ってきた盗賊たちとも互角以上に渡り合っていた。
これならば傭兵たちが盗賊たちを倒すのは時間の問題かもしれない。
そう思い始めたとき、不意に誰かがイエラの肩に手を置いた。
イエラは身体を硬直させて勢いよく振り向く。
「イエラさん。大丈夫ですか?」
肩に手を置いてきたのはレイラだった。
「わたしは大丈夫……ってレイラさんの方こそ大丈夫! 頭から血が出てるよ!」
先ほど転倒したときに頭を床に打ちつけたのか、レイラの側頭部からは赤い毛糸のような血が顎先に向かって流れ出ていた。
出血量こそ大したことはなさそうだったが、頭部の負傷は身体に深刻な影響を及ぼさないとも限らない。
すかさずイエラはレイラの怪我の具合を確かめようとした。が、レイラは「ただの掠り傷ですから」と言って微笑んだ。
「それよりもイエラさん。ここは危険ですから今のうちに非難してください」
レイラは布の切れ目から外の状況を把握すると、真剣な眼差しでイエラに呟いた。
「大丈夫だよ、レイラさん。ほら、どう見ても傭兵の人たちの方が盗賊たちよりも圧倒的に強いじゃない。これなら助かるよ」
本当にイエラはそう思っていた。
布の切れ目から再び外を窺うと、地面には傭兵たちに斬り伏せられた盗賊の無残な姿が多く見られたからだ。
やはり状況は傭兵たちが有利である。
いくら数で襲い掛かってくる盗賊だろうと、正統な剣術を学んだ騎士団出身の傭兵には敵わないらしい。
だが、レイラの考えは違った。
「残念ながら傭兵たちに勝ち目はありません。なぜなら、今戦っている盗賊は単なる斥候に過ぎないからです。おそらく、もうそろそろ本隊が現れる頃でしょう」
レイラの話を聞いたイエラは思わず首を傾げた。
まず斥候を派遣して様子を見、後に温存させていた本隊で対象を襲撃するなど軍隊の遣り方である。
まさか一介の盗賊がそのような真似はしないだろう。
それこそ、あらん限りの戦力をつぎ込んで襲い掛かってくるに違いない。
それでもレイラは頑として譲らなかった。
「いえ、間違いありません。わたしも昔は盗賊家業に身を投じていたのでわかります。彼らの戦い方は本隊が到着するまで時間稼ぎをする戦い方です」
イエラは瞠目した。
「レイラさんが元盗賊? でも、確か元々は旅芸人の一座にいたって……」
「確かに旅芸人の一座には加わっていましたが、その旅芸人の一座では盗賊も生業にしていたのです」
衝撃の事実だった。幼少の頃から何かと面倒を見てくれたレイラが盗賊だったとは。
「すみません、イエラさん。本来ならばこんなことを告白すべきではないのでしょうが、これが今生の別れとなっては仕方ありません」
レイラは散乱している荷物の中から小さな荷物入れを拾うと、呆けているイエラに力強く差し出した。
「この中には多少ではありますが食料と水が入っています。これを持って今すぐここを離れてください」
「待って。そんな急に言われても無理だよ。それに逃げるならレイラさんや父さんと一緒に――」
そのとき、イエラははっと気づいた。
そうである。
なぜ、父親は一向に自分の様子を見にこないのだろう。
普段ならば真っ先に安否を確認してくるはずなのに。
「父さん!」
イエラは無我夢中で御者台側の布に近づき、勢いよく左右に開けた。
すると目の前にはユニコーンの手綱を引いている父親の姿がある……はずであった。
「う、嘘……そんな……嘘だよ」
布を左右に開けた途端、視界に飛び込んできたのは父親の背中であった。
だが、その身体はもはや魂が抜けた肉の塊に過ぎなかった。
ガンズの頭部に一本の矢が深々と突き刺さっていたのだ。
しかもその矢の威力は尋常ではなかったらしく、鏃の部位が頭部を貫通して外にまではみ出ていた。
これによりガンズは悲鳴を上げる暇もなく絶命したのだろう。
もしかすると、自分が矢に刺された事実も知らぬまま逝ったのかもしれない。
どちらにせよ、父親は死んだのだ。
父親の死を目の当たりにしたことでイエラは危うく失神しかけたが、後方からレイラが優しく抱き締めたことで何とか意識を保つことができた。
「イエラさん。もう一度よく聞いてくださいね」
レイラが耳元でそっと囁く。
「雇い主であるガンズさんが死亡したことを知れば、傭兵たちは契約無効と判断して遁走するかもしれません。そうなれば荷物をすべて強奪された上にわたしたちは奴隷として捕まってしまうでしょう。ですが、幸いなことに今はまだ傭兵たちもガンズさんが死んだことに気づいていません。だから今のうちに荷物を持ってここから非難してください。どこでもいい。連中が気づかない場所まで」
「だったらレイラさんも一緒に逃げよう。一緒に逃げようよ」
目元に涙を潤ませながら懇願するイエラだったが、レイラは下唇を激しく噛み締めて首を横に振った。
「二人一緒に逃げれば傭兵たちだけではなく盗賊たちにも気づかれる恐れがあります。
それにわたしはガンズさんがまだ生きているように見せかけねばなりません。
だからお願いします。イエラさんは一刻も早くここから逃げてください」
そう言うなりレイラは、傭兵や盗賊たちからは見えない東側から強引にイエラを外に追い出した。
地面に尻餅をついたイエラは痛みを堪えてレイラを見上げる。
「いいですか? ここは見渡す限り起伏に富んだ岩が連なる岩盤地帯です。まさに身を隠すには困りません。この地形を上手く利用して少しでも遠くに逃げるんですよ」
「で、でも……」
「いいから早く行きなさい!」
身を震わすほどの怒声を浴びせられたイエラは、慌しく踵を返して走り出した。
強引に渡された荷物入れを片手に、壁のようにそびえている岩山の隙間に入り込む。
直後、イエラは足元に小さな揺れを感じた。
最初は地震かとも思ったが、岩山の隙間から外を覗いた瞬間に地震ではないと察することができた。
遠くの方から三十人ほどの盗賊たちが、漆黒のユニコーンに跨りながら荷馬車目掛けて疾駆してきたのである。
これには傭兵たちも肝を潰したらしい。
荷馬車を護衛する役目を放棄し、自分が乗ってきたユニコーンに跨って遁走しようとしたのだ。
しかし、その願いは叶わなかった。
例えるなら向こうは極限まで弦を引き絞った状態から矢を放ったのだが、こちらは半分にも満たない強さでしか弦を引いていない状態で矢を放ったに等しかった。
これでは満足に遁走することはできない。
実際に後から現れた盗賊の本隊に傭兵たちは易々と追いつかれてしまった。
少数精鋭を謳っていた傭兵たちは多勢に無勢を強いられ、一人、また一人と盗賊たちの毒牙に掛かっていく。
その様子をイエラは呆然と見つめていると、同じような格好をしていた盗賊たちの中で一際目立つ格好をしていた人間に目が止まった。
他の盗賊たちよりも頭二つ分は背丈が高く、肉体の主要箇所に鈍色に輝く金属製の鎧を着込んでいた巨躯な人間。
目元が確認できない珍しい兜を被っていたせいで顔全体は視認できなかったが、そんな鎧や兜よりも目を引く武器を手に携えていた。
遠目からでも視認できるほどの長大なロング・クロウボウであった。
弓床の部位に滑車が見当たらなかったことから、テコの原理を利用して弦を引く型式のようだった。
(レイラさん……ごめんね。ごめんね)
イエラは傭兵たちよりも馬車に残してきたレイラが気掛かりだったが、さすがに馬車に目を向ける勇気はなかった。
今頃、どんな悲惨な状況になっているかなど子供の自分でも簡単に想像できたからだ。
だからこそイエラは逃げ出した。
胸中で自分を逃がしてくれたレイラに深く謝罪しながら、イエラは日の光が満足に届かない岩山の隙間の中を無我夢中で走り抜けていく。
レイラに言われたとおり、盗賊たちが追ってこないどこか遠くへと――。
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