【完結】江戸で鉄砲小僧と呼ばれた若サムライの俺、さる事情で異世界転移して本物の銃使いになる

岡崎 剛柔

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第16話

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 ピピカ族の集落を襲ったガマラの脅威は、集落に住まう人間たちの恐怖を暴風の如く煽った。

 だが結果を見れば一人の犠牲者もなく、破壊された建物は見張り櫓の一角のみ。

 これは決して運でもなければ精霊の加護でもなかった。

 その証拠にピピカ族の戦士たちを始め、多くの住民たちが異様な風体をした男の活躍を目の当たりにしていた。

 一歩間違えれば甚大な被害を受けていたであろう集落の危機を救ったのは、〈アスラ・マスタリスク〉によってこの地に導かれた異世界人――鮎原宗鉄。

 この事実をウィノラから知らされた集落の人間たちは、子供から大人までが諸手を振って宗鉄を歓迎した。そして口々に呟いたのである。

 コンディグランドに住まう神と精霊はまだ我々を見捨ててはいない、と。

 〈アスラ・マスタリスク〉を行ったウィノラ自身もそう思った。

 また相棒であるクアトラが感じた脅威を難なく退けた宗鉄ならば、ピピカ族だけではなくアンカラ族の唯一の生き残りである自分の願いも叶えてくれるかもしれない、と。

 しかし、このときのウィノラやピピカ族の人間たちは知る由もなかった。

 集落に現れたガマラなど、これから訪れる脅威の序曲に過ぎなかったことを――。


 コンディグランドはシャーセイッド大陸の一部を占める広大不変な土地である。

 日中の気温は常に膨大な汗を滲ませるほど高く、全体的に統一性が見られないグラナドロッジがそこかしこに点在している。

 また一年を通して滅多に雨が降らないことから『乾いた大地』とも呼ばれていた。

 現にコンディグランドに足を踏み入れる人間はそう多くない。

 土地勘がない人間には飲み水を確保することも一苦労であり、もしも肉食獣と遭遇すれば命を失う危険性もあったからだ。

 それにコンディグランドに住まう原住民たちとは基本的に言葉が通じず、以前にもただ道を尋ねただけの旅人に対して原住民たちが鬼気として襲い掛かってきたという話まで伝わっていた。

 そうした経緯もあったことから、余所の土地に住まう人間たちは滅多にコンディグランドに足を踏み入れることはなかった。
 ただその中でも積極的にコンディグランドに足を踏み入れる人間たちがいた。

 加入税の高額さと束縛が強い傾向にある商人組合に加入せず、己の才覚のみで地方に商品を売り歩いて回る行商人たちである。

 今もそうであった。

 青というよりも群青色に染まっている空が果てしなく広がり、赤茶けた大地をさらに赤く熱するように太陽が燦々と輝いている中、舗装されていないコンディグランドの一角を走行する一台の馬車があった。 

「ねえ、父さん。例の集落にはまだ着かないの? いい加減にお尻が痛いんだけど」

 ガタガタと揺れる荷台から顔を出し、ユニコーンの手綱を引いていた父親に不満そうに尋ねたのは十一、二歳と思われる少女だった。

 巻きがかかった栗色の長髪は艶やかな光沢を放ち、黒目が大きな瞳とすっきりと伸びた鼻梁は綺麗と言うよりも可愛い印象である。

 そして着用していた筒型衣服の丈は足首まで伸びており、綺麗に肩口で切られた裾からは細く白い腕が覗いていた。

 間違いなくこの少女は行商人の子供であろう。

 なぜなら、羊毛製の筒型衣服には煌びやかな花柄の刺繍が入っていたからだ。

 自給自足を旨とする農民の子供ならば、わざわざ自分を目立たせるような衣装は着させてもらえない。

 それに少女の顔立ちや服装からは、温室で丁寧に育てられた一本の花を想起させるほどの清潔感と気品が感じられる。

「そう焦るな、イエラ。ピピカ族の集落まではまだ半日以上はかかる。

 いいから荷台の中で大人しくしてろ」

 御者を務めていたイエラの父親――ガンズは、栗色の短髪に無精髭を生やし放題にした頑強な体躯をした男だ。

 一見すると盗賊と間違えられそうな厳つい風貌をしていたが、中身は暴力とは無縁な商売人である。

 そしてとにかく仕事一筋の真面目な性格をしており、口調はやや粗暴だが一人娘であるイエラを心底溺愛していた。

「そんなこと言って全然着かないじゃん。本当にこの道で合ってるの?」

「合っているからこうして馬車を走らせているんじゃないか」

「でも、ずっと変な形をした岩山しか見えないよ。道も舗装されてないから馬車は大きく揺れてお尻はずっと痛いし……」

 イエラは小さなお尻を擦りながら視線を周囲に彷徨わせた。

 視界一杯に広がるのは赤茶けた大地と同じ色をしたグラナドロッジの数々である。

 数日前に初めてこのコンディグランドに足を踏み入れたときには遠巻きにぽつぽつとしか視認できなかった岩山だったが、今では馬車を走行させている一本道の左右に埋め尽くさんばかりに密集している姿が見えた。

 父親の話ではこの岩盤地帯を地元の原住民たちは『燃え盛る大地』と呼んでいるのだという。 

 なるほど、とイエラは目線を動かしながら納得した。

 岩盤地帯に密集していたグラナドロッジの頂上部分は平らではなく、燃え盛る炎のような独特な波形をしているのだ。

 そう考えると、自分たちは灼熱の炎の中を馬車で走行していることになるのだろうか。

「イエラさん。お父上の言うことは聞かないとだめですよ」

 好奇心旺盛なイエラが布の切れ目から外を覗いていると、不意に荷台の中から厳しい声をかけられた。

「もう~、わかったよ」

 扉の代わりだった布の切れ目から顔を引っ込めたイエラは、薄暗い荷台の中にいた三十代前半の女性を見て頬を膨らませた。

 女性の名前はレイラ。

 行商人として一年中地方を飛び回る父親を手伝い、主に財務処理の仕事を担当している才女であった。

 ローブ地方特有の茶髪を肩口まで伸ばし、日頃から手入れを欠かしていない肌は十代のように決め細やかだった。

 また着用している衣服はイエラと同じく筒型衣服だったが、仕事には関係ないからと柄は無地である。

「レイラさん。こんな蒸し風呂みたいな場所に長時間閉じ篭っていて暑くないの?」

 日の光が届かない荷台の中は蒸し暑く、じっとしているだけでも膨大な量の汗が滲んでくる。

 それでも荷台の中にいたレイラは平然な顔のまま積まれていた荷物の整理を黙々と行っていた。

「もちろん暑いですよ。ですが、これもいつものことです。それに定期的に布を捲くって換気を行っているので大丈夫です」

 確かにレイラが言うように荷台を覆っている布は四方の中心に切れ目が入れられ、どこからでも自由に出入りが可能になっている。

 もしも御者台側からしか出入りできなかったら荷物を積むときと降ろすときに何かと不自由するからだ。

「わかったらイエラさんも荷物の整理を手伝ってください。こう揺れっぱなしだといつ荷物が崩れてくるかわかりませんから」

「ええ~、面倒くさいよ。そういうことは他の人たちに手伝ってもらったら?」

 レイラは額に人差し指を押し当てると、長いため息を吐いた。

「あのですね、イエラさん。あの方たちは使用人ではないのですよ。この馬車を護衛するためにガンズさんが雇った傭兵の皆さんです」

「知っているよ。でも、こんな場所に護衛なんていらないんじゃないの? 襲われる危険性があるって言ってもせいぜい動物ぐらいでしょ?」

 十代前半と思えないほどふてぶてしい態度を取ったイエラは、西側の布の切れ目からそっと顔を出すと、自分が乗っている馬車の前方と後方を交互に見やった。

 イエラが乗っている馬車の前方と後方には、逞しい四肢と額から突き出ている角が特徴的な品種改良馬――ユニコーンに跨った数人の人間たちの姿が見て取れた。

 父親が護衛として雇った傭兵たちである。

 頭部を保護する金属製のメットを被り、厚い布と金属を組み合わせた防具を着用した総勢六人の人間たちは、左腰に吊るしていた長剣の柄に手を添えながら絶えず周囲に厳しい視線を巡らせていた。

 これは雇い主である父親の命令を忠実に遂行している証であった。

 すなわち馬車に近づく危険な動物や盗賊の気配を逸早く察し、状況によっては武力で瞬時に撃退しようというのだ。

 実に頼もしい護衛たちである。

 金銭で雇われる傭兵の中には無頼者が多く、中には雇い主を裏切って荷物を強奪する盗賊紛いの傭兵もいるというのに、この馬車を護衛してくれている傭兵たちからはそのような雰囲気が微塵も感じられなかった。

 だが、いかんせん堅すぎる。

 数刻前に休憩を取ったときもそうだった。

 イエラは傭兵の職業について詳しく教えてもらおうと、とりわけ年齢が若い傭兵の一人に何気なく話しかけた。

 しかし、その若い傭兵は集中力が途切れるからと言ってイエラを体良く追い払ったのだ。しかも目障りな蝿を追い払うように手を振って。

「頼もしさは感じられるんだよね。聞くところによると元々はシェスタの騎士だったっていうし……でも、何か意気込みすぎじゃない?」

 虚空に向かって独りごちたイエラ。すると、荷物の整理を行いながらレイラが呟く。

「意欲がないよりも意気込みがあったほうがマシですよ。ただでさえこちらは高い契約金を支払っているのです。金銭分はしっかりと仕事をしてくれないと」

「それはそうだけど……ん?」

 会話を終えた直後、顔だけを外に出していたイエラは目を細めた。

 先行していた傭兵の一人が何やら岩山の一角を指さしていた。他の傭兵たちも何事かと馬を寄せていく。

 何か予想外な事態でも起こったのだろうか。

 イエラはぐっと身体を外に出すと、傭兵たちが集まりだした岩山の一角を注視する。

「何あれ?」

 思わずイエラは渋面になった。

 まず視界に飛び込んできたのは、耳障りな羽音を鳴らしていた夥しい数のハエの群れだった。

 そしてそのハエの群れが十メーデ前方の岩場の下を縦横無尽に飛び回っていたのだ。

「どうやら死体のようですね。それも一人や二人ではないようです。少なくとも十人以上ではないかと?」

 いつの間にかイエラの隣にはレイラがおり、常に携帯している小型の片望遠鏡を覗いていた。見ていた先はもちろん蝿が飛び回っている不気味な場所である。

「死体? それってわたしたちと同じ行商人の人たちかな?」

「いえ、違いますね。格好や肌の色からして原住民たちの死体かと思われます。この『燃え盛る大地』を狩場の一つにしているピピカ族の人間たちかもしれません」

「ピピカ族ってこれからわたしたちが向かう部族の?」

「はい。しかし、本当にピピカ族の人間たちかを判別するにはもう少し近くで確認してみないと――」

 そうレイラが言った直後、再び傭兵たちの口から甲高い声が発せられた。

「て、敵襲! 敵襲だ!」
 
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