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第15話
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「これはまずいぞ」
遠目からガマラの姿を確認したウィノラは舌打ちした。
本来、縄張りである奥深い密林からガマラが出ることなどない。
日常的に捕食している獲物が密林の外には生息していないからだ。
しかし、現にガマラは密林から出て人間が住まう集落に現れた。
これは由々しき事態である。早く仕留めなければ多大な被害が出ることは必至。
そのとき、太鼓の音を聞いた男たちが武器を携えながら集まってきた。
手にはそれぞれ遠距離用の武器である長弓、後ろ腰には接近戦用のナイフが差されている。
(しまった。武器がない)
そんな完全武装した男たちを見て、ウィノラは自責の念に激しく駆られた。
今のウィノラは何の武器も持っていない。
まさか集落にガマラが現れるなど露にも思わなかったウィノラは、得意であった長弓を戦闘訓練所に置いてきてしまった。
「くそっ、わたしとしたことが!」
ウィノラはふと右手に持っていた黒い棒を見つめた。
それは異世界人が鉄砲と呼んでいた、金属と木材を組み合わせた不思議な棍棒である。
ビュートの話だと余所者から一時的に押収した棍棒なのだが、どのみち牢屋の中では使い道がないだろうと思ったらしい。
ビュートは牢屋に向かうウィノラに返しておいてくれと頼んだ。
だからこそウィノラは鉄砲を持って宗鉄たちの前に現れたのだが、話に熱中してうっかり返すのを忘れてしまった。
そして、こんな棍棒一つではガマラと対等には闘えない。
当然である。
屈強な体躯をしているガマラ相手に接近戦を挑むのは勇敢を通り越してもはや無謀であった。
やはりガマラを仕留めるには遠くから大勢の人間によって弓を放つのが無難であろう。
持っていた鉄砲を地面に投げ捨てたウィノラは、未だに入り口付近から動かないガマラを注視した。
どうやらガマラは太鼓の音が耳障りだったらしく、先ほどから見張り櫓に向かって鋭利な爪や獰猛な牙を振るっている。
見張り役には悪いが、今しばらくガマラを引きつけてもらおう。
その間にも戦闘訓練所に向かって武器を持ってこようとしたウィノラだったが、その行動は慌しく近寄ってきた一人の男により制止された。
「ウィノラ! 無事か!」
若頭のビュートである。
「ああ、わたしは無事だ。それよりもガマラが」
「わかっている。あとは俺たちに任せてお前は今すぐ非難しろ」
「いや、わたしも戦いに加えてくれ」
「馬鹿を言うな。丸腰のお前に一体何ができる?」
ビュートはこれ見よがしに顎をしゃくって見せた。
「いいからお前は下がっていろ。集落を守るのはピピカの戦士である俺たちの役目だ」
「しかし……」
一向に納得しないウィノラに苛立ったのか、ビュートは力強くウィノラの肩を摑んだ。
「いいか? ピピカ族ではないお前が集落のために戦う必要はないんだ。その代わり、お前にはお前にしかできない重大な役目があるだろう」
ずばり正論を言われたウィノラは、顔をうつむかせて押し黙った。
確かにビュートの言うとおりだった。
ピピカ族の戦士どころかピピカ族でもない自分には戦闘に参加する資格はない。
だが、十年以上も自分を住まわせてくれた集落の危機を暢気に見過ごすことなどできない。
「わかっている。わかっているが、やはりわたしも戦うぞ」
ウィノラは自分の肩を摑んでいたビュートの腕をそっと退かした。
「今すぐに訓練所から武器を持ってくる。ピピカ族の戦士ではないが援護射撃に参加するぐらいは構わないだろ? 何と言ってもわたしは弓の名手だ」
今度はビュートが口をごもらせて押し黙った。
ウィノラの全身から放射された気迫に圧されたせいもあったが、ウィノラの弓の腕前が自分よりも卓越していることをビュートは知っていたからだ。
やがてビュートは観念したように小さく息を吐いた。
「そうだな。ガマラ相手に加勢してくれる人間は多いに越したことはない。ただし、絶対に無理はするなよ。危ないと判断したらすぐに逃げろ」
「ああ、約束する」
首を縦に振ったウィノラは鋭い視線をガマラに向けた。
今、見張り櫓の周辺では数十人の男たちと一匹のガマラが凄惨な死闘を演じている。
ピピカ族の戦士たちはガマラを遠巻きから囲んで次々と弓矢を放ち、ガマラの身体から流れ出た血で地面がどす黒く染まっていた。
ウィノラはガマラに向かって駆けていくビュートを見送るなり、勢いよく地面を蹴って反対方向に疾駆した。
今はまだ入り口周辺で猛威を振るっているガマラだが、いつピピカ族の戦士たちの包囲網を突破して住居が立ち並ぶ場所に向かうかわからない。
もしもそうなれば子供たちにまで被害が及ぶ危険性もある。それだけは何としてでも避けたい。
(頼むぞ、ビュート。わたしが戻るまで生きていろよ)
胸中でビュートの安否を願ったウィノラは、急ぎ戦闘訓練所に向かって足を動かした。
だが、ウィノラが懸命に動かした足は二十歩も移動しないうちに止まった。
遠くのほうから長弓と矢筒を両手で抱えながら小走りに駆けてくる人影があったのだ。
ピピカ族の戦士ではない、まだ年端もないリーナである。
(なぜ、こんなところにリーナが……)
ウィノラは軽く混乱した。危険を知らせる太鼓が鳴り響いているというのに、わざわざ危険の発生源に来るなど正気の沙汰ではない。
「何をしている、リーナ!」
喉を痛めるほどの大声を出したウィノラだったが、肝心のリーナは非難するどころか速度を速めてこちらに向かってくる。まさか、戦闘に参加するつもりか。
などと思ったウィノラだったが、リーナが後生大事に抱えている長弓を見てすぐにその考えを改めた。
リーナが携えていた長弓は、誰の物でもないウィノラの長弓だった。
それだけでウィノラは気づいた。
リーナは戦闘に参加しに来たのではなく、戦闘訓練所に置いてきた長弓をウィノラに手渡すためにやって来たのである。
何と健気なことだろう。
ウィノラはリーナの心遣いに感銘を受けたが、それでも今は本当にまずい。
このままではリーナにも危害が及んでしまう。
直後、ウィノラの心配は最悪の形で実現した。
「ウィノラ、今すぐその場から離れろ!」
ビュートの声に振り向くと、見張り櫓周辺で暴れ回っていたガマラがピピカ族の戦士たちの包囲網を突破し、住居が点在している方向に向かって移動し始める姿が確認できた。
ガマラの肉体には何十本もの矢が突き刺さっていたが、それでも最強の肉食獣として君臨するガマラの脅威は少しも損なわれていない。
それどころか、肉体に痛みを感じていたせいでより一層凶暴さに拍車が掛かっているようにも見えた。
だからこそ危ない。ガマラの直線上にはリーナがいたからだ。
「リーナ、早く逃げろ! 逃げるんだ!」
必死で訴えかけるものの、リーナはガマラを見た瞬間に固まってしまった。
あまりの恐怖で足元が竦んだに違いない。
その間にもガマラはリーナに肉薄していく。
普段よりも幾分か動きは遅かったが、丸腰のウィノラにはガマラの猛進を食い止める手立ては皆無だった。
死に物狂いで走ってもガマラのほうがリーナに逸早く到達する。
もう駄目だ。脳裏に凄惨な光景を思い浮かべたウィノラは、思わず両目を閉じて顔を逸らした。
どう考えてもリーナからガマラを助ける手立てはない。
酷なことだが、次に目を開けたときにはガマラの爪に切り刻まれるリーナの変わり果てた姿が見えることだろう。
まさにそう思った刹那、雷鳴を想起させる甲高い音がウィノラの耳朶を叩いた。
ウィノラは閉じていた両目を開け、謎の音の正体を確かめるためにガマラを見た。
するとどうだろう。あのガマラがだらしなく地面に横たわっているではないか。
(何だ……何が起こったんだ?)
目の前に広がる光景を信じられずにいたウィノラは、耳をつんざく音の他に鼻腔の奥に漂ってくる焦げ臭い匂いに眉根を細めた。
「お、お前は……」
焦げ臭い匂いの方向に顔を向けると、ウィノラの視界には一人の男の姿が映った。
「まさか、試射の相手が異国の獣になるとは思わなかったな」
奇妙な髪型に奇妙な衣服を着た男は、金属と木材を組み合わせた黒い棍棒を水平に構えながら口の端を吊り上げた。
無意識のうちにウィノラは若侍に近づき、おそるおそる尋ねる。
「お前、どうやってあの牢屋から抜け出した……いや、今はそんなことどうでもいい。お前は一体何者なんだ?」
「そうか、まだ言っていなかったな。俺の名前は鮎原宗鉄――」
宗鉄は一本だけ突き立てた親指を自分に差し向ける。
「関流の炮術師だ」
遠目からガマラの姿を確認したウィノラは舌打ちした。
本来、縄張りである奥深い密林からガマラが出ることなどない。
日常的に捕食している獲物が密林の外には生息していないからだ。
しかし、現にガマラは密林から出て人間が住まう集落に現れた。
これは由々しき事態である。早く仕留めなければ多大な被害が出ることは必至。
そのとき、太鼓の音を聞いた男たちが武器を携えながら集まってきた。
手にはそれぞれ遠距離用の武器である長弓、後ろ腰には接近戦用のナイフが差されている。
(しまった。武器がない)
そんな完全武装した男たちを見て、ウィノラは自責の念に激しく駆られた。
今のウィノラは何の武器も持っていない。
まさか集落にガマラが現れるなど露にも思わなかったウィノラは、得意であった長弓を戦闘訓練所に置いてきてしまった。
「くそっ、わたしとしたことが!」
ウィノラはふと右手に持っていた黒い棒を見つめた。
それは異世界人が鉄砲と呼んでいた、金属と木材を組み合わせた不思議な棍棒である。
ビュートの話だと余所者から一時的に押収した棍棒なのだが、どのみち牢屋の中では使い道がないだろうと思ったらしい。
ビュートは牢屋に向かうウィノラに返しておいてくれと頼んだ。
だからこそウィノラは鉄砲を持って宗鉄たちの前に現れたのだが、話に熱中してうっかり返すのを忘れてしまった。
そして、こんな棍棒一つではガマラと対等には闘えない。
当然である。
屈強な体躯をしているガマラ相手に接近戦を挑むのは勇敢を通り越してもはや無謀であった。
やはりガマラを仕留めるには遠くから大勢の人間によって弓を放つのが無難であろう。
持っていた鉄砲を地面に投げ捨てたウィノラは、未だに入り口付近から動かないガマラを注視した。
どうやらガマラは太鼓の音が耳障りだったらしく、先ほどから見張り櫓に向かって鋭利な爪や獰猛な牙を振るっている。
見張り役には悪いが、今しばらくガマラを引きつけてもらおう。
その間にも戦闘訓練所に向かって武器を持ってこようとしたウィノラだったが、その行動は慌しく近寄ってきた一人の男により制止された。
「ウィノラ! 無事か!」
若頭のビュートである。
「ああ、わたしは無事だ。それよりもガマラが」
「わかっている。あとは俺たちに任せてお前は今すぐ非難しろ」
「いや、わたしも戦いに加えてくれ」
「馬鹿を言うな。丸腰のお前に一体何ができる?」
ビュートはこれ見よがしに顎をしゃくって見せた。
「いいからお前は下がっていろ。集落を守るのはピピカの戦士である俺たちの役目だ」
「しかし……」
一向に納得しないウィノラに苛立ったのか、ビュートは力強くウィノラの肩を摑んだ。
「いいか? ピピカ族ではないお前が集落のために戦う必要はないんだ。その代わり、お前にはお前にしかできない重大な役目があるだろう」
ずばり正論を言われたウィノラは、顔をうつむかせて押し黙った。
確かにビュートの言うとおりだった。
ピピカ族の戦士どころかピピカ族でもない自分には戦闘に参加する資格はない。
だが、十年以上も自分を住まわせてくれた集落の危機を暢気に見過ごすことなどできない。
「わかっている。わかっているが、やはりわたしも戦うぞ」
ウィノラは自分の肩を摑んでいたビュートの腕をそっと退かした。
「今すぐに訓練所から武器を持ってくる。ピピカ族の戦士ではないが援護射撃に参加するぐらいは構わないだろ? 何と言ってもわたしは弓の名手だ」
今度はビュートが口をごもらせて押し黙った。
ウィノラの全身から放射された気迫に圧されたせいもあったが、ウィノラの弓の腕前が自分よりも卓越していることをビュートは知っていたからだ。
やがてビュートは観念したように小さく息を吐いた。
「そうだな。ガマラ相手に加勢してくれる人間は多いに越したことはない。ただし、絶対に無理はするなよ。危ないと判断したらすぐに逃げろ」
「ああ、約束する」
首を縦に振ったウィノラは鋭い視線をガマラに向けた。
今、見張り櫓の周辺では数十人の男たちと一匹のガマラが凄惨な死闘を演じている。
ピピカ族の戦士たちはガマラを遠巻きから囲んで次々と弓矢を放ち、ガマラの身体から流れ出た血で地面がどす黒く染まっていた。
ウィノラはガマラに向かって駆けていくビュートを見送るなり、勢いよく地面を蹴って反対方向に疾駆した。
今はまだ入り口周辺で猛威を振るっているガマラだが、いつピピカ族の戦士たちの包囲網を突破して住居が立ち並ぶ場所に向かうかわからない。
もしもそうなれば子供たちにまで被害が及ぶ危険性もある。それだけは何としてでも避けたい。
(頼むぞ、ビュート。わたしが戻るまで生きていろよ)
胸中でビュートの安否を願ったウィノラは、急ぎ戦闘訓練所に向かって足を動かした。
だが、ウィノラが懸命に動かした足は二十歩も移動しないうちに止まった。
遠くのほうから長弓と矢筒を両手で抱えながら小走りに駆けてくる人影があったのだ。
ピピカ族の戦士ではない、まだ年端もないリーナである。
(なぜ、こんなところにリーナが……)
ウィノラは軽く混乱した。危険を知らせる太鼓が鳴り響いているというのに、わざわざ危険の発生源に来るなど正気の沙汰ではない。
「何をしている、リーナ!」
喉を痛めるほどの大声を出したウィノラだったが、肝心のリーナは非難するどころか速度を速めてこちらに向かってくる。まさか、戦闘に参加するつもりか。
などと思ったウィノラだったが、リーナが後生大事に抱えている長弓を見てすぐにその考えを改めた。
リーナが携えていた長弓は、誰の物でもないウィノラの長弓だった。
それだけでウィノラは気づいた。
リーナは戦闘に参加しに来たのではなく、戦闘訓練所に置いてきた長弓をウィノラに手渡すためにやって来たのである。
何と健気なことだろう。
ウィノラはリーナの心遣いに感銘を受けたが、それでも今は本当にまずい。
このままではリーナにも危害が及んでしまう。
直後、ウィノラの心配は最悪の形で実現した。
「ウィノラ、今すぐその場から離れろ!」
ビュートの声に振り向くと、見張り櫓周辺で暴れ回っていたガマラがピピカ族の戦士たちの包囲網を突破し、住居が点在している方向に向かって移動し始める姿が確認できた。
ガマラの肉体には何十本もの矢が突き刺さっていたが、それでも最強の肉食獣として君臨するガマラの脅威は少しも損なわれていない。
それどころか、肉体に痛みを感じていたせいでより一層凶暴さに拍車が掛かっているようにも見えた。
だからこそ危ない。ガマラの直線上にはリーナがいたからだ。
「リーナ、早く逃げろ! 逃げるんだ!」
必死で訴えかけるものの、リーナはガマラを見た瞬間に固まってしまった。
あまりの恐怖で足元が竦んだに違いない。
その間にもガマラはリーナに肉薄していく。
普段よりも幾分か動きは遅かったが、丸腰のウィノラにはガマラの猛進を食い止める手立ては皆無だった。
死に物狂いで走ってもガマラのほうがリーナに逸早く到達する。
もう駄目だ。脳裏に凄惨な光景を思い浮かべたウィノラは、思わず両目を閉じて顔を逸らした。
どう考えてもリーナからガマラを助ける手立てはない。
酷なことだが、次に目を開けたときにはガマラの爪に切り刻まれるリーナの変わり果てた姿が見えることだろう。
まさにそう思った刹那、雷鳴を想起させる甲高い音がウィノラの耳朶を叩いた。
ウィノラは閉じていた両目を開け、謎の音の正体を確かめるためにガマラを見た。
するとどうだろう。あのガマラがだらしなく地面に横たわっているではないか。
(何だ……何が起こったんだ?)
目の前に広がる光景を信じられずにいたウィノラは、耳をつんざく音の他に鼻腔の奥に漂ってくる焦げ臭い匂いに眉根を細めた。
「お、お前は……」
焦げ臭い匂いの方向に顔を向けると、ウィノラの視界には一人の男の姿が映った。
「まさか、試射の相手が異国の獣になるとは思わなかったな」
奇妙な髪型に奇妙な衣服を着た男は、金属と木材を組み合わせた黒い棍棒を水平に構えながら口の端を吊り上げた。
無意識のうちにウィノラは若侍に近づき、おそるおそる尋ねる。
「お前、どうやってあの牢屋から抜け出した……いや、今はそんなことどうでもいい。お前は一体何者なんだ?」
「そうか、まだ言っていなかったな。俺の名前は鮎原宗鉄――」
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