BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

76.再会

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「ウーラ、今のサリウティーヌの話を聞いてどう思う? あまりにも俺に都合が良すぎて逆に胡散臭い気がするんだが。俺の考え過ぎか?」

 サリウティーヌを部屋から下がらせたあと、俺はそのままウーラとその場で話し合っていた。

「そうね。私も少しだけ都合がいいというか、どことなく不自然さのようなものを感じているわ」
窮状きゅうじょうを救ったことで好意を持たれたとか、領主という立場の人間に対して損得勘定から身体を差し出す気になったという話なら、俺としても素直に頷けたんだがな。まあ、そういう感情があっちにまったくないとも限らないが」
「裏に何か思惑があってもおかしくないわね。ただ、こうなった理由としてざっと思い付くだけでもいくつか可能性が考えられるけど?」
「ん? 言ってみてくれ」
「まず一つ目はそもそもこれが偶発的な出来事である可能性。半妖精族という種がオドに反応するという部分はほぼ間違いないと見ていいはず。で、その相手としてたまたまディーディーが合致したってことね。絶対にあり得ない話ではないわ」
「オドが生命力みたいなもんだと仮定すれば、この俺が対象に入っていても不思議じゃないか。確かに絶対にあり得ないとまでは言えないな。ただ、それがこの世界でも珍しいレベルとなると確率的にけっこう低いように思うが」
「まあ、そうよね。ただ、そのことと少しだけ関係があるんだけど、地球人という種がこの世界の人間よりも強いオドを有しているというのが二つ目の可能性よ。現代の地球人の寿命や身体能力はこの世界の人間と比べて遥かに優れているでしょ。だったら、地球人のオドが強くてもおかしくないわ」
「なるほど。こっちはNBSが影響している部分があるとはいえ、それならさっきの話にも説明が付くな」
「そして三つ目は半妖精族にせよ、その裏に潜む何者かにせよ、何か目的があってディーディーのことを騙そうとしている可能性ね。ただし、正直これはあまり考えなくていいと思うの。サリウティーヌのバイタルを逐一チェックしていたけど、嘘を吐いている様子はなかったし、ディーディーと接近してすぐ、脳波に乱れがあったことは確認済みよ。それに心拍数や血圧も上昇していたわね。言葉や表情なら騙せても、肉体の反応までは誤魔化せないはずだから」
「ふむ。だとすればその線は外してもよさそうか。それ以外は?」

 俺がそう問いかけた途端、ふたりの間に沈黙が落ちる。
 そして一瞬の間をおき、ウーラは重々しく口を開いていた。

「わずかな可能性まで挙げていたらキリがないので、大雑把に考えられることだけに絞るけど、あともうひとつだけ可能性が考えられるわ。私自身あまり神の存在を信じていなかったけれど、現在は完全に否定できなくなっているの。ディーディー、それはあなたがアグラだという可能性よ」

 そんなウーラの言葉に俺ははっと息を呑む。
 まったく考えなかったわけではないが、さすがにあり得ないと、とうの昔に考慮のうちから外していた可能性だ。

「そんなまさか」
「でも、そう考えると辻褄が合うことが多くない? 我々がどうやってこの星に転移したのか? 何故、会ったばかりのあなたとラァラさんが急に惹かれ合ったのか? そして、どうして地球人であるあなたがアグラのような強力なオドの持ち主だったのか?」
「は? ウーラはイシュテオールという神がこれを仕組んでいると言いたいのか?」
「古い文献があまり残されていないので確実なことは何も言えないけれど、アグラがこの世界の表舞台から退場して、ざっと700年程度が経過しているものと推測できるの。通常の生物だったらとっくの昔に死滅していなければおかしいはずよ。だというのに、ラァラさんはこの世界のどこかにアグラが存在していることを感知しているみたいだったじゃない。それが本当なら、アグラとは代替わりするものだと考えられやしないかしら?」
「神という超常的な存在が選んだ相手なんだ。不老不死とまでは言わなくても、長寿を与えられている可能性ならあるだろ?」
「ええ、そうね。だけど、我々の身に起きた一連の出来事から何となく作為的な印象を受けているのよ。もしイシュテオールという神が本当に実在していて、何らかの意図があってあなたのことをアグラに選び、この星に呼び寄せたのだとすればどう?」 
「仮にそうだとすれば、アグラである俺がすぐ目の前に居るのに、ラァラは気付かなかったってことになるだろ。そんなふうに誰がアグラなのかはまったく見当も付かない状態だったとしたら、その昔多くの人間の信仰を集めていたっていうのは不自然だと思うが」
「ある日突然、イシュテオールから神託のような形で告げられるのかも知れないし、本当に限られたごく一部の人間だけ気付くことができるということなのかも知れない。700年も経っていれば、ラァラさんがそのことを知らなくても無理はないわ。イオスがアグランソルだと勘違いされたことにしてもそうだし、誰の目にも最初から一目瞭然という形ではないんじゃないのかしら?」
「ふむ、なくはないな。だが、一体全体どういう理由で俺を選ぶんだよ。犯罪者扱いをされて、こそこそ逃げ回っていたこの俺をだぞ。しかも目的すら告げずにいきなり見ず知らずの世界に放り出すのは、いくらなんでも行動が支離滅裂過ぎやしないか?」
「可能性の話をしただけよ。あくまで状況的にそれなら説明が付くことが多いというだけ。少しでも証明に繋がりそうなポイントは今のところ何もないし、これが正解だなんてことは私も言っていないわ」
「うーん。少しだけウーラの言っていることにも頷ける部分はあるが、最後の可能性はちょっとどうなんだろうな? まあ、俺の気持ち的に受け入れ難いってのもあるが」

 ラァラの話や逸話を聞いたことにより、ただでさえ俺はイシュテオールという神にあまりいい印象を抱いていない。
 そんな存在に選ばれたと言われても、正直迷惑なだけだ。
 まあ、それ以前の話でこの話が神話の類いに過ぎず、イシュテオールという神が存在することに俺はまだ懐疑的だったが。

「ローラ、お前の意見はどうだ?」

 ドールの学習型AIや宇宙船の人工頭脳と一概に言っても、すべての個体が同じ考え方をするわけではない。
 思考や行動があまり均一化しないように、性格設定やそれまでに体験したことが影響を及ぼし、微妙な違いが生まれるように設計されているからだ。

「そうね。不自然さがまったくないわけではないけど、結局のところオドから個人の特定は難しそうな感じだったでしょ。だったら何も問題ないっていうのが私の意見ね」
「それはそうだが、何故そうなっているのかが気にならないか?」
「動物の雌が強い雄に惹かれることに意味があるのだとすれば、それは遺伝子的な種としての生殖本能よ。それが色や形だったり、匂いだったりする場合もあるけど、私はそこに深い意味を求めても仕方ないと思うのよね。元々の妖精の性質にしても生殖本能である可能性が高いように思えるし。それに同種ではなく近縁種に求愛行動を起こしていることについても、種分化(*1)を促す要素だとみなせばけっしてあり得ない話ではないわ」
「ローラはこれが単なる偶然だと?」
「いいえ、そうじゃないの。そこを気にしても仕方がないってだけ。単なる偶然なのかも知れないし、そうじゃないのかも知れない。ただ、それがわかったとしても何らのか対処法があるとは思えないのよね。だったら気にするだけ無駄ってことよ」
「無駄か……。確かにそれはそうかも知れんな」

 ゲートリングを使ったワープ航法でも距離的な限界はある。
 仮に俺たちがこの星に転移してきたことが作為的なものだとすれば、そんなことが可能なのはそれこそ神かそれに近い存在だけだろう。
 そんな相手には何の対処法もないというローラの言葉には頷かざるを得ない。むろんその結果が俺にとって悪い運命を運んでくるというなら、何が何でも足掻くつもりでいるが。
 ただし現時点では何もわかっていない状況。それなのに今からそんなことを気にしていても仕方がない。

「で、どうする? 半妖精族には何か別の仕事を与えて、ディーディーから遠ざけることもできるけど?」
「いや、いい。今はまだ何とも言えない状況なんだ。気にするだけ無駄だというローラの意見のほうが正しい気がする」
「わかったわ。これといった変更点はなしという形で、このまま計画を進めるわね」

 ウーラの言葉に俺は黙って頷く。
 俺たちが何故この星に転移したのかを解明するのは重要なことだったが、俺がアグラに選ばれたなどというのは軽々けいけいには信じられない話で、俺としてはどうにも釈然としなかった。
 半妖精族のオドの話が思いもよらぬ方向に向かってしまったが、現時点では頭の片隅に留めておくだけで充分だろう。
 そのあと半妖精族の様子を見に行かせるためにウーラのことを一旦部屋から下がらせた俺はソファに深く腰を沈め、ひとりそんな物思いに耽っていた。

 ◇

「ご領主であらせられるディーディー様のご臨席です。一同、叩頭こうとうしてご領主様をお迎えしなさい」

 翌日、屋敷内の大広間で俺のことを待っていた亜人たちが床に頭を擦り付けんばかりに平身低頭の姿勢で跪いていた。
 そして代わる代わる少しだけ顔を上げては、自分の種族と氏名を名乗ってくる亜人たち。
 が、そんな中にもキョトンと俺の顔を見つめ、頭を下げることをすっかり忘れている様子のふたつの可愛らしい顔が見える。

「ディーディー……様?」
「久しぶりだな。レミ、プッチ。元気だったか?」
「えっ……。あっ、はい」

 そんなやり取りを耳にしたからか、頭を下げたままふたりの様子を横目にちらりと見たマルカ。そしてすかさずレミたちの背中に手を回すと、小さな頭をそれとなく下げさせようとしていた。
 といっても、俺と以前ジェネットの町で出会っていることにマルカたちが気付いていないわけではなさそうな感じ。
 マルカとシリィが頭を下げる直前、一瞬だけビックリしたような表情を浮かべていたからだ。
 ただ、ほかの亜人たちは俺の顔にまるで見覚えがなかったらしく、何が起きているのかまるでわかっていない様子だった。

 と、そんな雰囲気を察したらしいアケイオスが横合いから口を挟んでくる。

「白狼族の者たち以外は何のことなのかわからないとは思うが、先日の折、若様とその妹君であられるローラ様は、ジェネットの町にて白狼族と会われているのだ。そうだな、マルカ?」
「は、はい。我ら白狼族がジェネットの町に避難している最中、レミとプッチが集団からはぐれしまい、子供ふたりで途方に暮れていたそうです。そのときディーディー様……いえ、ご領主様と偶然にもお会いし、過分にもジェネットの町まで送り届けていただいたとレミから聞き及んでおります」
「そ、その……、ご領主様、御自らの手でございますか?」
「うむ。若様の放蕩癖には護衛する我々もほとほと困っておってな。たまにふらふらと領外へお出かけになられることがあるのだ。その際にレミたち姉弟と偶然お会いになられたらしくてな」
「イオスが心配し過ぎなだけだ。領主とは名ばかりで、実際には僻地に隠れ住む、いくつかの部族を率いる長という立場に過ぎないのだからな。それに父上がいまだご健在である以上、俺の身に万が一のことが起きたとしてもたいした問題にはなるまい」
「若様、お戯れを」
「ふんっ。父上がこんなにも早く楽隠居を決め込まねば、俺だってもっと自由に行動することができたはずだからな。息抜きに少しぐらいは自分の自由に行動させてもらうさ」

 あらかじめ決めておいた作り話だ。
 俺が領主だと名乗れば、何故領主であるこの俺があんな場所に居たのか疑われるだけだろう。それにこの若い見た目だって不審に思われる可能性はある。
 そのため実際には存在しない父親が早々に隠居したせいで、俺にお鉢が回ってきたというふうに装っているという次第だった。

「こほん。とにかく、そういうわけでお前たちがどういう状況だったのか若様もよく知っておられる。早い話、お前たちの窮状を見兼ねた若様のご命令により、お前たちのことを手助けしていたというのが本当のところだ」
「さ、左様でございましたか」
「いささか騙す形になってしまったのは申し訳ないが、何か良からぬ算段があってこんなことをしたわけではないぞ。あの場面で人間である若様がお前たちに救いの手を伸ばされてもなかなか信用できぬはずだと仰られ、ご自身の代わりに私を遣わされただけのことだ」
「いえ。ご領主様やイオス様のことを疑う気など露ほどもありませんので……。行き場を失くしていた我ら亜人には感謝の念しかございません。このご恩に報いるためにも、身を粉にして働きたい所存にございます」

 少しだけ弁解じみたイオスの言葉を聞き、亜人を代表してラプラールがそう答える。
 むろん立場的にそう答えるしかなかっただろうが、けっして嘘や誤魔化しからそう答えている感じには見受けられない。
 俺たちがマトゥーサ人であることを匂わせる少々強引な作り話にもそれほど疑問を持った様子はなく、何故この場にレミとプッチまで呼ばれたのかも含めて、ラプラール本人は充分に納得をした様子だった。

「そうか。その感謝の気持ちは今後の働きで少しずつ返せばいい。だが、ラングルやジーナの言いつけを聞かぬ者、仲間同士で諍いを起こすような者はすぐにこのエルシオンから追放する。お前たちもそのことだけは肝に銘じておいてくれ」
「はっ。すべて仰せのとおりに致します」

 その言葉と同時に深々と頭を下げ始める亜人たち。
 そんな亜人たちを見下ろしながらも、俺はまだ少しだけアグラの話が気になっていた。



 *1 新しい種が生まれるための進化のプロセスのひとつ。
 
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