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4 子どもたち
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内出光は悪い子だった。
お転婆娘の称号は幼稚園に入る頃には既に付けられていて、男子顔負けの暴れん坊っぷりを発揮していた。
ただ、それが活発とか元気という言葉に置き換えられればよかったが、彼女の場合は肯定的に評されていたのではない。
一言で表せば乱暴で、自分の思いどおりにならないと喚き散らし、人や物に関係なく八つ当たりする癇癪持ちだった。
しかも、よその子の玩具をひったくる、物を投げつけて壊す、というのはまだかわいいほうで、他人の家にお邪魔した際にはこっそりと――時には堂々と――ものを持ち帰るという、感心できない癖もあった。
それが中学1年生になった今でも治っていないのだから、周囲も手を焼いている。
親の躾がなっていないのは言うまでもなく、勇敢な常識人は顔を見てやるついでに親に苦言を呈する。
だがなにしろ、そういう躾をしてきた親である。
注意や苦情を素直に聞き入れるハズがなく、うちの子は何も悪いことはしていない、他人様の教育方針に口を出すなと言って取り合わない。
結局、まともな者は彼女たちを腫れ物扱いし、そのお陰で光も自由きままに振る舞うことができた。
彼女には親しい友人が2人いるが、これは悪友と呼ぶべきだろう。
実際、監視役や実行役に分かれての万引きは何度もやっているし、学校ではトイレに隠れての喫煙も常習だ。
およそこの年齢で手軽にできそうな悪事はほぼ経験しているが、そこはやはりまだまだ子ども。
外に出れば体を動かして遊びたいさかりだ。
この日も友人の相田、笹原の2人を伴って公園にやって来ていた。
いつもならゲームセンターかカラオケにでも入り浸るところだが、あいにく持ち合わせがない。
たまたま誰かが置き忘れた大きなボールが花壇の奥に投げ込まれていたので、それを拾ってきてバレーボールをして遊ぶことになった。
勉強嫌いは往々にして運動好きになるものらしい。
遅刻の常習犯である光も、体育の授業がある日だけは別で、まるで別人のように溌溂となる。
「二組の柴田って根暗じゃん? あいつ、友だちいんの?」
「いるワケねえよ。同じ小学校だったけど、休み時間ごとに図書室行ってたし」
「マジで? ウザいわ、それ。あたしなら恥ずくて死ぬレベル!」
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、相田も笹原も品性は内出光とそうは変わらなかった。
「でもさ、そういう奴って金だけは持ってるんだよな」
「そう! 遣い方が分かってねえの。だから貯め込んでる」
「うちらに分けてくれりゃ、もっと有効に遣ってやるのにさ」
色恋沙汰とは無縁の3人は、享楽的でそして厭世的だ。
その日を楽しく過ごせればそれでよい。
明日、明後日、一年後……そんな先のことを思慮する必要はない。
このバレーボールのラリーのように、次の瞬間にはどこに飛んでいくか分からない人生でも、彼女たちが不安に思うことはなかった。
いつも最後には大人がどうにかしてくれるからだ。
だから光は好きなことを好きなようにできた。
テストの点が一ケタでも危機感はない。
それで困ることはなかったし、親も無理に勉強する必要はないと言ってくれる。
「あ、やっちまった」
手元が狂って光がボールを受け止め損ねた。
空気が抜けかけて少しいびつになったボールが、砂を弾きながら跳ねていく。
あやうく道路に飛び出しそうになるのを彼女はなんとか捕まえた。
「ヤバい! 光、それ隠せ!」
笹原が茂みを示して言った。
柵の向こうに警官の姿が見えた。
ボールの使用が禁止されていることは知っているため、いらぬ指導を受けないためだ。
遅れてそれに気付いた光は背中に回してボールを隠す。
足早にやって来た警官は3人には目もくれず、入り口で待っていた老人と何やら話をしている。
距離があるため会話の内容は聞き取れなかったが、表情や仕草から切迫していることが分かった。
光はそっと警官の視界から離れた。
「なんでポリが来てんだ?」
しかもこんな昼間から、と相田は不服そうに言った。
「ただの巡回だろ」
光は自分を安心させるつもりでそう呟いた。
もちろん巡回でないことは明らかだ。
あの老人がゴミ拾いをしているのは何度か見かけているから、警官が来た理由は公園絡みだと分かる。
そうなると彼女にとっては少々まずい。
今のうちにどこかへ行ってしまおうか、と光が思った時だった。
老人と一緒に警官が反対側に歩いていく。
「なんか白けた。ファミレスでも行くか?」
「バカ、金がねえよ」
「じゃあ、どうするよ? 光……?」
光は相田にボールを預けると、一定の距離を保って警官の後を追いかけた。
彼らはそれに気付いていない。
「おい、光。なにやってんだ?」
笹原が呼び止めるが、彼女は無視して歩いていく。
老人が茂みを指差し、警官が覗き込む。
光の立っている場所からでは何があるのかは見えない。
だが妙に物々しい雰囲気から、どうなっているかは想像できた。
こういう時は首を突っ込むべきではない。
余計なことをして怪しまれ、無用の嫌疑をかけられてしまう。
他にも遊んでいる子が何人かいたから、光は彼らに混ざるようにして位置を変え、別の角度から2人が見ているものを見ていた。
そうしているうちに、さらに数名の警官がやって来た。
入口近くにいた相田と笹原はさすがにギョッとして、咄嗟に背を向けた。
2人とも数えきれないくらいに万引きを働いていて、ついにバレたかと思った。
しかし警官たちは例の茂みの辺りに集まり、何事かを囁き合っている。
「関係ないと思うけどヤバいぜ」
笹原が言った。
どうやら彼らは別の件で駆けつけてきたらしいと分かったが、笹原たちの存在に気付かれれば、ついでに補導されるかもしれない。
「光を呼んでこよう」
相田が自身も目立たないようにしながら、光の元に駆け寄る。
「見つかったら面倒だ」
「大丈夫だって。みんなあっち向いてるだろ?」
光は右に左に、立ち位置を微妙に変えながら観察を続けた。
応援が来たあたりから、さすがに他の子たちも何事かと遊ぶ手を止めている。
この中で棒立ちになっていても、よほど奇抜な格好でなければ目立たない。
「そりゃそうだけどさ……」
と渋る相田をよそに、光はじっとやりとりを眺めている。
連絡を受けた市の衛生局員が、金属製の箱を持って来た。
「ちょっと離れて」
徐々に包囲網を狭めていた子どもたちを押しのけ、問題の茂みの前にシートを広げる。
警官に目配せしてから、それをゆっくりと引きずり出した。
頭部と胴体をできるだけ離さないように動かしたのは、局員のせめてもの配慮だったのだろう。
しかし姿勢を崩せばそのふたつは、あるハズのない距離を隔てて向かい合う。
「これはひどいな……」
局員の呟きは後ろにいた子どもにも聞こえた。
猫とはいえ惨殺された死骸である。
それを見せまいと警官たちは目隠しするように立ちはだかった。
が、その一瞬の間を縫って内出光は見た。
警官の足の隙間から覗いた、首を切断された猫。
血液は凝固していて、赤とも黒ともつかない液体が切断面を覆っている。
視力の良い光にはそこまで見てとれた。
頭部は後ろに向けていたので、どんな顔だったのかまでは分からなかったが、それは彼女にはどうでもいいことだった。
「な、もういいだろ? そろそろ行こうぜ」
相田に肩を叩かれ、光は思い出したように振り返った。
光は笑っていた。
お転婆娘の称号は幼稚園に入る頃には既に付けられていて、男子顔負けの暴れん坊っぷりを発揮していた。
ただ、それが活発とか元気という言葉に置き換えられればよかったが、彼女の場合は肯定的に評されていたのではない。
一言で表せば乱暴で、自分の思いどおりにならないと喚き散らし、人や物に関係なく八つ当たりする癇癪持ちだった。
しかも、よその子の玩具をひったくる、物を投げつけて壊す、というのはまだかわいいほうで、他人の家にお邪魔した際にはこっそりと――時には堂々と――ものを持ち帰るという、感心できない癖もあった。
それが中学1年生になった今でも治っていないのだから、周囲も手を焼いている。
親の躾がなっていないのは言うまでもなく、勇敢な常識人は顔を見てやるついでに親に苦言を呈する。
だがなにしろ、そういう躾をしてきた親である。
注意や苦情を素直に聞き入れるハズがなく、うちの子は何も悪いことはしていない、他人様の教育方針に口を出すなと言って取り合わない。
結局、まともな者は彼女たちを腫れ物扱いし、そのお陰で光も自由きままに振る舞うことができた。
彼女には親しい友人が2人いるが、これは悪友と呼ぶべきだろう。
実際、監視役や実行役に分かれての万引きは何度もやっているし、学校ではトイレに隠れての喫煙も常習だ。
およそこの年齢で手軽にできそうな悪事はほぼ経験しているが、そこはやはりまだまだ子ども。
外に出れば体を動かして遊びたいさかりだ。
この日も友人の相田、笹原の2人を伴って公園にやって来ていた。
いつもならゲームセンターかカラオケにでも入り浸るところだが、あいにく持ち合わせがない。
たまたま誰かが置き忘れた大きなボールが花壇の奥に投げ込まれていたので、それを拾ってきてバレーボールをして遊ぶことになった。
勉強嫌いは往々にして運動好きになるものらしい。
遅刻の常習犯である光も、体育の授業がある日だけは別で、まるで別人のように溌溂となる。
「二組の柴田って根暗じゃん? あいつ、友だちいんの?」
「いるワケねえよ。同じ小学校だったけど、休み時間ごとに図書室行ってたし」
「マジで? ウザいわ、それ。あたしなら恥ずくて死ぬレベル!」
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、相田も笹原も品性は内出光とそうは変わらなかった。
「でもさ、そういう奴って金だけは持ってるんだよな」
「そう! 遣い方が分かってねえの。だから貯め込んでる」
「うちらに分けてくれりゃ、もっと有効に遣ってやるのにさ」
色恋沙汰とは無縁の3人は、享楽的でそして厭世的だ。
その日を楽しく過ごせればそれでよい。
明日、明後日、一年後……そんな先のことを思慮する必要はない。
このバレーボールのラリーのように、次の瞬間にはどこに飛んでいくか分からない人生でも、彼女たちが不安に思うことはなかった。
いつも最後には大人がどうにかしてくれるからだ。
だから光は好きなことを好きなようにできた。
テストの点が一ケタでも危機感はない。
それで困ることはなかったし、親も無理に勉強する必要はないと言ってくれる。
「あ、やっちまった」
手元が狂って光がボールを受け止め損ねた。
空気が抜けかけて少しいびつになったボールが、砂を弾きながら跳ねていく。
あやうく道路に飛び出しそうになるのを彼女はなんとか捕まえた。
「ヤバい! 光、それ隠せ!」
笹原が茂みを示して言った。
柵の向こうに警官の姿が見えた。
ボールの使用が禁止されていることは知っているため、いらぬ指導を受けないためだ。
遅れてそれに気付いた光は背中に回してボールを隠す。
足早にやって来た警官は3人には目もくれず、入り口で待っていた老人と何やら話をしている。
距離があるため会話の内容は聞き取れなかったが、表情や仕草から切迫していることが分かった。
光はそっと警官の視界から離れた。
「なんでポリが来てんだ?」
しかもこんな昼間から、と相田は不服そうに言った。
「ただの巡回だろ」
光は自分を安心させるつもりでそう呟いた。
もちろん巡回でないことは明らかだ。
あの老人がゴミ拾いをしているのは何度か見かけているから、警官が来た理由は公園絡みだと分かる。
そうなると彼女にとっては少々まずい。
今のうちにどこかへ行ってしまおうか、と光が思った時だった。
老人と一緒に警官が反対側に歩いていく。
「なんか白けた。ファミレスでも行くか?」
「バカ、金がねえよ」
「じゃあ、どうするよ? 光……?」
光は相田にボールを預けると、一定の距離を保って警官の後を追いかけた。
彼らはそれに気付いていない。
「おい、光。なにやってんだ?」
笹原が呼び止めるが、彼女は無視して歩いていく。
老人が茂みを指差し、警官が覗き込む。
光の立っている場所からでは何があるのかは見えない。
だが妙に物々しい雰囲気から、どうなっているかは想像できた。
こういう時は首を突っ込むべきではない。
余計なことをして怪しまれ、無用の嫌疑をかけられてしまう。
他にも遊んでいる子が何人かいたから、光は彼らに混ざるようにして位置を変え、別の角度から2人が見ているものを見ていた。
そうしているうちに、さらに数名の警官がやって来た。
入口近くにいた相田と笹原はさすがにギョッとして、咄嗟に背を向けた。
2人とも数えきれないくらいに万引きを働いていて、ついにバレたかと思った。
しかし警官たちは例の茂みの辺りに集まり、何事かを囁き合っている。
「関係ないと思うけどヤバいぜ」
笹原が言った。
どうやら彼らは別の件で駆けつけてきたらしいと分かったが、笹原たちの存在に気付かれれば、ついでに補導されるかもしれない。
「光を呼んでこよう」
相田が自身も目立たないようにしながら、光の元に駆け寄る。
「見つかったら面倒だ」
「大丈夫だって。みんなあっち向いてるだろ?」
光は右に左に、立ち位置を微妙に変えながら観察を続けた。
応援が来たあたりから、さすがに他の子たちも何事かと遊ぶ手を止めている。
この中で棒立ちになっていても、よほど奇抜な格好でなければ目立たない。
「そりゃそうだけどさ……」
と渋る相田をよそに、光はじっとやりとりを眺めている。
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「ちょっと離れて」
徐々に包囲網を狭めていた子どもたちを押しのけ、問題の茂みの前にシートを広げる。
警官に目配せしてから、それをゆっくりと引きずり出した。
頭部と胴体をできるだけ離さないように動かしたのは、局員のせめてもの配慮だったのだろう。
しかし姿勢を崩せばそのふたつは、あるハズのない距離を隔てて向かい合う。
「これはひどいな……」
局員の呟きは後ろにいた子どもにも聞こえた。
猫とはいえ惨殺された死骸である。
それを見せまいと警官たちは目隠しするように立ちはだかった。
が、その一瞬の間を縫って内出光は見た。
警官の足の隙間から覗いた、首を切断された猫。
血液は凝固していて、赤とも黒ともつかない液体が切断面を覆っている。
視力の良い光にはそこまで見てとれた。
頭部は後ろに向けていたので、どんな顔だったのかまでは分からなかったが、それは彼女にはどうでもいいことだった。
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