君と笑った

もしかしてポコ

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第九話

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最後に見たもの

 
蓮がいなくなって、一週間が経った。

連絡はなかった。

手紙も、電話も、SNSの通知も、何もこなかった。

だけど、彼の気配はどこにでもあった。

机の影、図書室の空気、下駄箱の埃、放課後の残響の中。

ふとした瞬間に、呼吸の中に彼の温度が混じっているような錯覚すらあった。

 

私は、生きていた。

彼が望んだように、授業を受けて、食事をして、夜になったら眠る。

でも、私の中は空っぽだった。

生きている実感も、意味も、ただ彼が残した言葉だけが、私をかろうじて縛っていた。

「君は、生きて」

その一言が、私の中に唯一残された命綱だった。

 

日常は、表面だけ続いていた。

笑うふりも、聞くふりも、答えるふりも覚えた。

だけど誰の言葉も届かない。教室の音が、何層もの膜を通したようにぼやけていた。

私はここにいるけど、もうここにはいなかった。

 

ある日、警察が学校に来た。

呼び出された応接室。

刑事の無機質な視線と、机に置かれた封筒。

「蓮くんの件で、少しだけ話を」

私は頷いた。返事の声が、自分のものとは思えなかった。

差し出された封筒の中には、供述書と証拠のリスト。

現場の写真、所持品、監視カメラ映像、偽名で送られた匿名文書。

すべてが、蓮が自分一人の犯行に仕立てた“偽りの物語”だった。

「君の名前はどこにも出てきません。彼がすべて、自分の責任だと述べています」

私は読みながら、喉がひりついた。

怒りも、悲しみも湧かなかった。ただ、体温だけが急速に下がっていった。

「……彼は、今」

「少年鑑別所にいます。まだ正式な処分は決まっていません」

“保護”という言葉が、あまりにも無機質に響いた。

私は頭を下げ、何も答えずに部屋を出た。

 

その帰り道、私は彼と過ごした場所を辿った。

川沿いの遊歩道。バス停の裏。屋上の鍵のかかった扉の前。

どこにも蓮はいなかった。けれど、どこにも彼はいた。

風の匂いに、木々のざわめきに、足音の余韻に。

目を閉じると、すぐそこに彼の姿が見える気がした。

 

夜、私は夢を見た。

放課後の教室、逆光の窓際に立つ蓮。

彼は何も言わず、ただこちらを見ていた。

私は歩き出し、手を伸ばした。

その指先が、彼の頬に触れそうになった瞬間――

彼の姿が、光の中に消えていった。

目が覚めると、枕が濡れていた。

涙の跡は、自分でも気づかないうちに残されたものだった。

 

翌朝、私は久しぶりに鏡を見た。

やつれた顔がそこにあった。でも、逃げていない瞳があった。

私はまだ壊れていなかった。蓮がそうさせなかった。

蓮が残してくれたものは、共犯の記憶なんかじゃない。

それは、ただひとつ、“人とつながっていた時間”だった。

 

――蓮は、私の中にいる。

もう会えなくても、名前を呼べなくても、それでも彼は私の中で息をしている。

だから私は、生きる。壊れたままでも。蓮が笑ってくれたあの日を、私の中に守るために。
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