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1.チェリーのコンポート

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“今日未明、○○区の路地裏にて男性の遺体が発見されました。第一発見者の証言によると男性は口から血を流しておりーー”

僕ーー 千堂唯斗せんどう ゆいとはその朝もいつもと同じようにダイニングテーブルの席に着き、何気なくニュースを眺めていた。すると目の前にトーストが乗った皿が置かれる。

「どうぞ」
「ありがとう、いい匂い。いただきます」

デニッシュ生地のトーストに かじり付くとサクッとした軽い歯触りの後で中から絹のような柔らい生地が現れる。僕が毎朝食べるのは決まって厚めに切ったトーストだ。バターを乗せて焼いたものに蜂蜜かジャムを塗るのが定番だった。
同居人の 皆川薫みながわ かおるが昨日大量にダークチェリーを買ってきてコンポートを作ってくれたので、今日はそれがたっぷり乗せられている。

「すごく美味しい。やっぱりコンポートは薫の手作りが一番だね」
「嬉しいな。その顔が見たくてこの季節になるとさくらんぼをつい大量に買ってしまうんだよ」

果肉の食感とキルシュの風味に僕は舌鼓を打った。市販品ではこうはいかない。

“ーー関係者によると今回の殺人は先月までのフォークが被害者となる連続殺人事件と手口が似通っており、それらの関連も含めて捜査が行われる見込みです。それでは次にスポーツですーー”

不穏な報道に眉をひそめながら僕は言う。

「またフォークが殺されたんだ。ケーキが被害に遭うのは昔よくあったけど……フォークが狙われてるなんておかしな時代になったね」
「うん、珍しいよね」

薫はあまり興味が無さそうな様子だ。

「あ! わかった。もしかして、昔襲われたケーキの家族がフォークを恨んで犯行に及んだとか?」
「ああ……確かに。でもそんなに何人からも襲われるケーキがいる?」
「うーんそれもそっかぁ。まぁ、ケーキにしろフォークにしろどっちかになっちゃったら大変だよなぁ。しかもこの現場って僕の通ってた高校の近くだよ」

薫は向かいで同意するように頷いてコーヒーを口に運んだ。そして思い出したように言う。

「ねえ、唯斗。それより今日は天気が良さそうだから散歩に行かない?」
「え、いいの? 行きたい」
「じゃあ片付けて掃除したら出掛けよう」
「うん!」

ここ二十数年間のうちに、国内およびアジアの一部地域において特殊な症状を訴える患者の報告が相次いでいた。
その症状には二種類あり、一つは通称”フォーク症”と呼ばれている。
この症状が出ると、なんの前触れもなく味覚を失ってしまう。検査をしても原因は不明だ。ただ、食べることが出来なくなるわけではないため、飢え死にしたりはしない。味覚以外の身体能力にも異常はない。

そしてもう一つは”ケーキ症”と呼ばれるものだ。こちらは本人にはなんの自覚症状も無く、先天的にその性質を有する。問題はフォークの人間にとって、ケーキの肉体が文字通り「美味」である点だった。

フォークは匂い等からケーキの存在に気がつくことができるという。逆に、ケーキからは相手がフォークかどうかはおろか、自分がケーキなのかすらわからない。
幼少期に味覚を失ったフォークはそこまでの執着をみせないが、成人後にフォークの症状が出た者は特に、甘美なケーキの肉体を捕食することを求める傾向が強い。

そんなわけで、ケーキの人間を見つけたフォークによる拉致・監禁事件が一時期頻繁に報道されていた。
それでもこれらの症状の認知度が高まるに従い、法も整備されてきた。現在ではあらゆる方法でケーキの人間は保護され、被害に遭うことは滅多に無くなっていた。

マンション附近の遊歩道を歩きながら僕はさっきの続きを考えていた。

「ケーキの人が襲われるなんてニュース、昔のように頻繁に聞かなくなったよね。だけど世の中にフォーク症の人がいなくなったわけじゃないんだもんね」

僕の言葉に薫が眉根を寄せる。
 
「唯斗、また今朝の事件の話?」
「うん。だって、隣の区だよ。そんな距離で何度もフォークが殺されているって事でしょ?」

僕が朝の話を未だに引きずっているので薫は少しうんざりしているようだ。

「それはそうだけどね。でも俺たちには関係ないだろう?」
「うん……ま、すれ違ってもどうせ僕たちにはわからないしね」

薫が立ち止まって僕に尋ねる。

「フォークが怖い?」
「え? うーん……怖い、のかな? フォークがっていうよりこの連続殺人が怖いっていうか……」 

僕も立ち止まる。数歩離れた所にいた薫が歩み寄ってきて僕の両肩を掴んだ。背の高い彼が屈んで僕の顔を覗き込む。

「唯斗……もっと安心できる場所に引っ越そうか」
「え? いや、ここが特別治安が悪いわけでもないでしょ。別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
「いや、少しでも唯斗が不安になるような場所に住んでいられない。物件探しておく」

そう言うと薫はまたしっかりした足取りで歩き始めた。

「あ、待ってよ」

僕も慌ててついて行く。
薫はとても頼りになる同居人であり恋人だけど、こうやってたまに突っ走る事がある。
それは全て僕を心配してのことなんだけど……。
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