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ドイツ第三帝国 1939年 年末
しおりを挟む良いこと、嬉しいこと、誇らしいことは幾度となく、事ある度に聞きたくなるものだ。生命体としての人間としては素直な反応でしょう。しかし、政治家としての人間は、悪いこと、憎いこと、恥ずべきことに向き合い、その対処を行うことが迫られることが多くあり、それらを御してこそ己が実力を示すことができる。
ヒトラーの目の前には、自身の手腕による陰陽が結果としてもたらされた極秘の情報がもたらされた。もや着いた心を慰めるために、本来であれば煙草や、珈琲を求めたいはずだが、どうも今はそんな気持ちにはならなかった。
東部戦線はポーランド降伏によって消失。天候不順によってままならなかったマジノ線迂回作戦。陸上戦力に注力しすぎたあまりおろそかになった、海軍の空洞化。どの原因が、どのように働いたのかはわからない。ただ、天候はわれらの味方ではなかった。それだけは間違いないだろう。
ベネルクス相互援助条約の批准が行われる。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクが戦時体制に移行し、不足する装備分はアメリカの援助を受けて提供される。イギリスとフランスは三国に対して、独立を保障し、我々を含む何者からの戦争状態になった場合、連合国に加盟し共同で戦争を遂行する。それらを、明記した条約が発効される。
モンロー主義は一体どこに行ったのか。自らの大陸に固執していればいいのもを…!歯ぎしりをしたい気持ちを落ち着け、大きく息を吸い込む。しかし、現状我々に打てる手立てはない。ベネルクス各国には、我らに近しい政党の台頭は確かにあった。しかし、正常な民意によって退けられてしまっている。
発行以前からベネルクス方面では、軍隊の展開が行われており、その動きを察して内情を探ればこんな感じだ。今は大丈夫であるが、ベネルクスに宣戦しても、宣戦を破れずに航空基地を利用された場合我々の上空が危険にさらされる可能が否定しきれなくなる。
しかし朗報もある。デンマークが旧領の変換に合意し、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンが我々に共同する事実を明らかにしたのだ。これは、バルト海が内海になることを示している。
そして、ドイツ・イタリア・スロバキア・ハンガリー・ルーマニア・デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの七か国共通貨幣を定めることで、一つの経済圏の模索が始まっている。早ければ来年中には発行が開始されることだろう。それに合わせ、各規格の統一も進められる。電圧の調整や設計の単位の統一などである。
これら二つの事柄が、この戦争に与える影響は計り知れない。これからの結果は将来の歴史家の仕事だ。我々は…いや、私は信じた道を突き進むだけだ。
仕事を終わらせ、執務室を出たヒトラーはドイツ国防軍の参謀本部、悪魔の巣窟に足を運んだ。幾つもの部屋からは怒号にも似た大声が響いてくる。それらの横を通り過ぎ、ベネルクス方面軍指令室と書かれた部屋に、ノックすることなく入室する。その部屋は、今までとは打って変わり、異様な静けさが支配していた。
部屋のトップが部下に与えうる多大な影響を、客観的に評価する。扉を閉める音に部屋中の人間が、入室者に気づき手を止め、直立し敬礼する。
「ロンメルはいるか?」
「ロンメル将軍は現在ベネルクス視察に向かわれ、期間は4日後となっております」
一人がそう伝える。そして、その人間が茶封筒を抱え、ヒトラーの前に歩み寄り、手渡す。
「ロンメル将軍は自分が不在の時に、総統がおいでになった場合はこちらを渡すようにと、言伝されておりましたので、こちらをお渡しします。内容の説明は、期間後行わせていただくとのことです」
「わかった。確かに受け取った。邪魔した」
そういって、踵を返す。
参謀本部にも設置されている、自室に入り渡された茶封筒を開けるとそこから、更に茶封筒と赤い封筒が一つづつ現れる。茶封筒には「マジノ線迂回修正」と書かれ、赤い封筒には何も書かれていなかった。当り前だ、赤い封筒は最重要な軍機を示す封筒だ。内容を外からだけでも悟られてはいけない。
念入りに糊付けされた口を敢えて雑に開ける。そして、そこに書かれていた内容は、実に興味深いものであった。
”Die Festung schleifen (要塞の研磨)”と表記された作戦。その準備は十全であったと。そしてそこにはこの作戦を行う指揮官と部隊が記述されてあった。目を通すたびに思わされる、自分とは違う才を持った人間の思考の読めなさは異様に説得力を生む。理解できないゆえの現象だ。
最後の一枚には、配置転換指令書がしっかりと挟み込まれているあたり、抜け目ない。しかし、今回は目を通すにとどめ、やつが返ってきてから、書き込もうと決め、ヒトラーは帰路についた。
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