世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃

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ドイツ第三帝国 1939年 クリスマス

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 ドイツ第三帝国とポーランドの戦争は、ひと月たたずに終息をを迎えた。前時代的な塹壕と騎兵を用いたポーランド軍は、小銃をはじき返す戦車と近接航空支援によって瞬く間に前線が崩壊し、武装解除という形で降伏をドイツ第三帝国に通達した。

東部戦線が喪失したドイツ第三帝国の攻勢が始まると推察した英仏連合は、マジノ線およびアルパイン線に戦力を集中させ、防衛を固めた。しかし、ポーランド降伏後、二か月が経とうとしている現在において目立った動きがなく、西部戦線は不気味な静けさが訪れていた。



先の戦争において、「クリスマス」はいわば、戦争加担者の無計画・無思慮が詰まった逸話を作り出す。いったい誰だったのか?先の大戦を、クリスマスまでに終わると思っていた人間は…?

戦争指導者がその程度の認識であったならば、直ちにでも処刑しなければならない。ならば国民か…?それであるならば、国民の、世論の流れを作れない政治家を追い出す必要がある。そのどちらにおいても欠如していた先の大戦の戦争指導者は、戦争とは何たるかを知らなかったようだ。

もちろん初めての世界大戦であった。勝手がわからなかったのかもしれない。ならばなぜ備えなかったのか?ならばなぜ想定しなかったのか?ならばなぜ、行動しなかったのか?先人の怠惰と想像力の欠如に溜飲が下がらない。

偉大であった国家は、敗戦国へとなり下がった。覇権に近い国家は、衰退国へと変貌した。強大な軍事力は他国に制限される玩具に変わった。そんな状態であってはならない。我々はもっと。渇望していた世界がそこまで来ている。もう少しなのだ。

滝のように流れる汗を、拭いながらベッドで目を覚ますヒトラー。いつからだろうか、このような夢を見るようになったのは。

ベッドを抜け出し、ダイニングで水をあおり、渇きを癒す。しかし、ボトルに入っていたすべてを飲み干してもヒトラーの渇きが完全に癒えることはなかった。



ジークフリート線。それは、ドイツ第三帝国が対フランス国境線に建設する”予定”であった、防衛線の呼称である。しかし、その予算は蒸発し今そこにあるのは、軍人が作り上げた掘っ立て陣地であった。

「野砲による十分な効力射と、航空機と連携した爆撃・観測があれば一週間と持たずに突破されそうですね」
「そう見えるのは仕方ないさ。コンクリートを多用した陣地でもなければ、攻勢用の陣地でもないからね。ただここで守ってますよってことが敵に伝わりさえすればいい。そうすれば、多少なりとも戦力を配置してくれるし、攻めてきにくくなるでしょ?」

後方から陣地を眺めたフェーラの感想を、理屈で指摘するヘルマン。この陣地を指示したのはヘルマンだ。しかし、なんとも頼りない陣地だとフェーラは思ってしまう。

ライン川上流部はそのまま独仏国境になっているため、攻めにくく守りやすい。それこそ陣地がなくとも十分なくらいに。だが、自分たちの管轄はライン川を渡った先にある場所。つまり、ここで大敗を決せばおそらく前線はライン川となってしまい、それは工業地帯をも危険にさらすことになってしまう。そんな場所において、手薄になってしまっている現状にフェーラは焦りに似た感情を持っていた。

「ポーランド降伏後の部隊の配置転換について、知っていることはないのですか?」
「それっぽい話は聞いたよ。ソ連国境に大部分が配置されたらしい。こちらに増援が多少は来ても、大部隊が来ることはあまり期待できないかな」
「そうなんですか…」

落胆をため息で表すフェーラに、ヘルマンは苦笑いで応じるほかなかった。
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