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第四夜 君に会いたい~家族に虐げられた伯爵令息は、王太子に無理矢理奪われる~
本編 ※R15
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「お前、そんな初心そうな顔して、誰にでも股を開くのだろう?」
「そんな⋯、ち、違います!」
「ふん、今日は手加減はいらないな」
私はこの国の王太子アレックス。
昔あったとされる後宮の名残か何か知らないが、王家の習わしで18歳になった王子は、宛てがわれた閨係と初めての閨事を経験する。
閨係は爵位の低い貴族の18歳を過ぎた者から選ばれ、男女は問わず、もちろん一度も閨の経験がない者とされている。
「殿下、閨係の準備が整いました」
「ああ、分かった」
正直、勝手に宛てがわれた閨係を、反発もせずに従順に抱くのは何だか癪に障る。
私も王族と言えど、一人の感情がある人間だ。
初対面同様の閨係を会ってすぐ抱けなどと、動物にでもなった気分だ。
とまあ、ごちゃごちゃ考えても、長い間王家のしきたりとされてきたものを、私だけ拒む事はできないのは分かっている。
私はささやかな抵抗で小さな溜め息を一つつくと、重い腰を上げ、閨係がいる部屋へ向かった。
部屋に着くと自分でも知らないうちに緊張していたのか、手が少し震えていた。
私は震える手で扉を軽く叩くと、緊張を誤魔化すように、すぐさま扉を開け、中に入った。
「お前は⋯」
中にいたのは、学園で同じ学年の伯爵家のフランだった。
フランはベッドから離れた壁際に、小さくうずくまって震えていた。
「何故、伯爵家の嫡男のお前が私の閨係になっている?」
「そ、それは⋯、僕も分かりません」
フランは学園で有名だった。
もちろんその見目が麗しい事ではない。
薄紫色のふわふわな髪に庇護欲をそそる大きくて少し垂れた水色の瞳。フランを一目見たものは皆、その魅力的な外見に惹かれるだろう。
だが噂では、フランは毎夜男を漁りに歓楽街をふらつき、遊んでいるらしい。
そのせいで昼間は寝てばかりいて、学園にも滅多に来ない、と聞いた事がある。
実際フランをちゃんと見たのは私も今日が初めてだ。
確かに見た目は驚く程美しいが、男遊びだけではは飽き足らず、伯爵の後妻の連れ子の令嬢を酷く虐めていると聞く。
「お前、そんな初心そうな顔して、誰にでも股を開くのだろう?」
「そんな!?ち、違います!」
「ふん、今日は手加減はいらないな」
私もなめられたものだ。
この私がフランの今日の相手にされるとは。
「来い!」
私は壁際にいるフランの手首を強引に掴むと、ベッドまで無理矢理連れて行って押し倒した。
「あっ!殿下、止めてください!」
「はっ?自分でここまで来ておいて、今更初心なふりか?」
「違います!本当に、僕、知らなかったんです」
「もういい!黙れ!」
イラついた。
この期に及んで、私に気に入られようと下手な演技までして。
どこまで腐った奴なんだ。
私はベッドで怯えたふりをするフランの薄い羽織を一気に剥ぎ取った。
「な、何だこの体の傷は⋯?」
フランのやせ細った体には、古いものから新しいものまで、数え切れない程の傷がついていた。
「お前、被虐趣味も持っているのか?ふっ、とんだ伯爵令息だな。お前みたいな奴に私の初めてを持っていかれるのは気に食わないが、まあ、少しばかり酷くしても構わないな」
私は前戯もなしに、いきなりフランの後孔に指を突っ込んだ。
「痛っ!あぁっ、やめて、やめてください!」
「それも演技か?」
私も初めてでよく分からないが、フランのそこは遊んでいると言う割には、指一本も入らない程、窮屈だった。
「痛いっ、殿下、お願いです。もう、許してください!」
細い体を強ばらせ、生汗も滲み出ているフランが、私には本当に痛かってるように見えた。
一瞬怯んだが、欲望に負けてしまった。
結局私も一匹のただの動物だった。
痛がるフランに気遣う事もなく、何度も何度も自分の欲望だけを吐き出した。
ふと気付くと、もう空が白み始めていた。
フランを見ると、血の気を失い、青ざめた顔で気を失っていて、そんなフランに追い討ちをかけるように更に欲望を吐き出しそうになっている自分を慌てて止めた。
「はぁはぁ、少しやり過ぎたか⋯。えっ⋯?」
初めての閨事でつい興奮していて気付かなかったが、真っ白なシーツにはおびただしい血痕が残っていた。
「フラン!大丈夫か!?」
私の問い掛けにも目を覚まさないフランの青ざめた顔をよく見ると、赤らんだ眦から伝う涙が頬を濡らしていた。
「フラン⋯」
フランは本当に噂のような人間だったのか?
よく知りもしない相手から、こんなに手酷く抱かれてもいいような人間だったのか?
眠っているフランを見ながら私が混乱していると、フランの手がぴくりと動いた。
無意識にフランの手に目がいった。
「なっ!?何だこの手は⋯」
フランの異常な程細くて白い手には酷いあかぎれができていて、爪もぼろぼろで、どこかに当てたのか痛々しい青い痣も残っていた。
私は気付くとフランの手を握り、涙の跡をそっと拭っていた。
フランの口から本当のフランの事を聞きたいと思っている自分に気付き、自分でも戸惑った。
「フラン、目を覚ましてく⋯」
コンコン
「失礼します、殿下。湯殿の準備が整いました」
「あ、ああ、分かった。この者は起こさずにおいてやっくれ」
「承知致しました」
私はフランの事が気になり、湯浴みをさっと済ませると、簡単に羽織を一枚引っ掛けて急いでフランのいる部屋に戻った。
「フラン⋯、どこだ?」
急いで戻ったはずなのに、そこにはもうフランの姿はなく、シーツも真新しいものに取り替えられていた。
ただ、フランの甘い残り香がふわりと私の鼻腔をつき、さっきまで確かにフランがここにいた事を物語っていた。
私が混乱する頭を抱えてベッドに腰掛けると、すぐさま部屋の扉が慌ただしく叩かれた。
「何事だ!」
私が中から声を掛けると、部屋の外に張り付いていた護衛騎士が慌てた様子で中に入って来た。
「殿下!先程この部屋から出て行った者が、門衛の制止を聞かずに、城の前の川に飛び込んだそうです!」
「なっ!?どういう事だ!!」
「門衛が言うには、その者は足取りもおぼつかず、気になって声を掛けると、何も答えずにふらふらと川の方に自ら近付き、慌てて止めに入った門衛の手を振りほどいて川に身を投げたそうです」
「どうなった!?その者はどうなった!?生きているのか!?」
護衛騎士はただ黙って首を横に振るだけだった。
私はいてもたってもいられず、部屋を飛び出そうとして護衛騎士に慌てて止められた。
「殿下!お召し物が羽織一枚です!」
「クソっ!着替えを!」
服などに構っていられなかったが、市民の前に出るのに王太子としての品位がどうのと言われ、ようやく着替えて外に出た頃にはもう、市民達の人だかりができていて、川を見ることすら叶わなかった。
「フランは見つかったか?」
「いいえ、まだ何も見つからないそうです」
「まだか!まだフランは見つからないのか!」
「当日は雨の影響で川の流れが速かった為、捜索が難航しております」
「もういい!!自分で探す!!」
「殿下、既にかなりの人数で捜索しております。もうしばらくお待ちください」
私はいつまで待てばいい?
いつまで待てばフランに会える?
あんな酷い仕打ちを君にしたまま、私はもう君に会うことは叶わないのか?
フランが川に落ちてから三ヶ月が経った。
私は渋る陛下の許しを何とかもらい、フランの実家の伯爵家を訪れた。
先触れを出してしまうと取り繕われてしまう気がして、私は偶然を装って伯爵家を訪ねた。
「きゃははは!」
「おほほほほ!」
護衛騎士が、玄関の扉を叩こうとした時、開いていた窓から女性二人のけたたましい笑い声が聞こえてきた。
「何だ⋯?」
「さぁ、何でしょうか?」
護衛騎士も首を傾げている。
「お母様っ!やっとアイツが死んだわ!これで伯爵家は私のものよ!きゃははは!」
「キャリー、声が大きくてよ。でも、うふふっ、おほほほほ!アイツ、今までどんなに虐めても、しつこく生きていたのに、キャリーに来た殿下の閨係を騙して押し付けてやったら、簡単に死んだそうよ。おほほほほ!」
「もう、お母様、殿下の閨係は私が行きたかったのにぃ」
「キャリー、何言ってるの?閨係は未経験の子じゃなきゃダメなのよ。あなた毎晩男をとっかえひっかえじゃないの」
「いやだ、お母様ったら、お母様に似たのよぉ。きゃははは!」
愕然とした。
私がフランをずっと探していると知っている護衛騎士も、拳を強く握り、奥歯を噛み締めていた。
「もういい、帰るぞ」
「いいのですか!?あヤツらをこのままにしておいて!?」
私は口を開くと怒りで叫び出しそうになるのをどうにか抑え、護衛騎士と城に向かった。
城が近付いて来たところで、フランが身を投げた川が目に入った。
普段はこんなに穏やかなのに、あの日、雨のせいで猛り狂っていた川はフランを飲み込んでしまった。
継母と義姉の壮絶な虐めにも耐えてきたフランの背中を押したのは、間違いなく私だろう。
もっとフランの話を聞くべきだった。
あんなに痛がっていたのに、自分の欲望を無理矢理ぶつけてしまった。
「フラン、今君はどこにいる?」
私は知らぬうちに涙を流していた。
このままでいいのか?
私はこのまま、のうのうと生きていくのか?
私は乗っていた馬の腹を蹴っていた。
「殿下ぁ!!どこへっ!!」
護衛騎士が慌てて私について来ようとしたが、既にスピードに乗っていた私に追い付く事はできなかった。
どの位走ったのか、日も暮れ始めた頃、川の表情が変わっているのに気付いた。川幅が一気に広がり、流れが穏やかになっていた。
私は川岸に馬を寄せて馬を休ませながら、辺りを見回した。
「ここは⋯、もう王都の外れまで来ていたのか。私も少し休憩するとするか」
私は目に入った食事処に入った。
「いらっしゃいませ」
少し高めの穏やかな優しい声が奥から聞こえた。
「ああ、すまない、入り口に馬を繋がせてもらったよ。それと馬に水を飲ませたいんだ⋯が⋯」
「殿下⋯」
「フラン!待ってくれ!」
フラン、フラン、夢なら覚めないでくれ!
私は店から走って出て行こうとするフランの手首を思わず力任せに掴んだ。
「痛っ!」
「ああっ、すまないフラン!」
痛がるフランの顔を見て、あの夜のフランが私の頭に蘇り、慌てて掴んだ手首を離した。
「すまない、もう触れない。フラン、だから逃げないでくれ」
私達のやり取りを見ていた店の女将の厚意で、店が終わった後、フランと二人で話す事になった。
「お待たせしました」
フランが頭に巻いていた布を取ると、薄紫色の長い髪がふわりと現れ、そのあまりの美しさに息を飲んだ。
「殿下?」
「あ、ああ、すまない」
私は慌てて謝った。
「フラン、生きていてくれて良かった。あの時、酷い事をしてすまなかった。許してもらおうなどとは思っていない。フランが伯爵家で辛い思いをしているのも知らず、私はただ噂に踊らされて真実を知ろうとしなかった」
「殿下⋯、もう謝らないでください。貴族の務めを果たせなかった僕が悪いんです。あの日、殿下の閨係と知らなかったとは言え、驚いて殿下を拒んでしまいました。僕の方こそ謝らなければならないんです」
「フランが謝る事なんて一つもない!お願いだ、もう、死のうなんて思わないでくれ」
「死ぬ⋯?」
「ああ、フランは自ら川に身を投げたんだろ?」
「いいえ、お恥ずかしい話ですが、あの日は丸一日ご飯を抜かれていて、体に力が入らず、ふらふらと歩いていたら、風に飛ばされてしまったんです。気が付いたらここの前の川岸に打ち上げられていました」
「えっ、まさか、そんな事が⋯」
「本当です。このお店からいい匂いがしてきて覗いていたら、女将さんが声を掛けてくれて、ご飯も食べさせてくれたんです。ここのご飯が美味しくて、つい長居をしてしまいました」
フランは恥ずかしそうに真っ赤になって笑った。
「よ、よく助かったな」
「僕もそう思います。気を失って、体を流れに任せたのが良かったのかもしれません」
「フランは強いんだな」
「強い?義母と義姉からは、よくしぶといとは言われますが」
「⋯あの二人の事は私に任せてくれ」
「えっ?は、はい」
「フラン、もうしばらくここで世話になる事はできるか?護衛は付けるから」
「はい、女将さんは、いつまでもいてくれて構わないと言ってくれてますから」
「いつまでもは私が困る」
「えっ⋯?」
「フラン、全て済んだら迎えに来てもいいか?その時、大事な話があるんだ」
「殿下⋯、はい、お待ちしております」
「フラン、その、抱き締めてもいいか?あっ!無理ならそう言ってくれ!」
「ふふっ、僕、子供の頃から夢があるんです」
「夢?」
「はい、僕の夢は、初めての閨の相手と結婚する事です」
「えっ、それは本当か?それじゃあ、フランは私と結婚してくれるのか?」
「はい」
「フラン!」
私はフランを力いっぱい抱き締めた。
フランの体は暖かくて、甘い香りがした。
フランの元から王城に戻った私は護衛騎士と二人、今日見聞きした事を全て陛下に話した。
陛下から話を聞いた伯爵は、大慌てで後妻と義娘と縁を切り、平民となった二人は住む所もなく、物乞いをして暮らしていると聞いた。
伯爵もフランに後を譲り、領地に移り住んで一線を退く事を決めた。
「フラン、待たせてすまなかった!」
「アレックス様っ!」
フランに再会してからひと月、ようやくフランを迎えに来る事ができた。
「フラン、会いたかった」
「アレックス様、僕も会いたかったです」
「くっ⋯、まだ夢を見ているようだ」
「ふふっ、僕もです」
「フラン、愛している。私と結婚してくれないか?」
「はい、アレックス様、僕も愛してます。実は学園にたまに行けた時、こっそり見ていました。アレックス様は僕の憧れの人なんです」
「本当に?」
「はい」
「フラン、幸せにするよ」
フランの水色の瞳に吸い込まれるように、二人の顔が近付いた。
そっと瞳を閉じたフランの唇に、触れるだけの口付けをした。
終わり
「そんな⋯、ち、違います!」
「ふん、今日は手加減はいらないな」
私はこの国の王太子アレックス。
昔あったとされる後宮の名残か何か知らないが、王家の習わしで18歳になった王子は、宛てがわれた閨係と初めての閨事を経験する。
閨係は爵位の低い貴族の18歳を過ぎた者から選ばれ、男女は問わず、もちろん一度も閨の経験がない者とされている。
「殿下、閨係の準備が整いました」
「ああ、分かった」
正直、勝手に宛てがわれた閨係を、反発もせずに従順に抱くのは何だか癪に障る。
私も王族と言えど、一人の感情がある人間だ。
初対面同様の閨係を会ってすぐ抱けなどと、動物にでもなった気分だ。
とまあ、ごちゃごちゃ考えても、長い間王家のしきたりとされてきたものを、私だけ拒む事はできないのは分かっている。
私はささやかな抵抗で小さな溜め息を一つつくと、重い腰を上げ、閨係がいる部屋へ向かった。
部屋に着くと自分でも知らないうちに緊張していたのか、手が少し震えていた。
私は震える手で扉を軽く叩くと、緊張を誤魔化すように、すぐさま扉を開け、中に入った。
「お前は⋯」
中にいたのは、学園で同じ学年の伯爵家のフランだった。
フランはベッドから離れた壁際に、小さくうずくまって震えていた。
「何故、伯爵家の嫡男のお前が私の閨係になっている?」
「そ、それは⋯、僕も分かりません」
フランは学園で有名だった。
もちろんその見目が麗しい事ではない。
薄紫色のふわふわな髪に庇護欲をそそる大きくて少し垂れた水色の瞳。フランを一目見たものは皆、その魅力的な外見に惹かれるだろう。
だが噂では、フランは毎夜男を漁りに歓楽街をふらつき、遊んでいるらしい。
そのせいで昼間は寝てばかりいて、学園にも滅多に来ない、と聞いた事がある。
実際フランをちゃんと見たのは私も今日が初めてだ。
確かに見た目は驚く程美しいが、男遊びだけではは飽き足らず、伯爵の後妻の連れ子の令嬢を酷く虐めていると聞く。
「お前、そんな初心そうな顔して、誰にでも股を開くのだろう?」
「そんな!?ち、違います!」
「ふん、今日は手加減はいらないな」
私もなめられたものだ。
この私がフランの今日の相手にされるとは。
「来い!」
私は壁際にいるフランの手首を強引に掴むと、ベッドまで無理矢理連れて行って押し倒した。
「あっ!殿下、止めてください!」
「はっ?自分でここまで来ておいて、今更初心なふりか?」
「違います!本当に、僕、知らなかったんです」
「もういい!黙れ!」
イラついた。
この期に及んで、私に気に入られようと下手な演技までして。
どこまで腐った奴なんだ。
私はベッドで怯えたふりをするフランの薄い羽織を一気に剥ぎ取った。
「な、何だこの体の傷は⋯?」
フランのやせ細った体には、古いものから新しいものまで、数え切れない程の傷がついていた。
「お前、被虐趣味も持っているのか?ふっ、とんだ伯爵令息だな。お前みたいな奴に私の初めてを持っていかれるのは気に食わないが、まあ、少しばかり酷くしても構わないな」
私は前戯もなしに、いきなりフランの後孔に指を突っ込んだ。
「痛っ!あぁっ、やめて、やめてください!」
「それも演技か?」
私も初めてでよく分からないが、フランのそこは遊んでいると言う割には、指一本も入らない程、窮屈だった。
「痛いっ、殿下、お願いです。もう、許してください!」
細い体を強ばらせ、生汗も滲み出ているフランが、私には本当に痛かってるように見えた。
一瞬怯んだが、欲望に負けてしまった。
結局私も一匹のただの動物だった。
痛がるフランに気遣う事もなく、何度も何度も自分の欲望だけを吐き出した。
ふと気付くと、もう空が白み始めていた。
フランを見ると、血の気を失い、青ざめた顔で気を失っていて、そんなフランに追い討ちをかけるように更に欲望を吐き出しそうになっている自分を慌てて止めた。
「はぁはぁ、少しやり過ぎたか⋯。えっ⋯?」
初めての閨事でつい興奮していて気付かなかったが、真っ白なシーツにはおびただしい血痕が残っていた。
「フラン!大丈夫か!?」
私の問い掛けにも目を覚まさないフランの青ざめた顔をよく見ると、赤らんだ眦から伝う涙が頬を濡らしていた。
「フラン⋯」
フランは本当に噂のような人間だったのか?
よく知りもしない相手から、こんなに手酷く抱かれてもいいような人間だったのか?
眠っているフランを見ながら私が混乱していると、フランの手がぴくりと動いた。
無意識にフランの手に目がいった。
「なっ!?何だこの手は⋯」
フランの異常な程細くて白い手には酷いあかぎれができていて、爪もぼろぼろで、どこかに当てたのか痛々しい青い痣も残っていた。
私は気付くとフランの手を握り、涙の跡をそっと拭っていた。
フランの口から本当のフランの事を聞きたいと思っている自分に気付き、自分でも戸惑った。
「フラン、目を覚ましてく⋯」
コンコン
「失礼します、殿下。湯殿の準備が整いました」
「あ、ああ、分かった。この者は起こさずにおいてやっくれ」
「承知致しました」
私はフランの事が気になり、湯浴みをさっと済ませると、簡単に羽織を一枚引っ掛けて急いでフランのいる部屋に戻った。
「フラン⋯、どこだ?」
急いで戻ったはずなのに、そこにはもうフランの姿はなく、シーツも真新しいものに取り替えられていた。
ただ、フランの甘い残り香がふわりと私の鼻腔をつき、さっきまで確かにフランがここにいた事を物語っていた。
私が混乱する頭を抱えてベッドに腰掛けると、すぐさま部屋の扉が慌ただしく叩かれた。
「何事だ!」
私が中から声を掛けると、部屋の外に張り付いていた護衛騎士が慌てた様子で中に入って来た。
「殿下!先程この部屋から出て行った者が、門衛の制止を聞かずに、城の前の川に飛び込んだそうです!」
「なっ!?どういう事だ!!」
「門衛が言うには、その者は足取りもおぼつかず、気になって声を掛けると、何も答えずにふらふらと川の方に自ら近付き、慌てて止めに入った門衛の手を振りほどいて川に身を投げたそうです」
「どうなった!?その者はどうなった!?生きているのか!?」
護衛騎士はただ黙って首を横に振るだけだった。
私はいてもたってもいられず、部屋を飛び出そうとして護衛騎士に慌てて止められた。
「殿下!お召し物が羽織一枚です!」
「クソっ!着替えを!」
服などに構っていられなかったが、市民の前に出るのに王太子としての品位がどうのと言われ、ようやく着替えて外に出た頃にはもう、市民達の人だかりができていて、川を見ることすら叶わなかった。
「フランは見つかったか?」
「いいえ、まだ何も見つからないそうです」
「まだか!まだフランは見つからないのか!」
「当日は雨の影響で川の流れが速かった為、捜索が難航しております」
「もういい!!自分で探す!!」
「殿下、既にかなりの人数で捜索しております。もうしばらくお待ちください」
私はいつまで待てばいい?
いつまで待てばフランに会える?
あんな酷い仕打ちを君にしたまま、私はもう君に会うことは叶わないのか?
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先触れを出してしまうと取り繕われてしまう気がして、私は偶然を装って伯爵家を訪ねた。
「きゃははは!」
「おほほほほ!」
護衛騎士が、玄関の扉を叩こうとした時、開いていた窓から女性二人のけたたましい笑い声が聞こえてきた。
「何だ⋯?」
「さぁ、何でしょうか?」
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「お母様っ!やっとアイツが死んだわ!これで伯爵家は私のものよ!きゃははは!」
「キャリー、声が大きくてよ。でも、うふふっ、おほほほほ!アイツ、今までどんなに虐めても、しつこく生きていたのに、キャリーに来た殿下の閨係を騙して押し付けてやったら、簡単に死んだそうよ。おほほほほ!」
「もう、お母様、殿下の閨係は私が行きたかったのにぃ」
「キャリー、何言ってるの?閨係は未経験の子じゃなきゃダメなのよ。あなた毎晩男をとっかえひっかえじゃないの」
「いやだ、お母様ったら、お母様に似たのよぉ。きゃははは!」
愕然とした。
私がフランをずっと探していると知っている護衛騎士も、拳を強く握り、奥歯を噛み締めていた。
「もういい、帰るぞ」
「いいのですか!?あヤツらをこのままにしておいて!?」
私は口を開くと怒りで叫び出しそうになるのをどうにか抑え、護衛騎士と城に向かった。
城が近付いて来たところで、フランが身を投げた川が目に入った。
普段はこんなに穏やかなのに、あの日、雨のせいで猛り狂っていた川はフランを飲み込んでしまった。
継母と義姉の壮絶な虐めにも耐えてきたフランの背中を押したのは、間違いなく私だろう。
もっとフランの話を聞くべきだった。
あんなに痛がっていたのに、自分の欲望を無理矢理ぶつけてしまった。
「フラン、今君はどこにいる?」
私は知らぬうちに涙を流していた。
このままでいいのか?
私はこのまま、のうのうと生きていくのか?
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「殿下ぁ!!どこへっ!!」
護衛騎士が慌てて私について来ようとしたが、既にスピードに乗っていた私に追い付く事はできなかった。
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「ここは⋯、もう王都の外れまで来ていたのか。私も少し休憩するとするか」
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少し高めの穏やかな優しい声が奥から聞こえた。
「ああ、すまない、入り口に馬を繋がせてもらったよ。それと馬に水を飲ませたいんだ⋯が⋯」
「殿下⋯」
「フラン!待ってくれ!」
フラン、フラン、夢なら覚めないでくれ!
私は店から走って出て行こうとするフランの手首を思わず力任せに掴んだ。
「痛っ!」
「ああっ、すまないフラン!」
痛がるフランの顔を見て、あの夜のフランが私の頭に蘇り、慌てて掴んだ手首を離した。
「すまない、もう触れない。フラン、だから逃げないでくれ」
私達のやり取りを見ていた店の女将の厚意で、店が終わった後、フランと二人で話す事になった。
「お待たせしました」
フランが頭に巻いていた布を取ると、薄紫色の長い髪がふわりと現れ、そのあまりの美しさに息を飲んだ。
「殿下?」
「あ、ああ、すまない」
私は慌てて謝った。
「フラン、生きていてくれて良かった。あの時、酷い事をしてすまなかった。許してもらおうなどとは思っていない。フランが伯爵家で辛い思いをしているのも知らず、私はただ噂に踊らされて真実を知ろうとしなかった」
「殿下⋯、もう謝らないでください。貴族の務めを果たせなかった僕が悪いんです。あの日、殿下の閨係と知らなかったとは言え、驚いて殿下を拒んでしまいました。僕の方こそ謝らなければならないんです」
「フランが謝る事なんて一つもない!お願いだ、もう、死のうなんて思わないでくれ」
「死ぬ⋯?」
「ああ、フランは自ら川に身を投げたんだろ?」
「いいえ、お恥ずかしい話ですが、あの日は丸一日ご飯を抜かれていて、体に力が入らず、ふらふらと歩いていたら、風に飛ばされてしまったんです。気が付いたらここの前の川岸に打ち上げられていました」
「えっ、まさか、そんな事が⋯」
「本当です。このお店からいい匂いがしてきて覗いていたら、女将さんが声を掛けてくれて、ご飯も食べさせてくれたんです。ここのご飯が美味しくて、つい長居をしてしまいました」
フランは恥ずかしそうに真っ赤になって笑った。
「よ、よく助かったな」
「僕もそう思います。気を失って、体を流れに任せたのが良かったのかもしれません」
「フランは強いんだな」
「強い?義母と義姉からは、よくしぶといとは言われますが」
「⋯あの二人の事は私に任せてくれ」
「えっ?は、はい」
「フラン、もうしばらくここで世話になる事はできるか?護衛は付けるから」
「はい、女将さんは、いつまでもいてくれて構わないと言ってくれてますから」
「いつまでもは私が困る」
「えっ⋯?」
「フラン、全て済んだら迎えに来てもいいか?その時、大事な話があるんだ」
「殿下⋯、はい、お待ちしております」
「フラン、その、抱き締めてもいいか?あっ!無理ならそう言ってくれ!」
「ふふっ、僕、子供の頃から夢があるんです」
「夢?」
「はい、僕の夢は、初めての閨の相手と結婚する事です」
「えっ、それは本当か?それじゃあ、フランは私と結婚してくれるのか?」
「はい」
「フラン!」
私はフランを力いっぱい抱き締めた。
フランの体は暖かくて、甘い香りがした。
フランの元から王城に戻った私は護衛騎士と二人、今日見聞きした事を全て陛下に話した。
陛下から話を聞いた伯爵は、大慌てで後妻と義娘と縁を切り、平民となった二人は住む所もなく、物乞いをして暮らしていると聞いた。
伯爵もフランに後を譲り、領地に移り住んで一線を退く事を決めた。
「フラン、待たせてすまなかった!」
「アレックス様っ!」
フランに再会してからひと月、ようやくフランを迎えに来る事ができた。
「フラン、会いたかった」
「アレックス様、僕も会いたかったです」
「くっ⋯、まだ夢を見ているようだ」
「ふふっ、僕もです」
「フラン、愛している。私と結婚してくれないか?」
「はい、アレックス様、僕も愛してます。実は学園にたまに行けた時、こっそり見ていました。アレックス様は僕の憧れの人なんです」
「本当に?」
「はい」
「フラン、幸せにするよ」
フランの水色の瞳に吸い込まれるように、二人の顔が近付いた。
そっと瞳を閉じたフランの唇に、触れるだけの口付けをした。
終わり
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一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
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