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第5章
反省と宥恕 4
しおりを挟む「本当にすみません、妹に会った時に黒原さんとぶつかってしまったとちらっと聞いて、失礼があったことを謝りたかったのですがなかなか機会がなく…」
「あ、いやいや、こちらこそ大事な妹さんに…ゴニョゴニョ」
みどりさんとか呼んで、鼻の下伸ばしてしまってすみません…とは言えず、もごもごと言葉にならない当たり障りのなさそうな響きの謎言語を小さく漏らす。
「詳細は聞いてなかったんですけど、何もお詫びできずにやりとりもなくなったみたいで。本当に失礼いたしました」
「いえそんな、吉川さんが謝ることでは…こちらも、せっかくのお申し出を無碍にしてしまい申し訳ございませんでした」
みどりさんには、交際相手がいると嘘をついてお詫びとしての食事の誘いを断ってしまったので少し後ろめたい気持ちがある。
ハンカチも、捨てることができず未だに保管してあるが…早く手放してしまいたい。
ハンカチがあることで、白石さんに対しても悪いことをしているような気がしていつも心のどこかで引っ掛かっているんだよな…
吉川さんにハンカチを預けて、代わりに渡してもらえないだろうか…
「いや、うちの妹が悪いんですよ…そういえばご自宅は駅のどちら側です?」
「あ、北口側です」
「近くなったらなんとなくの方向教えてください、うちもこっち方面なので道は大体分かります。黒原さん今日は残業だったんですか?」
「あ、そうなんですよ…この時期は毎年ドタバタで…」
「そうなんですね、黒原さんのとこの総務って、経理もやってあの規模で3人だけなんでしたっけ?」
「そうです、よく覚えていらっしゃいましたね!」
「職業柄、記憶力は良いんですよ。確か黒原さん、お酒も飲まれるんですよね」
「はい、まあ嗜む程度ですが…」
「あ、同じですね!僕も嗜む程度です。アルコールの力借りて、疲れ吹き飛ばす感じです」
「はは、分かります!僕も同じですよ」
「やっぱり適度な飲酒って必要ですよね、ここらへんでお勧めのバーがあるので、今度ご一緒にいかがですか?」
「あ、ええ!ぜひぜひ!」
「楽しみです!ちなみに今週の金夜か土曜だとどっちの方が都合良いですか?」
「え?えっと…金夜ですかね?」
「じゃあ社用じゃなくてプライベートの方でも連絡先交換しましょう、QR出せます?」
「え?あ、出せますが…」
「次の信号でちゃっと読み取っちゃうんで、お願いします」
「あ、ありがとうございます、出しときますね」
自分の連絡先QRを出したところで、違和感に気付く。
あれ?なぜプライベートの連絡先を交換することに…?
いや、一緒に飲みに行くならたしかにやりとりもそっちの方がスムーズだけど。
けど、なんで一緒に飲みに行くことになったんだ…?
日頃の疲れを吹き飛ばすためか。
いや、けどなんで…?
そもそも、仕入れ先の営業さんと1対1で飲むのってどうなの?
車にも乗り込んじゃったけどもしかして俺、今相当アカンことになってる?
この会話の流れ、覚えがある…これは…
「よし、読み取りオッケーです。黒原さん、ラーメンもお好きなんですか?」
「あ、え?あ、アイコンですかね?あ、ええ、ラーメン好きですね、よく食べに行ってます」
「へぇ!今度おすすめのラーメン屋さん教えてください、僕も好きなんですよ」
「あ、もちろんです!と言ってもここらへんのしか知らないんですけど」
「へぇ、結構開拓とかされてるんですか?」
「目についた店はここらへんのは粗方入ったかも…ほんとそれぞれ店主さんのこだわりがあって、むしろ全部がおすすめですね…」
「ええ~無性にラーメン食べたくなってきちゃいました、思い出すと完全にラーメンの気分になってしまいますね」
「いや分かります、ラーメンの美味さってDNAに刻み込まれてるんですかね…あ、あの信号左に曲がってしばらく真っ直ぐで…」
違和感が押し流されたことにも気付かないまま、なぜか会話は進み気付いたらアパートのすぐそばまで送ってもらっていて、
金曜の夜楽しみにしてます、場所送りますね!と言われて別れたところで、
ま、まずいことになった…
と置かれた状況を再認識。
そして、また白石さん気にしちゃうかなぁ…と思ったところで、
返信が全然返ってきていないことを思い出す。
そうだよ、いくら白石さんのこと考えてたって白石さんとの関係が最悪の状況のまま1mmも動いてないんだから、どうにもならないんだった…
今の状況で、仕入れ先の会社の営業さんと飲んでくることになりました!って報告するのもどうかと思うし、
そもそも俺と白石さんの関係では人付き合いの報告なんて義務でもなければする意味ももしかしたらないのかもしれない。
けどなんだか後ろめたいんだよな…
本当に上手くいかないことばかりだ。
もう何も考えたくない…
いや考えなきゃいけないことは分かってるんだけど。
応援ありがとうございます!
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