白と黒

上野蜜子

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第9章

遺恨と外泊 5

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「ゔぅぅ~……」

全身酷使した後のカプセルホテルがトドメとなった。

足だけじゃなくて、腰までバキバキになってしまった。なんなら腹筋も背筋も痛いし、じんわり胸も腕も本当に全身が痛い。走るって全身運動なんだな…と身をもって実感…!

無限に着信とSMSが飛んでくるのでスマホの電源を切り、何も暇つぶしするものがないランドリーで虚無の1時間を過ごし、閉塞感強めの安いカプセルホテルでなんとか出勤はすることができたが…

これを満身創痍と言わずして何と呼ぶのかというぐらいヘロヘロだ…。

部長もなんとなく体調悪そうにしている。今日が雨で良かった。雨の日はだいたい部長はしんどそうにしているので、俺一人が目立たないで済む…

全身痛むは痛むが、仕事はなんとかこなせている。営業や販売部からの電話も殆どかかってくることなく、平和に一日が終えられそうだ。

なんとか午前の業務を終え、昼休みになり、

さすがにずっと電源消しっぱなしっていうのもな…と思いスマホの電源つけると、恐ろしい数の通知がホーム画面に並び既に心が折れそうになっている。

本当に怖い。プッシュ履歴がおそろしい。何と書いてあるか途中までしか読めない。絶対にメッセージを開きたくない。

着歴もすごいし、今朝も何度かかかってきている。よかった、電源切っておいて…。カバンがローターになるところだった…。

いや、良かったも何も何一つ解決してないけど。

「うわ、何だそれ…!」

部長に後ろから声をかけられる。

やばい、ぼーっとしすぎた。恐ろしい着信履歴を見られてしまった…

「あ、いえ違うんですこれは…」

「見るつもりは無かったんだが、ちらっと画面が見えて…それ、何があった?」

「すみません、驚かせて…ちょっと色々ありまして…」

「…警察は?もう相談したか?」

「あ!いや、そういうのじゃ無いです!」

ああ…30にもなって人間関係でこういうトラブル起こしてるなんて会社に絶対に知られたく無かった…

けどこれ警察に行ってどうにかなるものなのか?男が女にしつこくしてるなら分かるけど、逆だし実際に家に来てしまっているかどうかも分からないからな…

「それなら良いんだが…あ、そういえば黒原、昨日誕生日だったか」

「…え?」

え?

俺昨日誕生日だった?日付の感覚が完全に無くなっていた。

「昨日、11月9日だよな。その連絡もそれ関係か?」

え。

「あ、あ!そうです、誕生日!部長よく覚えていらっしゃいましたね」

グッジョブ俺の誕生日…!

桃華からの頭おかしい着歴をなんとか誤魔化せた(誤魔化せたか?)(これ本当に誤魔化せてる?)(部長がそういうとこ天然で助かった…)ようなので、全力で話を合わせる。

「ベルリンの壁が壊れた日だからな、それにもう何年一緒に働いてると思ってるんだ」

「ベルリンの壁て…部長歴史好きなんでしたっけ」

「そういう訳でもないが…兎も角おめでとう」

「あ…ありがとうございます」

…ということは俺は昨日、人生史上最悪の誕生日を迎えてしまったという訳か…。

別に誕生日なんてただの平日だし、もう31回目になるし…あ~そう考えると尚更しんどいな。早く忘れよう…。

また電源を切ろうとボタンに指を伸ばすと、突然着信画面に切り替わる。

桃華か!?と一瞬心臓が止まりかけたが、表示名は白石さん…

や、やばい、白石さん!電源切ってるってことは白石さんからの連絡にも気付いてないってことだった…!

いつもは連絡が来たらすぐに返事をしてたから、心配させてしまったかもしれない。桃華のことで余裕なさすぎて全然気付かなかった。最悪だ俺…!

「ちょっと電話してきます…!すみません!」

電話が切れないうちに受話ボタンだけ押して、急いで休憩室の奥のロッカー室に移動する。

「…っすみません白石さん!黒原です」

『あ、黒原さん…急に電話かけたりしてごめんなさい、今日お仕事でしたか?』

「いや大丈夫です…こちらこそごめんなさい…あの、もしかして連絡してくれてました…!?」

『それは気にしないでください、今はお話できるような状況ですか?』

「はい、昼休みです…あの…すみません、その…スマホの電源が切れていて…」

『電源ですか?』

「そ、そうなんです…なのでメッセージも電話も気が付かなくて」

『そうだったんですね…充電し忘れてしまったとかですか?』

「そ……いや…違います、電源を切ってたんです…」

『そうでしたか…今いる職場は安心できる環境ですか?』

し、質問内容が…

なんか、何かしらあったんだともう色々と見抜かれている気がする…

よく考えてみなくてもおかしいよな、意味もなく電源切るわけがないし…

連絡来てるかどうかとかも、昨日桃華と合流する前から全然確認してなかった。そのまま今、昼になるまで全然見てなかったし…

昨晩連絡してくれてたとしたら既読も何も付かなかったらそりゃ何かあったとしか思わないよな。本当に俺最悪…

「あ…安心…というか、大丈夫です、ありがとうございます…」

『良かったです…あの、もしかして僕が何かしてしまいましたか?』

「いや!断じて違います!本当に!!心配かけてしまってすみません、電源がつけられない状況で…!」

うう…それってどんな状況なんだよぉ…!

自分で言っててどんどん逃げ場がなくなっていく。

間違いなく自分で自分の首を絞めている。なんでこうも口が下手くそなんだよ俺…

『…今日、お仕事終わりに会えませんか?もし気が進まないようでしたらまた後日とかでも…』

「い…いや!あの、気が進まないわけないです、俺も会いたいし…」

けど今心理学の専門家の白石さんに会ったら、間違いなく上手い具合に根掘り葉掘り聞かれて結局何があったか俺は一から十まで絶対に全部話してしまう…。

極力知られたくない。後ろめたいとかやましいとかじゃなくて、本当に情けなさすぎてこういうとこを見せたくない…

だからと言って会えないかという提案を断りたくはないし。けどこれ、飛んで火に入る夏の虫状態なのでは…。

『ありがとうございます、残業だったり帰る時間は気にしないでくださいね、ほんと家すぐなので。黒原さんもご存知でしょうけど』

「わ…かりました…こちらこそ、ありがとうございます…電話かけてくれて」

『ちょっと声が聞きたくなってしまって。驚かせちゃいましたよね、すみません』

「いえ、嬉しいですよ。また夜会いましょう…」

『黒原さん、無理なされないでくださいね。ゆるっとお互い午後を乗り切りましょう』

電話が切れた後で襲ってくる不安感…!

今会って大丈夫なのか…?

いや絶対大丈夫じゃない。どうしよう。何かしらあったってことは絶対に白石さんなら気付いてる。そうじゃなかったら電話なんてかけてこないし、今日会いたいなんて言わない。

電話が切れた後でメッセージを確認してみると、昨日桃華と合流する前の時間に連絡が来ていた…。

今週末はお忙しいですか?という大変可愛らしい可愛らしいメッセージが…

うう、胸が痛い。桃華ぁ…桃華さえ連絡してきていなければ…!

今朝にも、お疲れのようでしたらまた今度ゆっくり会いたいですと完全に気を遣わせているメッセージ…!

ああ、申し訳なさすぎて本当に時間を巻き戻したい。桃華からの電話を取る前の時間に戻りたい…!

ささやかな2つの新着メッセージと146とかいう迷惑メールも真っ青な数字のバッジがついた桃華のSMS通知、雲泥の差…!

そしてぶぶ、と震えて今しがた147になった。

上のプッシュ通知には「返事ぐらいして」と書いてある。

無理だ、この通知どんどん気が滅入っていく…

147件のメッセージって冷静に考えてやばいだろ。俺と白石さんの約4ヶ月分のメッセージ全部数えても147にはならない。

途中からもしかして連投するの楽しくなってきてないか?そんなわけないか。壁打ちのように返事のないメッセージを送り続けるなんて普通の神経してたらできないだろ。…できないよな?

職場は現時点では完全に安全だと分かっているので、昨日に比べて大分この通知に対してメンタルの揺るぎが少ない。

…けど仕事終わるまではやっぱり電源切っておこう…






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