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7匹目:ごろごろナッツのブラウニーは情報屋への賄賂に消える 1
しおりを挟む「伯爵家というのは、制度的には上位貴族なのよ。
でも侯爵、公爵家のほとんどに王家の血が入っているから、やっぱり伯爵位以下とは大きな差があるわね。だから上にも下にも顔を出しやすいの。情報収集好きとしては、伯爵家に産んでもらえたことをとても感謝しているわ」
空はジェマの心のようにどんよりと重苦しい雲が覆い尽くしている。きっと帰宅時間には雨が降り出しているだろう。
気を抜くとため息が止まらない。
それはあまり好きではない必修科目の課題をこなしているからであり、自分が面倒な貴族の事情に足を突っ込み始めていることを自覚させられたからである。
ちゃんと対策はしてるから大丈夫なんて呑気に構えていたジェマに、
『あなた馬鹿じゃないの?』
との一言で浮かれ気分を地に叩きつけてくれたのは、ジェマの親友を自称するクラスメイト、クロエ・ダンヴァースだった。顎まである長い前髪を掻き上げるようにして払い除けたクロエは、くりっとしたオレンジ色の目をキッと吊り上げた。
『いくらアンジェリカ様が黙っていたって、ランプリング公爵家ではもうあなたのことも捕捉しているでしょうよ。ましてやあなたはあのランズベリー嬢と仲が良いんだか悪いんだかわからない評判になっているんだから。要注意人物よ』
『ずっと無視してるんだけどだめ? お茶も出してないよ』
『知らないわよそんなこと。ここでどんな話をしてもほとんど外に漏れないのが仇になったわね』
クロエはジェマのことをよく猫可愛がりしているが、注意や指導をしてくれるときはストレートに辛辣だ。
平民のジェマには貴族特有の言い回しや、深い教養の必要な嫌味などはわからないことも多い。そんなジェマでもはっきりわかるようにと配慮してくれた結果――だと思いたい。
「大公家はざっくり言えば『王家の分家』ね。当主は王族、家族は準王族として扱われるわ。今はエリオット様のお父様の王弟大公殿下と、まだ未婚の王妹大公殿下がいらっしゃるわね。
大公位は相続制ではないし、新しく興すとしたら伯爵位になるの。でもそれなりの功績か能力がなければ難しくて、7割はどこか国内の高位貴族家に降嫁されているらしいわ」
そんなわけで、能天気にあくびをするジェマをとっ捕まえて、貴族の事情について少しは知っておけと特別講義を開いてくれている。
つい昨日ベルノルトに『あなたもランズベリー嬢に入れ込んでいる阿呆認定されている可能性が高いので~』なんて偉そうに言ったジェマも、周りから見れば同類だったらしい。これが思いのほかジェマを落ち込ませていた。
「まぁここまでは入学時に教わっているはずの基本だから良いわよね?」
お聞きなさい、とペンのお尻でつんつんと額を突かれ、ジェマは頬を膨らませる。
王族まで通う超一流校では、卒業後の進路先として王宮や貴族関連の仕事に就く者も多い。そのため平民でも貧乏貴族でも、みな『貴族と関わる上での一般常識』は必修で受けさせられる。
ジェマは貴族の後見人から入学前に一通り教わったので、学園ではさらっとテストを受けただけで合格できた。けれど自力で入学した平民の友人はつい最近まで苦労していた。ジェマは令嬢たちが猫ちゃん猫ちゃんと甘やかしてくれるのもあって、苦労というほどの苦労はしていない。
勉強で疲れ果てた友人たちから『このお猫様め……!』と恨み言を吐かれ、しばらく寮で夜食係を担当していたのは良い思い出である。その後美味しすぎて太ったとクレームが入ったが、それに関しては無視した。
「じゃあ少し突っ込んだ話をするわよ。大公家のご子息の婚約が幼いころに決まるなんてよくある話だわ。でもエリオット様のお兄様のデイビット様は独立して伯爵位を得られているし、そもそも王弟殿下が大公位を授かったのだってその能力を認められてのこと。
お姉様方は普通に嫁がれているけれど、エリオット様は『自分は期待されていない』とか『アンジェリカ様のわがままで縛り付けられた』とか思ったとしてもおかしくない環境だと言うわけよ」
美味しいおやつを前にしても、尻尾と耳はしょんぼりと垂れたまま。エリオットの話にはすさまじく興味がない。
ごろごろとたっぷりナッツの入ったブラウニーは、ジェマではなくクロエの好物。ジェマも嫌いではないのだが、もう少しブラウニー部分が多い方が好みだ。
とわがままな要求をしているが、このブラウニーを作ったのはジェマである。
「ましてやアンジェリカ様は優秀な一族の中でもさらに期待されて、幼いながらに次期公爵候補になったでしょう? ついでに元王族のひいおばあ様もご存命で、アンジェリカ様のことをとても可愛がっておられると言う話だし。エリオット様が嫉妬してしまう材料は十分過ぎるほどに揃っているのよ」
1口大のブラウニーを口に入れる。キャラメリゼしたローストナッツはそれ単体でも美味しいが、少し苦味のあるブラウニーと合わさると味も食感もさらに魅力を増す。
ここに甘味を抑えた生クリームがあれば最高なのだが、あいにく忘れてしまったので次回におあずけだ。
「それでも継続されてきた婚約なのだから、簡単にはどうもできないでしょう。貴族の結婚なんて、当人たちの意思が無視されていたり、お互いに不倫していたりすることも多いんだから。平民みたいに『浮気したわね! 離婚よ!』とはいかないのよね」
「カワイソウ」
「ま、そんなもんよね、残念ながら。貴族の色恋沙汰で何千何万の平民に影響が出るとなるとちょっとね。申し訳ない我慢してくれってなるわよね。アンジェリカたちなんて大公家と公爵家だし。伯爵家のわたくしに甘いお兄様だってそう言うわよ。別に命の危険があるわけでもないし、隠し子とかそこまでの話じゃないし。エリオット様は学園内で遊んでいるだけだからね」
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