一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

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第二章 目覚め

九.はじまりの神社

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 三日の滞在の後、一行は帰路についた。
 来た道とは違い、やや北寄りに進んでいく。
 このあたりの地理にうとい柚月も、妙だなと感じた。

 このままでは、横洲よこすに入る。

 横洲とは、都と横浦の間に位置する町だ。
 だが、横洲と都は七輪山しちりんさんに阻まれ、行き来することはできない。
 都に戻るには、横浦よこうらから海沿いを進むしかないのだ。

 一行はやはり横洲に入り、街の大通りを進んだ。
 なぜか、警備の緊張がぐっと高まっている。
 まるで、すぐそばに敵が潜んでいるかのようだ。

 大通りと言っても、横浦のそれとは比べ物にならない、さびれたものだ。
 あばら家も目立つ。
 行きかう人々も、妬みの交じったような警戒の目を一行に向けてくる。
 柚月ははぎの農村のことを思い出した。

 何年も不作が続き、食うに困った人々は、優しさも思いやりも、すっかり失くしていた。
 国も救済の手を打たない。
 人々は、持てる者をうらやみ、ねたみ、やがて憎んでいった。

 横洲の人々の目は、あの農村の人々のものと同じだ。
 ここもまた、国から見捨てられている。
 柚月は憤りを感じた。

 やがて一行は、長い石段の前で止まった。
 どうやら、神社のようだ。

「ちょっと寄り道です」

 かごから降りた雪原は、そう言って柚月にニコリとすると、わずかな供を連れて石段を上った。
 その供も石段で待たせ、境内けいだいには清名と柚月だけを連れた。

 石段の上は、まさに神の領域と言わんばかり。
 まるでそこだけ異世界のように、神秘的な空気に包まれていた。

 境内を包み込むように木々が生い茂り、正面、奥にある小さな社殿しゃでんは、まるで太古の昔からあるようなたたずまいで、裏にそびえる七輪山を背負っている。

 雪原は社殿に向かって歩いていく。
 柚月は清名とともに続いた。

 湿気を帯びた、独特な匂いが漂っている。
 いるだけで心を洗われるようだ。

 小さな神社なようで意外と境内が広く、石段から社殿まで随分距離がある。
 社殿に着く頃には、柚月はすっかり心が空になったような感覚になっていた。

 突然の柏手かしわでの音にはっと我に返ると、雪原が手を合わせている。
 柚月も慌ててならった。

「以前、ここで襲われたのですよ」

 目を開いた雪原は、手を合わせたまま小さな声で言った。
 なるほど。
 柚月は納得した。
 警備のあの緊張は、そのためだ。

「三年近く前ですかね。ここに参るのは、我が家の慣例なのですよ。その日も、近くに来たから寄っただけだったのですが、珍しく、ほかに参拝者がいましてね」

 雪原は、話しながら境内を引き返し始めた。

「男が三人。社殿には目もくれず、境内の隅をうろうろしていました。珍しがって見ていると、いきなり切りかかってきたのです。その頃は私もただの外交官でしたから、こんな大そうな護衛もいなくて。一瞬焦りましたよ。」

 雪原はその時のことを思い出し、ふふっと笑っている。

「連れていた者が切り倒してくれたので、事なきを得たのですけど。ただ、なんだか嫌な予感がしましてね。調べさせたのですよ。それで、横浦から入った開世隊が、このあたりで不穏な動きをしていることが分かりましてね。詳細はつかめませんでしたが、悪しき種は、早く摘むに越したことはありません。それで…」

 そう言うと雪原は立ち止まり、大きく深呼吸した。

「それで、椿に斬らせました」

 ざっと風が吹き、木々が鳴った。

「あの子は、ただの世話係だったのですよ」

 雪原は悲哀の目で、空を仰いでいる。

「本当に、ただの」

 そう、言い訳のように繰り返した。
 ここで男たちを斬ったのも、椿だったのだな、と柚月は直感した。
 だが、実感がわかない。

 自分を殺そうとしていたのだと聞いても。
 返り血を浴びた姿を見ても。
 人斬りだと聞いても――。

 ただ者ではないとは分かる。
 だが、椿が人を斬るのだということは、なぜかどうしても、心が受け入れなかった。
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