一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

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第五章 亂 -らん-

参.日暮れ前の動揺

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 七輪山しちりんさん山中、誰にも気づかれないような険しい山の中に、粗末な小さな小屋がある。
 その前で都を見下ろしながら、冨康とみやすはしびれを切らしていた。

「いつまでかかっておるのだ⁉ もう日が暮れるぞ!」

 うっそうと木が茂る中、小屋の前は少し開けていて、都を一望できる。
 冨康は、早朝の大砲の音で目覚め、羅山ふもとの合戦を、「おお、おお、始まったな」と興奮して見物していたが、夕方になっても動かない戦況に苛立っている。

「そう慌てられてはいけませんよ」

 なだめるようにそう言ったのは、楠木くすのきだ。
 冨康に並んで立つ楠木は、声は落ち着いているが、目は爛々と輝き、異様な光を宿している。
 その目で、ただじっと、都を見下ろしている。

 ――もうすぐだ。もうすぐ。

 楠木の胸の内に、毒々しい情熱が、情念が煮えたぎる。
 ざっと、冷たい風が吹いた。

「少し、冷えてきたな」

 冨康はそう言って身震いすると、腕をさすりながら小屋に戻っていった。
 楠木も後に続く。
 小屋に入ると、後ろ手で静かに戸を閉めた。

「このいくさはいつ決着がつくのだ。いつ剛夕ごうゆうを消せる」

 楠木は答えない。
 冨康はさらに苛立った。

「私はいつ、城に戻れるのだ⁉」

 苛立ちのまま振り向いた。
 その瞬間。

 冨康の首が、宙を舞った。

 首を無くした胴体からは、おびただしい量の血が吹き上がり、それが雨となって降り注ぐ。
 小屋の中は、あっと言う間に血の海と化した。

 その中に。

 ぼとり…。

 跳ね上げられた首が、鈍い音とともに床に落ちてごろりと転がり、力をなくした胴体は、自身になにが起こったか分からないまま、膝から崩れた。

 それを、楠木は、ただじっと見つめている。
 その目。
 とても人の物とは思えない。
 冷酷な目。
 握られた刀から、静かに血が滴り落ちている。
 そのしずくが、ポタリポタリ、血の海に混ざっていく。

「お前が城に戻ることなど、無い」

 楠木は、バラバラになった冨康を、まるで汚いドブのように見下し、吐き捨てる。

「あの城が待っているのは、俺だ。この国は、俺のものだ。俺こそが、将軍にふさわしい」

 薄暗い小屋の中、ギラギラと光る楠木の目は、まるで鬼にでも取りつかれたようだ。
 ちょうどその時、報告にやって来た開世隊の一人、野田は、中から聞こえた物音を不審に思い、そっと小屋の戸を開けた。

「楠木様、どうかされ…」

 そこまで言って、止まった。
 充満した血の匂いの中、振り返った楠木は血にまみれ、人とは思えない形相をしている。
 そして、その足元にある物は――。

「なんでもない。それより、あれは、進んでいるのだろうな」
「え? …あ、はい。義孝よしたかが。順調に…」

 野田はかろうじて声を発した。
 目が、放っておくと、楠木の足元に行こうとする。
 それを、懸命に押し戻した。

 見てはいけない。
 見ていることを、楠木に気取られてはいけない。
 今まで感じたこともない本能が、そう言っている。

「そうか」

 楠木は握った刀をまざまざと見つめ、その刀が、窓から差し込んだ夕日にギラリと光った。

「失礼、いたします」

 野田は微かな声でそう言うと、そっと、戸を閉めた。
 手が震え、青ざめた顔は顎がカタカタ鳴っている。

 見てはいけないものを見てしまった。
 その恐怖で、野田は全身から得体のしれない汗が吹き出し、背中がびっしょり濡れている。

「野田」

 後から来ていた男が三人、追いついてきた。

「楠木様に報告は済んだのか?」

 野田は声が出ない。
 が、もう薄暗いせいもあり、男たちは野田の様子に気づかなかった。

「開けるな!」

 一人が不用意に小屋の戸を開けようとして、野田が厳しく止めた。
 男は驚いて振り返り、初めて、野田の顔を見た。

「どうか、したのか。顔色が悪いぞ」
「何でもない。とにかく開けるな」

 野田の顎から、汗が滴っている。

「いや、でも」
「開けるなと言っているだろ!」

 野田のただならぬ剣幕に、男は戸から手を放した。

「いいから、行くぞ」

 そういうと、野田は青ざめた顔のまま、先に歩き出した。
 男たちは互いに顔を合わせて首をかしげると、小屋に立ち寄ることをあきらめ、野田の後を追った。
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