一よさく華 -幕開け-

いつしろ十蘿

文字の大きさ
43 / 51
第五章 亂 -らん-

五.日之出峰

しおりを挟む
 柚月は大通りから横道に入り、武家屋敷の間を北に急いだ。

 日がどんどん落ちてくる。
 空がだんだん黒く染まっていく。

 城が、日之出峰ひのでみねに隠れた。
 が、まだ距離がある。

 もどかしい気持ちで睨む峰の上を、黒い点が越えてきた。
 どんどん近づいてくる。

 柚月はぐっと手綱を引き、馬を止めた。
 その頭上を、黒い点が通りすぎ、まっすぐ本陣に向かっていく。

 椿からの返信だ。

 柚月はほっとして、笑みが漏れた。
 椿に知らせが届いたのだ。

 これで、椿と剛夕ごうゆうが、七輪山しちりんさんに向かうことはない。
 開世隊かいせいたいと鉢合わせすることはないだろう。
 残るは、開世隊、いや、楠木くすのきだけだ。
 柚月は再び馬を走らせた。

 都の北北東の端、田沼邸たぬまていの奥に隠されて、日之出峰の入り口はある。
 不思議と厳かな空気が漂っていて、鳥居こそないが神社のような雰囲気だ。
 山の中に向かって伸びている小道は、参道と言ったところか。

 ――神社みたいだな。

 柚月の感想もそれであった。
 馬で登れそうだが、目立ちすぎる。
 柚月が馬を降りると、ちょうどひづめの音を不審に思った田沼邸の下人が、裏木戸から恐る恐る顔をのぞかせた。
 下人は柚月の顔を知っていた。

「あなた様は、確か、雪原様の。このようなところで、どうなさったのです」

 そう聞きながら、ただ事でないことは察している。
 柚月が馬を預かってほしいというと、「今から山に入られるのですか?」と止めた。
 そこに十二番隊が追い付いて、下人は、それ以上止めなかった。

 袴を着け、ハチマキを巻いた田沼の奥方も現れ、「とにかく上を目指されることです。この山は、頂上までまっすぐ伸びていて、沢もない。途中、下ることはありません」と助言した。

 代々この日之出峰への入り口を守ってきた田沼家。
 その奥方もまた、ことの重大さを察している。

 奥方は先頭を行く柚月を見て、あんな若い子が、と、胸を痛め、無事を願って手を合わせて見送った。

 山道を駆け上がる柚月は、恐ろしく速かった。
 日頃訓練している陸軍の人間が、誰一人ついていくことができない。
 鎧ひとつつけていない装備の軽さのせいもあるだろうが、それだけではない。

「さすが、雪原様のお抱えということはだけある」

 ただ者ではない。
 息を切らせながら、一人が言った。
 柚月はさらに速度を上げ、どんどん小さくなって、見えなくなった。

 中腹まで来たところで、柚月は足を止めた。
 すっかり日は落ちている。
 あとは闇が濃くなるだけだ。

 十二番隊は気配すら感じない。
 山に不慣れな隊は、今夜はひとまず歩を止めたのだろう。

 木の間から都を一望でき、遠く、南西の空が赤く染まっているのが見えた。
 火の手が上がっている。
 宿場町の方だ。

 朝の砲撃では、被害はなかったはずである。
 柚月の顔が、苦々しくゆがんだ。

 ――とうとう都に入られたのか。

 自然と焦りが沸き起こったが、それをぐっと抑え、木の幹に背を預けて腰を下ろした。
 さすがに、これ以上は進むのは危険だ。

 一息吐き、空を見上げた。
 木の葉の隙間から、満点の星空がのぞいて見える。

『すっげぇきれいだなぁ』

 ふいに、懐かしい声がよみがえった。
 義孝よしたかの声だ。

 ――はぎの星空も、きれいだったな。

 柚月は胸の内で、無意識に義孝に話しかけていた。
 だが隣に、その姿はない。
 ただ虚しく、暗闇が広がっている。

 それなのに。
 記憶の中の義孝が、笑いかけてくる。
 あの頃、萩にいた頃の。
 当然のように、一緒にいた、あの頃。

 どうしもうもなく、懐かしさがこみあげくる。
 それと一緒に、涙まで。

 柚月はぎゅっと唇を噛みしめ、こらえた。
 漂う空気が、ひんやりしている。
 少し冷えてきた。

 腕をさすりながら、会いたいな、と思う。
 義孝に会いたい。
 また、どうでもいいことで笑いあいたい。

 でもそれと同じくらい、会いたくないとも思う。
 いや、会うのが怖い。
 次に会うときは、敵同士なのだ。
 治ったはずの脇腹が、チクリと痛んだ。

 朝の匂いが漂い始めた頃、柚月は日の出が近づいているのを感じて起き上がった。
 まだ暗い。
 が、先を急ぎたい気持ちを抑えきれず、再び進み始めると、少し開けた場所に出た。

 斜面に対して楕円状に木が生えていない。
 と、突然。
 銃声とともに、柚月の顔前を風が切った。

 ――なんだ⁉

 銃撃。
 さらに二発。
 柚月は咄嗟に茂みに飛び込んだ。

 息を殺し、草の隙間から伺い見たが、敵の姿は見えない。
 暗い。

 だが、それは相手にとっても同じだ。
 互いに出られない。

 先に動いたのは、柚月。

 木の陰に身を隠しながら斜面を駆け上がり、楕円の広場の淵を沿うように弧を描いて、敵に迫った。
 草の音が柚月の移動を知らせる。
 それを狙って銃撃が始まった。

 不規則な銃声。
 だが、数は少ない。

 ――相手は、…二人か。

 柚月は恐ろしい速さで距離を詰めていく。
 その気配に恐怖し、焦った男が一人、不注意にも木の陰から飛び出した。
 当然、柚月は見逃さない。

 瞬時に速度を上げると、大きく踏み込んで小手を打ち、男の手から銃が飛ぶと同時に右腹のあたりから横一線、右薙ぎに払った。

 男は勢いよく倒れた。
 それを見て、茂みの中のもう一人は悲鳴のような声をあげ、逃げ出した。

 倒れた男は、息はしているようだが、気を失っているらしい。
 なにか、大きな輪のようなものを背中に括り付けている。
 触ってみると、輪ではなく、大きな車輪だと分かった。

 柚月による傷よりも、その車輪の重さに圧死するのではないかと思うほど、重い。
 なぜこんな物を背負っているのか。
 そして、なぜ、こんなところにいるのか。
 まだ尾根には距離がある。

 柚月は疑問がわいたが、それよりも、と思う。
 暗くて傷のほどは確かめられないが、斬った感触から、致命傷にはならないだろう。

 とどめを刺すべきだ。

 分かってはいる。
 が、迷った。
 迷った末、男が輪を括り付けている縄を解き、それで男の手を後ろ手に縛った。

 こうしておけば、目が覚めてもすぐには追ってこられないだろう。
 そう思って、立ち上がろうとした時だ。

「優しすぎるんだよ、お前」

 突然の背後からの声に、柚月はピタリと止まった。
 この声。
 知っている。
 昨晩も聞いた。
 記憶の中で。

 だが、今度は記憶の中ではない。
 確かに、耳で聞こえた。

 義孝の声だ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

村長奇譚 ~夏祭りの惨劇と少女の亡霊~

水無月礼人
ミステリー
 子供達は独立し、長年連れ添った妻は病で死去した。  故郷の田舎町で余生を過ごそうと帰省した主人公(60代・男)は、住民の同調圧力で強引に自治会長(村長)に選ばれてしまう。  嫌々ながらも最大のイベント・夏祭りの準備を始める主人公であるが、彼は様々な怪奇に遭遇することになる。  不運な村長とお気楽青年のバディが事件を華麗に解決!……するかも。 ※表紙イラストはフリー素材を組み合わせて作りました。  【アルファポリス】でも公開しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...